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切り結ぶ水曜日  作者: 灰色大神
8/11

第8章 銀色の爪

 私は一体、何者なのだろう。

自分が縁切り神だという事だけは、分かる。

それとあと、もうひとつ…もうひとつは、みやと一緒に居ると、言葉に出来ない感情が沸いて来るという事だった。

喜怒哀楽がない交ぜになったような激しいエネルギー。

この感情の正体は一体何なのだろうか…。


 夜中、私はひとりで目を覚ました。

ベッドの上では、みやとチビ狐がぐっすり眠っている。

私は眠る事が出来ず、何となく、ぐるりと部屋を見渡した。

ふと、箪笥の上に置いてある写真立てが気になり近づく。

写真立ては伏せられていて気が引けたが、そっと起こした。

「…っ!?」

写真立てを見た瞬間、強い力に圧倒された。

写真自体は、みやと両親らしき人が仲良く写っている、何の変哲も無いものだった。

けれど、この違和感の正体を確かめたくて、私はゆっくりと手をかざす。

「ぐっぅ…!」

大声を出しそうになって、慌てて呼吸を整える。

今私が感じた感情は紛れも無く、怒りだった…。

この怒りは、誰のものなのだろう…?

みやか、両親か、犯人に繋がる誰かか、それとも…。

そう考えていると、紅い光が輝いて、私は強い眠気に襲われた…。


 激しい雨に打たれて、私は地面に這いつくばっていた。

起き上がろうともがくが、ぬるりと滑って力が入らず、動く度に赤黒い液体がぼとりと散らばった。

「うぅ…」

喋る事が出来ずに、声にならない呻き声を上げながら、雨空に向かって怒りをぶつける。

身体は黒くドロドロに溶け、もはや原形を留めていない。

ここまでか…。

そう思い、目を閉じようとすると、空から何かが降りて来た。

それは白い、傷だらけの縁切り神だった…。

「何という、酷い姿だ。怒りという感情だけで、かろうじて留まっているのか…。もはやお前は、何者でもない」

ピシャリとそう言い切られ、私は身体を動かして、反抗する。

「うぁぁ…!」

「そのような姿となっても、まだ動こうというのか。良かろう。まだ存在する意志があるならば、己のした事を見よ。下を見るのだ…」

私は土砂が崩れ、ガードレールが壊れている方へ近づき、ゆっくりと下を見る。

そこには…倒れた車と、車の下敷きになった男女の死体があった…。

これを私が、やったというのか…。

「お前は、縁切り神の掟を破り、人の生と死の縁を切った。今は形無き、ただの化け物だ…」

私は懸命に身体を動かし、違うと訴える。

「我の言う事が信じられぬか。思い出してみよ」

私がそんな事をするはずが無い…。

思い出そうとすると、ある子どもの姿が浮かんだ…。


 「かみさま、どうか、兄ちゃんとあいつらの縁を切って下さい…!」

初めてその子どもを見た時、ひとりで神社に参りに来るなんて珍しいとは思ったものの、ただ、あぁ、居るなという印象しか抱かなかった。

しかし、その子どもは、何度も何度も来るようになった上、いつも同じ願いを言って帰って行った。


 そろそろ願いを叶えるため、縁を切ってあげようかと思ったある日、子どもは泣きながら神社へやって来た。

嫌な予感がする…。

「かみさまっ!かみさまっ!お願いですっ!あいつらが生きてる事が、許せない…!殺してよっ…かみさま…」

正直、参ったなと思った。

私達縁切り神は、人の生と死を切る事は許されていない。

そんな事をすれば縁切り神では居られなくなるだろう…。

私は一瞬迷ったが、そのまま様子を見る事にした。

だが、それがいけなかった…。


 数日が経ったある日、また子どもが現れた。

その顔は青ざめていたが、強烈な怒りを感じた。

「かみさま…遅いよ…。兄ちゃん、兄ちゃんが…。あいつらも許せないけど、先生はもっと酷い!あいつは鬼だ。あんなの人間じゃ無い…。だから、殺してよ、かみさま…」

物騒な願いはたくさん見て来たが、子どもの願いは切実だった。

「どうして、そこまで強く願う…?」

「う、うぁぁ!かみさま…?本物…?」

「お前が呼んだんだ。驚くな…」

「う、うん…かみさま、だって酷いんだ。あいつらのせいで兄ちゃんが…。どうしてもっと早く出て来てくれなかったの…?」

「済まない…。私は人間の願いを叶えるのに疲れたんだ。人間の嫌な部分をたくさん見過ぎた…」

「そんな…お願いだよ…。あいつを殺してよ…。かみさまなら、出来るんでしょ?」

子どもの目が真っすぐに向けられる。

「それは、出来ない。私達にも出来る事と、出来ない事がある。それに、怒りに身を任せれば、破滅するのはおまえ自身だ」

「良いよ…。それでも良い!自分がどうなったって、構わないよ!」

私はしばらく目を閉じた後、ゆっくりと、小さな鋏を渡した。

「これは…?何…?」

「それは私の力。半身のような物だ。そんなにその人間の命の縁を切りたいなら、自分でやってみろ…」

「じ、自分で…。分かったよ。ありがとう、かみさま…!」

子どもはそう言うと、鋏を受け取り帰って行った。

小刻みに震える小さな背中を見て、どうせ出来はしないと思ったのだが…。


 「どうだ、思い出したか?」

私は雨に打たれて、はっと我に返る。

そうだ、思い出した。

あの子どもは切った。

