第71話 パレスティンと貴族と。
お読み頂き有り難う御座います。
第71話です。
アリゼの町を出発したザック達は、途中で二つの大きな町を経由した。
どの町でもザック達を歓迎する群衆が出迎えてくれたが、少しばかり大袈裟過ぎる気がしてならない。
パレスティンの首都ペデルチアンに到着したのは、日が傾き掛けた頃だった。
王宮に到着すると、謁見の間に通された。
そこにはパレスティン王国国王と上級貴族と思われる者達が待っていた。
国の事情を考えて、アン達は別室で待機している。
パレスティン王国。
かつて大陸の南西部最大の国土を領地とする大国であった。
国家の分裂により、軍事面と経済面の両方で大陸で最も弱小の国家となってしまったらしい。
分裂した他の国家との国交はあまり上手くは行っておらず、特産品である米は内需を中心とした流通となっているらしい。
国王はアーサー・デルツ・パレスティン三世。
先代国王の長男で、三人兄弟との事だ。
妹が二人おり、長女は現在北部にあるデイラーン共和国の伯爵家に嫁いだそうだ。
国王:『アーデリア皇国皇王よ、ようこそパレスティンへおいで下さいました。私はパレスティン王国君主のアーサー・デルツ・パレスティン三世です。我が国はアーデリア皇王ザック・エルベスタ陛下並びに皇族の皆様を歓迎します。』
ザック:『国をあげての歓迎に感謝致します。俺はアーデリア皇国初代皇王のザック・エルベスタです。こちらの者達は俺の婚約者達のアン・セディ・メル・ローラに御座います。』
アーサー:『ラムサス政府より話は聞いております。何でも西北大陸の全ての国に訪問されるとか?』
ザック:『その予定になっています。』
アーサー:『ならば西部の諸国には気を付けた方が宜しいでしょう。外交に関して、自国の利益になる事ばかりを要求して来る様な君主達です。』
ザック:『心に止めておきましょう。』
アーサー:『こちらに居られる我が国の伯爵家の方々が、どうしても陛下とお会いしたいとの事で同席しておりますが、幾つか陛下に質問をしても?』
王と並んでいた者達が貴族であると知ったザックは、この国で貴族の権限がかなり高い事を読み取った。
ザック:『構いませんよ?』
ロイマン伯爵:『聞く所によれば、陛下は冒険者としても名をはせて居られるとか?』
ザック:『立場が皇王である事と、ランクがゴールドでスキルがノワールだという事を除けば、普通の冒険者と何も変わりません。』
ロイマン伯爵:『世界に数人しか居られないというノワールスキルとは素晴らしい!是非ともパレスティンの騎士団を稽古して欲しいものですな!』
ザック:『機会がありましたら手合わせ致しましょう。』
ランド伯爵:『アーデリアは多種族による友和主義国家だと聞いておりますが、亜人種による問題などはどう解決しておられますかな?』
ザック:『亜人種だからと言って何か特別に問題を起こす訳ではありませんよ。人族にも問題を起こす者は多い。同じ環境・同じ価値観・そして同じ待遇を共有する事で、互いに尊重し合う関係を築く事が重要だと思っているのです。』
ランド伯爵:『陛下はお優しい方の様ですな。しかしながら今日の文化を築き上げた人族の尊厳を無視してしまっては、世界の秩序は保たれませんでしょうに?』
ザック:『それは価値観の違いでしょうね。我が国では文化そのものの考え方が異なるのです。人族にも亜人種にも双方に違った社会の文化的感覚や歴史があります。文明的な優劣こそあれ、人族が特別優れているという訳でもありません。我が国では様々な種族の価値観と共通理念を生かした政策を望んでいるのです。』
ランドは明らかに不満気な表情を見せた。
無理も無い。
多種族による友和政策を良しとする国自体が少ないうえに、貴族政治を行っているほとんどの国家においては人族優位主義が当たり前なのだ。
ラスタード伯爵:『アーデリアではどの様な産業が盛んなのですかな?我が国では農業意外は乏しいので、是非とも参考にさせて頂きたいのですが。』
