1-8・恋に障害はつきもの/障害=私
有友のことを頭の中から追い出してイベントに集中するために気合を入れ直す。
今日はふたりの下校の邪魔をするから、いつもより邪悪さを倍にしていくわ。
小さく拳を握りしめ、ふたりの前に立ち塞がり一言。
「あら燎火、まだいたの? 午後の授業に出ていなかったから早退したかと思っていたのに」
唐突に現れて進路を塞ぐ私を主人公は訝しむ。
中庭を通れば保健室から昇降口までの近道になるのに、そこに私がいるのは予想外だったみたいね。
数秒の間も空けずに選択肢が三つ宙空に浮上する。
『そこをどけよ』と『無視して先を行く』と『その他』。
ここで私を無視し、非難するようなことを言えば燎火の好感度が下がり、次のイベントが発生しなくなる。燎火は自分だけに優しい主人公ではなく、自分の周囲の人たちにも優しい主人公が好きという設定なのよね。
さて、この主人公はなんて返すかしら。
「燎火はさっきまで保健室で休んでいたから、ひとりで帰るのが大変そうだったし、俺が送ることにしたんだ」
無難な回答ね。これなら燎火も満足するでしょうね。
さっさと帰ればいいのに主人公は私にも気を遣って話題を振る。
「氷織も遅くまで残っていたんだな」
「私のことを詮索するのはやめて。あなたたちには関係ないでしょう」
別に私にまで構わなくていいのに。そんなに優しいあなたにはもっと皮肉をプレゼントしなくちゃいけなくなる。
「というか燎火ってば毎日遅刻するし、早弁もしょっちゅうだし、授業中は居眠り常習犯だし、魔法のコントロールもロクにできない落ちこぼれのくせに主人公には気に掛けてもらえるのね」
主人公に支えられている燎火は肩で息をしていて辛そうだ。
そんな彼女に向かって私は最悪な言葉をぶつける。
「主人公に保健室までお見舞いに来てもらえて、その上寮まで送り届けてもらうのね」
嫌悪感で満ちた温度のない瞳をふたりに向けて言い放つ。
「主人公、気をつけたほうがいいわよ。この子、誰にでも色目を使うから。弱ったふりをしてあなたを部屋に誘い込みたいだけなのよ」
炎よりも真っ赤な嘘。燎火は主人公だけしか見ていない。主人公だけにしか恋をしない。
さあ主人公、怒りなさい。
あなたの大好きな女の子を侮辱した悪役を憎みなさい。
「どうしておまえはそんなに……!」
激昂しかけた主人公の次の言葉は溢れ出すことはなかった。
彼の制服の胸元を力なく掴む燎火によって制止されたから。
「……えへへ。それもいいかもね。……主人公、あたしの部屋でイチャイチャしようよ」
冗談だって、ただの強がりだって、誰にだってわかる。私と主人公が言い争いをするのを止めるために燎火は力を振り絞って冗談を言った。
愛しい燎火の言葉を無下にするような主人公ではない。
だから彼は言った。数日前の朝と同じ寂しそうな表情で。
「俺たち、先を急ぐから」
そうして振り返ることなくふたりは去っていった。
夜が下りた中庭で私はひとり、しゃがみ込む。
これでよかった。こうすれば主人公と燎火はますます絆を深められる。恋に障害はつきもので、その障害が私だったというだけの話。だから、これでいい。




