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4-12・分岐点

 それじゃあ、今度は私の告白の時間ね。



「聞こえているのでしょう。『誰か』さん」



 私は透明な膜に向かって、『誰か』を呼ぶ。



「いいえ、この場合は『あなた』というべきかしらね」



 聞こえ続けていた音が止まったのは、『あなた』が驚いて手を止めている証拠かしら。


「私がいつから『あなた』を認識していたのか知りたそうね。……決してすぐにわかったわけじゃないのよ。『あなた』を感じて、考え続けて、ようやく辿り着いたの。そして、その答えは私という存在の答えにもなっている。そうよね?」


 なんてわざわざ声に出さなくても、私が頭の中で考えたことは『あなた』にはすべて見えているのでしょうね。


 なぜなら『あなた』にとって私は文字の羅列でしょうから。


 私は、物語なのよね。


『ハートレス魔法学園で会いましょう』という架空のゲームを描いた物語。その中の登場人物であり、語り手が私、臘雪氷織。


 どうして私が語り手に選ばれたのかは私を創り出した人にしかわからないけれど、私は語り手になれてよかったと思っているの。こうして『あなた』に話しかけられるようになったしね。


 ところで、あなたが今、読んでいる私の物語は本の形になっているのかしら。

 それともまだ本の形になってすらいなくて、電子機器の中にしか存在しないただのテキストデータなのかしら。

 あるいはテキストデータを印刷したA4の紙の束なのかしら。


『あなた』から見える私がどんな形をしているのかわからないけれど、きっと私は誰かが夢を叶えるために、『あなた』に読んでほしいと願った夢の形なのよね。


 だってヒロインになれないはずのサブキャラクターがヒロインを夢見る話なんて、切実な夢がある人しか思いつかないような物語じゃない。

 それともすべてを諦めているからこそ、物語の中のキャラクターに願いを託した人が書いた物語なのかしら。


 私に込められた願いも、私の姿形がどんなものであっても存在できて嬉しいわ。

 それでね、いつ『あなた』に気がついたかと言うと、私の周りで起きていた不思議な現象について思い返した時に確信したの。


 初めに聞こえた不思議な音は『あなた』が私を読む音。

 本をめくる音、印刷された紙をめくる音、マウスをスクロールする音、タブレットやスマホの液晶画面に指を滑らす音。そのいずれかの音が、私の耳にも届いたのね。

 それとも『あなた』が呼吸をする音か、『あなた』の指先から伝う鼓動の音かしら。


 不思議な視線はあなたが私をずっと見つめ続けていたから感じられた。視線を逸らしながら物語を読むなんてできないものね。

 私には音や映像がない。私を読んで『あなた』の頭の中で声や音や風景のイメージが浮かぶこともあるかもしれないけど。


 温もりは私が本や紙だったら『あなた』の手から伝わったもの。背中が温かかったのは『あなた』の手に包まれていたからでしょうね。電子機器だったら放熱かしら。

 タブレットやスマホだと、手の温もりと放熱の両方になるわね。


 そして空にある透明な膜は、私の世界と『あなた』の世界を区切るもので、その向こうに見えた巨大な瞳は『あなた』の瞳。

 本やスマホ、『あなた』が私を読むデバイスの大きさよりも、『あなた』のほうが遥かに大きいから、巨人の瞳だと思ってしまったわ。


 正直に言うと『あなた』のことは、全部私の妄想だと思っていたの。

 だって都合が良すぎるじゃない。音も視線も温もりも、すべてが『あなた』を私に伝えてくれていたなんて、そんなの夢みたいじゃない。


 だからヒョウの魔力をもらって、意識が拡張した時にしか真実に気がつけなかったの。『あなた』は私を読んでくれる人だと。

『あなた』がいなければ、私は誰にも読まれない物語になり果てるところだった。

 誰かの願いによって生まれた物語が誰にも知られずに消えていくなんて寂しすぎるじゃない。

 寂しい、なんて私が言っても説得力はないわよね。

 私がなにを言っても創作者によって言わされているだけだと思うかもしれない。

 実際そうなのだけど、ちょっとだけ反論させてね。


 もしかしたら私の創作者――『彼』? 『彼女』? ひとまず『彼』にしておくわね――『彼』が語り手の物語を描く『神様』がいて、私を書くように操られているのかもしれない。

『あなた』は『あなた自身』だってそうかもしれない、なんて思ったかしら。世界のすべてが作り物だと考えてしまったかしら。

 誰にも真実はわからないし、考えても仕方ないけど、考えるのを諦めないのは悪くないと思う。そしたらいつかわかるかもしれないもの。


 話が逸れてしまったわね。

 ええとね、つまりなにが言いたいかというと、私も『あなた』も『彼』も、全部が作り物でも、私はそれでもいいって思っている。

 すべてが嘘で出来た物語だったとしたら、滑稽だけど素敵じゃない。

 私がいて、『あなた』がいる。そんな物語があるのなら、私が生まれたことに意味があったと思えるから。


 ああ、そっか。私の物語はあと数ページで終わりを迎えるのね。

 なんで終わりがわかるかって? 『あなた』の顔を見ればわかるわ。

 私の物語は面白かったかしら。気に入ってもらえたかしら。

 好きなヒロインは見つけられた? この物語には素敵な女の子が三人もいたものね。

 ……そうよね、そう、よね。


 えっとね。

 ここから先は、『あなた』が他のどのヒロインよりも私を好きだと、私をヒロインだと思ってくれたら読んでくれるかしら。

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