第6章 黄金色のしっぽ
あたしは、天界では超がつくほどのエリート神様だった。
だってあたしは、凄く偉い縁結び神、雷花様の後継者だから。
雷花様は尻尾が無い神様で、凄く強い力を持っているけれど、偉そうにする事は無く、みんなから好かれていた。
あたしもそんな優しい雷花様が大好きだった。
天界は人間界と違って、全体がふわふわとしていて、曖昧だ。
雲が流れている事もあれば、小っちゃい神様がぷかぷか漂っている事もあった。
どこまでも広いけれど、ぴょんっと跳べば、一気に進む事が出来る。
あたしはいつも自慢の尻尾を揺らしながら、ぴょんぴょん跳んでいた。
そうすると、誰もがあたしに挨拶してくれる。
「あっ!柚子様!こんにちは。今日もお元気ですね」
「うん!こんにちは!元気だよー!」
「柚子様の尻尾はお綺麗ですね!」
「ありがとう!でも、早く雷花様みたいに尻尾が無くなって、全身がキラキラと輝いているような神様になりたいなー」
「柚子様ならきっとなれますよ!」
柚子様、柚子様…。
毎日そうやってみんなが褒めてくれた。
あたしは偉い神様なんだ。だから、雷花様もきっとすぐに認めてくれるはず。
そう思ってあたしは雷花様の真似事を始めた。
人間界へこっそり行って、縁結びの神社に来た人間の縁を結んでいった。
あたしの力は強かったから、片想いの人間たちは両想いになっていったし、ツキがない人間にはラッキーな事がたくさん起こっていった。
そんなある日、あたしは雷花様に呼び出された。
あたしは凄く褒めてくれるだろうと、自慢の尻尾を揺らしながら、雷花様の元へ行った。
「雷花様っ!お話って、何ですか?」
「ふむ…。柚子、言いにくい事だが、お前は人間の縁というものを理解していない。もっと勉強しなさい…」
「えぇーっ。雷花様っ!あたし、頑張ってますよ。たまに人間界に行って、縁結びしてますし」
「お前のやり方には、問題があるのだよ…。何でもかんでも結べば良いというものではない。人間は複雑で、難しい生き物だ…」
「うーん。でも大丈夫ですって!あたしが縁を結んだ人間は、みーんな幸せそうですもん!」
「やれやれ…。私は心配だよ…。とにかく、私が言った事は肝に銘じなさい。人間の心…縁。それを理解するのが、何より大切だと」
「雷花様…。はーい…」
あたしは酷くいじけた。あたしはあたしのやり方で雷花様に認めて貰いたいと思った。
だから、人間界へ行く回数を増やして、縁結びももっとたくさんやった。
何度見ても人間たちは幸せそうだった。
けれど、ある時異変に気づいた。あたしが縁を結んだはずの人間が喧嘩して別れてしまった。
あたしは誰の仕業なのか、必死になって探し、犯人を見つけた。
縁切り神だ…。
雷花様や、他の縁結び神たちには、近づいちゃ駄目だと言われていたけれど、あたしは勇気を持って縁切り神たちの所へ行った。
「や、やい!お前たち、縁切り神だな!せっかくあたしが結んだ縁をどうして切ったりなんかしたんだっ!」
縁切り神たちのいる所は、暗くじめじめとしていて、紫や黒の雲が飛んでいた。
「あぁ…?なんだい、このチビは?あたいたちに喧嘩売りに来たってのかい?」
「う、うるさいっ!」
「生意気な狐だね…。こんな所にひとりでのこのこ来るなんて馬鹿だよ。やっちまいな、お前ら!」
「ひっ…!」
「待て…」
すると、雲の奥からぬっと、全身真っ白の縁切り神が現れた。
片目が無く、あちこち傷だらけの異様な姿だった。
「お前は確か、縁結び神、雷花の後継者だな?何故ここへ来た…?」
「だって…あたしが一生懸命結んだ縁を、切られたんだもん。酷い事をするなって、言いに来たんだ」
「ほう…そうか、お前だったか。最近、人間界で片っ端から縁を結んでいるのは…。酷いのはお前の方ではないか」
