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第3回 蛇の怪異化・神格化と、よくよく考えると結構こわい清姫伝説について

 前回(第2回 ワイバーン種と、330メートルの尻尾を自在に操る濡れ女)の後半部分で濡れ女という怪異について紹介しました。蛇にまつわる怪異や神格はほかにも数多く存在しますので、今回はそちらに焦点を当てていきたいと思います。


 もっとも「蛇伝承」なんてものは世界中に数えきれないほど存在します。有名どころだと北欧神話のヨルムンガンド(ミドガルズオルム)やギリシア神話のピュトン、ラミアなど。マヤにおけるククルカンも蛇神であり、こちらが聞き覚えのない方も、アステカのケツァルコアトルといえば目にしたことがあるかもしれません。日本でも濡れ女だけでなく夜刀神なんかも代表的な蛇体の伝承でしょう。今昔百鬼拾遺をめくっていると、道成寺に伝わる清姫伝説、あとは蛇骨婆と蛇帯が蛇にまつわる怪異として記載されていました。


 蛇の持つ性質のうち、その毒性や攻撃性が怪異としての蛇に反映されていると私は考えています。ヒトを噛み、種によっては毒をもたらす蛇を忌み嫌い、怖れ、後世へそれらを伝えるために成立した伝承は怪異となる。具体的には、毒蛇が住み着いた沼地の危険性をわかりやすく伝えるための記号として、蛇は怪物とみなされるといった事例は少なくないでしょう。前回にも登場したギーヴルというワイバーン種が有毒であったように、その吐息や体液が猛毒であるとされるのは、蛇をモチーフにした怪異にとっては重要な特徴ともいえるでしょう。


 ちなみに蛇帯も毒を持ちます。蛇骨婆の蛇に毒があるという記述は見当たりませんが、手に持った蛇は青色と赤色。自然界にいたならば間違いなく毒性を持つでしょうね。


 もちろん中には毒性を持たない蛇の怪異もいることでしょう。それらは地域柄無毒の蛇が怪異となったか、締め付けによって相手を捕らえる習性の方がより強調されたとみることができるかもしれません。ともかく怪異であるならば、ヒトに害をなすのです。




 では何故蛇が神として信仰を集めている地域もあるのでしょうか。その理由を、ただ蛇に対する恐怖心から紡がれるもの、としてしまうのはおそらく性急過ぎであり、蛇の他の側面も考慮することで、浮かび上がってくるものがあるのです。


 蛇の特徴的な習性として、脱皮というものがあります。これは昔の人々に、古い身体を捨てて新たに生まれ変わる行為ともみなされました。死からの再生はつまり、生命のサイクルを一代で体現していると言い換えることができるでしょう。抜け殻と死体の見分けは一瞬では判断できません。


 さらに蛇は、ネズミなど穀物を荒らす害獣を食料とします。これらの要素が元となり、蛇は豊穣の象徴として畏敬の対象となりました。豊かになれば人口容量が増えますから、多産にも結びつきます。もちろん地域によって細かな経緯の違いはあれど、結果蛇という存在は、神格化して祀られることにもなるわけです。


 このような二面性を持った蛇の怪ですが、そのほとんどが極めて巨大です。北欧のミドガルズオルムの「オルム」は「蛇」を意味するため、「ミドガルズの蛇」というのが名前の直訳ですが、この「ミドガルズ」とは人間が住む領域を指します。ヒトの国に収まりきらず、周囲をぐるりと囲む。まさに「世界蛇」の名に相応しい巨体です。


 もちろん巨大であるということそのものが、その存在を異質たらしめているという側面ももちろんあります。1センチの蟻はただの昆虫ですが、1メートルの蟻はたとえ生物学的には昆虫だとしても、怪物とみなされる存在に違いありません。蛇に関してそれが「ありえない話」と笑われなかったのは、脱皮という「再生行為」によって長きにわたって生き続け、成長し続けるかもしれないという想像が、かつての人々の中で起こりえたからでしょうか。実際、通常をはるかに上回るサイズの蛇が発見されたというニュースをたまに目にします。


 日本に限った話をしますと、神道の形成以前の自然信仰の多くは蛇神を祀っていたと言われています。白蛇を神の使いとみなす地域も、未だに少なくありません。


 蛇。現代を生きる我々、特に都会に生きる人たちにとっては馴染みの薄い存在になりつつありますが、その神秘性や生命力は、かつての人々の想像力を大いに刺激したのでしょう。


