第9話 引っ越しと使用人達と。
第9話です。
お読み頂き有り難う御座います。
話の余計な部分を省略しています。
暗がりの中部屋の扉をノックする。
返事は無い。
扉を開ける。
そこには1人の男が眠っている。
(ザック様・・・。)
扉を開けたのはサリーだった。
ベッドで安らかな顔で眠っているザックを見つめながらサリーは涙を流していた。
サリー:(良かった・・・私は本当に主様の元に・・・。)
サリーは自分の肩を抱き締めながら、目の前で優しい顔で眠っているザックの寝顔を見つめていた。
ザック:『・・・ん?サリー?』
突然目覚めたザックにサリーは慌てた。
サリー:『あ、あの、こ、これは、何と申しますか、そ、その・・・。』
ザック:『おはようサリー。』
ザックが優しい微笑みを浮かべながら掛けた一言に、サリーも心からの笑顔で答えた。
サリー:『はい・・・おはよう御座います・・・ザック様。』
ザックはベッドから身を起こして風呂場の脱衣場で着替える。
その間にサリーは紅茶の準備をする。
ザック:(あの様子だと昨夜はあまり寝れなかったっぽいな。)
着替えを終えたザックは、段ボールからソフトクッキーを出し、テーブルの方に目をやるとカップをもう1つ取り、テーブルに持って行った。
ザック:『サリーも一緒に飲もうよ。』
そう言うとソフトクッキーのパッケージを開けた。
サリー:『・・・はい。』
サリーは昨日のやり取りで、ザックが自分達と共に行動する事を望む事を理解している。
ザック:『これを食べてみて、美味しいよ?』
ザックに促されお菓子を手に取り口へ運ぶ。
サリー:『っ!!素晴らしいお味です、こんなに美味しい菓子を頂いて宜しいのですか!?』
ザック:『あはは、オーバーだなぁ、単なる御茶請けだよ。』
サリー:『しかし、こんなに美味しい菓子は王都でも見た事が有りませんよ?』
ザック:(そりゃそうだろうね。)
ザック:『まぁこっちには売って無いだろうしね。』
するとアンが部屋に入って来た。
アン:『おはようザック、サリー。』
ザック:『おはようアン。』
サリー:『おはよう御座いますアン様』
アン:『・・・サリー、様はやめて・・・。』
ザック:『アン、諦めろ。俺は諦めた。』
アン:『ザックはこの子達の主様でしょ?私は主じゃ無いもの。』
ザック:『裏切り者ぉ~。』
アン:『だから私を呼ぶ時はさん付けで良いわよ。』
サリー:『しかし、アン様はザック様の恋人さんなのでは?』
アン:『っ!!ま、まぁ、そう・・・なるのかな・・・。』
ザック:(あ、真っ赤になった。)
ザック:『サリー、可哀想だからさん付けで呼んであげて。』
サリー:『畏まりました。』
ザック:『アン、紅茶飲むだろ?』
アン:『うん。』
サリー:『只今ご用意致します。』
フェルテが部屋に入って来た。
フェルテ:『おはよう御座います。皆様が既に起きていらっしゃる事に気付かず遅くなってしまいました。申し訳御座いません。』
ザック:『おはようフェルテ、まだ寝てても良かったのに。』
フェルテ:『とんでも御座いません!主に支えるメイドとも有ろう者が、主より遅く起きるなどもっての他です!』
ザック:『うちは貴族じゃ無いって言っただろ?きちんと仕事さえしてくれれば、そんな事に怒る人なんて居ないから。』
サリー:『フェルテ、ザック様もそれで良いと仰って下さっているのです。これからはザック様の生活に合わせて奉仕なさい。』
サリーがフェルテにそう宥めた。
ザック:『フェルテも紅茶飲むだろ?こっちに来て座りなよ。』
フェルテがサリーを見る。
サリー:『頂きなさい。』
するとフェルテはようやくテーブルについた。
アン:『そう言えばジーナは?』
フェルテ:『ジーナはダイソン様を手伝うと言って食堂に行きました。』
ザック:『そこまでしなくても良いのに。』
フェルテ:『なんでもザック様の料理を作るのは自分の務めだと申しまして・・・。』
アン:『意外と面倒な子ねぇ。』
そうアンが言うとサリーがサラッと言った。
サリー:『ジーナは以前から結構面倒な子ですので。』
