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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

聖者は教えを説いていく

作者: よぎそーと

 ある町に聖者が訪れました。

 神の教えを伝えに、身一つで町を訪れました。

 顔なじみなど一人もいない町で、彼は神の教えを道端で唱えていきました。

 それだけでなく、彼に出来る奉仕活動を少しずつ始めていきました。

 通りの掃除、簡単な按摩、求めるものには読み書きや計算を教えていきました。

 最初は見向きもしなかった者達も、少しずつ彼の存在をみとめはじめていきました。

 そして彼は様々な教えを伝えていきました。



 聖者は人々が仲良く暮らすよう説きました。

 人が人と手を取り合うのは当然のこと、これは誰もが納得しました。

 人々は当たり前の事を、教えと言う形であらためて理解し、まずは隣人と仲良くしていく事にしました。

 そのおかげで、町には今までよりは平穏な日々が訪れるようになりました。



 聖者は助け合う事を説きました。

 仲良く暮らす者同士、助けあって生きていかねばなりません。

 そうすれば、手を取り合って一つの仕事に向かう事が出来ます。

 人手が多ければそれだけで作業がはかどります。

 人々は今までより楽に様々な事を片付けていけるようになりました。



 聖者は争いを諫めました。

 助け合わねばならない者同士で争っていては、何も生まれません。

 それどころか、折角出来上がった何かすらも失いかねません。

 ですから、争いあう事は強く否定しました。

 その為、隣人同士の争いは幾らか減りました。

 無くなりはしませんでしたが、その都度聖者は仲裁を買って出ました。

 根気よく、諍いを解いていくために。



 聖者が神の教えを説いてこれらを行っていった結果、町は以前より活気が出てきました。

 諍いは減り、協力が生まれ、人々は以前と同じくらいの労力でより大きな成果を得る事が出来ました。

 それは仕事だけの話ではありません。

 家庭において、仲間同士において、隣人達の間においてといったあらゆる所で等しく同じ事が起こっていました。

 聖者は神の教えがもたらした結果に満足し、多くの人も聖者を信頼していきました。



 そんな日々が続いていくうちに、聖者は更なる神の教えをもたらしていきます。



 聖者は持たざる者達を救おうとしました。

 職にあぶれたもの、酒や博打で身を持ち崩した者、粗暴な者などなど。

 こういった者達を救おうと呼びかけました。

 それを聞いた多くの者は、さすがにすぐには頷きませんでした。

 何せ相手は問題を起こしてる者達ばかりです。

 中にはどうしようもない理由で落ちぶれてしまった、そうならざるえなかった者もいます。

 ですが、それはほんの少しだけで、ほとんどの者は本人の責任で身を落とした者達です。

 誰が悪いのでもなく、当事者そのものが原因となっていました。

 そんな彼等を助けてどうするのか、と誰もが思いました。

 聖者はそれに答えました。

「彼等が他の人と同じように働き、仲間となっていけば、問題を起こす者は減ります。

 そうなれば、問題が起こる事を危惧する事無く生きていけます」

 それを聞いて誰もが、それもそうだなと思いました。

「難しい事ではありますが、やりましょう。

 やらねば何も変わりません」

 その言葉に多くの者達は頷きました。



 聖者は彼等に食事を振る舞う事を説きました。

 腹が減っては何も出来ません。

 健康も十分な栄養があってこそです。

 ですから、多くの人達から持ち寄りを求めました。

「一人一人がパンの一つを持ち寄れば良いのです。

 それだけで十分な食事が集まります」

 その言葉通り一人が少しずつ持ち寄る事で多くの食料が集まりました。

 落ちぶれてた者達は少しはまともな飯にありつけるようになりました。



 聖者は彼等に仕事を与えるよう求めました。

 働く所がなければ身を立てる事もできません。

 働いて稼いで、そうやって自分自身の生活を支えるようにしていかなくてはなりません。

 仕事を教えるのも給料を払うのも大変な事ですから、経営者からすればたまったものではありません。

 ですが、聖者は辛抱強く、経営者が首を縦に振るまで押し寄せました。

 それに押し切られた者達が、落ちぶれた者達を雇う事になりました。

 もちろん上手くいくはずもなく、酷い結果になりました。

 仕事のやり方を教えようにも、憶える気すらないような者達ですので、まともに作業が出来るわけがありません。