 本当はケーリュケイオンの杖(ヘルメスが持つ、二匹の蛇が絡まった杖)や、アスクレピオスの所持していた杖(WHOのシンボルにもなっている)やヒュギエイアの杯(薬学の象徴)、それからサタン(楽園の園の蛇)についての話も触れたかったのですが、今回のテーマが「怪異化・神格化について」となっていますので、個々の詳しい記述はまた別の機会に回したいと思います。クトゥルフ神話のイグの話もしたかったな……(後悔が多い)


 ですがまあ、せっかくここを覗いてくださった皆さんに対して、有名な説だけご紹介して終わりというのも申し訳ないですね。このあたりで一つお話を紹介したいと思います。


 最近某ソシャゲでも大人気(?)になった清姫。彼女の物語を少々。大まかな話の筋は省いて、いくつかの資料が描く細かい話をしていきます。


 清姫伝説の最後は有名です。和歌山県に伝わる手毬歌のとおり、「安珍清姫蛇に化けて、七重に巻かれて一まわり、一まわり」されたわけです。人が中に隠れることができるほどの釣り鐘を何重にも取り囲む蛇ですから、相当巨大な蛇だったことがうかがえます。


 余談ですが、私がこの手毬歌を初めて聴いた時、音源の声の妖しさも相まって、血の気が引く感覚を鮮明に感じたのを覚えています。今や聴き慣れましたので、深夜に急にPCが起動してこれが流れてきても、全然怖くないですね。ごめんなさい嘘です。さすがに怖い。


 検索してみたところ、その音源はまだYouTubeに残っていました。よかったら検索してみてください。歌ってる方の声が透き通っていて美しい声だったのがなおさら怖かったです。


 ちなみにこの騒動の最後の舞台は道成寺ですが、現在は京都府左京区にある妙満寺というお寺に釣り鐘などが伝わっています。現存する重要文化財「道成寺縁起」を見てみると、清姫の執念がうかがえます。


 熊野修行に訪れた僧侶に恋してしまった清姫も清姫ですが、その気にさせた安珍も安珍です。「私たちに(熊野の)神のご加護がきっとあるでしょう」と和歌を送った清姫に、「神のご加護と聞いて頼もしいよ」などと匂わせぶりな返歌を送る安珍にも非がないとはいえない。修行中の僧侶が「神のご加護」といえば普通修行の成就を指すのでしょうが、恋文の返歌でそれはさすがに、清姫が勘違いしてもおかしくないとおもいます(個人の感想)



 結局清姫を迎えに戻ることなく逃げた安珍の後を追い、最初は歩く清姫。ですがその距離はいつまで経っても縮まらない。走り出します。彼女は荘園内の管理を行う庄司の娘ですから、立派な地方豪族の娘です。当時の一定以上の身分の女性は家の外に出るのもはばかられるような時代。そんな時代に、人目もはばからずに走って後を追うのです。


 彼女の身体は裏切られた怒りからか、次第に変化していきます。


 絵巻を見ていると、まず最初に変化したのは顔のようです。顔がだんだん犬のように尖りはじめ、火を吹いて後を追う。後ろを見た安珍もさすがに焦ったことでしょう。絶世の美女だった清姫。せめて濡れ女よろしく足から蛇になってくれたらよかったのにね。いやなにも良くないんですが。


 清姫「そこのお坊さん、私と会ったことあるでしょ。ねぇねぇ止まってください」

 安珍「人違いです」

 清姫「は?」


 安珍の妨害を潜り抜けて後を追う清姫は、その上半身を、蛇に変えました。絵を見る限り龍のようにも見えますが、れっきとした蛇だそうです。いやあのね、たとえ安珍が反省してても、ヒトの足が生えた蛇が火を吐きながら追いかけてきたらさすがに逃げると思いますよ。私なら逃げます。


 日高川を船で逃げる安珍。ついには足も捨て、正真正銘蛇になって川を渡る清姫。橋姫は二十日以上呪いの儀式を行ってようやく鬼となったのに対し、清姫はといえば実質助走つけて変身したレベル。この娘、只者じゃない。説によると、安珍は熊野権現、清姫は観世音菩薩の化身だとかなんとか。


 その後、ことの顛末を聞いた道成寺のお坊さんの一人が、「中国だったらいざしらず、日本じゃそんなこと聞いた例がないな」などと言っているのを見るに、中国では似たようなお話があったりするんでしょうか。

 ちなみにこのお話、最後の最後には転生して二人で天界へ行って友人として暮らすハッピーエンドです。ですがその過程には冒頭も紹介した手毬唄が待っています。みなさん、恋愛関係には気をつけましょうね(戒め)

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