誘導尋問
「サッカーの日本代表を応援するときの手拍子ってなんだっけ?」
姉のあまりに突拍子もない問いかけに、朝ごはんのトーストをかじっていた僕はぽかんと固まった。
「⋯⋯それは謎謎かなんか?」
「違う違う」
何故、トーストにレモンジャムを塗りながらそんなことを考えたのか全く不明だが、とにかく本気で思い出せないから尋ねたらしい。
「⋯⋯ニッポン、チャチャチャ?」
「それだ!」
やー、すっきりしたわぁ、と姉は笑う。ジャムトーストを食べながら。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「あ、お母さーん、占い一位だって!」
謎の質問が終わったかと思えば、次は洗面所で化粧をしている母に話しかけている。
話しているというよりは、叫んでいる、の方が正しいか。
「ラッキーカラーなにー?」
母も母で応えるから、うるさいなぁ、と僕は辟易する。けれどいつものことだし、ひと言でも逆らえば「はぁ?」の返事で威圧されるので黙っておくが。
「えーっとねぇ、ターコイズブルー!」
「えー?」
不満そうな声を最後に、姉と母の会話は終わった。
僕と姉は朝食を食べ終えると、いそいそ学校へ行く準備を始めた。
「あ、これ今日までじゃん」
学校から帰って、おやつでもないかと冷蔵庫を物色すると、消費期限が今日までの水ようかんが発掘された。
蓋に姉の名前の付箋が貼ってある。
何日も前からあったと記憶しているが、まだ食べていなかったとは。
忘れているんだろうか?
姉は部活で帰りが遅くなる。部活帰りにコンビニスイーツを買ってきたりするから、もしかしたら水ようかんなんて食べないかもしれない。
だとしたらもったいない!
期限切れになる前に食べてしまおう!
僕は水ようかんを美味しく頂いた。少しの罪悪感はあったが、水ようかんの甘さと食感が忘れさせてくれた。
それから数時間後、夕飯の前に姉は帰ってきた。予想通りコンビニスイーツを買って。
僕は夕飯ができるまで、テレビを観ながら宿題を解いていた。
その背後から、
「ねぇ」
風呂から上がった姉が話しかけてきた。
僕はドキッとした。ものすごく嫌な予感がする。
「なに?」
なるべくいつも通りに返事をしたかったが、器用でない喉がかすかに震えた。
「私のプリン、知らない? 冷蔵庫に入ってたやつ」
「プリン?」
そんなもの冷蔵庫にあったかな、と考えたが、無かったと思う。あったら食べようかどうか、少しでも悩んでいたろうから。
「え、プリンは知らないよ」
水ようかんなら食べたけど、と馬鹿正直に答えた次の瞬間。
脳天にクリティカルヒットする、姉の手刀。
「いってぇ⋯⋯」
「引っかかったな弟よ、私のプリンというのは存在しないのだよ!」
プリプリ怒りながら、拳で左右からこめかみをぐりぐりされる。
「いでででで!」
「私の水ようかん食べやがってー!」
「ごめんなさーい!」
「名前書いといたでしょーがっ!」
「だって日付け今日までだったから食べないんだと思って!」
「他のデザートがあったからですぅー!」
「知らないよもうっ!」
「なんだって?」
「いたたた、ごめんなさい!」
姉って、弟の扱い雑過ぎないか?
そう思いながらも、母に「ごはん出来たよー」と呼ばれて食卓に向かえば、何事もなかったかのように不問にされるのだから不思議だ。
2021/01/29
「えぇーっ!? 姉というのは弟をアゴで使う生き物のことじゃないのかい?」とのたまった上司を思い出しました。