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1-2・私だって主人公に好かれたい

 宙空に選択肢が三つ浮かび上がる。

『おかげでお腹ペコペコだよ』と『そうだよ、悪いかよ』と『燎火の体当たりがクリティカルヒット!』だそうだ。最後のはふざけているようにしか見えないわね。

 彼は眉をひそめながら文句を垂れた。


「そうだよ、悪いかよ」


 ピコンと間の抜けた効果音と共にピンクのハートが燎火の辺りを舞う。

 おめでとう主人公。燎火の好感度が上がったみたい。


「朝ご飯抜きは悪い子のすることだよ。ご飯とね、寝ることとね、恋をすることはね、人生で一番大事なのだ」


 一番と言いつつ三つも挙げるとか結局どれが一番大事なのよ。

 呆れた私が心の中でツッコミを入れるのも何度目か。

 このシーンは燎火をヒロインと定めた全プレイヤーが通る共通イベントだから、私は主人公の数だけ燎火にツッコミを入れたことになる。果てしないわね。

 すると突然、ぐぎゅるうぅと大きな音がふたつ聞こえてきた。ひとつは燎火のお腹から、もうひとつは主人公のお腹からだった。


「あははっ」


 私には絶対に真似できない太陽みたいな顔で燎火が笑う。

 白日燎火ルート記念すべき初のスチルはこれから主人公と恋をするメインヒロインにふさわしい素敵な一枚だ。


「それじゃあ、あとで早弁しようと持ってきた食パンを半分こしちゃおう」

「ありがとう」

「いいってことよぅ。同じ釜の飯を食べると結婚するっきゃないから、いいってことよぅ」

「どこの民族の風習だよ」


 そろそろ悪役(わたし)の出番ね。美味しそうに食パンを頬張るふたりに嫌味を言って立ち去るのが今回の私の役割。これでもかってくらいに意地悪そうな顔を作って、青春の1ページを刻むふたりに対する嫌悪感を露わにしながら行くわよ。

 カツカツとわざとらしくローファーで足音を立てて主人公と燎火の脇を通り過ぎながら一言吐き捨てる。……頑張れ私!


「登校中にパンを食べるなんてよほど余裕があるのね? あなたたちは時計の見方もわからないのかしら」


 現在時刻は八時二十分。我が校では八時二十五分には教室に辿り着き、着席していなければならない校則がある。

 遅刻寸前なのは同じなのに自分だけ棚に上げてふたりを馬鹿にするという完璧なポンコツ悪役ぶりを見せつけてやったわ。

 さあ主人公、私を嫌いになるといいわ。

 選択肢が三つ宙空に浮かぶ。

『親切にありがとさん』と『それ完全にブーメランじゃん』と『その他』ね。

『その他』は主人公の自由入力可能な選択肢なのだけれど。

『その他』を選んだいつかの主人公たちを思い出す。

 目の前にいる彼とは違うとある主人公が「時計、とは」と言えば、私は「あなたの左腕に巻いているもの以外になにがあるの?」と返した。

 そのまた別の主人公が「氷織を無視する」を選んだ時は「言い返せないくらい空腹なんて惨めね」と返した。

 さて今回の主人公はなんて言い返すかしら、なにも言わないかしら。どんな皮肉でも悪態をついてみせるけどね。

 呆れたような、寂しそうな溜息を吐いて主人公は言った。


「ほんと、おまえは昔からそういう言い方しかできないよな」

「ええ、それが私だもの」


 正確には、それが私に与えられた設定だもの。

 きっと彼は私の過去設定を知っているプレイヤーね。

 臘雪氷織は主人公と小学校からの同級生で、過去に主人公をいじめていたという設定がある。私が実際に主人公・プレイヤーの過去に介入しているわけではないけれど、私には主人公を自分の意思で傷つけた記憶がある。

 偽物の記憶くせにやけに苦くて、いつまで経っても嚥下できていない。

 重たい空気を晴らすようにおずおずと燎火が提案した。


「……氷織もパン食べる?」

「いらないわ」

「じゃあ氷織も一緒に学校まで飛んでこうよ。あたしの炎でひとっ飛びだよ」


『ハートレス魔法学園で会いましょう』というタイトルにもあるように、主人公を含め登場人物全員が魔法を使えるという世界観だから、こんな風に気軽に魔法を行使する場面も出てくる。

 健全な魔法使いの育成をモットーにしているハートレス魔法学園だけれど、一部の生徒の魔法は健全とは呼べない。燎火がその第一人者かもしれない。

 燎火は魔法のコントロールが壊滅的で炎をロケットみたいに噴射させて飛び、校舎の壁や窓ガラスを破壊したことが何度もある。

 危険な魔法の世話にはなりたくないから私は首を振った。


「それも結構よ。たとえ遅刻するとしても、私は私の足で登校するわ」


 拒絶の言葉を残して私は走り去る。

 皮肉も毒舌も何千回、何万回とあらゆる主人公とヒロインたちに浴びせてきたのに、未だに慣れることがない。

 痛い、痛いと架空の心臓が主人公たちの心を傷つける度に鈍く疼く。

 また嫌われた。また遠ざけた。本当は嫌われたくない。私だって主人公に好かれたい。隣を歩いて登校したい。一緒にパンを食べて笑いたい。

 でも私は悪役だから嫌われないといけない。


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