第63話 ルベーヌと出航と。
お読み頂き有り難う御座います。
第63話です。
翌朝ザック達は、朝食の後直ぐに出発した。
昨夜の件を踏まえて、なるべく町へは出ない様にしたのだ。
町を出てしばらく南下を続けると、港湾工業地帯が見えて来た。
まるで1950年代の日本の工業地帯を思わせるコンクリートとパイプだらけの風景は味気無く、敷地内に引かれたトロッコの線路と相まって、全体的に灰色と鉄錆びの色で覆われている。
アン:『この辺の景色はあまり好きじゃ無いわね。何か機械だらけでさ。』
メル:『木が全然生えていませんしね。』
セディ:『何て言うか味気無く感じるわね。』
ローラ:『何か空気も埃っぽいです。』
ザック:『まぁ帝国らしい感じはするけどね。』
ローラの言った通り、この辺りは凄く埃っぽい。
恐らく砂地の土地から舞い上がる砂塵と工場から出る鉄粉の様な埃が混ざっているのだろう。
唯一の救いは、化石燃料をほとんど使用していない事により、工場から黒煙が立ち上っていない事ぐらいだ。
帝国領でも南部のこの辺りに工業地帯を作るのには理由がある。
製品をルベーヌの港から直接船積したり、港で下ろした材料を搬入しやすくする為だ。
帝都自体も領地の南側にあるノルバーン帝国は、船便による交易によって産業を発展させて来た。
同じ大陸の北西側にある諸外国との交易に関しては、国家間を結ぶ街道により陸路での交易を行っているそうだ。
その為に帝都の北と南の2ヶ所に工業地帯を設けているのである。
工業地帯から更に南下を続けると農地が広がっていた。
寒冷地でもある北方大陸だが、この辺では小麦の栽培が盛んな様だ。
この辺になると北部からの冷たい風はあまり入って来ない。
逆に南海岸の海風は沿岸の防風林によって防がれる為、平均的に穏やかな風が吹いている。
農地を抜けて緩やかな坂を下って行くとルベーヌの街並みが見えて来た。
ルベーヌは南部沿岸から内陸部にかけてとても広い面積の都市だ。
帝国では二番目の規模を誇る。
港湾地帯から伸びる一本の街道の両側に町が広がっている。
この町には区画毎に各ギルドがあり、それぞれの区画によって雇用は様々だ。
民間にモービィが普及している為か、街道の交通量もかなりのもので、町の北側はベッドタウンの様になっていた。
セディ:『凄いわね。何かアメリカ映画に出て来る住宅街みたい。』
ザック:『見ろよセディ、ダイナーみたいな飲食店まであるぞ?』
他の町とは全く対照的な町並みにザック達が驚いていると、ふとある事に気が付いた。
亜人種が人族と普通に生活していたのだ。
しかも生活水準は極めて高く、他の町に見られる様な亜人種への迫害は感じられない。
それどころか、全く違う国に来たかの様な錯覚さえ感じられる。
街道にはモービィに関する店舗や一般的な路面店が建ち並び、亜人種による店舗経営も行われている。
このルベーヌが帝国のモデル地区として作られたのなら、エルベラが想像する帝国の未来を反映させた事になるだろう。
町を南下すると商店街に入った。
この世界ではかなり未来的な商店街で、アーケードやビル等の都市型商業施設が一帯を埋め尽くしている。
圧倒的に他の町や帝都よりも経済活動は活発で、言わばロスやサンフランシスコの様な大都市の商業エリアさながらであった。
アン達は今まで見た事も無い町並みにただ驚いている。
以前エルベラが言っていた鉄道の構想も、この町へのアクセスを念頭に考えた事なのかも知れない。
何しろ他の町と比べて明らかに人口が多いのだ。
この町を治める領主はエルベラの政策に賛同する伯爵の一人で、国費をほとんど使わずにこの町を発展させたそうだ。
民間の経済循環を活発化させる為に、外国船の乗組員を港湾地帯では無くあえてこの町に滞在させているらしい。
またこの町独自の自治法があり、亜人種の雇用と賃金に関する特別な規定が設けられた事で、法律上人権の無い者達の生活活動を保護する措置が行われたという話だ。
商店街を抜けて港湾地帯に入ると、この町が特別な政策によって作られた町だという事が実感出来た。
港は3ヶ所に分けられ、軍港・貿易港・民間港となっていた。
それぞれの港は湾の内側に並ぶ様に設けられており、沖合いには入港する民間船と貿易船を管理する為の人工島がある。
そこで検閲を受けて合格した船のみが入港出来るのだ。
とても現代的な思想で考えられた町だという事が理解出来る。