 それ以前に、挨拶をしたり順番を守ったりといった基本的な事すらまともに出来ません。

 そんな者達を抱えてしまったのですから大変です。

 いっそすぐに解雇してしまえれば良かったのでしょうが、聖者がそれを押しとどめます。

「何事も時間がかかるものです。

 今は根気よく彼等と接していきましょう」

 そういって経営者達が納得するまで押し寄せるのです。

 大半の者達はこれに押し切られてしまいました。



 それでも衝突は避けられません。

 仕事が出来ないだけでなく、挨拶すらろくにしないのですから人間関係が出来るわけがありません。

 よほどのお人好しでもなければ落ちぶれてた者達と仲良く出来るわけがありません。

 おまけに大半の者達が横柄な態度をとってるものですから、喧嘩に発展する事も珍しくありませんでした。

 そんな時に聖者は争ってる者達をなだめていきます。

「争いは何も生みません。

 今は手を取り合うべきなのです」

 もちろん多くの者達は納得しません。

 特に仕事をめちゃくちゃにされてる人達はたまったものではありません。

 落ちぶれてた者達のせいで、仕事の負担は増大してしまってるのです。

 仕事が出来ないだけでなく、無駄な失敗を何度も繰り返して余計な損害を発生させてるのですから。

 少しは向上していくなら良いのですが、そんな事も無いから余計な苦労はいつまでも続きます。

 落ちぶれた者と一緒にいる他の従業員達はもう限界が来てました。



 それより早く限界が来てたのは、落ちぶれていた者達でした。

 色々な面で劣っている彼等でしたが、根気という部分も人より劣ってました。

 周囲が特別非道な事をしてきていたならともかく、そうでもないのに仕事を続けようとしません。

 遅刻、早退、欠勤は当たり前。

 まともに出勤しても仕事が普通に出来ない。

 仕事をおぼえてないならともかく、いつまで経ってもおぼえようとしない。

 こんな調子の者達ですから、当然仕事が続きません。

 特に病気をしてるわけでもないのにこんな調子です。

 そのうち仕事に出なくなる日が増えていき、ある日突然出勤しなくなるなんて事が数多く発生しました。

 落ちぶれていた者達は再び落ちぶれていったのです。



 それでも聖者は説きます。

 彼らに機会を与えましょうと。

 仕事が出来ないのは残念であるが、再び次の機会に巡りあえるよう食事だけでも与えようと。

 その時まで生きていなければ再生や更正はありえません。

 その言葉に聖者の支持者達は賛同し、食事を持ち寄っていきました。

 落ちぶれた者達はそれにありつき、どうにかこうにか生きていく事ができました。

 しかし、彼等が働きに出る事は二度とありませんでした。



 何もしなくても食事にはありつけるのです。

 そうであるなら無理して働かなくても良い、と思うのも人情です。

 特に向上心や出世欲などもない落ちぶれた者達は、死なない程度に食っていけるならそれで良いと思いました。

 より豊かにとか、家庭を持ってとか、人並みの生活を、といった事に彼等は頓着しません。

 生か死かといった基準でものを考えてました。

 そして生の内容がどういったものであれ、とりあえず死なないのであればそれで良いと思うのです。

 そんな彼等からすれば、無理や苦労をしてまで働いていく意味が全くみえなくなってました。

 何で辛い思いをしてまで働かねばならないのかと。

 そんなわけで落ちぶれた者達は落ちぶれたままそこらを徘徊するようになりました。



 さすがにこれでは、と思った者達は食事の供出をやめようとしました。

 彼等とていずれ落ちぶれた者達が立ちなおるかも、という期待があってやっていたのです。

 それが覆されてしまったなら、続ける理由はなくなります。

 しかし聖者はそんな者達をやはり説得します。

「確かに落ちぶれてる人は多い。

 しかし、立ちなおってる人もやはりいる。

 彼等がその人達に続く可能性はまだあるのです」

 そう言われてしまったらさすがに反論しにくくなります。

 わずかではありますが、立ちなおってる人がいるのも事実なのですから。

 それに、彼等は困った人達を放置する事を躊躇ってもいました。

 多少なりとも慈善の気持ちがあったせいでもありますが、それよりも大きいのは評判の方です。

 ここで手を引いたら薄情者と思われるのではないかと恐れたのです。

 その為ならば、負担にならない程度の施しを続けていった方がましだと考えていきました。

 言ってしまえば、施しを与えてるのは功名心からのものでもあったのです。

 そんなわけで彼等は、それほどでもない負担を続けていく事にしました。

