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最終話

 



 自分の染色体が女性なのは、ただ生まれたいと願った“彼女”の思いは生命として当たり前の願望。

 それを否定することはできなくて、だけど今の自分にも納得がいかない。

 だけどもし母さんが記憶を無くさなければ、そもそも自分は生まれてくることは無かったのではなかろうか?

 もしそうなら自分は“彼女”の死の上に産まれた生命なのではなかろうか?


「ひとつ誤解しているようなので付け加えておくが、君の母親が記憶を失わなくても君は、君の両親の子供として生まれてきます」


 何を言っているのかわからなかった。


「ただ……誤算があったのです……人間と魔物の違いという当然にして欠落していた認識の在り方に……それは『大魔女の欠片』だけではなく私も同じく……」


「ご……さん……」


 ようやく絞り出した声は小さく掠れていた。


「私達魔物にとって性別とはあってないようなもの。なので『大魔女の欠片』も君が今の身体で生まれることになんの抵抗もなかったのです。ですが現実は『大魔女の欠片』の力である起きた不幸に対する緩和が、君を不幸へと招いてしまいました。ですが『大魔女の欠片』の力では君の不幸を緩和する為に思案したのですが、君の母親と”彼女“、そして君の三人の不幸を全て緩和する道が見つからず、月日だけが経過しまいました」


 どうやら『大魔女の欠片』は自分の身体をどうにかしようとしてくれていたようだ。


「そんな折、今回の事態が起き私は異世界の人間であり『大魔女の欠片』の力を宿す君へ接触することを考えました。もしかするとこれは『大魔女の欠片』の力が君に起きた不幸に対する緩和の為のものだったのかもしれません」


「…………」


 何をどう言っていいかわからないというのが本音である。

 元凶は母さんを襲った男達である事は動かない。

『大魔女の欠片』は母さんと“彼女”と自分の三つ巴の不幸に対し最善を尽くしてきた。

 いや、百五十年前『大魔女の欠片』を受け取った先祖からずっと自分に至る一族全ての不幸を緩和してきたのだ。

 それがどれほどの事であるかは、考えなくとも分かる。


「率直に言います。君の一族に渡した『大魔女の欠片』を回収すると共に、君に入り込んだ“彼女”をもらい受けようと思うのですが、いかがでしょうか?」


「え……」


「おそらく『大魔女の欠片』ごと”彼女“を君から分離させれば、君は本来の紛うことなき男性体に戻れるでしょう。勿論、私にできることではありませんが、それを可能にできる方を私は知っています」


「でも『大魔女の欠片』ごとって……?」


「おや? 言ってませんでしたか? 君は私が『大魔女の欠片』を贈った人間の直系の子孫なのですよ。なので今『大魔女の欠片』は君の中にあるのです」


 そう告げられ驚くしかなかった。

 いや、今日は一日中驚きっぱなしなのだが、これには面食らったらという表現が一番合うだろう。


「ひとつ、確認したいんだけど。昨晩PCにメール送ってきたのはシェイプシフターであってるのかな?」


「はい。左様ですが、文面にどこかおかしな所があったでしょうか?」


 自分を強制拉致したのはこの宝箱のモンスターであるシェイプシフターだとういう言質獲得である。

 色々と複雑に考えていたが、蓋を開ければこんなものなのかと言った具合である。


「ちゃんと男になれるんだよな……」


「はい。それは『大魔女の欠片』のお墨付きです」


 その言葉に心の底から安堵した。

 母さんのこと“彼女”のこと……考え出したらキリがないが、それでも“俺”は“俺”になりたかった。

 なにより三十年間“彼女”が俺の事など顧みず自分を優先させてきたのなら、俺だってこれからは自分を優先さでてもらう迄である。


 犯罪者の血を引く娘は所詮、犯罪者だったのだと……




 ✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖




 トボトボと赤い鳥居を背に家路に着く。

 しっかりとした足取りは迷いなく歩を進める。


 正直に言うとシェイプシフターの話はどこまでが本当で、どこまでが嘘なのかはわからない。

 実際に自分のような異常な生体事実が、現実世界で全くないわけでは無いからである。


 それでも、もし、自然現象ではなく何らかの事情があり、そして解決法があるのなら……


 そう願い続けてきた。

 そしてその可能性がここに提示されたのである。

 例えそれが悪魔の囁きであったとしても、おそらく自分は同じ答えにたどり着いたであろう。


 そして次に、この異世界に自分と同じように異世界召喚された二人の人間の事を考える。

 シェイプシフターの話を全面的に信じれば、下手をすれば自分と同じように異世界人とモンスターの認識の違いで、二人が要らぬ不幸を被る可能性は低くはない。

 そしてそれを見過ごすことは、自分にはできなかったのでミッションの依頼は受けることにした。


 自分の判断がどこまで通用するかはわからないが……


 その昔、黒縁眼鏡を掛けていると言うだけで虐められていた自分を救ってくれた双子の正義の味方がしてくれた様に、自分にも誰かの不幸を少しでも減らせるのならと思ったのである。


 シェイプシフターが「もし君がミッションの依頼を断ったなら、ここでの君の記憶を消して君の中から『大魔女の欠片』を抜き取り元の世界に送り返し、次の策に移行するだけですよ」とあっけらかんと答えてくれたのにはゾッとした。

 そうシェイプシフターは自分を哀れんで、異世界召喚した訳では無い。


 ただ自分の策にちょうど良かったから──なのである。


 他の二人を異世界召喚したマッドサイエンティストにもナルシストにも劣らぬエゴイスト。

 何せ相手は異世界のモンスター。

 そうであっても何らおかしくないのだと、今更ながらに思い知らされたのだ。


「コレは気を引き締めていかないと、自分が望む最後の姿とはかけ離れた結末になる可能性があるな……」


 あまりに唐突で、それでいて決して愉快ではない異世界と自分の距離に大きな隔たりを感じながら、様々な思惑と事情の渦中へといずれ呑まれることを予感しながら玄関の扉を開いた。







これにて完結となります。

ご閲覧ありがとうございました。

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