序章1節
想いと魔法が交差する。
長編ファンタジーの序章部分です。
今回は常連客と幼馴染との関係性に重点を置いて書いています。
本文序盤に登場する言語は創作言語です。
何と言っているのかは予想するも良し。
正式な翻訳は後半か支援者向けの特典として公開する予定です。
鋭い刃物のような大勢の視線が私の身体に突き刺さる。
「Presia towela,dolor ejec…」
(好きでこの姿に生まれたんじゃない)
欲深な物好き達はは、私の虹色に煌めく宵闇色の髪を欲した。
「Presia salva,hidis…」
(やめて私は普通の人間として生きたいだけ)
不吉を嫌う者達は、私の不気味な夜に輝く月の瞳を忌み嫌った。
「realta’o ciellsphere…」
(貴方達以上に私は貴方達が嫌いよ)
燻る苦しみの念が心の底から湧き上がり、口をついて出る。
されど自分の口から出るのは聞き慣れない言語。
それが不穏な旋律となりまるで歌でも歌うかの如く怒りと悲しみで震える唇から溢れ出る。
「Presia Salva...salva..!sal…!
「テルちゃん…!」
跳ねるような高い声が心配そうに私の名前を呼ぶ。
悪い夢から醒めた虹色に輝く紫の髪の女性はゆっくりとルビーのような目を開き、机に突っ伏していた上体を起こし背伸びをした。
彼女の名はエウテルペ。
魔術が主流なこの国の生まれでありながら魔術が得意ではない彼女は、現存の魔術とは別の手法で何とか魔術に近いものを創り出そうとカフェ経営の傍ら研究をしている。
しかし特に何の進展もないまま睡魔に襲われそのまま寝てしまっていたようだ。
ラフな部屋着を纏ったエウテルペが背伸びをしながら声の主に不機嫌そうに話しかける。
「ふぁぁ…何よモニカ騒々しい…」
甘いチョコのようなブラウンのボブカットの女性が飴色の丸い目で寝ぼけ眼のエウテルペに話しかける。
「おはようテルちゃん。よく寝てたね?」
彼女の名前はモニカ・アルバーニ。
カフェを経営するエウテルペと同棲しながら冒険者として家計を共に支える幼馴染だ。
艶やかな癖っ毛の紫の髪の生えた頭をボリボリと掻きながらモニカにエウテルペは問いかける。
「今何時…?」
「…えっと…12時半…」
頭を掻く手をピタリと止め一瞬考えた彼女を勢いよく椅子から立ち上がる血相を変えてモニカに向かって叫んだ。
「な、嘘でしょ?!何でもっと早く起こさなかったの?!」
けたたましいエウテルペの怒号にモニカは困り声で答えた。
「い、いや私も今さっき戻ってきたところだし…ドアの前でマーガレットさんが心配そうにしてたから入ってみたら…」
モニカは先刻まで仕事に行っていて今しがた帰って来たところらしい。
エウテルペは頭を抱え大きなため息を吐き、バタバタと大きな音をたて大慌てで身支度を始めた。
仮にもカフェのオーナーなのにこんな間の抜けた事をする、しかも顧客を待たせるなど実に誠意に欠けるなどと心の中で自分自身酷く糾弾し、そのついでに店を開いてから随分時間が経っているにも関わらず相も変わらず朝起きるのが苦手な自分に呆れかえっていた。
制服代わりの青いワンピースと赤リボンのついた襟型のチョーカーを身に付け、スーツのようなしっかりとした素材でできたフリルのついた袖広の洒落たジャケットを羽織り、研究用の3階にある自室から一気に店のある一階まで駆け下りた。
お湯を沸かし、大急ぎで開店準備を済ませカフェの入り口を開けた。
ドアの向こうには桃色のタイトシルエットのシルクのドレスを纏いボンネットをつけた栗毛の貴婦人が柔らかと笑みを浮かべ、小さな手提げ鞄を両手で持ちながら上品そうに立っていた。
額に滲む冷や汗を拭い、エウテルペは頭を深々と下げながら目の前の婦人の謝罪を述べた。
「大変お待たせ致しました…本当に…本当に申し訳ございません…!」
頭を垂れるエウテルペに栗毛の貴婦人は両肩に優しく手を添え身体を起こさせにこやかに笑った。
「気にしないで。私もちょっとお寝坊してほんの少し前に来たところなのよ。ごめんなさいね、お疲れだったかしら…」