 それにしたって、彼等が一方的に持ち出してるのに変わりはないのですが、その事に気づいてる者はほとんどいませんでした。



 また、彼等が気づいてないもう一つの事実もありました。

 落ちぶれた者達の中から立ちなおった者も確かにいましたが、それはあくまで一部の例外です。

 それに立ちなおったのは、元々はしっかり働いていたりした者達です。

 職場が倒産したり、経営していた店が不況の時期に経営不振に陥ってしまった事でやむなく落ちぶれたのです。

 いってしまえば、外部の要因でやむなく落ちぶれたのです。

 本人が望んで駄目になっていったわけではありません。

 きっかけがあれば再生する事は出来たのです。

 そのきっかけが今回の出来事だったというわけです。

 そんな者達と、再び落ちぶれていった者達には大きな差がありました。

 いまだに落ちぶれてる者達は、才能や能力といったものが足りないというもあったかもしれませんが、それだけが理由ではありません。

 一番の理由は彼等が抱いていた怠け心でした。

 そういってよければ、彼等は落ちぶれたというよりは怠け者だったという方が正解だったのです。



 そんな怠け者達を聖者はそれでも擁護しました。

 彼等にも機会をと訴えながら。

 しかし、どれほど時間が経過しても怠け者達が再起する事はありませんでした。

 怠け者は怠ける事を求めるから怠け者なのです。

 人として自分の事くらいはどうにかしようなどと思う事ができたなら、とっくに働き者になっています。

 それが出来ない怠け者に施しを与えても無駄なだけでした。

 ですが、それでも怠け者達を救う為に多くの人から施しを求めていきます。



 そうしてるうちに怠け者達はだんだんと増えていってしまいました。

 働かずに食っていけるという事であちこちにいた者達が集まってきたのです。

 それらを抱えるだけでも大変な負担になっていきました。

 最初はそれほどの負担でないからと施しを続けていた者達もさすがに音を上げていきます。

 一人二人と聖者から離れていき、その分残った者達への負担が大きくなります。

 それでも施しを続けていた者達もいましたが、そうした者達は負担の大きさに絶えかねて、ついには自分達すらも落ちぶれてしまいました。

 破産や一家離散が相次ぎます。

 新たな落ちぶれた者達が増えていってしまいました。



 施しを与える者が消え、それなのに人数が増えてしまったから大変です。

 もう食べていく事が出来ません。

 食っていけるだけでいいや、と思っていた者達もさすがに慌てます。

 大前提条件であった「食える」という事が出来なくなったのですから。

 後は死ぬしかありません。

「どうしたらいいんだよ」

 誰もがそう思いました。

 聖者もどうにかしようと町の人達に訴えますが、さすがにもう耳を貸す人もいません。

 さすがに聖者も困り果ててしまいました。



 怠け者達はさすがに今度ばかりは頭をつかいます。

 このままでは生きていけないのは明白です。

 やはり仕事をしようか、と考える者も出てきます。

 そうなれば、少しくらいは稼げるからです。

 ですが、彼等を受け入れてくれる所はありませんでした。

 以前の出来事が大きく影響をしています。

 まともに働けない、それ以前に職場の他の者達との間に問題を起こしていたのです。

 その原因を再び取り入れる事を納得する者はいませんでした。

 あちこちで猛烈な反対が起こります。

 それでもどうにか聖者は説得を続け、ごくわずかですが受け入れ先を確保しました。

 増えてしまった怠け者達の数に比べれば微々たる雇用数ですが、無いよりはましです。

 運良く採用された者達は、あらためて職場へと向かっていきます。



 しかし、事がそう上手く運ぶわけもありませんでした。

 怠け者達はやはり以前と変わらぬ態度をとり続けていきました。

 それが職場の他の者達を怒らせていきます。

 職場内での排斥が始まっていきます。

 雰囲気は最悪です。

 怠け者に仕事を回すことはなくなりました。

 話しかけたりする者もいません。

 好んで関わり合いをもとうという者達などいるわけありませんでした。

 それどころか、人の目に付かないところでの虐待なども始まります。

 それを咎める者もいませんでした。

 怠け者が居る事で被害を受けてるのは職場の者達でしたので当然です。

 また、経営者からすれば、まともに仕事もできないのに給料を払うという損害を与えられてます。

 そういった事が起こっても対処しようなどとは思いませんでした。

 むしろ、それで少しは溜飲を下げたくらいです。