「どうして?人間たちはみんな喜んでるのに…」
「我らには我らのバランスがあり、ルールがある。今のお前では、雷花の後継者どころか、縁結び神の役目もろくに務められないだろう…」
白い縁切り神がそう言うと、周りの縁切り神たちは大きな声で笑った。
あたしは馬鹿にされたのが悔しくて、白い縁切り神に向けて、式神の蛇を放った。
「あたしは、雷花様の後継者なんだ!馬鹿にするなっ!」
しかし、あたしの放った蛇は、近くにいた縁切り神の鋏で切られ、紙になってしまった。
「あんた…今、山茶花様に式神向けやがったね…!許せん!」
次の瞬間、銀色の刃が光ったかと思うと、何かが大量にはらはらと落ちてきた。
それは凄く身近な…いつも大切にしてきたものだった。
「ぎゃぁぁぁ!あたしの…あたしの大事な尻尾が…!」
「ふんっ!無様だねぇ。でも、これであんたの尊敬する雷花様に少しは近づけたんじゃないかい?」
1人がそう言うと、全員が笑った。
あたしは凄く悔しかったけれど、どうする事も出来なかった…。
「さぁ、立ち去れ。小さく弱き縁結び神よ。そして二度とここへは来るな。我らは次は容赦せんぞ…」
あたしは、急いで立ち去った。
泣きながら暗い色の雲の中を突っ切った。
後ろから笑い声が追いかけて来るようで、怖くて振り返る事も出来なかった。
縁切り神なんて、大嫌いだ…!
あんな暗い所に居て、意地悪する奴らなんて、もう絶対に会いたくない。
とにかく今は、早く自分の所へ帰りたかった。雷花様の所へ…。
途中、色んな神様が心配して声を掛けてくれたけれど、あたしは涙でまともに答える事が出来なかった。
「雷花様っ!雷花様ぁぁ…!」
「柚子!その尻尾は…!?一体何があった!?」
あたしは雷花様に正直に全てを話した。
「あれほど縁切り神たちには近づくなと警告したのに…」
「ごめんなさい…」
「あれは、なくてはならないが、私たちは真逆の性質を持つ神だ。軽々しい気持ちで近づいてはいけない」
「はい…」
「尻尾の事なら気にしてはいけないよ。しばらくすれば、きっとちゃんと元に戻る。それまでは大人しく、ゆっくり休んでいなさい」
「ありがとうございます。雷花様…」
雷花様はそれからずっと、あたしの様子をみていてくれた。
時が経ち、やっと尻尾がある程度戻ったある日、雷花様は大事な話があると、あたしを呼んだ。
「雷花様―。大事な話って何ですか?」
「今、人間界である事件が起きようとしている。それを解決しに行って欲しい…」
「えぇ!?事件って何ですか…?それに解決って…。別の神様の方が良いんじゃないですか…?」
「具体的な事は私にも分からないが、凄まじい執念の気を人間界から感じるのだ。だから柚子…。お前の縁結びの力で事件を解決しに行きなさい…」
「む、無理ですよっ!あたしにはそこまでの力…」
「無理ではない。お前なら出来る。このままでは最終的に人間界で大きな混乱が起こる可能性があるのだ…」
「で、でも…」
「それに、今回はひとりではない。縁切り神の紫苑も一緒だ」
「えっ!?紫苑って、あの変な縁切り神の?あたし、行きたくないです!」
縁切り神は大嫌いだ。それに、紫苑は最近現れた得体の知れない縁切り神だ。
雷花様の頼みでも、ますます行きたくなくなる。
「柚子…。良く聞きなさい。私にはもうそんなに大きな力は残されていない。お前は私の後継者だ。この事件を解決し、人間とは何か…縁とは何かを学んでくるのだ…」
「雷花様…」
雷花様は、黄金色の瞳でじっとあたしを見た。
「頼む。時間はあまり無いようだ…」
「…分かりました」
あたしは事件を解決して、雷花様のような立派な縁結び神になる事を決意し、人間界にやって来た。
