1-13・『誰か』を想うこと
捨て台詞を吐いてヒロイン会議部屋から自室に戻るとヒョウが出迎えてくれた。
「おかえり氷織。今日もお疲れさま」
ヒョウの声もロクに聞かずにお風呂に直行し、入浴しながら反省会とエゴサーチをこなす。
それらをカラスの行水並の速さで済ませ、ベッドの上に置いていたパジャマを頭から被って乱雑にボタンを閉めるも、急ぎすぎてボタンを掛け違えてしまった。
「もうこのままでいいわ」
直すのも面倒で、そのままベッドに倒れ込む。
「触らぬ氷織に祟りなしかな」
小声でヒョウがなにか囁いていたみたいだけど聞かなかったことにしよう。
あとはもう眠るだけなのに、なかなか寝付けずに何度も寝返りを繰り返してしまう。
理由はわかっている。有友の言葉がリフレインしているせいね。
――私を見守ってくれている『誰か』の視線。
存在しないはずの『誰か』を想うなんて馬鹿馬鹿しい。いるかもしれないなんて希望に縋るのも無様ね。
けれど、こう考えるのはどうかしら。小さな子供が眠る前に読み聞かせてもらうおとぎ話のように『誰か』を想うの。
覚醒と眠りのはざまで聞く物語なら、夢か現かなんて重要じゃない。『誰か』が存在しなくても、目が覚めれば夢だったと笑い飛ばせる。
それに物語の中の王子様に想いを馳せるなんて子供にはよくあることでしょう。私は高校生という設定だけれど、はまがくのサービス開始から数年しか経っていないし、小さな子供と稼働年数……じゃなくて実年齢はそう変わらないもの。
というのは建前で、以前読んだ童話の中のお姫様と王子様の物語はとても素敵だったから、私も私だけの王子様を造り上げてみたくなったというのが本心だけど内緒にしておこう。
そうと決まれば、とびきりの王子様を夢想しないと。
姿は見えないけれど私を見守ってくれている優しい『誰か』。
その人は私の皮肉も強がりも本心もお見通しで、ヒロインになりたい夢だって知っている。
いつしか『誰か』は私を見守るうちに「氷織はすごく頑張っているね」と「氷織は偉いよ」と応援してくれて、褒めてくれるようになる。
なるといいな。……まあ、……無理よね。
冷静になると存在しない『誰か』の妄想をするなんて痛いにもほどがある。
やめよう。私らしくもない。
無駄に頭を使ったせいか眠くなってきた。今日はこの辺にしよう。思考をやめて意識を遠くへ預けてしまえ。
明日もきっとまた主人公が訪れるから、私はちゃんと私をやりきらないと。