日が登り食堂へ向かうとダイソンが声を掛けて来た。
ダイソン:『ザックさん、あの子凄いな。』
ザック:『迷惑掛けてないですか?』
ダイソン:『いやぁ、1回作って見せただけですぐ覚えるんだよ。あの子凄いですぜ?』
料理の腕は確からしい。
ジーナ:『あ、ザック様!おはよう御座います!』
ザック:『ジーナ、勝手な事しちゃ駄目だろ?』
ジーナ:『ですが主様の料理を作るのは料理人である私の役目かと。』
ザック:『いや、ここ宿屋だから。』
ダイソン:『いやぁ、私としては助かりますよ。さすがに1人だと手が回らない事も有るもんで。』
ザック:『ダイソンさんがそう言うなら・・・ジーナ、新居に引っ越すまでの間、朝はダイソンさんを手伝ってやってくれ。』
ジーナ:『宜しいのですか?』
ザック:『料理人の感を取り戻すのには良い練習になるだろ?それでダイソンさんが助かるというなら一石二鳥だろ?』
ジーナ:『はい!張り切って美味しい料理を作ります!』
ザック:『ダイソンさん、遠慮せずに使ってやって下さい。』
ダイソン:『ザックさん悪いねぇ。ジーナちゃん、今朝はもう良いからザックさん達と朝食を食べな。』
昨夜と同じ様に、全員でテーブルを囲んで食事を取る。
ジーナは厨房で初めて見た調味料に興味津々な様だ。
ジーナ:『ザック様、厨房にあった珍しい調味料なんですが、あれはザック様が差し上げた物だと聞きました。まだ同じ物は有るのでしょうか?』
ザック:『あぁ、まだ有るよ?新居で使おうと思って取ってある。』
ジーナ:『少し味見をさせて頂いたのですが、どれも素晴らしい物ばかりでした。この料理の味も昨夜の料理も、今まで味わった事の無い奥深い味です。王都でもこんなに美味しい料理を出す料理店はまず有りません。』
サリー:『私もそう思いました。伯爵家に居た頃のサリーの作る料理はどれもかなり美味しかったのですが、これはその上を行っています。』
ダイソンが近づいて口を挟む。
ダイソン:『ザックさんが来てからのうちの料理は、他の料理屋より評判が良いんですよ。うちは宿屋なんで日中は料理を出さないんですが、最近昼にも食堂に訪れる方が増えましてね。皆さんガッカリして帰るんで申し訳無くて・・・。』
アン:『さすがに昼もやったら手が足りたいんじゃないですか?』
ダイソン:『えぇ、正直昼間は無理ですね。それに昼まで料理を出したらあの調味料も直ぐに無くなりますよ。』
ザック:(そうだよなぁ。かといって神様に定期的送ってくれとも言えないし。)
その後も料理の話で盛り上がり、食事を終えるとザックの部屋に集まった。
ザック:『フェルテ、全員分の紅茶を頼めるかな。』
フェルテ:『畏まりました。』
ザック:『昨日はみんな感情が高ぶっていたから、今から今後の事を話そうか。』
アン:『それが良いわ。』
ザック:『まずは引っ越しに関してだな。場所は北エリアの東側にある屋敷だ。結構広いから掃除が大変なので覚悟してくれ。部屋は結構な数があるから、当面は使う部屋だけを掃除してくれれば良い。寝室の他に待女用の部屋が有るけど、君達は普通の寝室を使ってくれ。』
サリー:『私共は待女用の部屋で結構です。何方かがお泊まりになられる時に、使用人が寝室を使っている事を知られれば気分を害してしまいます。』
ザック:『そんな人は家には泊めないから気にしないでくれ。君達は俺の家族なんだから、寝室を使うのは当然の権利だと思って欲しい。』
アン:『そんな事言ったって彼女達は遠慮するに決まってるじゃない。でもザックの言ってる事は本当よ。私も貴女達に待女用の部屋には住んで欲しくは無いの。』
サリ:『畏まりました。それでは寝室を使わせて頂きます。』
ザック:『次に、すぐにでは無いが、俺とアンの2人で旅に出る予定がある。元々君達を買ったのも旅に出ている間、君達に屋敷を任せる為だったんだ。旅に出るとは言っても出来るだけ屋敷に戻る機会は増やすつもりだ。』
ジーナ:『出来ましたら、お出掛けになられる前に、お戻りになられる日をお知らせ頂きたいのですが。食材の手配等もありますので。』
