序章~別れ~
「シロ!ほら、これが昨日話したグランヌって花だよ」
あの日から、俺は城へ行く度に、シロの元を訪れた。
成人の儀式を終えた騎士の門下は、志願すれば、城内で実施される訓練に参加可能だ。
もちろん成人の儀式を終えてすぐの子供が参加するは稀である。
理由は、訓練の厳しさに耐え切れず、参加しなくなる奴らがほどんだだからだ。
そのため、志願といえども、騎士の推薦が必須であり、俺の場合は親父を説得することが必要だった。
親衛隊隊長だけあって、親の七光りで訓練に参加させた、と言われないように、
家での稽古の量は3倍なったし、訓練を途中で抜けることも許されない。
しかし、シロに会いたい一心の俺にとって、この状況は逆にありがたかった。
訓練後は親衛隊だけの会合があるらしく、親父の目を抜けることができるからだ。
(まぁ、勝手に城内をうろつくのは悪いってわかってんだけどなぁ・・・)
バレたら、ただでは済まないだろう。
しかし、ほかにシロに会う手段が見つからないため、こうするより他なかった。
「アオ、いつも来てくれてありがとう。・・・無理してない?」
俺が持ってきた花を愛おしそうに眺めた後、少し不安そうな顔でシロが気遣う。
「そんなことないよ!まぁ、訓練は厳しいけど・・・。
ほら、そんな顔するなよ。グランヌっていい匂いがする花だろ?シロに見せたかったんだ」
すぐに不安そうな顔をするシロの顔に花を持っていくと、シロは嬉しそうに笑う。
俺にとって、外にある草花なんて当たり前のモノだけど、シロは全く外に出られないらしい。
外の話をすると嬉しそうに笑うシロの笑顔を好きになっていくのにそんなに時間がかからなかった。
「あ・・・アオ?どうしたの?」
物思いにふけりながら、シロの顔を見つめてしまっていたらしい。
色白な肌が赤く染まっていくのが、可愛らしいと思った。
「ごめん、ごめん。なんでもな・・・」
「・・・!アオ、こっちにきて!」
俺がシロの頭を撫でようとした手をとって、シロが血相を変えて、引っ張っていく。
突然のことで、言われるがままにシロについていくが、様子が変だ。
いつもシロと会う小部屋を抜け出して、物置のような薄暗い部屋で、足を止める。
「・・・?シロ?どうした?あの部屋じゃないと会えないって言ってたよな?」
「・・・あ・・・えっと・・・」
シロは困惑した顔をしているが、それだけじゃない。
白く透明な肌は、青白く、ひどく気分が悪そうにみえた。
「ごめん、問いただしたかったわけじゃないんだ。今日、具合悪かったのか?すごい顔色悪そうだけど・・・」
「・・・・・・・・・」
何か考え込むように、唇をかんでいるのがわかった。
シロには秘密が多いことはわかっていた。本当の名前だって未だに知らないし、なんで外に出られないのかも知らない。今だって、俺に言えないことが起きていることしか分からない。ほんの少し、自分を信じてもらえないことに苛立ちを覚える。
(シロ・・・なんで黙っちゃうんだよ・・・。俺のこと、まだ信用できないのか)
もう、何度会って、何度笑いあったかも分からないのに。俺は、シロの本名を聞くことですら、拒絶されることが怖くてできずにいた。そして今もまた、シロから何も聞くことができない。
(せめて、友達くらいには思ってもらえていると思ってたけど・・・)
それですら、俺の甚だしい勘違いに思えてしまった。
「ち・・・!・・・・・・ちょっと具合が悪いの。アオの言うとおり。」
そう言って、シロは握っていた手を離して、俺に背を向けた。
「そうだったんだ。ごめんな、気づかなくて。じゃあ、俺は今日は帰るよ」
「うん・・・。それでね、アオ。・・・もうここに来ないで欲しいの」
「・・・え?」
まったく意味がわからなかった。なぜ急にすべてを拒絶されたのか、頭がついていかない。
「アオが来てくれるの、本当は迷惑だったの。でもずっと断れなくて。
ちょうどいい機会だから、ちゃんと言っておこうと思って。」
「ちょ・・・ちょっと待って。俺全然、そんな風に感じなかったんだけど」
「そう・・・。私の当たり障りのない会話がお気に召したのね。」
「・・・!シロ!こっち向けよ。」
いままで会ってきたシロとは思えない口ぶりに、違和感しか感じられない。
目を見て、顔を見て話せば、シロが言っていることが本当かどうかわかる、そう思って、肩に手を乗せた。
「触らないで!」
強い拒絶の意思、それと裏腹に体が震えているように感じた。
―――そして、何かの雫が手に落ちた。
(シロの・・・涙・・・?)
シロの言っていることは嘘だと確信した途端、シロが一人で部屋を抜け出していく。
「・・・あ」
「こちらにいらっしゃったのですか!?・・・心配いたしました。」
「ごめんなさい。すぐ行くわ」
俺が声をかけようとした瞬間、シロが抜け出した外から声が聞こえた。
(くそ、なんてタイミングで・・・
追いかけるか・・・、いや、誰かにバレる方が今後、出禁になる可能性が高い・・・くそっ)
俺は仕方なく、足音が遠くなるまで、薄暗い部屋に閉じこもった。
―――――それ以降、シロと会うことはできなかった。
そして、俺はシロが気がかりで、稽古に身が入らない日々が続いてしまった。
「アオ!身がはいっておらんぞ!」
「・・・!申し訳ありません。師範。」
「あとで、私の部屋へ来なさい」
ついに、親父に呼び出されてしまった。このままでは、城内の訓練さえも行けなくなってしまう可能性がある。しっかりやらないと、シロを探しに行くことすらできなくなってしまう。
意を決して、親父に会いに行く。
「師範。失礼します」
「入れ」
相変わらずの硬い声色に、背筋が伸びる。進められるがまま、親父と向かい合う形で座る。
頭ごなしに問い詰められることを覚悟して待っていると、親父が予想外の質問をした。
「アオ・・・お前、城内を散策したりしておらんか」
「・・・!」
全身から、汗が吹き出す。この態度で、既にもう親父にはバレたと考えられる。
正直に話すかどうか必死で考えていると、親父が勝手に話をしだした。
「無血の同盟が結ばれて30年。」
「え・・・」
「現在の国王が成し遂げられた偉業だ。あの方のおかげで、100年の大戦が幕を閉じ、
30年、大きな戦は起きなかった。しかし、今は新たな火種が戦を生もうとしている。
明日には国民中に知れ渡るが・・・、国王にはご子息・ご令嬢がいらっしゃる。
ちょうどお前を同じくらいの年だ」
(俺と同じくらい・・・)
親父の話を聞きながら、俺はシロのことを思い出す。
「明日、成人の儀式が執り行われ、王族見聞についても公表されるだろう」
「王族見聞・・・」
「現在の国王のご子息・ご令嬢ならびに4地方のご子息が各地を散策され、見聞を広められる儀式だ。
そして、その儀式の後、正式なお世継ぎが決まる。
王族見聞には、騎士の中から護衛として2名選ばれるようになっている」
「・・・!」
「王族見聞までの間、ご子息・ご令嬢は、城の外で出ることが禁じられているのだが、
最近、ご令嬢の周りに人影があると報告を受けている。」
親父が仕事の話をしてくれるなんて初めてのことだった。
そこまで話すと、親父は口元に笑みを浮かべて、再度、俺に問うた。
「さて、お前、城内を散策したりしておらんか」
「・・・!しておりません!」
親父が言いたいことがわかった。そして、シロに会う方法も・・・!