第3章 神様の調査
次の日、目が覚めると、人間の姿をした柚子が居た。
「みやみや!起きるの遅いよー。早く学校行こう。遅刻しちゃうよ」
「う、うん…」
わたしは眠い目を擦りながら、学校へ行く支度をした。
「あのさ…柚子ちゃ…柚子?その、昨日の姿は…?」
「え?変な事聞かないでよー。神様の姿のまま、学校行ける訳ないじゃん」
夢の訳がないかと、わたしは深くため息を吐いた。
そんなわたしの様子を見て、柚子はケラケラと愉快そうに笑う。
「ほらほら!そんな事どうでも良いから、早く行こうよ。で、今日の放課後からみやみや周りの縁を調べるから」
「縁を調べる…?」
「そうそう。怪しいやつが居ないかどうか調べるの」
わたしは柚子に手を引かれながら、学校へと向かう。改めて近くで見ると、人間の姿でも小柄だ。
「怪しいやつって、柚子は犯人が学校内に居るって思うの?」
「うん。当然だよ。だって手紙の内容からしても、みやみやの事を良く知ってるやつが犯人でしょ」
「そんな…」
「まぁ、信じたくないだろうけどさ。こういうのは身近なところほど怪しいもんだよ」
柚子はそう言うと、まるで面白がるようにわたしの手を引っ張って、学校へと走った。
教室に入ると、くるみにいつの間に2人は仲良くなったのかと聞かれたり、はしゃぐくるみを深海魚の定規で渚が叩いたり、それをオロオロと心配そうに甘菜が止めに入ったりと、いつもの賑やかさだった。
そして、その輪の中には加わらずに、ポツンと自分の席で頬杖を付き、不機嫌そうに座っている弟切さんの姿もあった。わたしは小さな声で、
「良かった。ちゃんと来てくれた」と柚子に呟くと、フンと鼻を鳴らして席へ向かって行ってしまった。
本当に2人に任せて大丈夫なのかと、とても不安になったけれど、手紙の事もあって警察に行くのはためらわれた。わたしは、神様だし、何とかしてくれる!と自分に無理やり言い聞かせ、放課後を待った。
もちろん、授業には集中出来なかった。集中出来なかったどころか、何回か居眠りしてしまった…。
「みや、いつもの事と言えば、いつもの事だけど今日は一段と酷かったぞ」
放課後になると、渚に怒られてしまった。
どうやら授業中、わたしが寝ていた事で、渚が2回先生に当てられたらしい。
「ごめん、ごめん!ちょっと疲れちゃって…」
「そうそう!みやみやは最近携帯のゲームに夢中なんだよ!」
「えっ?」
柚子が急に会話に入って来たので、わたしはぎょっとしてしまった。
コツンと軽く足を蹴られて、慌てて意図を察した。
「そう!最近の、鳥が戦うやつ。下手なんだけど、インコとかオウムのキャラが可愛くて、ついついやっちゃうんだよね」
「あ!それ知ってる。最近CMでやってる、【ぴよぴよイクサドリ!】ってやつでしょ。あたしも少しやってるよ」
くるみが知っていたようで、なんとかごまかせた。
手紙や神様の事、今日の調査の事はバレたらかなりまずい。
そう思いながらふと横を見ると、柚子の腕から白い蛇が現れ、ボトリと床に落ちて透明になった。
わたしは悲鳴を上げそうになったけれど、なんとかギリギリ飲み込んだ。
柚子はわたしを見て悪戯っぽく笑う。
多分、これが今朝言っていた、縁を調べるという事なのかもしれない。
だとしたら、もう少し話をしていた方が良いのかもと、なるべく話題を引き延ばす。
「あのさ、甘菜はこういうゲームとかあんまりやらないんだっけ?」
「うーん。わたしはあんまりやらないかな。でもさっきみやが言ってたゲームはちょっとだけやってるよ。まだ本当に最初の方だけど」
「えっ、意外」
「そうかな?カナリヤとかが可愛くて…」
甘菜はそう言って、ふわっと笑った。
「私は深海魚集めるやつがオススメだけどなー」
「はいはい、渚は言わなくても大体分かるよ。痛っ!またぶった!」
くるみはまた、渚に小突かれていた。それでもこの2人はなんだかんだで仲が良い。
柚子と弟切さんもこれぐらい仲が良ければ良いのに。
弟切さんはやっぱり会話には加わらず、ただじっとこちらを見ていた。
何かに集中しているみたいで、弟切さんも縁を調べているのかもしれない。