アン:『出来る限りは知らせるつもりよ?でも旅先では何が起こるか分からないから、3日位は余計に見積もって欲しいわね。』
ジーナ:『畏まりました。』
ザック:『細かい事に関しては引っ越しを終えてから話すけど、大まかなのはこの程度だな。新居で必要な物は鍋やフライパン等の台所用品と掃除用具と生活用品と食器類、後は食材と何かある?』
アン:『そうねぇ・・・。そんな所かしら?足りなければ後から買い足しても良いし。』
その後3人と、これから頻繁に利用する店を決める為に町に出た。
ジーナは肉屋や青果市場、フェルテは道具屋と雑貨屋と紅茶店、サリーは商人ギルドで庭師の相談や引っ越しに必要な荷馬車の手配等を任せた。
さすがは元伯爵家の使用人だけあって、3人の交渉は見事なものだった。
3人に屋敷を見せる為に商人ギルドでサリアに同行して貰った。
3人にサリアを紹介し、彼女がサリーの事をザックに教えた事を話すと、3人は彼女に心からの礼を述べた。
屋敷を見た3人は目を輝かせて、自分達の持ち場を色々チェックしていた。
サリアは3人の様子を見て口を開いた。
サリア『皆さん生き生きしていますね。ザックさんにお話しして良かったです。』
アン:『私はあの時サリアがサリーの事に気付かなかったら、こんな光景は見れなかったと思うわ。』
ザック:『本当だよな。サリアが彼女達を救ったんだよ。』
サリア『私はザックさん達のお手伝いをしただけですから。』
その後、数日掛けて必要な物をリストアップし、各方面に手配をしたり料金を支払った。
そして引っ越し当日。
全員で朝食を食べた後、ザックは荷馬車を借りに行き、女性陣は荷物の準備をしていた。
ザック:『荷馬車を借りて来たぞ。俺は倉庫から箱を運ぶから、みんなは部屋の荷物を下ろしてくれ。』
アン:『ザック、途中でお店から荷物を引き取りながら行くのよね?』
ザック:『そうだけど、何処か寄りたい所でもあるの?』
アン:『お風呂の道具をまだ買って無かったから、買って行こうと思って。』
ザック:『そう言えばすっかり忘れてたな、どの辺の店だっけ?』
アン:『北エリアだけど嵩張るのよね。』
ザック:『じゃあ積んで行こう。』
一通りの荷物を荷馬車に積むとダイソンが声を掛けて来た。
ダイソン:『ザックさん達が居なくなると寂しくなるねぇ。ザックさんのお陰で今月は楽しかったですよ。』
ザック:『まぁでも他の町に行く訳じゃ無いので、時々お邪魔しますよ。』
ダイソン:『あ、それとジーナちゃん、これ持って行きな。』
ダイソンがジーナに手渡したのは、ダイソンが考えたオリジナル料理のレシピだ。
食堂のメニューにはまだ載せていなかった料理が4つほど書いてある。
ジーナ:『ダイソン様、宜しいのですか?』
ダイソン:『ジーナちゃんには、短い間ではあるけど色々助けられたからなぁ、これはご褒美みたいなもんだ。』
ジーナ:『有り難う御座います!今度ザック様達にお作りします!』
『ザックさん!』
メリアが通りの先から走って来た。
ザック:『メリア、今日まで色々有り難うね。』
メリア:『とんでもないです!あ、これを持って行って下さい。』
メリアが手渡したのは、魔物避けの護符だった。
この町は数十年前に魔物に襲われた事があり、その後この護符を建物に貼る風習があるらしい。
ザック:『有り難うメリア。わざわざ教会まで行ってくれたんだね。』
メリア:『お屋敷を借りたと聞いたので、先日シスターにお願いしておいたんです。』
ザック:『メリア、ダイソンさん、大変御世話になりました。』
アン:『本当に御世話になりました。』
ザックとアンが続けて別れの挨拶をすると、荷馬車を進めた。
中央広場の市場や各商店を回り屋敷へ向かった。
ザック:『ジーナ、この箱はキッチンに持って行ってくれ。』
ジーナが段ボールの中を見ると目が輝いた。
ジーナ:『ザック様!こ、こ、これ!全部調味料なんですか!?』
ザック:『あぁ、ダイソンさんにあげた物と、まだダイソンさんに見せて無い物もあるぞ?』
そう言うと、ジーナはあまりの感動に震えていた。
