第1回 河童
第一回のテーマは、皆さんおなじみの「河童」です。
河童の名前の由来は「河」+「童」。つまり河童です。河に住む童。つまり子供でね。他にも地名によって「川太郎」「川わっぱ」など様々な呼称があるのですが、それらは大体、地名(河・川)+容姿(童・太郎)で統一されています。反対に、山の妖怪で山童というのも居ますが、これはまた別のお話。
童と呼ばれる通り、その体格は子供並みです。子供の妖怪で成長すれば別種になるとかそういうわけではなく、子供のような体格の種族という意味での『童』です。
その体は緑色。時代を遡れば江戸時代ほどに赤褐色の河童像も描かれていますが、現代になってからは緑が主流です。そして、その腹部は白。目や口は飛び出ており、ギョロッとしています。
斑点がついていることからは、何処と無く蛙を連想させます。(鳥山石燕作の『画図百鬼夜行』の河童は斑点を持っていますが、『百怪図巻』の河童のように、肌がツルツルの絵も残されています)
さて、この辺りから少し不穏な雰囲気が漂ってきました。子供のような体格、水辺、変色した肌。飛び出た目や口。
え、不穏な空気なんてない? ではそう思ったそこの貴方。この妖怪は一体、どうして存在しているのでしょうか。
妖怪は存在する___この言葉が意味することは、動物園に河童が展示される可能性を示している訳ではありません。
古来より、ヒトは『自分の理解が追いつかないこと』を恐れてきました。皆さんも、得体の知れないものに遭遇したとき、ぎょっとすることがあると思います。
例えば、深夜、暗がりの中、水の中をぼうっと白く長い何かが泳いでいくのを見てしまった時。
…………こっわ。
これは相当怖いです。独りなら尚更です。
そうなったとき、ヒトはその『不可思議なもの』を定義しようとします。名前を与え、理解することで平静さを保とうとするのです。その結果生まれたのが妖怪です。
例えそれが、川に落ちてしまった洗濯物が流れているのだとしても。
その『不可思議なもの』は、本当に不気味な化け物かもしれない。でもそれに、『未知への恐怖』があるからこそ、妖怪は妖怪と呼ばれ得る、と私は考えています。
さて、ここで河童に目を戻してみましょう。子供のような体格、水辺、変色した肌。昔の人は何を見て、そこに「河童」を映し出したのでしょうか。
正しい答えは誰にもわかりませんが、私はこれは『子供の水死体』が由来なのでは無いかと考えます。水死体は膨らみ肌は変色しますし、童と表現されるのも、元々が子供だったからと考えれば納得がいきます。(実際、この説が一番有力です)
水死体はまず、体が膨張するとともに、腹部から青白く変色していくところから始まります。河童は腹部だけが他の場所と色が異なっていた筈ですね?
さて、水死体はその後、皮膚が剥がれ落ち、全身が赤くなっていきます。(この様子は凄まじく、『赤鬼』と形容されるほどです)ですので、河童が赤色に描かれていたのも、そこにルーツがあるのではないでしょうか。さらに言うなれば、水死体は、目や舌が膨張します。
子供の水死体が元となり、形成されたと思われる河童。ですが形成後、設定に様々な『追加要素』が付いて行きます。
まず一つ目。『河伯』という神様です。中国に由来を持つこの神様は、水の守り神として広く信仰されていました。もちろん日本は中国と交流がありましたから、『河伯』という言葉は日本にも輸入されていてもおかしくありません。
水は中国の陰陽五行思想において『青龍』という四神の管轄にあります。(諸説ありますが、四季の春も青龍の管轄で、青龍の『青』の春というのが、『青春』の語源だと言われています)
水の神様は龍の姿であることも多く、手水鉢や瓦などにその姿を見ることができます。火難避けの祈願としても広まっていたからです。当然のごとく河伯も龍神です。
ですが、河伯の眷属は龍ではありません。同じく長寿であり、古くから中国において占いなどに使用されてきた生き物。そう、スッポンです。龍の眷属が、スッポン。はいそこ、笑わない。
さてそんな河伯と河童。かたや神様、かたや妖怪ですが、次第に同一視されるようになっていきます。やっぱり発音が似てるからですかね。漢字も似てますよね。
河童≒河伯≒スッポンという関係式が成り立った瞬間、河童は亀の甲羅を背負ったのです。(ここについても諸説あります)
続いて二つ目。河童は死体を食べると言われます。死体は普通墓地にあるものですが、川は例外です。水葬が主な埋葬方法の一つだった時代もあります。
川は、常に水が流れています。その流動性は清潔を保証しますので、不浄なものを処理する場所としても使われました。地面に捨てたらそこに溜まりますが、川に流せば見えなくなるからです。
不浄とは即ち、死体や排泄物です。当時のトイレは厠と呼ばれましたが、これはその立地から「川屋」と呼ばれていたのが語源です。川に突き出すように作られた川屋では、排泄物はそのまま下に落ち、川を流れていきます。そこに住むとされた河童は、不浄の象徴とされたとも言えるでしょう。
先ほどの『死体』起源説を見ても、水死体はお世辞にも綺麗なものではありません(私は西洋絵画の『オフィーリア』が好きですが、リアルの水死体はNGです)ので、不浄の象徴というのも頷けるかとお思います。
さて、不浄は疫病を招きます。当時の衛生環境はそうしっかりしたものでは無いからです。ちなみに疫病を撒くのは牛頭天王という日本の神様なのですが、この神様を祀っている八坂神社の神紋がキュウリの断面に似ているため、河童はキュウリに結びつけられました。
また、死体を食べるという性質から、魍魎という別の妖怪とも同一視されます。魍魎は細長い耳を持ち(ファンタジーで言うならエルフ耳かな?)、そして長い髪の毛を持ちます。これが河童の髪の毛の由来で、このヘアスタイルを「お河童」転じて「おかっぱ」と呼びます。
河童≒魍魎の関係式から魍魎と同一視された火車も河童の姿とされ、姿を表すとき雷雨を招くという性質を受け継ぎます。このようにして、河童はどんどんと追加要素を帯びていきます。
他に同一視されるものとして、猿、カワウソ、ひょうすべと、まだまだ河童には様々な性質があります。河童は一体の妖怪ではなく、様々な伝承が合わさって生まれた、複合型の妖怪なのです。
アイデアフック(箇条書きです。気になったものを検索してみては)
・河童の腕は、片方を引っ張ると片方が抜ける
・平家と深い関わりがある
・とある妖怪が、山にいる間は山童、川にいる間は河童と呼ばれるという説
・河童は皿の上の水が溢れると死んでしまう
・親指がない、頭頂部だけ髪の毛がない(←水死体からの欠損?)
・関西での目撃例が多い
・相撲好き
・左遷された菅原道真が、河童を助けたという逸話がある
河童、それは馴染みのある妖怪です。ですが、他の妖怪と混ざりうる可能性を持った、万能の妖怪とも言えるでしょう。