ザック:『アーデリアでは特出した産業では無く、様々な産業をバランス良く行う方針を取っています。まだ建国間もない国ですので、偏った産業政策を行えば全体の足並みを崩しかねませんからね。当面は内需目的の産業が優先になると思います。』
ラスタード伯爵:『それでは国益に有利な産業は望めないのでは?』
ザック:『それは国内情勢が安定して、最も国民の生産性に見合った産業を模索してからでも遅くは無いかと思っております。俺個人としてでは無く、あくまでも国民がどの様な産業を望むかを考えなければならないのです。諸外国との交易に関しても、身の丈に合った形で行うつもりですからね。』
その後も幾つかの質問を受けたが、どれも国家運営や国の方針に関する質問ばかりで、まるで国の王が四人居るかの様な感覚になってしまった。
アーサー:『もうこのぐらいで宜しかろう。では陛下、お食事でも頂きながらゆっくりとお話しをしましょうか。』
ザック達は食堂に通された。
ここで出された料理もまた、かなり贅沢な食材ばかりを使った物ばかりだった。
アーサー:『エルベスタ陛下、実は貴殿方を御迎えするにあたり、我が国としては幾つかの不安がありました。今まで国交の無かったラムサスから特使が来られた事もそうですが、他の大陸の君主が我が国に訪問した例が過去にはありませんからね。』
ザック:『俺は世界の難しい事情はよく解りません。しかし建国間も無い我が国が今後世界中の国家と向き合う為には、直接他の国の君主と話す事が一番良い事だと判断したからです。』
アーサー:『御気持ちは分かりますが、必ずしも良い結果を招く訳ではありますまい?下手をすれば陛下御自身の命に関わります。』
ザック:『国なんて物は国民の意思によってどうとでも変わるものです。たとえ君主が死んだとしても、その後新たな君主が必ず立つ事になる。その時に良いと思った政策を考える事が君主としての務めだと俺は思うのですよ。』
アーサー:『御強いのですね。私はそこまで国民や貴族達を信じられる自信が無い。国は君主が導く事で成り立つものだと先代から教育されて来ましたからね。』
ザック:『しかしそれで国が衰退しては本末転倒です。君主はいかに国民が安心して暮らせるかを模索する必要がある筈ですよ?』
アーサー:『我が国の貴族達に聞かせてやりたいものだ・・・。我が国の実権は議会を仕切っている貴族達が握っている様なものです。陛下も感じておられるとは思いますが、現在この国の経済状況はあまり良くはありません。経済を圧迫しているのも、不要な外交を避けているのも、貴族達による決定で起こっている事態なのですよ。』
ザック:『貴方は君主でしょう?何故そこまで貴族達に好き勝手させているんです?』
アーサー:『これは建国以来の前例の元に行われて来た事です。もし私がこれを無視すれば、貴族達による王家の乗っ取りが起こるでしょう。そうなれば苦しむ事になるのは国民です。それだけは避けねばならない。』
国家が分裂した要因はこれだとザックは思った。
西部諸国がパレスティンに外交で協力的にならない理由もそこにあるのかも知れない。
ザック:『失礼ですが、政策転換をお考えになられた事はおありですか?』
アーサー:『現状をどうすれば打開出来るかを考えた事は何度もあります。しかしそれでは他国による侵略を受ける切っ掛けになりかねない事もまた事実。現在の王国政治において貴族が力を失えば、国力も低下しなねないのです。』
ザック:『ならば隣国と同盟を組まれてはどうでしょう?例えばラムサスなら、我が国が架け橋になれるかも知れませんが?』
アーサー:『御好意は有り難いのですが、それでは貴族達からの反発を受けかねません。』
ザック:『そうですか・・・。時にアーサー陛下、この豪華な料理は?』
アーサー:『これは他国から食材を取り寄せて作らせたものです。東から行商人が来るのですが、その行商人達に頼んで食材を多く仕入れたのです。』
ザック:『これほどの料理を出して頂いて光栄ではあるのですが、少しばかり豪華過ぎる気もしますが?』