荷物を全部降ろし終えると、リビングで紅茶を飲んだ。
サリーが両隣に挨拶に行ってくれたのだろう、遅れてリビングに入って来た。
サリー:『ザック様、お隣はどちらも留守の様でしたが、もしかすると空き家かも知れません。』
ザック:『そうかもね。この町には貴族は居ないし、邸宅の所有者もあまり住んでは居ないらしいんだ。』
アン:『やはり領主が居ないのが原因かしらね?せっかくのお屋敷が勿体無いと思うんだけど。』
ジーナ:『事実かどうかは分かりませが、最近女王陛下が門閥貴族を減らしているという噂があります。貴族が王都に執着するのはそこに理由もある様です。』
アン:『貴女達が前に支えてた伯爵家ってお取り潰しになったのよね?何かやらかしたの?』
ザック:『アン、そういうのを聞くのはやめてやれよ。奴隷に落とされとは言え、元の主の不始末を聞くもんじゃ無いだろ?』
アン:『そっか、みんなごめんね。』
サリー:『いいえ構いません。前の主は辺境地の領主でもありました。利権を使ってかなり悪どい事をやっていた様です。屋敷にも離を作って若い奴隷達に酷い恥ずかしめを強要していた様ですから。正直お取り潰しになるのは当然の報いです。』
アン:『うわぁ、絵に描いた様な悪党じゃない・・・。』
サリー:『そんな御家でしたから、支えていた者達は、男意外は皆奴隷に落とされたのです。本来支えている者は個人として扱われるので資産と見なされません。あの方はお取り潰しが決まったその日に、屋敷の女を全て奴隷に落として売り払ったのです。』
アン:『そんな・・・酷すぎるわ!貴族ってそんな権限あるの!?』
ザック:『アン、落ち着け。貴族の中には使用人を奴隷化する奴も居るんだよ。弱みを握って逆らえない様にしてね。なぁサリー、君達意外の使用人って行方は分からないのか?』
サリー:『私達の後に奴隷に落とされた者達は恐らく王都のオークションで散々になっているので分かりません。買われた者も居れば・・・低俗落ちになった者も居るかと思います。』
ザック:『出来る事なら救ってやりたいけど・・・。』
サリー:『ザック様がお気にされる事では御座いません。ザック様は私共を救って下さいました。もしかしたら他の者も良い主に買って貰えたかも知れませんので。』
聞いていたジーナとフェルテは、静かにザックの顔を見つめていた。
その後荷馬車を返却して、屋敷に帰る途中で女の子から声を掛けられた。
女の子:『ちょっとアンタ、冒険者よね?』
声を掛けて来た女の子はドワーフ属だった。
ザック:『そうだけど、何か用?』
女の子:『アタシさっきこの町に着いたんだけど、アンタこの町の人?』
ザック:『そうだけど?』
女の子:『ならご飯の美味しい宿屋を教えてくんないかな?』
ザック:『それならムーランって宿屋がお勧めだよ。俺も今朝までそこに泊まってたんだ。』
女の子:『今朝まで?今晩はどこ泊まるのよ?』
ザック:『今日引っ越ししたんだ。』
女の子:『なんだ、部屋を借りたのね。ところで、そのムーランって何処にあるの?』
ザック:『中央広場から西門の方に行くと左手に有るよ。冒険者ギルドの近くだから分かりやすいと思う。』
メル:『ありがと、アタシはメルよ。』
ザック:『俺はザック。保証は出来ないけど俺の紹介だって言えば少しだけサービスして貰えるかも知れないよ?』
メル:『わかったわ、ありがとねザック!』
メルと別れ屋敷に戻った。
玄関を開けるとサリーが立っていた。
サリー:『お帰りなさいませ、ザック様。』
ザック:『ただいま、サリー。ところでここで待ってたの?』
サリー:『いいえ、執事用の前室がそちらに有りますんで。』
サリーの目線の先には、玄関が見える窓が付いた小部屋がある。
ザック:『あんな所有ったんだ、気が付かなかったな。』
サリー:『基本的に執事はあの前室が待機室なんです。そこからなら、御呼びになられれば何処にでも直ぐに向かえますし。』
ザック:『なるほどなぁ。でも全員が帰ったらリビングで休んで良いからね。』
サリー:『有り難う御座います。』
リビングに行くとアンは居なかった。
