第73話 シュレーデンの策略とメノスキアの真意と。
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第73話です。
レイトン共和国での外交が行われていた頃、ベンゲル王国・スレーニア共和国両国の政府は双方の軍事衝突に至った発端に関して、互いに不明な情報元から得られたものである事に疑念を感じていた。
その為ベンゲル王国国王は、スレーニア共和国と秘密裏に首脳会談を行う準備を進めていた。
時を同じくしてシュレーデン王国はベンゲル・スレーニア両国への軍事介入に向けた会議が開かれていた。
シュレーデン国王:『飛行兵器の調整はどうなっておる?』
軍務大臣:『現在安定飛行の為の調整を行っているのでは御座いますが、魔動装置の並列起動が不安定な為に短時間の飛行しか実現出来ておりませぬ。同調さえ上手く行けば長時間の運用が可能になるのですが・・・。』
総務大臣:『最近隣国からの目撃情報も多数上がって来ております。出来るだけ調整を急いで頂きたい。ベンゲルとスレーニアに感付かれては計画そのものに支障が出ますでな。』
シュレーデン国王:『正直あまり猶予も無い。既に開発工場も数件止まってしまっているのだ。』
財務大臣:『国庫の予算も限界が近い。このままでは国民保証費の捻出も難しくなりますよ?』
内務大臣:『国境付近の採掘量もかなり減って来ております。新たな鉱脈を早急に調査する必要もあるかと。』
シュレーデン国王:『いずれにせよ、この状況ではもはやベンゲル・スレーニア両国との戦に備えねばならぬ。少しでも有利に事を運ぶ為には飛行兵器の実用化が急務なのだ。調整を急がせよ。』
レイトン共和国。
ザック達が出発の支度をしていると、突然レベッカに呼び出された。
レベッカ:『エルベスタ殿、出発前の忙しい時にすまぬな。つい先ほどメノスキア共和国から入国を歓迎するとの通達があったと、国境警備隊から連絡があったのじゃ。』
ザック:『おぉ!それは吉報ですね。トラブル無く入国させて貰えるのは有り難い限りです。』
レベッカは困惑した表情で話した。
レベッカ:『いや・・・実はな、メノスキアは南西部・西部・中央部と、隣接しておるどの国家とも国交を遮断しておる完全独立の孤立国家なのじゃ。南西部では最も古い歴史を持つ国家ではあるのじゃが、その内情はどの国も知らされておらぬ機密国家でもある。不可解なのはそのメノスキアがなぜか北部の軍事衝突に関する情報をそなた宛てに名指しで送って来た事なのじゃ。』
ザック:『えっ!?俺宛てにですって!?・・・それでその情報というのは?』
レベッカ:『どうやら現在軍事衝突を起こしておる北部の両国に和解の動きがあるらしい。ところが、その2国に接する西のシュレーデンが戦争の準備に入ったとの情報なのじゃ。私の知る限り、メノスキアが隣国にすらこの様な政治的情報を送ったという前例は聞いた事が無い。孤立しておる筈の国家にも関わらず、何処から得た情報なのか?しかも何故そなた宛てにこの情報を送って来たのかが不可解でならぬのじゃ。』
ザック:(どういう事だ?まるで俺達が介入する事を知ってる様なやり方だな?だとしてもやり方があまりにも露骨過ぎる・・・。しかも建国から数百年もの間どの国とも国交が無い?まさかとは思うけど・・・。)
ザック:『一体どういう事なんでしょうね・・・まぁ行って君主に直接話を聞けばその意図は解るのでしょうが・・・。』
レベッカ:『理由は解らぬがメノスキアがそなたに注目しておる様じゃな。まぁ南部での活躍が知られておる可能性もあるが、何やら裏がある気がするのう・・・。』
ザック:『でも折角歓迎してくれるというなら、こちらとしてもその情報を有り難く受け取るしかありませんからね。この先北部にも行く事になる訳ですし。』
レベッカ:『何れにせよメノスキアの君主には気を付けた方が良かろうな。我々隣国の君主にすらその正体を証さぬ様な奴じゃ。今回の連絡を含め、何やら良からぬ事を企んでるやも知れんでな。』
ザックは何となくメノスキアの君主がどの様な者なのかを想像する事が出来た。
この大陸でも相当古い歴史を持ちながら、未だに隣国にすらその素性を証さない。