アーサー:『これは我が国の議会で、君主と貴族はその立場に見合うだけの料理を食す権利があって然るべきだという決定なのです。』
ザック:『それでは国内の貧富の差が拡大してしまうのでしょうに?国民はどの様な暮らしぶりを?』
アーサー:『それは・・・それ以上はお聞きにならないで下さい。』
ザック:『・・・まさかとは思いますが、陛下は国民による革命を待たれて居られるのではないですか?』
アーサー:『っ!!』
ザック:『先ほどの陛下の口振り、御自分の立場では貴族達に意見する事もまかりならぬ様に聞こえました。まさかとは思いますが、陛下は国民による革命で御自身を犠牲にされるおつもりなのではないですか?』
アーサー:『もはやこの国は王国として運営するには無理があるのです。すでに貴族達には内緒で国民には武器を渡してあります。革命さえ起これば貴族政治そのものが崩壊します。国民の暮らしも良いものになるでしょう・・・。』
ザック:『・・・貴方には君主としての自覚が無い!自分さえ犠牲になれば済むという話では無いという事が何故解らないのです!?革命が起こればその後の国民の暮らしは今より貧しいものになりかねない!現在私腹を肥やしている貴族達は、その混乱に乗じて新たに王国や帝国を築く可能性だってあるんですよ!?』
アーサー:『ではどうすれば良いと言うのですか!このままでは遅かれ早かれ国は滅んでしまう!ならば国の命運を国民に託すしか方法は無いでしょう!?』
ザック:『それではただの丸投げですよ。陛下御自身が政策を転換して貴族達の権限を制限しなければ、革命が起こったところで貴族達の権力は生きたままになってしまう。そうなれば今より国民の暮らしはより悪い方向に行く事になりますよ?』
アーサー:『私自身が・・・エルベスタ陛下、申し訳無いのですがラムサスへ連絡を取って頂けませんでしょうか?』
ザック:『それは構いませんが、助力を求められるのなら、御自分で話されてはどうですか?』
アーサー:『もちろん、連絡を取ってさえ頂ければ、私が直々に話すつもりです。』
ザック:『・・・なら共に参りましょうかね?』
アーサー:『は!?』
ザック:『俺は転移魔法が使えるので、今からラムサスへお連れします。』
ザックはアーサーを連れてラムサス王宮に転移した。
サーシア:『エルベスタ陛下!?突然どうしたのじゃ?』
ザック:『いきなり来ちゃってすいません、実はパレスティンでかなり深刻な問題がありまして、ラムサスに御助力頂きたいのですが・・・。』
ザックはサーシアに一通りの事情を説明した。
サーシア:『なるほどのぅ・・・。確かに内政の問題に関して、君主が直接的に主導出来んのは大きな問題じゃな。じゃがラムサスがこの問題に干渉するには幾つかの障害を解決する必要がある。』
ザック:『例えば?』
サーシア:『まず現段階でパレスティンとは一つも条約を結んでおらん事が問題なのじゃ。条約すら結んでおらぬ隣国が干渉すれば、その貴族達からの反発は確実に避けられまい。そして議会が貴族による独自運営となっておる事じゃ。国の政治は議会での決定に基づいて行われるのじゃろう?アーサー殿に事実上の決定権が無い以上、ラムサスが如何に助力しようと議会が否決してしまえば同じ事なのじゃ。』
アーサー:『ですが一つだけ方法はあります・・・。』
ザック:『・・・。』
サーシア:『・・・解っておる、国家権限の全権をラムサスに譲渡すると言いたいのじゃろ?それなら議会では無く、最高権力者である君主が決定出来る唯一の方法じゃからな。じゃがそれが意味するものが何かは解っておるじゃろうな?』
アーサー:『・・・はい。覚悟は出来ています。それで国民が救われるというのであるならば、国家を明け渡す事になったとしても仕方がありません。』
サーシア:『勘違いをするで無い。妾はパレスティンをどうこうしようなどとは思ってはおらぬ。じゃが国家運営を代行するに当たり、パレスティン王国という国家の権威はかなり低いものになってしまうのじゃ。それを緩和する意味でも国家の最高権限を妾に委ねて頂く必要はあるがな。』