ザック:『ねぇサリー、アンは?』
サリー:『アンさんは寝室の片付けをフェルテとしております。』
ザック:『そっか、じゃあサリー、ポットでお湯を持って来て貰える?』
サリー:『はい、畏まりました。』
サリーが立ち去ると棚からカップ2人分とインスタントコーヒー・ポーションミルク・シュガーポットを出す。
コーヒーを煎れる準備が整うとサリーがポットを持って来た。
サリー:『御待たせ致しました。』
ザック:『サリーも座って、コーヒーでも飲もう。』
サリー:『コーヒーとは?』
ザック:『まぁ少し変わったお茶みたいなもんだよ。』
お湯を注いでポーションミルクを入れる。シュガーポットから砂糖を2杯ほど入れる。
ザック:『飲んでみて。』
恐る恐る口に運ぶ。
サリー:『これは何とも良い飲み物ですね。苦味と砂糖の甘味、それにこの芳ばしい香りも。』
ザック:『気に入って貰えて良かった。』
サリー:『ザック様のお陰で、私はこんなゆったりとした時間を好きになってしまいました。執事たるもの、常に気を張る事が使命だと思って居たのに。』
ザック:『ねぇサリー、君も他の2人も、今まで辛い事や怖い事を嫌という程して来たんだ。もうゆっくりして良いんだ。俺で良ければ幾らでも甘えて良いんだよ。俺は君達を奴隷や使用人としてじゃ無く、1人の女性として扱うつもりなんだから。』
サリーはうつむいて恥ずかしそうに言った。
サリー:『本当・・・ですか?』
ザック:『本当だよ。』
サリー:『・・・じゃあ・・・甘えても・・・良いですか?』
ザック:『良いよ。』
サリー:『もし・・・許されるのでしたら・・・抱き締めて・・・欲しい・・・です。』
ザックは立ち上がり、座っているサリーを優しく抱き締めた。
サリーは身体をザックに預け、その体温をよりはっきり感じる様にザックの胸に顔を押し当てた。
サリー:『暖かい・・・。』
(ザック様が悪いんですよ?私は執事なのに、奴隷なのに、甘えて良いなんて言うから。・・・こんなに幸せな気持ちは生まれて初めて・・・主様・・・大好きです・・・。)
生まれて初めてサリーは男に甘えた。
その優しさに思考がほどけて行く。
普段の凛々しいサリーはそこには無く、美しく可愛らしい年頃の少女がそこに居た。
ザックはゆっくりと腕をほどきサリーから離れた。
ザック:『満足した?』
サリー『・・・はい。・・・でも、またして欲しい・・・です。』
サリーはそう言うと真っ赤になった顔を隠す様にコーヒーを飲み始めた。
しばらくするとアンとフェルテがリビングに入って来た。
アン:『やっと終わったぁ~。』
ザック:『アンの荷物ってそんなに多かったっけ?』
アン:『ほら、こっちに来てから結構買い物したじゃない?宿屋に住み始めた頃よりかなり増えたのよ。』
ザック:『そりゃそうか、フェルテも少し休みなよ。』
フェルテ:『そうさせて頂きます。』
サリー:『フェルテ、こちらに座りなさい。アンさんに紅茶を煎れますから、フェルテも飲みますよね?』
フェルテ:『・・・有り難う御座います。』
サリーが部屋から出て行くと、フェルテが口を開いた。
フェルテ:『あのぉ、サリー様、感じ変わりました?』
ザック:『そうか?』
アン:『多分ザックが良い事してあげたんじゃない?』
アンがニヤニヤしながら言った。
ザック:『良い事って何だよ。』
アン:『だってザックがぎゅってしてくれると、私もあぁなるもん。』
フェルテ:『え!?え!?それって、サリー様が!?あの気丈なサリー様が!?』
ザック:『お、俺は無理矢理した覚えは無いからな?』
アン:『良いんじゃない?ザックが主なんだから、3人の心の管理もしなきゃね。』
フェルテ:『そうですかぁ・・・ザック様、今度私もぎゅってしてもらえますか?』
ザック:『今度な、でも2人共サリーを弄るなよ?あの子は結構デリケートなんだから。』
フェルテ:『そんな事するはず無いじゃ無いですか!私はまだ生きていたいです!』
サリー:『フェルテ、どうしたんですか?大声出して。』
フェルテ:『つ!!!失礼・・・しました。』
