1-1・『ハートレス魔法学園で会いましょう』へようこそ!
私たちは自分が物語の中の登場人物であることを理解している。
実在しない架空の存在。血の通わないデータの集合体。ピクセルとテキストを繋ぎ合わせたパッチワーク。
命なき私たちは現実世界を生きるプレイヤーである『主人公』を楽しませるために存在している。
『ハートレス魔法学園で会いましょう』通称『はまがく』。私たちの世界であり箱庭。
はまがくはフルダイブⅤRオンライン恋愛シミュレーションゲームで、プレイヤーは物語の中の主人公として学園生活を楽しみながら意中のヒロインと恋をしてハッピーエンドを目指す。
ここだけ聞けばよくある世界観のゲームだけど『はまがく』の他作品との違いであり最大の売りは作中に登場する三人のヒロインとサブキャラクターにAIを搭載していることが挙げられる。
プレイヤーが発した言葉に対し、私たちは思考して返事をする。
現実世界の人間と同じように冗談を言われれば「面白いね」と笑い、不快な言葉を吐かれれば「やめて」と拒絶するし、好感度も大幅に下がる。
大まかなシナリオや選択肢による分岐点は定められているけれど、同じ場面でもプレイヤーひとりひとりが違う言葉を発することで無数の展開と多くのエンディングを迎えられるようになったとか。
あなたのためだけの物語が紡げるなんて素敵な世界でしょう。
そんなはまがくにおいて私、臘雪氷織は登場人物のひとりでヒロインじゃない。ただのサブキャラクターで悪役だから、最低限の悪態で最高級の障害にならないといけない。
自分の立ち位置を確認し、反芻する。
今日も一日、主人公とヒロインたちの恋路の妨害を頑張ろう。
右手の親指と人差し指で眉根を寄せて気合を入れる。
カーブミラーに映った電柱の陰から雪の結晶を模った髪飾りで括った銀髪のワンサイドアップが見えていることに気づいて、急いで身を屈める。
この世界が始まった時から存在する透明な膜が青空に蓋をしていても、やっぱり空は綺麗で、そんな爽やかな朝の通学路に似つかわしくない顰め面の制服姿の女が私だ。
女子寮とは通りを挟んだ向こうにある男子寮から慌てた様子で主人公が駆けてきた。
どこにでもいそうな、パッとしない見た目の男の子。彼が今回の主人公だ。
値踏みするようにまじまじと見つめてしまったけれど、私はここで彼に見つかってはいけない。なぜなら今、彼に出会う人物は決まっているから。
それはもちろん私以外の女の子。
「主人公、おはよう!」
明るい挨拶と共に繰り出された背後からの強い衝撃に主人公は呻き声を上げながらよろけた。
転びそうになりながら振り返り、声の主を睨みつける。
彼の視線はフラミンゴ色のツーサイドアップの制服姿の女の子を捉えた。
彼女は彼のヒロインである白日燎火。
エネルギッシュで恋愛に積極的な燎火はプレイヤーの愛欲を満たす設定のキャラクターのため主人公への物理的な接触が多い。
燎火はそこそこ大きな胸を主人公にぐいぐいと押し当て抱きついているが、これっぽっちも羨ましくない。胸の厚みのぶんだけ主人公に近づける距離が減るもの。
負けヒロインどころか勝負の舞台にすら上がれないサブキャラクターの心中などお構いなしにふたりは密着しながら会話を続ける。
「あたしに抱きつかれた程度でふらつくとは。さては寝坊して朝ご飯を食べ逃しちゃったんだね」