なのに、それなのに…。
また、たくさんの縁を片っ端から結んで、みやみやを困らせてしまった。
大変な事になってしまった。あいつの言っていた事は正しい…。
たとえ時間が無いとは言っても、縁はめちゃくちゃに結んで良いものじゃない…。
ふいに、後ろの方から鋏の音と、笑い声が聴こえて来た。
たくさんの足音が追いかけて来る…。
きっと、またあたしの尻尾を切る気だ。嫌だ。あたしは縁切り神が嫌いだ。
縁切り神が…怖い…。
必死になって逃げ回るけれど、声はずっと追いかけて来る。
「随分、無様だねぇ!また、あたいたちが尻尾を切ってやろうか?」
「今度はもっとズタズタにしてやろう…。原型を留めない位に」
嫌だ…。絶対に捕まりたくない。
「さぁ、いつまで逃げ続ける?力なき、愚かな縁結び神よ…」
あたしは、みやみやを、助けるんだ…。
すると、前方に光が見えた。
あたしは迫る声たちを振り切って、黄金色の光へと走り、その中に飛び込んだ…。
「ぶっ、はぁ、はぁ…。なんだ、夢か…」
目が覚めると、いつものみやみやの部屋だった。なんだか凄く嫌な夢だった。
「あぁ、柚子、おはよう。何か、凄くうなされてたけど、大丈夫?」
「う、うん。まぁね、大丈夫だよ…」
みやみやはあたしの尻尾を櫛で丁寧に梳かしていた。
良かった、尻尾はちゃんとある。切られたりなんかしていない。
「ていうか、みやみや、何してるの…?」
「あぁ、なんとなく。うなされてたし、綺麗な尻尾だなぁって思ってさ」
「ふふん!そうでしょ。自慢の尻尾だよー」
「柚子は触っても嫌がらないよね?弟切さんは嫌みたいなんだけど」
「まぁ、あいつはそういう奴だよ。ビビりなんじゃないの」
ベッドを見ると、あいつがすやすやと眠っていた。
しかも、人間の姿で、何故かちょっとニヤけている。
き、キモい…。一体何があったんだ…。
あたしの視線を勘違いしたのか、みやみやが説明してくれた。
「弟切さんなら、熱も引いたし、大丈夫みたいだよ。きっと力も元に戻ると思う…」
「別に心配してないよ。縁切り神って犬みたいにしぶといんだから」
すると、みやみやはお腹を抱えて笑った。
「ふっふははっ…た、確かに、ちょっと犬っぽいよね。狼なんだろうけど。弟切さんは不機嫌な犬みたい…」
「ぶはは!みやみや、それめっちゃ面白い。起きたら言ってやりなよ」
それからしばらく、あたし達はゲラゲラと笑い合った。
「みやみや、あのさ…」
「うん、何?」
「あたし、縁切り神の事嫌いだけど、それだけじゃなくて、怖かったんだ…ずっと…。それを思い出した」
「えっ?縁切り神が、怖い…?」
「うん、昔ね、天界に居た時ちょっと調子に乗っちゃった事があって…。縁切り神に尻尾を切られたんだ…」
「えっ…痛くなかった…?」
「痛かったよ…心も、身体もすっごく…。それに何より、雷花様…偉い神様に悲しそうな顔をされたのが辛かった…」
「柚子…」
みやみやは話を聞いている間、ずっと尻尾を梳かしてくれていた。
「でも、柚子はいつも弟切さんを馬鹿にしたり、からかったりしてるでしょ?弟切さんの事も怖い…?」
「まさか!怖くないよ。こいつは縁切り神の中でも変わり者で、間抜けだし…不機嫌な犬だもん」
「ははっ。そっか、それなら良かったよ」
「それにあたし、もう縁切り神自体も怖くないよ」
あたしは力強く頷いて見せる。
「みやみや、この事件、絶対に解決して終わらせよう」
「うん…!」
「そうだ」
あたしはぴょんっと立ち上がる。
「ちょっと辛いかもしれないけど、今の内に今まで起きた殺人を整理しておこうよ」
「そうだね…」
みやみやも真剣な顔で背筋をシャキっと伸ばした。
「まず1つめ、体育教師が公園で発見された。首にはロープのような跡…。曜日は、水曜日…」