アン:『ねぇザック、フェルテってこんな子だったっけ?』
ザック:『人って変わるもんなんだよ?アン。』
その後4人で寛いでいると、ジーナが夕食の準備が出来たというので食堂に行った。
ジーナ:『今日は入居記念日なので気合い入れてみました!』
目の前に並んだ様々な料理に全員が驚いた。
ザック:『ジーナ、これ君一人で作ったんだよな?』
ジーナ:『勿論です!これでも多過ぎると思って3品減らしたんですよ?』
アン:『さすがは元伯爵家付きの料理人だけはあるわね。』
ザック:『じゃあ温かいうちに食べようか。』
ジーナの料理は素晴らしかった。
ザックが渡した調味料の使い方も絶妙で、食材の調理に関しても文句の付けようが無い。
かといって食材を無駄に使うのでは無く、使える部分は全て使っている。
食後皆がリビングに戻った後でジーナを食堂に待たせた。
ザックはキッチンである物を作り、食堂に持って行った。
ザック:『ジーナおまたせ。』
ザックがジーナ目の前に置いたのはアイスクリームだった。
当然の事ながらこの世界にアイスクリームは存在しない。
ジーナに渡した調味料とは別に隠していたバニラエッセンスを使って作った。
砂糖を煮詰めてミルクと練ったキャラメルソースもかけてある。
冷やすのには氷魔法を使った。
ザック:『ジーナ、食べてみて?』
スプーンですくい、恐る恐る口に運ぶ。
ジーナ:『っ!!冷たくて美味しいです!』
ザック:『気に入った?』
ジーナ:『こんなデザート・・・初めて・・・。』
ザック:『後で作り方は教えるけど、冷やすのには氷と体力が必要だから、作る時は俺を呼べ。良いな?』
ジーナ:『美味しい・・・。』
ザック:『今日は美味しい料理を作ってくれて有り難う。頑張ってくれたからジーナにだけの特別なご褒美だよ。皆には内緒にしてくれよ?』
そう言うとジーナはザックに抱き付いた。
ジーナ:『ザック様・・・大好きです。』
(好き!好き!大好き!抱き付いた事なんて幾ら叱られても良い!こんな素敵なご褒美・・・私にだけのご褒美・・・嬉しい、嬉しすぎて壊れそう・・・。)
ジーナは衝動的にザックに抱き付いてしまった。
奴隷という身で抱き付いてしまった後悔よりも、嬉しいという気持ちが上回っていた。
料理の腕前を誉められた事は伯爵家に支えていた時にもあった。
だがザックは感謝をしたうえにご褒美をくれたのだ。
しかも自分ただ1人の為に。
誰も見た事も食べた事も無い、とても美味しい特別なデザートを。
料理人として女として、こんなにも幸せを感じた事は無かった。
ザック:『さあ、せっかく作ったんだから溶ける前に食べてくれ。』
ジーナ:『はい・・・ザック様・・・。』
ジーナはザックから身体を離して、目を潤ませながらアイスクリームを食べた。
食堂後にしてリビングに行くフェルテが何やら紙に書いている。
ザック:『何してるの?』
フェルテ:『あ、ザック様。実は屋敷の掃除分担を決めていおりました。』
ザック:『そっか、それで他の2人は?』
フェルテ:『アンさんは入浴中でサリー様は外回りのチェックをされています。』
ザック:『そうなんだ。熱心だなぁ。』
フェルテ:『それはそうですよ、何と言ってもずっと望んでいた仕事が出来るのですから。』
ザック:『フェルテも嬉しい?』
ザック:『勿論です。ザック様の御世話をさせて頂けるだけでも嬉しいのに、こんな素晴らしいお屋敷で御奉仕をさせて頂けるのですから。』
ザック:『そっか。でもちゃんと休める時には休みなよ?サリーにも言ったけど、俺はフェルテ達を奴隷とか使用人としてでは無く1人の女性として扱うつもりなんだから。甘えたい時は甘えて良いんだからね。』
フェルテ:『・・・そう言う事だったんですねぇ。ザック様がサリー様にもその様な御言葉を・・・。ザック様、私も・・・ぎゅってして下さいませんか?』
ザック:『良いよ。』
ザックはフェルテを包み込む様に抱き締めた。
フェルテはザックの腕の中で、幸せを噛みしめていた。
自分が望む主に支え、身分や立場を越えて接してくれている。
