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転生勇者の黒歴史(7~8)

               7


 マルコが夢に見る笠置かさぎ詩恋しれんのラジオネームは、『恋に恋するポエマー』だ。

 マルコは、黒歴史書の中で、彼女を通称『ポエマー』と呼び、記していた。

 タラップを降りてくる美女を見るや、今まで砕けた態度を取っていたトマスが、途端に直立不動の姿勢をとった。仮にも戦士団員であるトマスは、以前にも転生勇者様のご尊顔を拝した経験があるのであろう。

 村人Aにすぎなかったが、マルコも、慌ててトマスの動きに従った。

「え、え?」と、エリスは、わけがわからない。

「どなた?」と、トマスとマルコの真似をしながら、マルコの耳元にささやいた。

「バカ、転生勇者様だ」

「まじ?」

 マルコが夢で見る、卵から出てくるシレンは、現在のマルコと同じ一五歳ぐらいだった。

 転生後、約三年を経た現在のシレンは、一八歳ぐらいに見受けられた。

 マルコの兄のペペロの年齢と、同じくらいだ。

 シレンに続き、女性がもう一人、馬車から降りてきた。

 やはり、儀礼用の刺繍が施された、魔女みたいな派手な衣装に身を包んでいる。

 マルコの母親であるマリーベルと同じくらいに見えるので、四十二歳前後か。

 けれども、いかにも、ずぼらな田舎者の主婦です、おばちゃんですといった感じのマリーベルと違って、こちらの女性は、仕事のできる女という雰囲気を醸し出していた。

 体型も、大分、腹が出ているマリーベルと違って、細身でシュッとしている。

 シレンが大きいので比較すると低く見えるが、オフィーリアの身長も一七〇センチメートル程度ある。

 マルコと、ほぼ変わらない。

「皆さん、そうかしこまらないで」

 と、馬車を降りてきた女性は、気さくに言った。

「別に公式の行事じゃないんだから」

 トマスが礼を解いたので、マルコとエリスも従った。

「こちらは転生勇者シレン様。わたしは身の回りのお手伝いをしている、オフィーリアです」

「ほら」

 と、マルコはエリスにだけ聞こえる程度の小声でささやいた。

 オフィーリアがどういう人であるかわからず、マルコとエリスは、「おはようございます」と、とりあえずぺこりとお辞儀をした。

「おはよう」と、オフィーリアは二人に応じる。

 これで、マルコが夢で見る女性が、本当に転生勇者であるという事実が証明された。

 ということは、マルコが持っているつもりの特殊能力は、本物ということだ。

 だとしたら、マルコが黒歴史書に書きとめてきた、転生前の転生勇者の姿や振る舞いについても、真実に違いない。

 だからといって、マルコの能力に、この先何か役に立つ使い道があるかどうかは、まだわからない。

けれども今、転生勇者様が目の前に現れた。

 マルコの心臓は、バクバクと激しく鼓動していた。

 何か面白くなりそうな気がする。


               8


 オフィーリアが、マルコとエリスが背負っている、空の籠に目をとめた。

「薬草採取に間に合うようにとこんな早い時間に来たけれど、間に合ったみたいね。おばちゃんたちに、あなたたちの仕事の様子を見せてくれないかしら?」

「いいよ」と、マルコは簡単に安請け合いをする。

「じゃ、ついてくる?」

「ええ、よろこんで」

 マルコとエリス、シレン、オフィーリアは、門を通って、村の外に出た。

 ついさっき、シレンとオフィーリアが馬車で来た道を、歩いて進む。

 薬草がある場所へは、道の途中から山へ分け入るのだ。

「ス、ス、ス、スライムはでないわよね?」

 と、自分からついてきたがったくせして、村から一歩出た途端に、オフィーリアの腰が引けた。

「大抵の魔物は平気なのだけれど、スライムだけは、ずっと苦手で」

『大抵の魔物が平気』という感覚は、よくわからない。

「最近は、たまにしか。でも、スライムよけがあるから、今は安心です」

 エリスが断言する。自分が苦労して開発した薬剤に、絶対の自信を持っていた。

「エリスがつくったんだよ」とマルコ。

「そう、その話。マオック村の少女が、画期的なスライムよけ薬を開発したと聞いて、ぜひ一度実際に使っているところを見てみたいと思ったの。じゃ、あなたがその?」

