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「また、物語が始まってしまったのね」
溜息ひとつ、空に溶かして立ち上がる。
私たちの世界に新たな主人公のログインを告げる効果音が鳴り響く。
サブキャラクターやNPCがそれぞれの持ち場に向かう中、三人の少女たちだけが彼らとは反対方向を目指し歩き出す。
「今度は誰が『メインヒロイン』に選ばれるのかしら」
何千回、何万回と呟いてきた呪詛を含んだ皮肉に返事はない。
彼女たちは私を振り返ることなく歩いていく。恋をするために、主人公と出会うために進んでいく。
明るく元気な火の女の子、白日燎火。
臆病で人見知りな水の女の子、水鞠雫。
優しくて包容力のある地の女の子、宝玉安珠。
これは主人公が三人のヒロインの中から『メインヒロイン』選び取るための物語。
メインヒロイン。
物語において重要な役割を持つ女の子。または主人公に選ばれて、主人公と恋をする運命の女の子。
私は後者の意味のメインヒロインに、主人公と結ばれる女の子になりたい。
けれどその願いは決して叶わない。叶えられるはずがない。
なぜなら物語の中で私に与えられた役割は『サブキャラクター』だから。
ただのサブキャラクターならよかったのに。主人公の恋人になれなくても友達になれるならよかったのに。私にはそれすら許されない。
主人公とヒロインの恋路を妨げる悪役でお邪魔虫。それが私、臘雪氷織。
ヒロインになりたいという願いを果たすために割り振られた役を逸脱する登場人物なんて物語には不要でしょう。だからこの願いは叶わないし、望んではいけない間違ったもの。
それでも心の中で育むくらいは、悪役だって夢を見るくらい許されてもいいじゃない。
私は心から願う。
いつか私も、主人公だけの、ただひとりの『誰か』のメインヒロインになりたい。