 再び出勤しなくなれば御の字とすら考える者もいました。

 そう考える者は経営者以外にも多く、圧倒的多数と言ってよい状態になってました。



 彼等が願ったような結果はほどなく生まれました。

 辞職というか出勤拒否が増えていき、職場に平穏が戻りました。

 彼等からすれば願ったりかなったりです。

 怠け者がいると仕事にならないのだから当然でした。

 それどころか損失が増えるのですからさっさと消えてもらいたかったのです。

 聖者もどうにかしようと思いましたが、今度は誰も折れたりしません。

 門前払いは当たり前といった対応で接触を遮断されてしまいました。

 さすがにこれではどうにもなりません。



 そうこうするうちに、町の中で事件が増えていくようになりました。

 最初は小さな事だったのですが、それが徐々に拡大し、町のあちこちで起こるようになりました。

 万引きや置き引き、外に干してあった洗濯物の盗難などなど。

 一つ一つは小さなものだったのですが、町全体でとなれば結構な件数となりました。

 一体誰がと思って町中全体での監視がはじまりました。

 警察だってもちろん動きます。

 その結果、あっさりと原因が分かりました。

 なんの事は無い、食い詰めた怠け者達がやっていたのです。

 町の多くの者達は激怒しました。



 そんな彼等に聖者は語りました。

「争ってはいけません」

 争いは誰かを傷つけ、決して何も生み出さないからと説きました。

「今必要なのは許す事です」

 憎しみに流され、慈悲の心を忘れたら、人は傷つけ合うだけになると説きました。

「彼等も生きていこうとしたのです。

 その為にこのような事をしたのです。

 このような事しか出来なかったのです」

 そういう状況になったのだと説きました。

 その言葉を受けて町の者達はとりあえず手を引きました。

 怠け者達に向ける目と、彼等への態度は冷え切ったものになりましたが、それでも干渉はしないというところで折り合いをどうにかつけました。

 本当なら怠け者達に徹底的に報復をしたかったのですが、それはどうにか我慢する事にしました。

 町の人々が受けた損害への償いもないままに。

 怠け者達によって一方的な損害や損失を受けた事になりました。



 しかし怠け者達の状況が良くなったわけではありません。

 以前よりも警戒や監視が強くなり、迂闊な事が出来なくなりました。

 ちょっと動き回るだけで、町の者達の目が向けられてしまいます。

 何をするでもなくても常に監視状態です。

 悪さなんて当然ながら出来ません。

 手段としては最悪ですが、それによって食い扶持をえるという事すら出来なくなりました。

 怠け者達は今度こそ追い詰められました。

 もっとも、そんな状況に陥ったのは、他でもない彼等自身の怠け心にありました。

 他の要員によって追い詰められたというわけではありません。

 なるべくしてこうなってしまったとしか言いようがありません。

 それなのに彼等は、更に最悪の手段に出てしまいます。



 一時は収まった犯罪でしたが、ある時期を境にそれらが再び発生するようになりました。

 それも更に凶悪さを増して。

 暴行、泥棒、恐喝など、凶悪犯罪の類が増えていったのです。

 それどころか強盗殺人などすらも起こるようになりました。

 町の者達の目は一斉に怠け者達に向けられます。

 案の定というか、治安が悪くなった頃を境に姿を消した者達がいました。

 それらがどこにいったのかという事が話題になりました。

 答えはそれから暫くして出てきました。

 掴まった凶悪犯罪者が悉く怠け者達だったのです。

 彼等は食うに困るほどの困窮者から、人の持ってる者を奪う犯罪者になったのでした。

 町の者達の怒りは一気に燃え上がりました。



「いけません」

 聖者がそんな人達の前に立ちました。

「このような争いは決して何も生みません。

 やられたからやり返すという復讐は、報復を際限なく増殖させます。

 それは終わらない争いを作り上げるのです」

 そういって神の教え、神の摂理を説いていきました。

 だが、耳を貸す者は誰もいません。

 ただひたすらに加害者を捜し出して報復をしょうとしていったのです。

 更に怒りは実行犯ではない怠け者達にも向けられました。

 町の者からすればそこに差はありません。

 既に悪事を犯したから、まだ犯してないだけなのかの違いしかないのですから。

 見つけ次第始末していくのは、町の者達からすれば当然の事でした。

 誰がいつ犯罪者に成りはてるのか分からないのですから。

