2-21・“青色は負けヒロイン”なんて言葉は知らない
一度フラれたからって、その恋を諦めなければいけない法律なんてない。
呆気にとられながらも、眉尻を下げた優しい笑顔で主人公は言う。
「今まで僕はキャラクターに恋をしたことがないんだよ。可愛いな、幸せになってほしいな、推せるな、っていう『好き』はあったけど、それは恋じゃない」
「それなら」と雫は声を張り上げる。彼女の告白はまだ終わっていない。
「雫が主人公さんの初恋になりますからっ!」
“青色は負けヒロイン”なんて言葉は知らない。
そんなこと言うやつは雫に水責めにされるか、私に氷漬けにされるか選ばせるから覚悟しなさい。雫は青緑、私は青紫がイメージカラーっていう設定だし、青系女子としてこの恋の行方は見逃せないわ。
もう一度だけ強く拳を振り上げて雫は主人公の胸を叩く。
「だから、主人公さんも雫みたいに強くなれます。失恋しても何度でも立ち上がる雫みたいに強くなれます」
懺悔には告白を。激励には激励を。
「できることを、できる範囲で頑張る。ですよ」
溢れ出す寸前の大粒の涙を袖で拭い取って雫は笑ってみせた。
小さな強がりに主人公は背中を押されたようで。
「僕も、誰かと、世界と、関わっていけるかな。変われるかな」
「ええ。きっと変われますよ。あっ、でもいきなり部屋の外に出るのはよくないので、まずはゲームやネットを通じて友達を作るのもいいかもですね」
脱ひきこもりの先輩風を吹かせながら雫はアドバイスをして、それを受けて主人公は恥ずかしそうに右手を挙げる。
「……実は僕、イラストや漫画を描いたり、小説を書くのが好きなんだ。それをSNSにアップしていろんな人に見てもらうのはアリかな?」
「ええ、主人公さんが雫への手紙に描いてくれたイラストは可愛かったですし、手紙の文章も素敵でした。主人公さんには才能がありますよ。作品ができたら雫にも見せてくださいね」
「うん。はまがくの中の雫にも届くように、有名になれるように頑張るよ」
「主人公さんが頑張るなら雫も負けてられません。雫も一ヵ月に一回くらいは学校に行ってみてもいいですよ。まずは保健室か図書室登校をして、徐々にペースを上げて……。いや、無理ですね……やっぱり部屋から出たくないです。……部屋にこもりながら卒業証明書を受け取りたいです」
魂までひきこもりきった雫に主人公は願望を吐露する。
「ハートレス魔法学園に『自宅学習コース』があればいいのにね」
「ナイスアイデアですね。学園長に直談判してみます」
空の色が淡い青に変わるまでふたりは笑い合い、話し続けた。
けれど、その時が来てしまったようで、オルゴール調の切ないBGMが流れ出す。
今までに流れたことのない曲だから、ふたりにもわかってしまったようで。
「ここでお別れみたいだね」
お別れの時。雫ルートのエンディングは間もなく訪れる。
ふたりは涙を流さない。
強がってニヒルに笑って互いを鼓舞し合う。
「次に会う時の雫はもっと素敵なレディになっていますからね」
「僕もその頃には神絵師とか印税作家とかになっているからね。何歳でもなにかを始めるのに遅いことはないって証明してやるんだ」
「その意気です」
夢と願いは大きく、心は今よりも先を目指し続けようと。次に会った時に互いにとって誇れるような自分になっているようにと、ふたりは誓い合う。
右手を差し出す主人公と、差し出された右手を握る雫。
「ありがとう。雫。僕のこの気持ちは恋ではないけど、僕は君が大好きだよ」
「こちらこそありがとうございました。主人公さん。あなたは私に恋をしていなくても、私はあなたのことがずっと大好きですからね」
繋いだ手を放して、別々な方向にふたりは歩き出す。
望んだ未来に向けて一歩を踏み出したふたりは、それぞれの明日を生きていく。




