第10章 慰め記念日
残りはエピローグのみです…!
「みや…驚かないでね?小学生の頃、良くみやのお母さんの実家で、3人で遊んだよね」
「うん。もちろん、覚えてるよ。親戚の滝ノ沢太郎君でしょ。しばらくして行方不明になった…」
「どうして、行方不明になったと思う…?」
「えっ…太郎君は脚に障害があったから、きっと事故だって…」
わたしは拒絶する。
甘菜の顔をまともに見る事が出来ない。
「あれ、わたしがやったんだよ…」
「や、やったって、何を…」
「わたしが山で、太郎君を突き飛ばしたの」
「ど、どうしてっ…そんな事…」
「だってみや、太郎君と遊んでる時、わたしの事は、ほったらかしだったから…。ちょっとした意地悪のつもりだった。まさか、あんな大事になるとは思わなかったけど」
「そんな事で、太郎君を突き飛ばしたの…」
「そんな事じゃないよ。わたしにとってはね。奇数って残酷な数字なんだよ…」
混乱する頭を必死に整理して、わたしは言葉を絞り出す。
「で、でも、それも本当だとして、連続殺人とどう関係があるのっ!?」
甘菜は、分からない?とでも言いたげに、小さく首を傾けた。
「みやは太郎君が居なくなった日…あの日、凄く泣いていた。だから、慰めたの。わたしが側に居るから、大丈夫だよって…。そしたら、みやは喜んでくれた…。ずっと一緒に居て欲しいって…。それが、水曜日」
わたしは息を飲む。
恐ろしさに鳥肌が立ち、思わず柚子の手を掴んだ。
「み、みやみや…こいつおかしいよ!今すぐ…」
「ま、待って!最後まで聞こう…」
甘菜は一瞬不快そうに眉をしかめたものの、すぐに無表情になった。
「だから、わたし、水曜日を慰め記念日って決めたの。みやを勇気づけた記念日。けど、高校生になって、新しい友達が出来たり、部活やバイトでみやの交遊関係がどんどん広くなっていって…。わたしは自分が忘れられたんじゃないかと思うと、怖くて仕方無かった…。だから、決めたの。みやを自分のものにするため、殺そうって…」
「か、甘菜」
わたしはそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。
「みやを眠らせて、体育倉庫まで連れて来たまでは良かったけど、考えが甘かった。柿沼先生に見つかっちゃって…。わたしは咄嗟に近くにあったロープで首を絞めて殺したの。そしたら、見回りしてた委員長にまで見つかっちゃって。あの時は、もう駄目だって思ったよ…」
「委員長に、見られたの…?」
「うん。でも、委員長、楠木には恨みがあるから協力するって言ってきたの。凄い偶然だけど、目的は一緒。わたし達は、みやはそのままにして、ひとまず公園に先生を運んだの。ヒヤヒヤしたけど、平気だった。委員長は、自分がした事は、絶対にバレないって言ってたよ」
「多分、縁切りの鋏だ…」
「そうみたいだね。わたしは良く知らないけど…。それから、わたし達は2人で協力する事にした。7人連続殺人事件は、2人で考えたの。委員長は、みやを追い詰めて殺せればそれで良し。わたしは殺人が起こる度にみやを慰めて、最後に自分のものに出来れば良し。計画も、犯行も順調だった。だって、警察は面白いぐらい迷走するし、誰もわたし達を疑わないんだから」
ふふっと楽しそうに笑う甘菜を見て、唇を噛みしめる。
「でも、途中で予想外の事が起こった…。2人の転校生、結野さんと弟切さん。最初はこんな時期に転校生なんて珍しいと思っただけだった。でも、みやとどんどん親密になっていったのが不愉快で堪らなくなって。ある日、弟切さんが遅くまで残ってる日があって、気になって後をつけてみたの。疲れ切った様子だったし、てっきりみやの家に行くと思ってたら、着いたのは、ボロボロの空き家だった。そうしたら、びっくりしたよ。狼の姿をした化け物が倒れてたから。わたしは、こんな奴とみやが一緒に居ると思うと腹が立って、カッターであちこち切り刻んじゃった…」
「紫苑は化け物なんかじゃないっ!それに、あの傷っ…!」
大声を上げて掴みかかろうとするわたしを、柚子が手で制す。
「みやみや…駄目だよ。みやみやまで犯罪者にしたくない…」
「ごめん…」
甘菜は何事も無かったかのように、淡々と続ける。
「渚を殺そうとしたのは委員長だったけど、あの時は凄く邪魔されて…。おかげで計画を変更する羽目になった。2人でこんな、自作自演の陳腐な罠を張る羽目に…」
そう言って、甘菜は体育倉庫をぐるりと見回す。
「でも、やっぱり失敗しちゃった。強いんだね、化け物の力って…。1人はなんとか殺せたけど」
「だから、紫苑は化け物なんかじゃないっ!縁切り神様だよ…。わたしの大切な、神様…」
わたしはもう一度、紫苑にしがみ付く。