怒りで自分の心を満たす事と引き換えに、憎くてたまらない相手の命の縁を切った…。

私はもう一度、倒れた車を見る。

その結果がこれなのか…。

「ようやく、思い出したようだな。お前の軽はずみな行動のせいで、子どもは怒りに支配され、そこにいる人間は死んだ」

軽はずみなんかじゃない、悩んだ末の事だったと言おうともがくが、言葉が出ない。

「何者でも無くなった怪物よ…。後悔しているのか、怒っているのか…。このまま消滅させる事も出来るが、機会をやろう…」

白い縁切り神の手から光が放たれると、呼吸が楽になった。

「う…あ…ち、違う…!私は、軽い気持ちで、鋏を渡した訳じゃ無い…」

「そうだとしても、お前は恐れていた。お前の罪は、子どもに力を与えた事では無い。子どもの縁から、目を背けた事だ…」

その言葉に、私は何も言い返す事が出来なかった。

「お前には、見えていたはずだ。子どもの兄が、どれだけ悲惨な目に合っていたかを…」

「そ、その通りだ…。私は、もう、見たくなかったんだ。自分が縁を切った事で、引き裂かれていく関係や、それを喜ぶ人間…。人間の心、縁から逃げていたんだ…」

「自らの罪を認めるのか…」

「あぁ…早く、消してくれ…。もう良い…」

私は全てを諦めて、ぐにゃりと地面に身体を預けた。

「面白い奴だ。我の身体を見るが良い。この身体の傷は、縁を切り続けて出来たものだ。人間の怒りも悲しみも、全てこの身に受けて来た。だが、お前は違う。気が変わった。大いに悩み、人間を理解するが良い…」

すると、突然、身体中に痛みが走った。

ドロドロだった身体が、手足が、形を創っていく。

「うっぐあぁぁ…!」

「どうだ…?まるで生まれ変わっていく気分は…。新たに、名前もやろう…。今日からお前は、紫苑(しおん)だ」

「紫苑…?」

与えられた名前を口にした時、私の身体は溶けた状態では無くなっていた。

本当に生まれ変わったかのようだ。

「私…私は…」

「今からお前は、これまでの記憶を徐々に失う。子どもの事、罰を受けた事、殺した人間の事、そして我と出会った事も…」

「記憶を?何故だ…?」

ようやく身体を起こした私の問い掛けに、白い縁切り神は静かに首を振った。

私を無視してそのまま続ける。

「しかし、万が一にも思い出す事があれば…人間の縁と真剣に向き合う事があれば…その時、お前は本物の、真の縁切り神となるだろう…」

天に去って行こうとする縁切り神に、私は叫び声を上げる。

「待て!何故生かす!?どうして…どうして名前なんか…」

「それは、己で考えよ。さぁ、時期に、記憶が失われていくぞ。お前に残るのは、紫苑という名前だけだ。人間の縁の中に、己の存在を見つけよ…。それでは去らばだ。我が名は山茶花(さざんか)。すぐに忘れるだろうがな…」

もっと話を聞こうと天に手を向けたが、全身の力が抜けて、目の前が真っ暗になった…。


 目を開けると、みやの部屋に居た。

床に倒れた私の傍には、写真立てが転がっていた。

心臓が脈打ち、気が動転した。

そんな、まさか…。

もう一度、ゆっくりと写真を見る。

今のは、私の昔の記憶なのだろうか…。

一体、何故…。

いや、分かっている…本当は、分かっている…。

あの土砂崩れに巻き込まれて、死んだ2人は、この写真に写る、みやの、両親だ…。

私は仰向けになり、両腕で顔を覆う。

何て事だ…。

なら、みやの両親を殺したのは、私ではないか。

子どもに力を貸した、私のせいだ…。

ふらりと起き上がり、写真立てを元の位置に戻す。

みやを助けに来たのに、両親を奪ったのが私だったなんて、なんて滑稽な話だろう。

ベッドの上で、幸せそうに眠るみやの顔を見ると、自分の愚かさに辛くなる…。

今まで一緒に居て、時折感じていた激しい感情の正体は、これだったのかと納得する。

きっと私の身体は、人間の怒りや憎しみという感情で出来ているのだろう…。

特に、あの子どもの強い怒りだ…。

そこで、ふと思った。

あの子どもは誰だろう?

記憶の中ではまだ幼く、ぼんやりとしていて、少年だったか、少女だったかも分からない。

この時の子どもが、みやに対して何らかの恨みを持っているとすれば…。

事件に関係あるどころか、犯人の可能性すらある…。

私は、自分の過去に囚われ、またあの廃屋に逃げてしまいたいと一瞬でも思った事を恥じた。

私が何者だったとしても、みやの両親を殺していたとしても、事件を止めて、みやを助けるという事に変わりは無い。

私は銀色に輝く手甲の付いた拳を固く握りしめる。

すると、伏せた写真立てから紅く、弱い光が現れた。

光は糸のようにするりと伸びると、窓へ向かって行った。

私は音を立てないよう、ゆっくりと窓を開ける。

「…っ!」

思わず息を飲む。

紅い光が、学校の方角へと消えていったからだ。

やはり、犯人は、学校の誰かという事なのだろうか…。

もう少し、もう少しだよ…。

私は、みやの傍まで行き、心の中で誓う。

最初は楠木(くすのき)みやという人間を助けに来た。ただ、それだけだった。

でも、今は違う。

みやを、救いたい。単なる罪滅ぼしじゃない。

私自身の意思で…。

明日になったら、みやに詳しく話を聞こう。

それは、辛い事かもしれないが…。


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