「エリスです」

 オフィーリアは、次いで、マルコに視線を向けた。

「マルコです。エリスの許嫁の」

「また、あんたはそういうことを言う。知らない人が聞いたら、信じちゃうでしょ」

「ふふふふふ。それで今日はスライムよけを使いますか?」

「もちろん」

「もう使ってます」

 マルコは、腰にぶら下げてあった巾着袋を、パンパンと手で叩いた。

 巾着袋から、黄色い粉が飛び出して、辺りに舞った。臭いは、特にない。

 自分で散らした薬に取り巻かれて、マルコは、ケホケホと激しく咳をした。

「ニルブァナという常緑性の低木樹の花粉です。普段の時期は関係ありませんが、花が咲く季節だけは、なぜかスライムが近寄りません。調べたら、花粉にスライムへの忌避効果が確認されました。ただ、花粉だけでスライムよけをつくろうとすると、莫大な量が必要となるため、水増し用の触媒になる薬剤を色々試すのに苦労しました」

 エリスが、とても優等生な説明をする。

 マルコが自分の籠の中から、予備のスライムよけの巾着袋を出して、オフィーリアとシレンに渡した。

「それで、どうやって使うのかしら?」

「基本は、巾着袋に入れて腰にぶら下げておくだけです。叩かなくても、布の目合いから少しは薬が漏れ出すので、それで十分スライムへの忌避効果を発揮できます」

「あら、簡単ね」

 オフィーリアは、早速、自分の腰に巾着袋を取り付けた。

 シレンも、真似をする。

「他には、地面に撒いて、スライムを近づけないようにも使います。粉のままだと風で飛んでしまうため、水に溶いてジョウロで撒くといった方法で使うと、土に染みこんで効果が持続します。また、スライムの体に直接振りかければ、相手を溶かせます」

 今まで、散々、プレゼンテーションをしてきたのだろうなと思われる、エリスの受け答えだ。さすがは、マオック村始まって以来の才女だった。

 その時、ずっと無表情に黙ったままであったシレンが、不思議そうな表情で口を開いた。

「でも、所詮、スライムなのだろう?」

「スライムを甘く見てはいけません」

「スライムを甘く見ちゃダメだ」

「スライムを甘く見てはダメです」

 期せずして、エリス、マルコ、オフィーリアの三人の声が重なった。

「統計データでは、人類を一番多く殺している魔物はスライムです。転生勇者様からしたら取るに足らない魔物かも知れませんが、普通の村人にとっては、山で絶対に出会ってはいけない魔物の一種です」

 エリスの口調は真剣そのものだ。

「山で薬草の採取に夢中になっている人間を見つけると、集まってきたスライムの群れは、遠巻きに融合し合ってから、次第に包囲の輪を狭めます。気づいたときには、人の背丈よりも高い波のようになったスライムが、周囲から覆い被さってきて逃げられません」

「そうですよ。わたしも両親をこの辺りの山でスライムに襲われて亡くしました。だから、本当は、こうして歩くのも怖くて怖くて」

「おばさんちも! うちの父ちゃんも」

「まぁ!」

「すまない。思慮に欠けた発言だった」

 と、シレンは素直に謝る。

「でも、火ではダメなのか? 火を使えば魔物は近づけないのではないか?」

「マオック村では、これまで何十年もかけて、村の周囲に薬効のある樹木や草花を移植して増殖してきました。万が一にも山火事が発生しないよう、山への火気の持ち込みは、厳重に禁止されています」

「なるほど」

「だから、山の中なのに、歩きやすいよう、下草が刈られて整備されているのですね。わたしの記憶にある山の中は、もっと鬱蒼としていました」

「以前にも村へ来たことがあるのですか?」

「実は、この村の生まれなの。さっきも言ったけど、小さい頃に両親がスライムに襲われて亡くなって、遠くの親戚に引き取られてからはお墓参りすら来られてないですけどね」

「そうだったんですか」

「もしかして、お二人の母親のどちらかに、マオック村出身のマリーベルさんはいませんかしら?」

「うちの母ちゃんだ」

「あらやだ。マリちゃんよ。おばさんの幼なじみ。後で会いたいわ」

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