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2話

 



 チーン。


 いつもの様にトースターがトーストの焼き上がりを告げる。

 それがまた、あまりにも日常的すぎてここが異世界だということを忘れてしまいそうになる。


 うん、まぁ。状況は何も変わらない。


 正直、起きたら夢だったらいいなぁ……なんて思って床についたのだが、そう甘くはなかった。

 ベランダの外、キラキラと青々とお生い茂る木々の葉の合間から朝日がこぼれ落ちる。

 ピーピーと愛らしい小鳥達が地面の草の間を啄んでいる。

 どうやら彼らも朝食のようだ。

 何を食べているかはあえて考えない。


 PC画面に音沙汰はない。

 ミッションをこなさなくては元の世界に戻れないのだから、できれば早く次の通知が欲しいのだが、こちらの都合など拉致られた事実からも元より考慮されはしないだろう。


 それに……


 サクリ……焼きあがったトーストにマーガリンを塗って頬張る。


 実を言うともう一つ目のミッションは初めの文面で告げられているのかも……とも考えている。

 考えすぎかもとも思うが、もしそうならば座しているだけでは一向に次のミッションはやってこない。


「やっぱり『社』に行くしかないか……」


 もし『社』に行くという行為が、判断力と望み通りに動く駒として十分であるかどうかを査定する材料だとすれば、なくもない話である。

 こちらにしてみればはっきり言って面白くない案件だが、企業が面接を行う際に一番見極めなくてはならない所であろうことは言うまでもなく、この相手がただの行き当たりばったりの能無しでないという事実を知ることが出来る。


「出し抜くことはできなさそうだなぁ」


 ライトノベルで異世界召喚された主人公並の頭の足りない輩ならよかったのにと、思わずにはいられなかった。

 勿論この考えに至ったのは、昨日のメールの文体が和文だったからである。『コチラ』の文字がどのようなものかは知れないが、いくらなんでも日本語だとは思えない。もちろん“違う”とは言いきれないが、そこら辺も含めてやはり『社』に行くのは必須な気がするのだ。