更には隣接している全ての国家との国交を遮断している。
だとするならば、異種族による完全統治国家である可能性が高い。
当然中には魔法や異能力を使える者も居る筈だ。
そうであればザック達の旅の目的を、何らかの情報網を使って知り得たとしても不思議では無い。
そうザックは睨んでいた。
レイトンの王宮を旅立ったザック達は、王宮騎士団の護衛を従えて移動していた。
ザック:『というのが俺の仮説だ。可能性としては高いんじゃないかと思ってる。』
アン:『その仮説が正しかったとして、もし友好的じゃ無い相手だったらどうすんのよ?』
ザック:『その時は正面から相手をするしか無いさ。でも歓迎するって言ってるんだから、多分そうはならないだろうけどね。』
セディ:『随分と自信あり気ですね?何か根拠でもあるんですか?』
ザック:『今回何故あんな情報をわざわざ送って来たのかが引っ掛かったんだよ。そんな情報なんて俺達がメノスキアに入国してからでも良い筈だろ?レベッカ陛下にまで知らせる必要は全く無い。俺達がその情報を知る必要がある事を、意図的かつ遠回しにレベッカ陛下に教えてる様なものなんだ。』
セディ:『まさか陛下が使徒である事も!?』
ザック:『それはさすがに知られて無いと思うよ?』
アン:『どうかしらね?』
ザック:『どういう意味?』
アン:『さっきの話が正しいとして、種族にもよるけど隠密活動に長けた者達なら他国の王室に忍び込める者だって居ると思うわ。確か私達が軍事衝突を解決する事を話したのはファルネリアとラムサスだけだったわよね?』
ザック:『あぁ、どちらも個室で話したから部屋の外にしか人は居なかった筈だな。』
アン:『ファルネリアの時は私も一緒だったから異質な存在が居ない事は分かってたけど、ラムサスの時はザック一人でサーシア陛下と話した。そこに異質な存在が居たとしても私が感知する事が出来なかったのよ。』
ザック:『そこに隠密に長けた者が居たってのか?』
アン:『その可能性は否定出来ないわね。メノスキアって完全に孤立した国なんでしょ?外交をしていない以上は外部、特に他国の情報を得る為にはそういった諜報活動をしなければ不可能だと思うのよ。』
アンはザックの眷族となった事で潜在的に備わっていた能力がかなり進化している。
それまでも魔物や異質な存在を感知する能力はあったが、彼女はザックの護衛としての自覚もあってか常に周囲に気を配っていた。
ザック:『でもそれなら逆に都合が良いかもな。』
アン:『どうして?』
ザック:『相手が邪悪な存在だとしても、こっちの正体を知ってるなら下手な事は出来ないだろ?逆に同調してくれる相手なら変に隠す必要も無くなる訳だしね。』
セディ:『言われてみればそうですね。おまけに陛下は戦闘力も高いですから、相手が仕掛けて来る時は大事になりかねませんし。』
アン:『そう楽観も出来ないわよ?大きな災いが増えると魔族とかも活発に動く様になるわ。私が心配してるのは今回の軍事衝突や飛行兵器の問題の裏で、魔人族が動いている可能性が否定出来ないからなのよ。』
ザックは少し考えてからアンに質問した。
ザック:『なぁアン、気になったんだけど、魔族ってどんな存在なんだ?』
アン:『純粋な魔族は精神体、つまり物理的な実体が無い意識的な存在よ。その力の源になるのは負の感情で、大きな戦が起こったりすると増える事が多いわね。対抗するには魔法攻撃が有効だけど、その属性や耐性によっては効果が無い事もあるの。むしろ厄介なのは魔人族よ。見た目は人族の様な容姿だし知性のある魔物や魔獣を従えて、魔王の眷族として独自の価値観で行動するの。』
ザック:『魔人族・・・それに知性のある魔物に魔獣か・・・。そんなのにはまだ会った事が無いな。そんでその魔人族ってのはそんなに厄介な連中な訳?』
アン:『魔人族が厄介なのは外観で人族との見分けが出来ないのと、文字通り強大な魔力を持っている事ね。魔王の眷族だから、暴れたりしたら国が滅ぶほどの被害が出る危険もあるわ。しかも性格がひねくれてるのが多いのよ。』
セディ:『随分詳しいわねアン。もしかして会った事あるの?』