 それとは別に警察も動き出しています。

 犯罪者を捕らえるためにです。

 しかし、捜査は思ったよりも難航していきました。



 怠け者達は自分から進んで働こうとはしていませんでした。

 しかし、さすがに命が潰えるかもしれないという事態に陥って何かが変わったようでした。

 その結果が犯罪であり、それは彼等にしてはかなり上手くやりおおせたのでした。

 褒められたものではないでしょうが、悪事についての才能はあったのかもしれません。

 なまじ数多く集まっていたのもそれらを支える事になっていきました。

 彼等は聖者の教え通りに、仲間同士協力し、諍いを起こさずに事にあたっていきました。

 協力し合うことで、普通にやっていたら難しい様々な犯罪を次々に成功させていったのです。

 そうして結束した彼等は、犯罪集団へと成長していく事になるのです。


 そして町は、終わりのない犯罪者との争いを繰り広げるようになりました。

 以前も犯罪はあるにはあったのですが、ある時期よりも前はそれほど多くはありませんでした。

 組織だった動きも見せず、事件自体も小さなものがほとんどでした。

 しかし今では人目のない所を歩くのは危険と考えねばならないほど治安は悪化しました。

 夜中の出歩きなど自殺志願とすら言えるほどです。

 戸締まりをしっかりしないと泥棒に侵入される事になってしまってます。

 町から安寧や安息は消えてしまいました。



 それでも聖者は説きます。

「争い合うよりは許しましょう。

 刑罰を与えるのではなく、慈悲を施しましょう。

 衝突するのではなく、手を握り合いましょう。

 殴り合いではなく、話し合いをするべきです」

 その言葉は誰の耳にも届かない……という事はありませんでした。

 ですが、受け入れる者はもういませんでした。

 それどころか、

「なんで奴らに譲歩しなくちゃならないんだ!」

「あいつらが悪いんだろうが」

「俺達が奴らに提供するなんてふざけるな」

「俺達は奴らのせいで酷い目にあってるんだ。

 なのになんで施しを与えてやらなくちゃならないんだよ!」

 聖者にかけられるのはそんな言葉ばかりです。

 それでも聖者は訴えました。

「神の思し召しを無にしてはいけません」

 聖者は彼の信じる神の言葉を何度も繰り返していきました。

 そしてそれと同じ数だけ言われました。

「お前が言ってるのは悪魔の教えだ」




 もう、寛容さを示すものはいません。

 もう、慈悲をたれるものはいません。

 もう、救いをさしのべるものはいません。

 これらがもたらしたのが、犯罪に苛まれる現状であるからです。

 これらが悪魔の教えであると誰もが考え、疑いを持つ事もありません。

 やがて聖者は犯罪者を擁護する悪党として町の者達に処分されていきました。

 彼はギリギリまで彼が信じる神の教えを口にしていました。

 そんな彼の態度に腹を据えかねた町の者達は、

「だったら神のところに送ってやるよ」

といって、この世から彼を解放していきました。

 その瞬間聖者は叫びました。

「いやだ、死にたくない!

 助けてくれ!」

 神を信じ、あの世を信じている者なのに、幸福が約束されているはずの神の所へ行く事を拒否したのです。

 最後の最後に至り、聖者は神ではなくこの世にしがみつこうとしました。

 この世の道理を無視し、神の言葉だけに従っていたにも関わらずです。

 そんな聖者の様子を見ていた者の一人が言いました。

「だったらなんで神なんか信じたんだ?」

 その疑問に聖者は、何かに気づいたような顔をしました。

 しかし、次の瞬間には取り囲む者達によって断罪されました。

 最後に何を思いどう考えたのかは、これで永遠の謎となりました。



 町が平穏を取り戻すまでにはそれから多大な時間をようしました。

 それでもどうにか町は以前のように治安の良くなった状態を取り戻しました。

 そこに神の教えや神の言葉はありませんでしたが、そんなものが無くても、いや、それが無いからこそ平和で平穏な暮らしを取り戻したのです。

 それを取り戻すための無駄な争いについては、その原因ともども町において長く語り継がれ、二度と同じ過ちを繰り返さないための教訓となっていきました。



 めでたしめでたし。

 助け合いって難しいですね。



 こちらもよろしく。

「捨て石同然で異世界に放り込まれたので生き残るために戦わざるえなくなった」

https://ncode.syosetu.com/n7019ee/



 他の短編もよろしく。

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