「一応、昨夜なんの対策もせずに寝たけど、本当になんの音沙汰もなかったし……」


 ぶっちゃけ自分でも無茶するなぁとは思うが、『森の中は安全』という事が事実かどうかを確かめるには手っ取り早い方法だと思ったのである。

 そもそもこっちに来た時、既に夜だったしいくらなんでもあの状況で外を散策する気にはなれなかった。

 もしこの森が危険だった場合、外にいようが中にいようが、ただの人間でしかない自分に訪れる結末は一つしかないのだから。


 トーストの最後の一欠片を口の中に放り込み、アイスコーヒーをグイッと飲み干す。


「さて鬼が出るか蛇が出るか……運試しと行きますか」


 そいう言って重い腰を上げた。




 ✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖✖




 リビングを後にして靴を履き、玄関のドアの前に立つ。

 いきなりジ・エンドは勘弁な……と心の中で呟きながらノブを回しドアを開ける。

 ドアはなんの障害もなくすんなりと開いた。

 そして特に身の危険になるようなことも無く、目の前には静かで美しい森が広がり、そしてその真ん中にはこじんまりとした社が建っていた。


 木造式の小さな社である。

 社の周りは背の低い石垣で囲まれ、正面は赤い鳥居が門となり締め縄が吊るされている。

 神社とかでよく見る、狛犬のような門番はいない。

 何を祀っているかはあまり考えなくはないが、それでも攻略の手がかりになるかもと思えば、無視はできない。


 一応、警戒しながら地面に足をつけるが、特に何も起きない。

 命に別状はないと知りとりあえずは安堵する。

 地面の土は整えられており、社へと一本道を作っている。

 周囲の草木も無造作に生い茂っていると言うよりは、誰かの手が入っていという感じである。


「もしここが私有地なら、安全だという事は納得できるかな」


 周囲を見渡し呟くと、朝の爽やかな風にサワサワと木々が揺れた。


「徒歩三分を地で行く近さ」


 広告などでよく見る大凡の時間とは違い、近過ぎず遠過ぎずの距離感が心地いい。


「いかんいかん。こんなことで絆されてどうする」


 元の世界の歪な駆け引きに毒されてきただけに、馬鹿正直なこの異世界の森の法則が、羨ましくさえ思える。

 赤い鳥居を見上げ、木々の緑とその先の青空と白い雲。

 本当なら今頃は通勤中だろうに、帰ったらどういう扱いになっているのだろうと、不安になる。


「帰る時、時間指定くらいはさせて欲しい……」


 異世界に拉致られたせいで無断欠勤となり、クビとか洒落にならない。できるなら異世界に転移した日の夜に戻してもらわないと……とは思うものの、現実的に考えて望み薄である。

 現代の日本の就職難を馬鹿にできない自分の年齢に、頭を抱えたくなる。


「とりあえず、行くか」


 考え出したらキリがないので、とりあえず赤い鳥居くぐり抜け、社へと足を向けた。

 赤い鳥居から約十歩と言ったところか、石畳の道を歩けば、あっさりと木造の社と辿り着く。

 社は随分と新しいようで檜に似た、いい香りが漂う。

 三段階の階段を登れば、格子の両開き扉がそこにある。

 格子の扉だが中の様子は真っ暗で、外から中を確認することはできずない。

 深呼吸を一つして、意を決して扉を押し開いてみる。


 きー


 小さく蝶番が鳴く。

 外からは真っ暗で何も見えなかった社の内側は、とても明るく清潔感ある内装……というか、家具や装飾品らしきものは一切なかった。


 あるのはひとつの宝箱のみ。


「ここまで和式を揃えておきながら、どうして最後に洋風のレトロな宝箱なんだ……」


「はて、なにか違いましたか?」


 思わず状況にツッコミを入れたら、返ってくるはずのない返答が耳に届く。


「え!?誰!?」


 慌てて周囲を確認するが、誰の姿もない。

 社の中にあるのは、金色の赤い生地と宝石が散りばめられた、よくゲームなどで見かける宝箱だけである。


「…………」


「…………」


 しばらくの沈黙ののち、ひとつの答えにたどり着く。

 ここは異世界。

 今はまだ遭遇していないが、異世界といえばやはり存在するであろう者達がいる。


「ミミック……?」


「当たらずとも遠からず……といったところですか……」


 目の前の宝箱に向かって問いかけると、どこか残念そうな声が返ってきた。


「いえ、間違いではないですよ。ただ私は自分をミミックだとは思っていないとうだけです」


 低く落ち着いた声が心地いい。

 それがゴテゴテに飾られたレトロな宝箱からでなければ、どれだけ良かったか……よりによって色物モンスターですか……いや、モンスターの強さでいえばそこそこの強キャラなのだが、今求めているのはそういう物ではないという話である。


「えと……よくわからないが、その……宝箱のモンスターでいいんだよな」


「正確には宝箱の姿に扮した魔物……なのですが、どうも『ミミック』の名が世間で定着してしまい、偽りの解釈がまかり通っているのが現状ですね」


「そう……」


 どうやら目の前にいる宝箱のモンスターは、自分の知るミミックという宝箱のモンスターとは違うらしい。


「じゃぁ、いったい……」


 どう見てもミミックなのだが、本人が違うというのだからこちらの我を通す訳にも行かなし、なによりこれからの事を考えれば、良好な関係を築いておく必要がある。

 自分をこの異世界に転移させた存在に近づく為にも……


「……ふむ、そんなに肩ひじ張らなくてもいいですよ。取って食いやしません」


 ミミックの姿で言われても説得力ありません……


「私は『シェイプシフター』……特定の器を持たぬ変幻自在の魔物です」





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