アン:『セディやザックと出会う前にね。奴等は私達の森に城を建てようとした事があるのよ。使者として来た魔人族はかなり高圧的だったのを覚えてるわ。』
ザック:『あの森に?でも結界があるから簡単には入れないだろ?』
アン:『魔人クラスになると結界なんてほとんど意味を成さないわ。奴等ったら事もあろうに私達に配下になれって言ったのよ?まぁその時は森の守護者が追い払ってくれたんだけどね。』
ザック:(エルフを配下に・・・か。確かに風と大地の加護を受けるエルフを配下に置けば、かなりの力を得る事になるだろうな・・・。)
セディ:『でも西南大陸って女神の加護も受けてるのよね?なのにそんな連中が好き放題出来るものなの?』
ザック:『女神や神は直接世界に干渉しないらしいからね。実際に俺みたいな使徒を世界に送り込むぐらいだから。』
アン:『直接世界に干渉するのは守護者や聖霊様達よ。西南大陸は光の聖霊様が宿る土地らしいわ。だから魔族や魔人族が少ないのよ。』
セディ:『だから神様は陛下を西南大陸に転生させたって訳か・・・。でもそれだと他の大陸には別の聖霊が宿っているって事になるわよね?大神殿があるっていう中央大陸はどうなの?』
アン:『詳しくは分からないけど、中央大陸には闇の聖霊が宿っているって噂ね。その力を解き放たない為に大神殿があるっていう話よ。』
ザック:『闇の聖霊って言っても邪悪な存在な訳じゃ無いんだろ?』
アン:『もちろん。でも闇の聖霊様の力は、全てのものを取り込んでしまう性質があるの。ザックは世界の破壊と再生の話を知ってる?』
ザック:『うん、以前レイエス大神官に聞いた事があるよ。神が世界を持て余すほどの状況になった時に、闇の聖霊の力で世界を混沌と破壊によって無に返す。その後他の聖霊達によって新たな世界を再構築するってね。』
アン:『そう。それだけ闇の聖霊様の力は大きいの。魔王やその眷族達は、闇の聖霊の加護を受けている。この世界でその力を抑えているのは、他の聖霊様達の力によるものなのよ。』
セディ:『えっと、一応それは解ったんだけど、今回の旅とその話がどう結び付く訳?』
アン:『軍事衝突や戦は魔族や魔人族にとって力の源となる負の感情を取り込む絶好の機会なの。だからそういう土地にはアイツ等が居る可能性が高いって事なのよ。』
セディ:『さっき言ってた知性のある魔物とか魔獣ってのは?』
アン:『まぁ文字通りなんだけど、魔力の源であるマナが濃い所で生まれる事が多いわ。魔獣は私達が知っている魔物が進化した感じの存在で、より大きく本能的な存在よ。知性のある魔物は力や魔力も強くて、独自の社会を形成しているの。滅多な事では人と対立する事は無いんだけど、より力や魔力の強い者に従う傾向があるらしいわ。だから魔人族の配下に居る事が多いのよ。』
ザック:『知性のある魔物って人や魔人により近い魔物って考えれば良いって事で合ってる?』
アン:『そう解釈して良いわね。人の言葉を話すし互いに意志疎通を取れるから、亜人種より少し野性的な存在と考えれば良いわね。』
ザック:(知性の高い魔物か・・・。まてよ?重要な事を忘れてたな。もしかして・・・。)
ザック:『例えばの話、そいつ等が人族の文化や文明を取り入れた生活を始めたらどうなる?』
アン:『ん~有り得ない事だとは思うけど、人族にとっては脅威ね。人族より力や魔力が強い存在だから、亜人種以上に危険視されると思うわ。』
セディ:『確かに脅威かもねぇ・・・。でも陛下、何でそんな事考えたんですか?』
ザック:『今回の旅で思ったんだけど、俺達魔物とはほとんど遭遇して無いだろ?普段の旅なら討伐する機会も結構多いのにさ。だからこの大陸には知性のある魔物が多いんじゃないか?って思ったんだ。』
アン:『確かにそうね。ローラは一定の間隔で結界があったとは言ってたけど、その周辺にも魔物の存在は無かったわ。』
セディ:『もしかして、あえて人が通る所へは出て来ないって事ですか?』
ザック:『それもあるけど、もしメノスキアがそういう知性のある魔物達か亜人種達の受け皿になっている国だとしたら?』
アン:『えぇ!?』
セディ:『それは幾らなんでも飛躍し過ぎですよ!?』