貴婦人の名はマーガレット・フォーレル。この辺境の地にあるカフェ「エウテルペ」の常連客の一人でその慈愛と優しさに満ち溢れた気品ある振る舞いでいつもエウテルペ達を見守り、手助けをしてくれている。
「お気遣いありがとうございます…大丈夫です。と、とにかくどうぞ中へ、何かサービス致します…」
息を切らしながら彼女を店内へ案内すると、マーガレットはいつものようにエウテルペが一番良く見えるカウンター席に腰掛けた。
何に致しましょう?とエウテルペが尋ねると
「あなたご自慢のブレンドティーをお願いするわ」
貴婦人は微笑み優し気な声でエウテルペに言った。
かしこまりました、と返事をするとブルーとシルバーのアザランが彩る、青い花びらの入った茶葉を取り出し茶漉しに入れ湧いたばかりのお湯を注ぐ。清涼感のある紅茶の良い香りの湯気が店内に漂った。
「大変ね、たまにはゆっくり休んでもいいのよ?」
「いいえ、自分で選んだ道ですから…どうぞ。」
アザランの銀が紅茶の水面でキラキラと輝いた。
「お砂糖とミルクを頂ける?」
「かしこまりました、どうぞ。」
机の上にコトリと砂糖の入った蓋つきの陶器をおく。マーガレットがそれを開けるとあらあらと無邪気な笑みを浮かべた。
「金平糖の入ったお砂糖なんてとっても可愛らしいわ。まるでお花が咲いてるみたい。」
白い砂糖の雪原に紅や黄色の金平糖が咲き誇っていた。
「喜んでいただけると思いまして。」
唇を結びエウテルペが照れくさそうな笑みで答えた。
「魔術の研究は順調?」
「…いいえ、特に成果も得られなくて…あはは…やっぱり難しいです。」
紅い目を細め苦い笑みを浮かべて彼女は答えた。
「お寝坊する程研究に没頭していたのね?」
「…自分自身の為ですから…」
そう…とピンクのドレスの裾を握り締め苦しそうにマーガレットが答える。
「あまり無理をしないでね…」
「ええ、あくまで本業はお店ですから。」
そういう意味で言ったのではないのだけれども、そう思いながらもあまり深く追求するのはよくないとマーガレットは会話を切り替えた。
様々な世間話をしながらサービスのデザートをそっと差し出した。
「うふふ、いつもありがとう。それにしても今回はモニカちゃんに感謝しないとね?」
「うぐっ…」
苦虫を噛み潰したような顔で恐る恐るモニカの方に振り返るとモニカがここぞとばかりに得意げな表情をしてエウテルペを見返していた。
エウテルペは己の幼馴染に向かい怪訝そうな口調で言う。
「『私がいなかったら大変なことになってたんだから感謝しなさいよね!』って顔ね…」
「私がいなかったら大変なことになってたんだから感謝しなさいよね!」
そのまま言うのか、と言った呆れ顔でエウテルペ口をひん曲げた。しかし、自身に非があるのは認めなければならないと思い喉から声を嫌々放り出すように礼を言った。
「はいはい…えーとなんだ…ありがと…」
「なーんか釈然としない言い方なんだけどぉー?まぁ?モニカちゃんは『じひぶかい』から?どぉーういたしましてーって言ってあげる!」
「腹たつなぁ…」
二人の仲睦まじいやり取りを満面の笑みで見ながら、マーガレットさんは微かに声を出して笑った。
我に帰ったエウテルペは白い肌を赤く染め、恥ずかしそうに目を窓の方へ向けてモニカにそっぽを向きながら問い掛けた。
「そういえばモニカ。今回は時間が掛かるんじゃなかったの?」
「あーうん、でもちょっと時間があったから帰ってきたんだ!ちょっと珍しいものも手に入れたから!」
腰についた革製のウェストポーチの中をガサゴソと漁り、何かを取り出すとエウテルペに差し出した。
開いたモニカの手からは青緑色の十字に重なり合った鉱物のついたペンダントが出てきた。
「大事な人の危機を知らせてくれるお守り?らしいよ!」
モニカの手からはペンダントを受け取りルビー色の瞳で舐めるように見た。
特に凝った装飾の付いていない簡素な首飾りを見ながらエウテルペは無表情で言った。
「へぇすごいわね。高く売れそうじゃない。」
「ちょ?!売らないでよ!てかそれテルちゃん用だから!!ちゃんと付けといてよ?!」
「はいはい。ありがとう。」
適当な返事にモニカが頬を膨らませる。
「ぜーんぜん信じてくれないんだからー!」