「そういえば、深海魚で思い出した。そろそろ美術部行かないと。みやは?またバイトかー?」
「うん。今日は夕方から夜までバイトだ…」
「分かったけど、たまには顔出しなよ。文化祭が近いし、先輩も心配してるからさ」
「うん。今度ちゃんと行くよ」
それから各自帰宅したり、部活に向かったりして、教室にはわたしと柚子と弟切さんだけになった。
わたしは思いっ切り深呼吸をする。
「ふぅーっ!…ねぇ、柚子、あの蛇何っ!?超びっくりしたんだけど…」
「あれはあたしの式神だよ。いっぺんに縁を見るのに便利なんだよ。いやーみやみやの縁はなんというか…すごーく複雑だね」
そう言って柚子は目を細めて笑った。
「それで、何か分かった?」
「うーん。いやぁ、複雑だねぇ…」
「それはさっき聞いたってば」
「何も分からなかったんだろ」
弟切さんが口を挟んだ。
「何も分からなくないよ!…くるみと渚とは高校からの付き合い、甘菜とは幼なじみでしょ。3人ともみやみやと仲良しの縁で繋がってるよ。特に敵意みたいなものは感じなかった。…ていうか、お前は何か分かったのかよ。ポツンと1人で居ちゃってさ」
「私もお前と大体同じだ…」
「なんだよっ!お前だって大した事出来てないじゃん!…ごめん、みやみや。とにかく、この3人は事件に関わってないよ」
「そうなんだ。良かった…」
わたしは、ほっと胸を撫で下ろす。仲の良い友達を疑いたくなんかない。
「そうとは限らないだろ…」
「えっ?」
「なんでそんな事言うんだよー!」
「試しに、私が縁を切ってみれば良い。それで事件が止まるようなら、犯人がいるって事だ。その方が手っ取り早い」
「そんな事したら、みやみやが孤立しちゃうよ!だったら良い縁をたくさん結んで、みやみやを守った方がよっぽど安全だと思うけどね」
「お前はいつもそうだ。そうやって何でもかんでも大量に縁を結びたがる」
「なんだよ!文句あるのかっ!」
「ちょっと!2人とも止めてよ!」
2人の言い合いはエスカレートし、誰かにバレやしないかとひやひやした。
それに、柚子は白い蛇、弟切さんは小さな鋏を手にし、今にもお互い衝突しそうだった。
間に入って止めようかと迷っていた時、廊下から声が聴こえた。
「何してるんですか?」
委員長の声だ…!
2人は慌てて蛇と鋏を引っ込める。
「はぁ…何か言い争ってると思ったら、君たちですか…」
「こ、これは…」
「別に喧嘩するのは構わないけれど、学校で問題起こすのは止めて下さいね。それと、用が無いならさっさと帰って下さい。僕は忙しいので」
そう言うと、委員長はため息を吐き、教室を出て行った。
委員長の足音が遠ざかるのを確認してから、わたしは2人へ振り返る。
「あのさ、もうちょっと仲良く出来ないの?こんな争ってばかりじゃ、何も解決しないよ。わたしを助けてくれるんでしょ…」
「ごめん、みやみや…。事件をなんとかしなきゃいけないのに…」
「済まない…。楠木みや。ついムキになってしまった…」
「じゃあ、わたし、これからバイトだから…」
もやもやとした気持ちのまま、コンビニのバイトへと向かった。
そして、わたしの嫌な予感は的中してしまった。
9月21日水曜日、お肉屋さんのおばちゃん、早乙女千代さん殺害された…。
近所の人の話によると、おばちゃんは商店街の路地裏で倒れていたらしい。
そして首にはまた、ロープのような跡があったとも…。
わたしは家でボロボロと泣いた。同時に怒りも沸いた。
いつもギリギリの生活をしているわたしを気遣っておまけをくれたり、優しく接してくれたおばちゃんを殺すなんて…。犯人はきっと、とんでもなく残酷なやつなんだ…。
「みやみや…。泣かないで…」
隣では狐姿の柚子が一生懸命わたしを慰めてくれている。わたしは涙を流したまま顔を向ける。
「ねぇ…これは、2つ目の事件なんでしょ。犯人はきっと柿沼先生を殺したやつと同じ…」
「う、うん。多分そうだよ。みやみや…気をつけて。犯人はみやみやの身近な人から殺していくつもりなのかもしれない…」
「そんなのっ!なんでよ…」
「とにかく、また明日調べよう…」
わたしは泣き疲れて眠ってしまった。
