表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

第2回 ワイバーン種と、330メートルの尻尾を自在に操る濡れ女

 ワイバーン、という単語に聞き馴染みのある人は少なくないでしょう。それは多くの場合、蛇の身体に大きな皮膜の生えた竜の亜種だったり、沼地に住う毒竜だったりします。


 ではその起源は、一体どこに求めることができるのでしょう。頑張って思い出そうとしてみましたが、ワイバーンという幻獣にまつわるエピソードと聞いて、パッと思い浮かぶものがありませんでした。それもそのはず。このワイバーンという存在についていくつかの本やネットで記事を参照していくと、少し特殊な立ち位置であったことがわかりました。


 ワイバーンの姿は、主にヨーロッパの紋章の中に見出すことができます。緑色や赤色で彩られた、毒々しい怪物の姿。ドラゴンとの見分け方はその脚の本数だとも言われているが、驚いたことにワイバーンとドラゴンという二種の存在は、16世紀ほどまでは同一視されていたそうです。


 それもその筈。結論から示せば、ワイバーンには、それをワイバーンたらしめる決定的な逸話に欠けていたのです。つまりハッキリ言って、「ワイバーンという幻獣は影が薄い」のです。どういうことか説明していきます。


 中世フランスに伝わる怪物に、ヴィーヴルという存在があります。目玉がガーネットなどの宝石として伝わるこの竜種は、コウモリの翼と蛇の身体を持つ怪物であり、竜らしく人も喰らうという。ちなみにヴィーヴルに襲われたときは、干し草の束を九つ用意し、その下に潜ると良いそうです。ヴィーヴルは干し草の束を八つまでしか食べることができず、九つ目を食べると腹が破裂してしまうことから、難を逃れることができるといいます。

 また、ヴィーヴルは全ての個体が雌だといわれています。生殖とかどうやっているんでしょうね。


 追記しておくと、干し草の束といっても、片手で持てるような『束』じゃないですよ。以前アメリカの農家にお邪魔したことがありましたが、私の身長ほどもある干し草の束……というよりロールが、体育館のような広さの保管庫にうず高く積まれていたのを思い出します。おそらくその規模の『束』だとは思うが、目標を捕捉したにも拘らず、束をどけることなく律儀に食そうとするヴィーヴルも可愛らしいといえば可愛らしい。ヒトも食すならば雑食なのでしょうか。


 そんなヴィーヴルの伝承はイタリアでも共有されました。こちらではギーヴルという名で呼ばれ、一四世紀から十八世紀にかけて存在したミラノ公国の紋章にもその姿を確認できます。車好きな人なら、アルファロメオの紋章を思い出していただければ、右側に緑色の竜種の姿を見ることができるでしょう。アレもギーヴルです。


 ギーヴルは、毒の沼地に住む大蛇として描かれます。自身も毒を撒き散らし、近隣住民に恐れられていましたが、とあるフランス貴族によって退治されました。


 ちなみにギーヴルにも珍しい弱点があります。それはなんと「男の裸」であり、偶然遭遇した農夫が裸だと知ったギーヴルは、顔を真っ赤に染めて逃げ出してしまったという逸話が残っています。乙女か。可愛いな。


 いやそれよりもツッコミを入れるべきは農夫かもしれない。オマエ、外で裸で何をしていたんだ……。


 さて、これらの竜種の逸話が北上し、イギリスにも流入しました。そこでとうとう「ワイバーン」という存在が誕生したのです。そもそもワイバーンという言葉そのものも、ギーヴルやヴィーヴルをイギリス英語で発音しやすいように変化したものだという説があります。


 ですがイギリスでは、この「ワイバーン」という新たな怪物に対して、固有のエピソードが加えられることはありませんでした。代わりにワームやドラゴンといった、イギリスにもともと存在した種類の竜種と混同されて使用されたのです。つまりワイバーンには、固有の伝承がない(・・・・・・・・)。もしかしたらワイバーンも、ヴィーヴルやギーヴルと同じように雌なのかも……。そのあたりはもちろん、皆様の創作が及ぶ範囲ですけどネ。キッチリと決まっていない部分は創作でいかに補うかが、私たちの腕の見せ所なのかもしれないです。


 ワイバーンという存在が、ヴィーヴルやギーヴル、その他の伝承の記述が入り混じって生まれたものだという説をここまで説明しました。では次に創作で使える豆知識を追記していきます。


 ワイバーンとセットで登場することが多い「毒の沼地」や「毒の吐息」といった要素。これはおそらく有毒蛇からの連想だと思われます。巨大な毒蛇ならあたり一面毒塗れでもあり得るでしょうという訳ですね。


 それと、フランスでその名を語られるヴィーヴルちゃんですが、時代が下るにつれて、次第に精霊として認知されるようになりました。同名のヴィーヴルという名の精霊は、コウモリの翼とワシの脚、そして毒蛇の尾を持つ半人半蛇の美女であり、額にガーネットが埋め込まれているといいます。このガーネットを奪った者には、ヴィーヴルちゃんは絶対服従しなければならないとか。見た目はなんだかギリシア神話のハルピュイアを連想させますが、その額の宝石の設定、どう使うんやろ……(素が出た)


 半人半蛇の怪異といえば、他に思いつくのは「濡れ女」です。全身ずぶ濡れの女性ではありません。それはそれでちょっと怖いけど、この「濡れ女」は日本の妖怪であり、蛇の胴体に女性の顔もしくは上半身がくっついているという不気味な見た目は、まさに妖怪そのものです。その名の由来は、髪の毛がいつもびっしょり濡れていることからきたと言われています。島根県大田市で伝わる濡れ女と牛鬼に関するエピソードや詳しい見た目など基本情報はWikipediaにも簡単な記載がありましたので、ここでは違う濡れ女エピソードを紹介します。プチ怪談。


 新潟県と福島県の境ほどの大森林を流れる千曲川が言い伝えの舞台です。そこに生える柳の木を切る余所者の職業組合に対抗すべく、地元の村の青年たちが無理やり木を切ってしまうことにした。だがそんな実力行使もむなしく、不慣れな作業であることもあってか、彼らの船は川下へと流されてしまった。彼らが何気なく船の向きを変えると、急流で髪を洗う女性の姿が見えた。急に

「ぎゃアアアあああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 と叫ぶものが現れ、船は急いで川上へ戻った。途中ですれ違う仲間たちの船が声をかけるが、一同は放心状態で声を出すことができない。なんとか絞り出した言葉は「濡れ女が出た!」。もちろん彼らは鼻で笑って川下へ下っていってしまった。その後川下から恐ろしい叫び声が上がり、その後も川下へ行った青年たちも、乗っていた船さえも、行方不明になってしまったという……。


 こっわ。普通にどうしようもないじゃないですか。容赦ないですね。何がやばいってこの濡れ女の尻尾、三町(およそ330メートル)の長さがあり、それを自在に操って犠牲者を絡めとるとか。逃げようがない。


 こうなると毒を吐くだけのワイバーン種は可愛く思えてくる。特にギーヴルちゃんとかね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