エウテルペは手に乗せたペンダントを見て少し口元を綻ばせたあと上着のポケットの中にそれをしまった。
3人で他愛もない談笑をしながらいつもと変わりない時間が過ぎていく。
なんて平穏で幸せな時間なんだろう、モニカとマーガレットが楽しそうに話すのを見ながらエウテルペは心の中で想った。
いつもの3人で世間話を楽しんでいると、来店を知らせるベルの音がした。
「あら、誰でしょう?」
扉を覗き込みながらマーガレットが呟いた。
場所柄常連以外の入店が珍しいこの店は、大概決まった時間以外に客は滅多に来ない。
エウテルペが入口の方に小走りで駆けていき挨拶をする。
「いらっしゃいませ。お好きな席におかけください。」
モニカが両手を前に揃えてぺこり、と頭を下げる。
マーガレットは入店してきた人物の方を見て会釈をした。
視線の先には、全身に白装束を纏った白髪の女性が入店してきた。
ベレー帽のような帽子にペリドットのような黄緑の菱形ブローチをつけて、髪の毛は一見するとショートの様に見えるが、長い髪をポニーテールでまとめる様に帽子の中にしまっているらしくもみあげの髪の毛が垂れ下がり下の方は弧を描く様に帽子の中にしまわれている。
案の定初めて来る客にモニカは目を丸くしてしゃがみ込み、マーガレットに目線を合わしながら小さな声でこっそりと話す。
「初めて見る人ですね。」
「そうね、この辺りでも見たことが無い人だわ…それに」
無機質な服に特徴的な立ち襟。
「ソルマリアの人ね。それにしても白い制服は初めて見るわ。」
隣国の国ソルマリアは自由で華やかなレーンブルグとは異なり、統率された経済、決められた服装、平等な社会を「謳った」国だ。
しかし、あまりに厳格に管理されすぎた社会システムは非常に息苦しく、自由を求めてこの国に逃げてくるいわゆる「亡命者」が多く、ソルマリアとの国境が近いこの土地はその手の者を多く見かける。
このカフェにも何度かソルマリアからの亡命者が来たことがある。
白装束の客はエウテルペたちのいる場所から遠く離れた場所にカウンターのほうを向いて座った。
メニューを渡しカウンターの方へ戻ろうとする店主に、ソルマリアからの来訪者らしき白い服の客が呼び止めてきた。
「あなたがエウテルペさん?」
何故知っているのだろう。少なくとも私の記憶ではその客は新規の客であったはずだが。不審に思いエウテルペが返答とともに改めて問い返した。
「ええ…そう…ですが…なぜご存知なのですか?」
白い髪の下から葡萄色の紫の目を覗かせ、微笑みを見せながらカウンターの方にチラと見た。
「聞いたのよ、あそこにいる元気のいい子にね。」
視線の先にはモニカがいた。
モニカは冒険の仕事がてらこの店の広報をしているのだが。おそらくその事を話したのだろう。
それにしても私個人のことまで話すなんて、エウテルペが眉を顰めモニカの方を見る。
「私これでいいわ。よろしくね。」
そういってメニューを指さしメニューを返却した。
少々お待ちくださいと言葉を返し、メニューを抱えてモニカたちのいる方に歩いて行った。
そこでふと不思議に思った。
モニカはその客に対して面識は内容だったし、彼女の方もモニカ自体のことは知らないようだった。
そのくらい面識のない人が何故私のことを一目見ただけで分かったのか。
そう考えた瞬間心の中にあるモヤモヤとした感情、今朝方の夢を思い出し目眩がする。
「(こんな容姿の人間他にいないし当たり前か。)」
モニカはどうせいつものように言ったこと自体忘れてるんだろう。
色々と考えながら自分自身を納得させていたが、どうにも嫌な気持ちが収まらなかった。
「おかえりテルちゃん!」
「おかえりなさい。」
二人が明るい笑顔を浮かべながら言った。
「ただいま、注文の準備をするからモニカ手伝って?」
「はーい!」
モニカはエウテルペの横に立ち手伝いを始めた。
間も無く、モニカが何かを思い出し多様にエウテルペの方を向いた。
お客さんのいる前で変なこと話したら承知しないわよ。という様な目でモニカの目を見返すと両手を胸のあたりに持ってきて宥めるようにひらひらさせながら言った。
「ちょ、変なこと言おうとしてるわけじゃないから!