次の日、前回と同じように柚子と弟切さんがクラスメイトの縁を調べた。
「駄目だー。何人か調べたけど、これといってピンとくる人間が居ないよー」
「やっぱり、犯人は学校の中には居ないっていう可能性はないの…?」
「それはないと思う。手紙は下駄箱にあった訳だし、君の身近な人間が殺されているのだから…」
わたしは一気に不安になった。神様ならすぐに解決してくれるだろうと思った。
それに警察は何をしているんだろう…。
「ねぇ、みやみや。みやみやの縁は何か複雑過ぎて、良く分からないんだよ。何か心当たりない?小さなことでも良いんだけどさ」
「うーん。縁って言われても、わたしには良く分からないんだけど…。あっでも、最近緒環がしつこく話しかけてくるかな…」
「緒環って、あのちょっと調子乗ってるやつか」
「そうそう、やたら会話に入ってきたり、映画に誘ってきたりして、ちょっとウザいって思ってたんだ」
「そいつはまだ調べてなかったや。だって、しょっちゅう休むし、放課後になるとどっか行っちゃうしさ」
「あっ今日は多分、サッカー部で練習してると思う」
「校庭か。そいつ怪しいな。行ってみよう」
そう言って、弟切さんが校庭に向い始めたので、わたしと柚子は慌ててついていく。
「うわー…」
校庭に行くと、緒環がシュートの練習をしていた。
動作がいちいち恰好つけていてわざとらしく、わたしは引いてしまった。
「いたいた。あいつだよね」
柚子は辺りをキョロキョロと見回し、校舎の影に隠れると、白い蛇を腕から出した。
蛇は静かに地面に落ちると透明になりながら這っていく。
「今、あいつの方に向かって行ってるよ。うわっ!?」
「何?どうしたのっ!?」
柚子はゾッとしたような顔で固まっている。
「うわー、これは…。あいつ、相当みやみやの事好きだよ…」
「えっマジで…」
「うん。好きっていうか、なんていうか…。下心ありありだね。かなり邪な気配を感じるよ…」
「どうする?切る…?」
弟切さんが小さな鋏を構える。
「そうだね。犯人かどうかは分からないけど、事件に関わりがあるかもしれないし、それに何よりみやみやにとって良い縁じゃないだろうしね。最近じゃ、ストーカーって言って、好きな相手に付き纏う人間もいるんでしょ」
「お前、そんな言葉知ってるんだな」
「知ってるよっ!縁結びの神様だもん」
わたしはストーカーと聞いてゾッとした。緒環に対して嫌悪感が沸く。
「弟切さん、お願い。でも、縁を切るってどうやるの?神様の姿じゃなくても、大丈夫?」
「これぐらいなら、この鋏でも十分だよ」
すると突然、わたしの指先から緒環に向かって、赤い糸のようなものが現れた!
「うわっ!これ、平気!?」
「私たちにしか見えていないから平気だよ。…ほら、これで切れた」
弟切さんは、小さな鋏でパチンと糸を切った。
思わずわたしは、自分の手をまじまじと見つめてしまったけれど、糸はすっかり消えていた。
「ありがとう、弟切さん。縁を切ると、どうなるの…?」
「関係が無くなる。相手の思いも全て消えるんだ。実際に見てみれば分かるよ」
弟切さんに縁を切って貰ってから、緒環は一切話しかけて来なくなった。
「す、凄い!」
「みや、何が凄いの?」
甘菜が心配そうに話しかけてくる。
「え?ううん。何でもないよ」
「なんだかみや、弟切さんと結野さんが来てから様子が変じゃない?」
「そ、そうかなー」
甘菜はたまに鋭いところがあってヒヤッとする。そこへ追い打ちをかけるようにくるみがやって来る。
「最近さ、緒環って寄って来なくなったよね!きっとあれだ、あたしのパワーだね!」
わたしはホッとする。人の事は言えないけれど、くるみがお馬鹿で助かった。
「いやいや、何のパワーだよ。きっと私のラブカパワーだ」
「うわっ。何それ、深海魚のラブカとラブをもしかして掛けてる?つまんな…痛ったぁー!」
いつものように、渚がくるみを小突き、わたし達4人は笑い合った。
そうして、他愛の無い話をしながら、久しぶりに皆で帰った。
緒環が話しかけて来なくなった事と、最近事件が起きていない事にわたしの気持ちは軽くなっていた。