「うん。そう言えばその前に、わたしは体育倉庫に閉じ込められてたんだよね…。あれは、何だったんだろう…?」
「うん。そこは凄く気になるところだよね。みやみやを殺そうとしていたなら、他に方法がいくらでもあるだろうし…。何か別の目的があったのかもしれない…」
「別の目的…」
「うん…。そして、2つめ。2つめは、肉屋のおばちゃんが商店街の路地裏で発見された。こっちも同じく首にロープのような跡、水曜日…」
「うん…」
みやみやは辛そうな顔をしていた。あたしはさっさと次に進める。
「3つめと、4つめは、美術部の先輩と後輩が、文化祭の日に発見された。これも水曜日、コードで首を吊られていた…」
「うん…。あんな光景は、二度と見たくないよ。共通しているのは、全部水曜日って事だね…」
「そうだね。それと、全部絞殺だ…。その2つに犯人は何故か強くこだわっている…。そこが解れば、きっと犯人も解ってくるはずだよ…」
「うーん…うー」
みやみやは頭を抱えて呻っていた。
気持ちは分かる。そんなに簡単な事件なら、あたし達はきっと呼ばれていない。
警察がさっさと解決して終わりだろう。
「水曜日っていうのは、やっぱりピンと来ないよ。でも絞殺の方は…これ、前にテレビでやってた話なんだけど」
「う、うん」
あたしはぐっと身を乗り出した。
「絞殺は、相手の苦しむ顔が長く見たいがために選ぶ犯人が多いんだって…。あと、結構力がいるから、男の場合がほとんどだって言ってた気がする…」
「苦しむ顔が長く見たいか…酷い奴だ…」
「うん、わたしもそう思う。犯人はそうやって、わたしの身近な人を苦しめて、わたしを追い詰めてるんだと思う。凄く残酷で、卑怯な奴だよ…。絶対に許せない…」
「みやみや…」
みやみやの瞳は、怒りと悲しみでゆらゆらと、揺らめいていた。
「そうだ、もう1つ思い出した…。わたし達が弟切さんを見つけた時、弟切さんの身体は傷だらけだった…。これも犯人の仕業かな…?」
「そんな馬鹿な。だって神様に傷を付けるなんて…。こればっかりは事故だよ。なんでもかんでも犯人に結びつくとは思えない…」
「そっか。そうだよね…。でもなんかさーもう何でも事件と関係あるように見えて来ちゃうよ」
そう言って、みやみやは後ろからあたしをボフっと抱きかかえた。
「うわぁ!…みやみや!あたしはぬいぐるみじゃないよっ」
ジタバタ暴れてみるけれど、中々離してくれない。
「疲れた…」
回す腕に力がこもるのを感じた。
「みやみや…大丈夫だよ。みやみやだけは絶対に死なせない…。あたしが…あたし達が解決するから。あたしはもう、やり方を間違えたりしないよ」
「ありがとう。…柚子は良い子だねー」
片手でぐりぐりと乱暴に撫でられ、頭の毛がぐしゃぐしゃになった。
「うわー!みやみやー。やーめーろー」
あたしは力を込めて、みやみやの腕の中から脱出する。
「ぐへぇ…」
勢い余って顔面を床にぶつけてしまった。
「ごっごめん!柚子、大丈夫…?」
「痛たたたた…。平気だけどさ、みやみやはちょっと乱暴過ぎるよ。神様の扱いが…」
「ごめん、ごめん。柚子にはつい、ちょっかい出したくなっちゃってさ。でも本当にありがとう。元気出たよ!」
みやみやはそう言って、あたしに笑顔を向けた。
あたしは額をさすりながら、部屋の窓を開けた。
朝の冷たい風と、光が部屋の中に入ってくる。
「うっ…寒いよ。急にどうしたの?もしかして、さっきの…怒ってる?」
「ううん。ねぇ、みやみや…?」
あたしは、そのまま振り返る。
「うん?何…?」
「みやみやは、あたしにとっての光…。黄金色の光だよ…!」
「へ…?」
きょとんとしたみやみやの顔が面白くて、あたしは笑った。
たくさんの光を浴びながら…。