動かない事が、ただただ悲しい。
「まだ、聞きたい?肉屋のおばちゃん、美術部の先輩、後輩…どうやって殺したか、どんな顔をして死んだのか…」
響く甘菜の声を無視して、わたしは紫苑にしがみ付いたまま、首を振る。
すると、ぽんっと温かい柚子の手が肩に触れた。
「ねぇ…みやみやはさ、こいつの事、大事なんだよね…」
「えっ…?」
泣きじゃくった顔を向けると、柚子は神様の姿になっていた。
甘菜が警戒して後退る。
「こっちは狐…。化け物どもめ…」
「みやみや、あたし、こいつの事生き返らせるよ…」
「本当!?そんな事、出来るの…?」
「出来るよ、反則…違反だけど。でも、こいつはみやみやにとって大切だから。あたしは、こいつとたくさんケンカしたし、気に入らないけどね」
そう言って、少し寂しそうに紫苑の上に手をかざすと、無数の紅い光が体育倉庫を満たした。
「みやみや…たくさん辛い思いさせちゃったし、神様としてあたしは未熟だったけど、すっごく楽しかったよ。一緒に居てくれて、ありがとう…」
「柚子…?」
すると、紅い光がぱっと消え、柚子がパタリと倒れた。
柚子の周りには黄金の粒子が漂っている。
「柚子…何をしたの…柚子っ…柚子っ…!」
「みや…これは…?」
振り返ると、紫苑が立っていた。
胸の傷も血も、全て綺麗さっぱり消えている。
「紫苑っ!良かった。生き返ったんだよね…?」
「どうやら、そうらしい…」
「あぁ、でも、今度は柚子が…」
わたしは紫苑の手を強く引く。
「柚子は、どうなっちゃうの…」
「こいつは、馬鹿だ…」
紫苑は屈み込むと、柚子にそっと触れ、首を横に振った。
「こいつは…私を助けるために、命の縁を結んだんだ。命の縁を結ぶ事、切る事は禁止されている。もう、ここには…」
「そんな…」
わたしは徐々に光に包まれて消えていく、柚子を抱き締める。
「柚子…柚子…」
「何なの…どうして…!みや!目を覚ましてよ!その2人は人間じゃ無い。なのに、どうしてここまで心を砕くのっ…」
突然の甘菜の怒鳴り声にはっとして振り返ると、包丁を構えていた。
「2人が大切なのは、特別な力を持ってるから?それとも、みやを救ったから?そんなの、気のせいなんだよ。だって、昔からずっと側に居たのは、わたしなんだから…」
甘菜の目には強い怒りが宿り、今にも飛び掛かって来そうだった。
けれど、わたしは怯まずに、正面から向かい合う。
「甘菜、違うよ。わたしが2人を大切に想うのは、神様だからでも、救ってくれたからでもない。一緒に、悩んで考えて、戦って、笑って…たくさんのものをくれたからだよ…」
「そ、それならっ!」
「うん…。甘菜だって同じだった。こんな事件起こさなければ、わたしの大切なものを奪わなければ、甘菜だって…!」
包丁を持つ甘菜の手が震える。
「うるさい…!」
甘菜が振り上げた包丁をわたしは振り払い、そのままの勢いで、強く顔を殴った。
「甘菜…。目を覚ますのは、甘菜の方だよ…」
甘菜は放心した様子で立ち上がると、虚ろな目でわたしを見た。
「みや…わたし…」
すると、紫苑がすっと前に出る。
「みや、残念だけど、こいつはもう正気じゃ無い。この悪縁は…私が切る…」
そう言うと、巨大な鋏で空を切った。
バチィンという今までに無い凄まじい音が響く。
甘菜は一瞬よろめくと、そのままフラフラと倉庫を出ていく。
「みや、わたし…どこで間違ったんだろう…」
「紫苑…?甘菜とわたしの縁を切ったの…?」
紫苑は柚子が居た場所をチラリと見ると、ゆっくりと口を開いた。
「いいや…命の縁を切った。あそこまでいくと、そうする他に無い…」
「嘘…じゃあ、そんな事したら、紫苑も…」
「みや…済まない…」
そう言うと、紫苑は手甲の拳で、わたしのお腹を殴った。
目がチカチカして、意識が遠くなっていく…。
どれぐらい経ったんだろう。
しばらくすると、わたしは何か温かいものに抱かれて、ゆらゆらと揺れていた。
頭の上で声がする。
どうやら誰かに運ばれているみたいだった。
頭の上の声は悲しそうに、何かを呟いていた。
けれど、耳も頭もぼうっとして、上手く聞き取れない。
わたしは諦めて眠る事にした。
気がつくと、わたしは自分の部屋に居た。
「柚子―!紫苑っ!」
慌てて2人を呼んだけれど、返事が無く、どこにも居なかった。
2人は、命の縁を結ぶ、切るという罪を犯してしまった。
もう、どこにも居ないのかもしれない…。
そう思うと悲しみが込み上げて来たけれど、不思議と涙は出なかった。
ふと、箪笥を見ると、写真立ての横に、甘菜から貰った貯金箱があった。
わたしはそれを持ち上げ、思い切り叩きつけて割った。
カシャンという音を立て、散らばっていく破片を見ていると、いくらか気分がすっとした…。