恐らく他所の奴隷身分の者達では感じられる事の無い、手に入れる事を許させない幸福。
自分が女である事を、生まれて初めて幸せに感じていた。
フェルテ:(絶対に逃したく無い。絶対に嫌われたく無い。この主様だけは絶対に失いたく無い。もっともっとこのお方に寄り添い続けたい。ザック様・・・こんな私を甘えさせてくれる。こんなにもお優しい主様に出逢えるなんて・・・。)
ザックが腕をほどくとフェルテが目に涙を浮かべて抱き付いて来た。
少しすると落ち着いたのか、フェルテはゆっくりと身体を離した。
フェルテ:『ザック様?私・・・またぎゅってしたいです。』
ザック:『うん、また今度ね。』
フェルテ:『・・・はい。』
ザック:『フェルテ、一緒に紅茶飲もうか。』
フェルテ:『・・・はい。』
リビングでフェルテと紅茶を飲んでいると、風呂から上がったアンがやって来た。
アン:『ここのお風呂良いわよ!身体を伸ばして入れるの♪』
アンはかなり上機嫌でソファーに座ると、手で顔を扇いだ。
ザックはキッチンへ行き、魔法で氷を出すとコップに入れて段ボールから出したサイダーを注いだ。
リビングで寛いでるアンに手渡す。
ザック:『暑いだろ?これ飲んで涼みなよ。』
アンはコップの中のしゅわしゅわに警戒していたが、一口飲むと目を見開いた。
アン:『何これ!?凄い!?でも冷たくて甘くてしゅわしゅわして美味しい!』
ザック:『だろ?これもあっちの奴だよ。』
アン:『やっぱりそうなんだ。』
フェルテ:『それは何なんです?』
ザック:『サイダーって飲み物だよ。』
アン:『飲んでみる?』
アンが差し出すとフェルテが一口だけ飲んだ。
フェルテ:『え!?何でこんなにしゅわしゅわしてるんですか?でも凄く美味しいですね。』
ザック:『これはちょっと特別な飲み物なんだよ。まだ残ってるから今度みんなに飲ませてあげるね。』
その後風呂に入り、寝室に行くとアンがやって来た。
アン:『ねぇザック、キッチンから果実水持って来たんだけど飲む?』
ザック:『有り難う、貰うよ』
2人で果実水を飲みながら、宿屋に居た頃の話を懐かしみながら話した。
アン:『ねぇザック?』
ザック:『何?』
アン:『・・・久しぶりに・・・私もぎゅってして欲しい・・・。』
ザック:『うん・・・良いよ。』
ザックはアンと向き合うと優しく抱き寄せた。
ザック:『アン、やっぱり少しヤキモチ焼いちゃう?』
アン:『・・・ちょっぴりは・ね・・・。』
ザック:『そっか・・・。』
アン:『でも彼女達、奴隷商から来た頃より生き生きしてるわね。』
ザック:『みんな女の子らしくなったと思うよ。ずっと自分の感情を押し殺してたんだもんな。』
アン:『でもちょっと複雑・・・私はザックを好きだから。でもね?彼女達もザックが好きなのも知ってる。だからね?ザックが良いなら、みんなでザックを好きでいたいの。』
ザック:『アンが良くて、彼女達が俺を好きだって言うなら俺も良いよ。でもね?彼女達の中の俺はアンの知ってる俺じゃ無いんだよ。自分達が奴隷だったり使用人だから、俺に対する目線がまるで違うんだ。まだ彼女達は俺の素性も知らないしね。』
アン:『ザックはいつ頃話すつもりなの?』
ザック:『正直今話したら、それこそ彼女達の中で俺が神様になってしまう。異世界から転生して来た使徒が自分達を救ってくれたってね。それは彼女達にとっても良く無いと思うんだよ。』
アン:『そうね。私も彼女達にとってのザックは大好きなご主人様って存在な方が良いと思うなぁ。それに彼女達を救えたのは結果であって動機や過程は別にあるんだものね。』
ザック:『未だに彼女達はそれを認めていないからね。それにまだ自分達が人として扱われる事に過剰に反応している。1人の女性として扱われる事にもね。だから俺も彼女達に対しては男としては接するのが難しいんだよ。』
アン:『・・・良かった。やっぱり私の大好きなザックだ。ねぇザック?甘えても良い?』
ザック:『ん?良いよ?』
アン:『一緒に寝たい・・・だめ?』
ザック:『・・・良いよ。一緒寝ようか。』
お読み頂き有り難う御座いました。