アーサー:『では王国は存続されると!?』
サーシア:『国家そのものの主義を変える必要性は感じぬからな。それにラムサスはあくまでもパレスティンの国家運営を代行するに過ぎん。じゃがそれらに関する貴族の管理責任はアーサー殿自身が行ってもらわなければならん。問題なのは貴族政治のあり方なのじゃ。』
ザック:『では第三国による承認が必要となるでしょうね。どうでしょう、ファルネリアとブレスデンの両政府に承認を打診されてみては?』
サーシア:『なんと!?エルベスタ陛下、そなたは承認されんというのか?』
ザック:『これは西北大陸における国家の問題です。しかもその国家管理を隣国であるラムサスが行うのであれば、大陸内で事を治める方が望ましいと思うのですが?』
サーシア:『確かに一理ある。ではエルベスタ陛下、すまぬが先程の転移魔法でエルシアの元に連れて行っては貰えぬか?』
ザック:『構いませんよ、問題が解決出来るなら喜んで馬車になりましょ。』
ファルネリアに転移したザック達はエルシアに助力を求めた。
エルシアは快く承諾し、ファルネリア・ブレスデン両政府が翌日には正式に承認する事になった。
パレスティン王国ではアーサーによって告示と演説が行われ、国の危機的状況とラムサスによる国家運営により、事実上の属国化を宣言した。
議会はこれを全面的に拒否したが、すでにアーサー自身が調印を行った事で議会の権限は無効となっていた。
貴族達は予期せぬ国王の裏切りに隙を突かれる形で連携を失った。
そのほとんどは西部諸国を頼って国を出て行ったが、自業自得だと罵られる者達がほとんどだったらしい。
国内に残った貴族達に関しては、新議会の権限で不当に着服した資金の何割かを返納させられた。
ラムサスから議会運営の為に来訪した者達は、アーサーと共に一から国家運営を見直す事になる。
たった2日の間にこれだけの事が起こったのは、ザックによる転移魔法とファルネリア・ラムサスの連携によるものだ。
ラムサス王国政府はパレスティン国民に対して、属国としてでは無く政策転換による国家運営の代行を行うだけだと宣言した。
これはサーシアによってパレスティン王国との友好条約と、同盟国として今後大陸南部の協力体制の強化を目的とした活動を行う足掛かりにしたいという事からである。
このラムサス政府の宣言により、パレスティン国民はかなり救われたであろう。
国家の存続と政策転換による隣国との同盟体制によって経済も安定するからだ。
今回のパレスティンの一件は、ある意味ラムサスとしても新たな外交の糸口になったとサーシアは判断した様だ。
ザックは一連の事態が解決した事で次の訪問国であるレイトン共和国へ出発する事にした。
パレスティンとの国交は無いが、事前にラムサスから連絡してあるので入国は出来るだろう。
アーサー:『エルベスタ陛下、本当に御世話になりました。これで国家を再建する事が出来そうです。』
ザック:『礼はサーシア陛下に言って下さいよ。俺が出来たのは両国を引き合わせる事だけでしたからね。』
アーサー:『いや、エルベスタ陛下が居られなければ、この国が貴族によって食い潰されてもおかしく無い状況だったんです。』
ザック:『俺は貴族政治そのものが悪いとは思っていませんよ。政府が直接把握出来る国内の状況は限られますからね。それを貴族に領地を与える事で役割を担って貰うのはごく自然な事だと思います。でも国の規模や経済的にバランスが難しいんですよ。』
アーサー:『本当にそう思います。ですが我が国の領土はそこまで大きなものではありません。本来国家が分裂した時点で見直すべきだったのかも知れませんね。』
ザック:『これからはラムサスが色々と相談に乗って下さると思います。御一人であれこれ悩まれる必要はありません、困った時には同盟国に相談されると宜しいかと思います。』
アーサー:『はい、精一杯努力してみようと思います。』
翌日一通りの準備を終えると、ザック達は一路レイトン共和国に向けて旅立った。
お読み頂き有り難う御座いました。