もしかしたら、緒環は本当に事件に関わっていたのかもしれない。
少しウキウキした気分で家に帰ると、柚子と弟切さんがいた。
「うわっ!びっくりした…。鍵掛けてたと思ったけど、どうやって入ったの!?」
「あたし達は神様だよ?簡単だって。式神に開けて貰ったよー」
「神様って怖い…。家にも簡単に入れちゃうんだ」
「勝手じゃないよ。みやみやは失礼だなー。あたし達と、みやみやには縁があるからだよ。縁が無いやつの家には、式神使ったって、簡単には入れないよ」
「ふーん。そうなんだ。それより、縁切りの力って凄いね!あれから緒環、全然話しかけて来ないし、今のところ事件も起きてないよ」
わたしは弟切さんの鋭い爪のついた手甲を避けるように、手首の辺りを握りしめ、ブンブンと振る。
弟切さんは少し困ったように、わたしから視線を外した。
「あれぐらい切るのは、大した事ないよ。それに、まだ油断しない方が良い。事件はまだ、解決したとは限らないのだから…」
「そうなのかな…」
わたしは少しガッカリして手を離す。
「柚子はどう思う?」
「うん。みやみやの縁自体はまだ、複雑に絡んでるね。しばらく様子見ないと、分からないかも…」
「そっか…。取り敢えず、ご飯にしよう。今日はコンビニのおにぎりだけど」
わたし達は3人でおにぎりを食べる。おにぎりなら、弟切さんも手甲で刺して食べなくても大丈夫だ。
「ごちそうさま!…みやみや、あたし達の分まで買わなくて良いのに。生活ギリギリなんでしょ?」
「うん。でも、これは一応感謝の印だから」
そう言って、わたしは柚子の頭を撫でる。
「そういう事なら、有難く貰っとくけど、撫でるのは止めてよっ!神様だぞ!」
柚子はじたばたと暴れた。すると、ふいに弟切さんが立ち上がった。
「それじゃ、そろそろ私は行くから」
「ちょっと待って。家にいれば良いのに。いつもどこにいるの…?」
「それは…」
「あーそいつは良いよ。独りでいるのが好きなんだ」
「でも…。せめて、どこに行くのかくらい、教えて欲しい」
「廃屋だよ。誰も来ないから心配ない…」
わたしは弟切さんの尻尾を思いっ切り引っ張る。
「廃屋って…!どうしてそんな所に行くの?それに、そうだ…前に柚子が得体が知れないやつって言ってた。弟切さんは他の神様とは違うの…?」
弟切さんは、ハッとして振り返る。何か迷っているようだった。
「私は…私は、自分が何者なのか良く分からないんだよ。いつから縁切り神なのかも、思い出せない…」
「そんな事ってあるの…?」
「普通はそんなの知ってて当たり前だよ。あたしは先代様から縁結び神を受け継いだの。で、こいつは謎」
「でも、そうだったとしても神様が廃屋にいるなんて良くないよ!ここにいなよ…」
「廃屋にいるのが落ち着くんだよ。…それに、楠木みや。君といると、なんだか良くない気分になるんだよ。何故だかは分からないけど…」
「そっか。そうなんだ…」
わたしは静かに尻尾を離す。
「それじゃあ…」
そう言うと、弟切さんはいつものように窓から飛び出し、あっという間にいなくなってしまった。
狼の遠吠えのようなものが辺りに響いた。
「行っちゃった…」
「あいつ、本当、なんなんだろうねー。変なやつ…。みやみや、気分変えて、テレビでも観ようよ」
「う、うん」
わたしといると、良くない気分がすると言われたのはショックだった。
一体どうしてなんだろう。難しく考えるのはよそうと、わたしはテレビをつけた。
大きな生き物が襲ってくる、B級ホラー映画がやっていた。
気分を変えるには丁度良いかもしれない。
「うわー!凄いね!」
柚子は隣で無邪気にはしゃいでいた。それを見て、わたしもテレビに集中する。
普段はあまり気にしないけれど、こういう時に何も考えないで観られる映画はとても良い。
わたしは心の中で感謝する。
「ねぇ、みやみや。あいつ、次にやられそうじゃない?」
「うん。いかにもって感じだよね」
映画を観終わった後、わたしはベッドに横になった。
隣では、柚子が丸まって眠っている。
弟切さんは、今頃大丈夫だろうか…。
わたしは弟切さんが無事でいる事と、これから先事件が起きませんようにと、神様の横で願った…。