港町には市場・路面店・宿屋・食堂などが建ち並び、この辺りでは人族よりも亜人種が多く働いている。
特に市場や食堂等の接客業が多く、港湾に携わる仕事は責任や保険等の問題で人族のみが行っている。
ザック達は予定よりもかなり早く港に着いた。
ザック達が乗るサンジェント号は軍港から出航するそうだ。
運転手:『出航までかなり時間ががありますので、宜しければ町を見て来られては如何ですか?』
ザック:『そうさせて頂きます。』
早速港町に出ると、多くの亜人種が行き交っている。
アン:『ここ本当に帝国領なの!?他の町と随分違うじゃない。』
セディ:『結構みんな生き生きしているわね。』
メル:『特に不満も無く暮らしているみたいですね。』
ローラ:『人族とも普通に会話していますしね。』
ザック:『さっき見た商店街もそうだけど、帝国って感じがしないよな。』
ザック達が驚いていると、一人の男性が声を掛けて来た。
男:『失礼ですが、もしかして外国の方達ですか?』
ザック:『えぇ、アーデリア皇国から来ました。』
男:『おぉ!アーデリアから来られたんですか!アーデリアはとても住み良い国だと聞いております。ところでこの町を見て驚かれている様ですね?』
ザック:『えぇ、同じ帝国でも他の町とは随分と違うみたいですが?』
男:『実は3ヶ月ほど前に、皇帝陛下からこの町に突然告示があったんですよ。領主が別の伯爵様に変わって、特別自治法を制定するってね。その内容は亜人種に対する雇用と賃金に関する制度と基準、更には人族による亜人種に対する差別的対応と不当な扱いを禁止するものだったんです。』
ザック:『それはこの町だけなんですか?』
男:『聞いた話ではルベーヌをモデル地区として制度改革を行うって事らしです。他の町に暮らす亜人種もルベーヌに移住を考えてるって噂ですね。』
ザック:『亜人種の人達にとっては良い話なんでしょうが、貴族や雇用主達からの反対も結構あったんじゃないですか?』
男:『そりゃそうですよ。貴族なんかは亜人種の店で権力にものを言わせてやりたい放題していたし、今まで港湾の危険な仕事なんかは賃金の低い亜人種がやってたのに、今回の自治法で賃金は上がるし保険が使える人族にしかさせられなくなった訳ですからね。今商人ギルドが亜人種向けの新しい保険制度を思案しているらしいですがね。』
ザック:『それでもこれだけ活気があるのには何か理由でもあるんですか?』
男:『亜人種の人達がある程度まともな収入を得られる様になって、少しずつ新しい形の価値観が生まれて来たんですよ。働き方や休みの日の過ごし方なんかも変わったし、人族と亜人種との交流もかなり変わりましたね。』
ザック:『良い方向に向かってるっていう事なんですね。』
エルベラがレデンティアやアーデリアで見た亜人種の生活状況を元に、帝国で行える範囲での救済措置を模索している苦労が伺えた。
これを帝国全土で行えない理由は、やはり貴族の問題を抱えている事が最大の理由だろう。
ノルバーンでは貴族の影響力がかなり大きい。
皇帝が政策に関して絶対的な発言権が得られないのは、内務委員会のほとんどが貴族議員で占められており、皇帝が直線的な内政干渉を出来ない様に帝国議会における発言権を制限しているからだ。
内務委員会は言わば帝国議会の最高委員会であり、議会においては内務委員会の発言が優先され、基本的に貴族に得の無い法案は、そのほとんどが棄却される。
このルベーヌに関しては、諸外国からの入国者が多い為にその者達からの印象を考慮して自治法を承認したらしい。
一通り港町を見て回ると、ザック達は軍港へ向かった。
到着したザック達をサンジェント号の船長が出迎えてくれた。
船長:『遥々アーデリアからようこそ。私がこのサンジェント号の船長を任されております、セルディア・ロマス准将です。これより10日間の船旅で、皆様の御世話をさせて頂きます。』
ザック:『アーデリア皇国、皇王のザック・エルベスタです。ノルバーン帝国政府の御協力に感謝を申し上げます。』
セルディア:『軍艦なもので何かと窮屈な思いをさせてしまうかも知れませんが、何卒御了承下さい。』
ザック:『中型船と聞いていましたが、思っていたよりも大きいんですね?』
セルディア:『この船は皇帝陛下の公用船なので、中型船に兵装をかなり追加してあるのです。その為外観では通常の中型船より少し大きくなってしまったんですよ。それでは出航準備が整いましたので、船室へご案内致します。』
