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切り結ぶ水曜日  作者: 灰色大神
10/11

第10章 慰め記念日

残りはエピローグのみです…!

 「みや…驚かないでね?小学生の頃、良くみやのお母さんの実家で、3人で遊んだよね」

「うん。もちろん、覚えてるよ。親戚の滝ノ沢太郎(たきのさわたろう)君でしょ。しばらくして行方不明になった…」

「どうして、行方不明になったと思う…?」

「えっ…太郎君は脚に障害があったから、きっと事故だって…」

わたしは拒絶する。

甘菜(かんな)の顔をまともに見る事が出来ない。

「あれ、わたしがやったんだよ…」

「や、やったって、何を…」

「わたしが山で、太郎君を突き飛ばしたの」

「ど、どうしてっ…そんな事…」

「だってみや、太郎君と遊んでる時、わたしの事は、ほったらかしだったから…。ちょっとした意地悪のつもりだった。まさか、あんな大事になるとは思わなかったけど」

「そんな事で、太郎君を突き飛ばしたの…」

「そんな事じゃないよ。わたしにとってはね。奇数って残酷な数字なんだよ…」

混乱する頭を必死に整理して、わたしは言葉を絞り出す。

「で、でも、それも本当だとして、連続殺人とどう関係があるのっ!?」

甘菜は、分からない?とでも言いたげに、小さく首を傾けた。

「みやは太郎君が居なくなった日…あの日、凄く泣いていた。だから、慰めたの。わたしが側に居るから、大丈夫だよって…。そしたら、みやは喜んでくれた…。ずっと一緒に居て欲しいって…。それが、水曜日」

わたしは息を飲む。

恐ろしさに鳥肌が立ち、思わず柚子(ゆず)の手を掴んだ。

「み、みやみや…こいつおかしいよ!今すぐ…」

「ま、待って!最後まで聞こう…」

甘菜は一瞬不快そうに眉をしかめたものの、すぐに無表情になった。

「だから、わたし、水曜日を慰め記念日って決めたの。みやを勇気づけた記念日。けど、高校生になって、新しい友達が出来たり、部活やバイトでみやの交遊関係がどんどん広くなっていって…。わたしは自分が忘れられたんじゃないかと思うと、怖くて仕方無かった…。だから、決めたの。みやを自分のものにするため、殺そうって…」

「か、甘菜」

わたしはそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。

「みやを眠らせて、体育倉庫まで連れて来たまでは良かったけど、考えが甘かった。柿沼(かきぬま)先生に見つかっちゃって…。わたしは咄嗟に近くにあったロープで首を絞めて殺したの。そしたら、見回りしてた委員長にまで見つかっちゃって。あの時は、もう駄目だって思ったよ…」

「委員長に、見られたの…?」

「うん。でも、委員長、楠木(くすのき)には恨みがあるから協力するって言ってきたの。凄い偶然だけど、目的は一緒。わたし達は、みやはそのままにして、ひとまず公園に先生を運んだの。ヒヤヒヤしたけど、平気だった。委員長は、自分がした事は、絶対にバレないって言ってたよ」

「多分、縁切りの鋏だ…」

「そうみたいだね。わたしは良く知らないけど…。それから、わたし達は2人で協力する事にした。7人連続殺人事件は、2人で考えたの。委員長は、みやを追い詰めて殺せればそれで良し。わたしは殺人が起こる度にみやを慰めて、最後に自分のものに出来れば良し。計画も、犯行も順調だった。だって、警察は面白いぐらい迷走するし、誰もわたし達を疑わないんだから」

ふふっと楽しそうに笑う甘菜を見て、唇を噛みしめる。

「でも、途中で予想外の事が起こった…。2人の転校生、結野(ゆいの)さんと弟切(おとぎり)さん。最初はこんな時期に転校生なんて珍しいと思っただけだった。でも、みやとどんどん親密になっていったのが不愉快で堪らなくなって。ある日、弟切さんが遅くまで残ってる日があって、気になって後をつけてみたの。疲れ切った様子だったし、てっきりみやの家に行くと思ってたら、着いたのは、ボロボロの空き家だった。そうしたら、びっくりしたよ。狼の姿をした化け物が倒れてたから。わたしは、こんな奴とみやが一緒に居ると思うと腹が立って、カッターであちこち切り刻んじゃった…」