えっとね、1週間くらいは私ここにいる予定なんだけど、その後はしばらく外回りで戻らないの。だから買い出しとかの手伝いは今週中にね?って言いたかっただけだから!」
その話を聞いていたマーガレットさんがどこへ行くのかを尋ねた。
「暫くは港町でウロウロして準備するんだけど、その後はなんか、新しい島が見つかったとかなんとかでそこの調査に行くの。」
妙な話題でなくてホッと胸を撫で下ろしたエウテルペが、そうなの。とやや素っ気ない返事をしたが、モニカにとってはいつもの事であまり気にしていないらしく、お土産も期待してね!と元気よく返した。
「置き場に困るような余計な物買うのはやめなさいよ?」
エウテルペが揶揄うようににやけながら言い返すと、ほっぺたをぷくりと膨らませモニカが不機嫌そうに言い返した。
「ぶー!テルちゃのイケズー!」
駄々を捏ねるモニカを適当にあしらいながらエウテルペが注文の品をテーブルへ運んでいった。
「お待たせしました」
注文されてた品をテーブルの上に並べていると舐めるような視線を感じた。
何を思っての視線かは経験上察しがついているので、自然と眉間にしわを寄せてしまっていたらしく、それを気遣うように客は声をかけてきた。
「あぁ、不快にさせたならごめんなさい。…昔読んだ本の話の女の子に…」
途中まで言いかけて黙り込んだのでエウテルペは思わずその目を見返した。
白い睫毛の下から覗く紫色の瞳は何処か虚で何を考えているか伺うことができなかった。
「いいえ…なんでもないわ。まだ気にしなくていいわ。」
何処か空虚な笑みを浮かべたその客は、出されたお茶を直ぐに飲み干して代金を置いて立ち上がった。
「味わいたいところだけど、今日は時間切れ、また来るわね。次はもっとゆっくりお茶ができるはずよ。」
そう言うと彼女は店を出てしまった。
畳み掛けるように色々な事を言われたエウテルペがぼんやりとしながら考え込んでいた。
昔読んだ本?そんな話あっただろうか?
一人首を傾げていると後ろからトコトコと足音が聞こえて肩をポンポンと軽く叩かれ振り向いた。
「大丈夫?テルちゃん?お客さん帰っちゃったね?」
ブラウンのまん丸な瞳がこちらをじっと見上げながら語りかけている。
うわ言のように返事を返すエウテルペにモニカは不思議そうな顔で首を捻っていた。
なんだろう、この胸の奥の騒めきは。
エウテルペは胸を手で押さえ立ち尽くしていた。
その様子を見たマーガレットが、心配そうにこちらを伺っていた。
「また来るわね」
本来は嬉しいはずの言葉にどうしてこうも不安を覚えるのか分からなかった。
しかし何故だろう、あの白い髪と紫の瞳に何処か懐かしさと底知れぬ不気味さを感じた。
「(まあいいか…どうせ考えてもわからないし…。)」
そう心の中で一言呟き、なんでもないと言って食器をまとめて持ち上げ、カウンターの方にエウテルペは戻っていった。