セルディアによって船内に入ると、その豪華さに全員が驚いた。
豪華客船顔負けの内装に、様々な装飾や調度品が置かれている。
セルディアの話によれば、レデンティアへの渡航の際もこの船を使っているらしい。
船室も豪華絢爛だった。
一流の職人によって作られたであろう家具類やティーセット。
菓子類やフルーツがテーブルに並べられ、一流ホテルにでも来たかの様な印象を受けた。
セルディア:『それではゆっくり体をお休め下さい。直ぐに身の回りの世話をする者達が参りますので。』
そう言い残してセルディアは出て行った。
アン:『さすがは皇帝陛下の船ねぇ。』
セディ:『私お菓子摘まんじゃお♪』
メル:『まさか陛下の船を用意されるとは・・・。』
ローラ:『こんなに良い部屋で旅が出来るなんて夢みたいですよ。』
ザック:『船旅だから少し心配してたけど、これは逆に良い旅になりそうだな。』
みんなその豪華さを満喫していた。
女:『失礼致します。』
アン:『どうそ。』
アンが返事をすると三人の女性が入って来た。
女:『アーデリア皇王陛下、並びに皇族の皆様、本日より皆様の御世話係をさせて頂きますラウゼと申します。こちらはセシエとロネッタです。
セシエ:『微力ながら御世話をさせて頂きます。どうぞお見知り置きを。』
ロネッタ:『ロ、ロネッタと申します。宜しくお願い致します。』
ラウゼ:『この3名で日常の御世話をさせて頂きます。何なりとお申し付け下さい。』
ザック:『御丁寧に有り難う御座います。こちらも極力お手を煩わせない様にしますので、あまり気を張らないで下さいね。』
ザックが発したその言葉に三人は目を丸くした。
ただの使用人に対して他国の王が気遣ったのだ。
帝国のみならず、一国の国王が使用人に対してこの様な対応をする事などは無い事だけに、驚いてしまったのだ。
ラウゼ:『勿体無い御言葉に御座います。誠心誠意御使い致しますので宜しくお願い致します。』
三人が控え室に戻ると、アンが苦笑いしながらザックに言った。
アン:『なんか城のあの子達と初めて会った時の事を思い出したわ。』
ザック:『実は俺もなんだ。でも考えてみれば、他国の王様の世話係をするんだから当然なのかもな。』
セディ:『て言うか陛下が変に気遣ったりしたら恐縮するに決まってるじゃないですか。』
ザック:『え?そうなの?』
メル:『彼女達は命令されるのが仕事みたいなものですからね。』
ローラ:『サリーさん達だって元々そのつもりだったんでしょうしね。』
アン:『いや、あの子達の場合はちょっと違うのよね・・・。』
ザック:『あの頃は俺も普通の冒険者だったもんなぁ。まぁ俺は今でもあの頃と変わらないつもりだけどね。』
そう、ザックは皇王となった今でも、普通の冒険者だった頃と他人に対する対応は変わっていなかった。
それ故にその立ち振舞いは王に見られない事も多いのだが、その人柄がアーデリア国民から支持を受けている理由でもある。
船が出航して沖合いに出ると、ザック達はデッキに出る事にした。
ザック:『さすがに肌寒いな。』
アン:『でも気持ち良いわ。』
メル:『それでザック様、ブレスデンに着いたら直ぐに首相とお会いになられるんですか?』
ザック:『到着予定は先方に知らされているからそうなるね。』
ローラ『私達はその間に冒険者ギルドで聴き込みをすれば良いんですね?』
ザック:『うん、セディとローラでギルドの聴き込みをして、メルはアンと俺について来て欲しいんだ。』
セディ:『それで?一応は外交交渉って名目だけど、シュレーデンの話はどう切り出すんです?』
ザック:『西北大陸での軍事衝突が他の大陸でも問題になっているって事を軸に話を進めるつもりだよ。あくまでもシュレーデンの名前は伏せてね。』
今回はベンゲル王国とスレーニア共和国の問題が一番の課題だ。
シュレーデン王国の飛行兵器に関しては、その後でシュレーデンに関する兵器開発の噂を聞き出す予定だ。
ある程度のシミュレーションはしてあるが、予想出来ない事態も想定している。
ザックはリアスと交信して飛行兵器の進捗を確認した。
リアスによれば既に組み立ては完了しており、システムの調整にあと4日ほど掛かるという話だった。
ザック:『さぁ、船室に戻ろう。』
こうしてザック達の船旅が始まった。
お読み頂き有り難う御座いました。