紫苑(しおん)は化け物なんかじゃないっ!それに、あの傷っ…!」

大声を上げて掴みかかろうとするわたしを、柚子が手で制す。

「みやみや…駄目だよ。みやみやまで犯罪者にしたくない…」

「ごめん…」

甘菜は何事も無かったかのように、淡々と続ける。

(なぎさ)を殺そうとしたのは委員長だったけど、あの時は凄く邪魔されて…。おかげで計画を変更する羽目になった。2人でこんな、自作自演の陳腐な罠を張る羽目に…」

そう言って、甘菜は体育倉庫をぐるりと見回す。

「でも、やっぱり失敗しちゃった。強いんだね、化け物の力って…。1人はなんとか殺せたけど」

「だから、紫苑は化け物なんかじゃないっ!縁切り神様だよ…。わたしの大切な、神様…」

わたしはもう一度、紫苑にしがみ付く。

動かない事が、ただただ悲しい。

「まだ、聞きたい?肉屋のおばちゃん、美術部の先輩、後輩…どうやって殺したか、どんな顔をして死んだのか…」

響く甘菜の声を無視して、わたしは紫苑にしがみ付いたまま、首を振る。

すると、ぽんっと温かい柚子の手が肩に触れた。

「ねぇ…みやみやはさ、こいつの事、大事なんだよね…」

「えっ…?」

泣きじゃくった顔を向けると、柚子は神様の姿になっていた。

甘菜が警戒して後退る。

「こっちは狐…。化け物どもめ…」

「みやみや、あたし、こいつの事生き返らせるよ…」

「本当!?そんな事、出来るの…?」

「出来るよ、反則…違反だけど。でも、こいつはみやみやにとって大切だから。あたしは、こいつとたくさんケンカしたし、気に入らないけどね」

そう言って、少し寂しそうに紫苑の上に手をかざすと、無数の紅い光が体育倉庫を満たした。

「みやみや…たくさん辛い思いさせちゃったし、神様としてあたしは未熟だったけど、すっごく楽しかったよ。一緒に居てくれて、ありがとう…」

「柚子…?」

すると、紅い光がぱっと消え、柚子がパタリと倒れた。

柚子の周りには黄金の粒子が漂っている。

「柚子…何をしたの…柚子っ…柚子っ…!」

「みや…これは…?」

振り返ると、紫苑が立っていた。

胸の傷も血も、全て綺麗さっぱり消えている。

「紫苑っ!良かった。生き返ったんだよね…?」

「どうやら、そうらしい…」

「あぁ、でも、今度は柚子が…」

わたしは紫苑の手を強く引く。

「柚子は、どうなっちゃうの…」

「こいつは、馬鹿だ…」

紫苑は屈み込むと、柚子にそっと触れ、首を横に振った。

「こいつは…私を助けるために、命の縁を結んだんだ。命の縁を結ぶ事、切る事は禁止されている。もう、ここには…」

「そんな…」

わたしは徐々に光に包まれて消えていく、柚子を抱き締める。

「柚子…柚子…」

「何なの…どうして…!みや!目を覚ましてよ!その2人は人間じゃ無い。なのに、どうしてここまで心を砕くのっ…」

突然の甘菜の怒鳴り声にはっとして振り返ると、包丁を構えていた。

「2人が大切なのは、特別な力を持ってるから?それとも、みやを救ったから?そんなの、気のせいなんだよ。だって、昔からずっと側に居たのは、わたしなんだから…」

甘菜の目には強い怒りが宿り、今にも飛び掛かって来そうだった。

けれど、わたしは怯まずに、正面から向かい合う。

「甘菜、違うよ。わたしが2人を大切に想うのは、神様だからでも、救ってくれたからでもない。一緒に、悩んで考えて、戦って、笑って…たくさんのものをくれたからだよ…」

「そ、それならっ!」

「うん…。甘菜だって同じだった。こんな事件起こさなければ、わたしの大切なものを奪わなければ、甘菜だって…!」

包丁を持つ甘菜の手が震える。

「うるさい…!」

甘菜が振り上げた包丁をわたしは振り払い、そのままの勢いで、強く顔を殴った。

「甘菜…。目を覚ますのは、甘菜の方だよ…」

甘菜は放心した様子で立ち上がると、虚ろな目でわたしを見た。

「みや…わたし…」

すると、紫苑がすっと前に出る。

「みや、残念だけど、こいつはもう正気じゃ無い。この悪縁は…私が切る…」

そう言うと、巨大な鋏で空を切った。

バチィンという今までに無い凄まじい音が響く。

甘菜は一瞬よろめくと、そのままフラフラと倉庫を出ていく。

「みや、わたし…どこで間違ったんだろう…」

「紫苑…?甘菜とわたしの縁を切ったの…?」

紫苑は柚子が居た場所をチラリと見ると、ゆっくりと口を開いた。

「いいや…命の縁を切った。あそこまでいくと、そうする他に無い…」

「嘘…じゃあ、そんな事したら、紫苑も…」

「みや…済まない…」

そう言うと、紫苑は手甲の拳で、わたしのお腹を殴った。

目がチカチカして、意識が遠くなっていく…。


 どれぐらい経ったんだろう。

しばらくすると、わたしは何か温かいものに抱かれて、ゆらゆらと揺れていた。

頭の上で声がする。

どうやら誰かに運ばれているみたいだった。

頭の上の声は悲しそうに、何かを呟いていた。

けれど、耳も頭もぼうっとして、上手く聞き取れない。

わたしは諦めて眠る事にした。


 気がつくと、わたしは自分の部屋に居た。

「柚子―!紫苑っ!」

慌てて2人を呼んだけれど、返事が無く、どこにも居なかった。

2人は、命の縁を結ぶ、切るという罪を犯してしまった。

もう、どこにも居ないのかもしれない…。

そう思うと悲しみが込み上げて来たけれど、不思議と涙は出なかった。

 ふと、箪笥を見ると、写真立ての横に、甘菜から貰った貯金箱があった。

わたしはそれを持ち上げ、思い切り叩きつけて割った。

カシャンという音を立て、散らばっていく破片を見ていると、いくらか気分がすっとした…。

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