ザック:『まんざら有り得ない話じゃ無いと思うよ?大陸で最も古い歴史を持つ国の一つなのに、これまで一切外交も交易も行って居ない。それは外部に漏らせないほど複雑な事情を抱えた国だからという可能性が高い。だとすれば魔人族による機密国家か、よほど内向的な政策が好ましいと考えている国、もしくは魔物達か亜人種を保護している国しか考えられないんだ。でもメノスキアは俺に情報を流して来た。それも名指しでね。魔人族の国ならそんな自分達に都合が悪くなりそう様な事はしないだろ?内向主義の国なら俺達の外交そのものを受け入れない筈だ。となればそのどちらでも無い事になる。』
アン:『亜人種なら十分にあり得るけど、魔物達を保護して何か意味があるの?逆に悪い事を企んでる国って可能性だってあるのよ?』
ザック:『いや、何かを企んでるなら、もっと前に何か行動を起こしてる筈だろ?多分君主が俺と似た考え方を持つ人か、亜人種か魔物達の手によって構成された国と考えるべきだろうね。俺達だって亜人種との共存共栄を望んでいるだろ?もしその対象を知性のある魔物にまで広げたとしたら十分納得が出来るんだよ。』
セディ:『・・・確かに有り得ない話だとまでは言いませんけど・・・。』
アン:『もしそうだとしても、私達と会う事の意味が分からないわ。外部にそんな情報は漏らしたく無いだろうし、 今までどの国とも交流が無かったんでしょ?』
ザック:『それはアーデリアが多種族共存の国だからじゃないかな?大らかそうなファルネリアでさえ亜人種との共存を唱えていない。そこに俺達みたいな種族の垣根を越えた政策を唱える国の君主が来た訳だからね。』
アン:『可能性としてはあり得るけどさ、もしそうなら私達が拒絶した時の事とか考えないのかな?』
ザック:『その辺はある意味掛けだと感じているんじゃないかな?メノスキアがそういう国だと仮定して、もしアーデリアとの友好条約を結べれば将来的なビジョンにも希望が持てるだろ?』
セディ:『亜人種ならまだ話は解るんですけど、魔物となるとどうなんでしょう?知性のある魔物と言っても、私達の様な社会体制を築くのはさすがに無理だと思うんですが・・・。』
アン:『そうよねぇ、たとえ知性が高くても平和的な思想や共存共栄って概念は魔物には無い筈だし、ある意味私達とは狩るか狩られるかの関係でしょ?それに魔物って異なる種族との共同生活なんてしない筈だし、群れごとに異なる共通理念で行動するのよ?』
ザック:『そこにイレギュラーな存在が現れて魔物達を導いたとしたら?』
セディ:『まさかとは思いますけど、召喚者か転生者の様な存在が導いたって言うんですか?』
ザック:『もしくは俺達がまだ会って居ない、魔物の神として崇められている竜族とかね。まぁあくまで憶測なんだけどね。魔物はより強い力や魔力を持っている者に従うって言ってただろ?この世界で魔人族と同等かそれ以上の力を持つ者が居るとしたら、俺達みたいな存在か竜族しかあり得ないと思うんだ。』
アン:『・・・だとしたら逆に不安が大きいわよ。竜族なんて敵に回そうものなら、魔王ですら太刀打ちするのは難しいんだもの。』
セディ:『えっ・・・竜族ってそんなにおっかないの!?』
アン:『竜族っていうのは世界に5体しか存在しないんだけど、その5体だけで世界をあっという間に滅ぼせるほどの力を持ってるの。竜族の加護を受けた土地には魔王ですら手を出さないって話よ。』
ザック:『でもメノスキアは俺達を歓迎するって言って来た訳だし、そう不安がる必要は無いと思うよ?少なくとも話の通じない相手では無さそうだしね。』
アン:『まったくもう、ザックってばホントに楽観的なんだから。』
セディ:『でもまぁ陛下の言う事も一理あるわよ。歓迎してくれるっていうなら受け入れるのも悪く無いわ。』
その日の夜、宿屋に着いたザック達はメルとローラにもその事を話した。
やはりメル達はかなり不安気な様子だったが、それなりに理解はしてくれた様だ。
まだ会った事も無い相手の話だけに憶測でしか無い為、その可能性を踏まえた覚悟だけはしておく必要はある。
ザックは仮にメノスキア国王が竜族だったとしても、それなりに上手く立ち回れる予感がしていた。
お読み頂き有り難う御座いました。




