第42話 偽りの大神官と偽使徒と。
お読み頂き有り難う御座います。
第42話です。
アイゼンハルト共和国。
西方大陸の最西端ネスリス海から拡がる広大な平野部を国土とする大国である。
平野のほぼ中央に位置する湧水湖を中心に首都アイゼンハルトが周りを囲んでおり、面積・人口共に西方大陸では最大の国家である。
建国以来、王家は一族による世襲制度となっており、650年前の建国当初は貴族による完全統治国家であった。
共和制度を導入し、民間人による独自の経済活動が活発になるにつれ人口が増えて現在の様な大国に発展した。
メル:『ザック様、少しは気分が良くなりましたか?』
メルがザックを気遣い魔法薬をもう一本手渡した。
ザック:『何とかね。さすがにこれだけの距離をこの人数で同時に転移するとフラフラになるな。』
アン:『西南大陸の中央部からだものね、でもリゼリア陛下が人目の付かない郊外をイメージしてくれて良かったわ。街中だったら大騒ぎになってたもんね。』
アンが言った通り、これだけの人数が同時に転移出来るだけの魔力を持つ者は、魔法使いだとしてもそうは居ない。西方諸国では文明社会改革という、【魔法に頼らずとも暮らして行ける社会】を目標とした社会改革が行われている為、魔法使いの人数も他の国に比べて少ないのだ。
元々この国には魔力に長けた者が少なく、冒険者や一部の治療師などの限られた職業でしか働き口が無い為に、あまり魔法を必要とする者も少ない様だ。
ベルクレア:『さてザック殿、まずはどちらから行くつもりじゃ?』
ザックが落ち着いたのを見てベルクレアが聞いて来た。
ザック:『そうですね・・・一度にこれだけの人数が動くと何かと問題も多いので、分かれて行動した方が良いでしょう。陛下方は俺と共に王宮へ、メルと大神官様は神殿へ、アンとローラは宿を取ったらメル達と合流してくれ。』
アイゼンハルト宮殿。
ザック達が王宮の入り口に着くと、門兵が声をかけて来た。
門兵:『何者か!』
リゼリア:『私はアルゼンヌ共和国女王のリゼリアです。西南大陸のレデンティア王国女王陛下並びにノルバーン帝国皇帝をお連れした。国王陛下に御目通り願う。』
門兵:『暫し御待ちを!』
数分後、門が開けられ王宮内に通された。
謁見の間で待っていると、国王と数人の従者が現れた。
ゼリス:『これは遠路遥々ようこそおいでになられた。余がアイゼンハルト国王のゼリス・フェルナンド・アイゼンハルトじゃ。』
ベルクレア:『御初に御目に掛かります、西南大陸レデンティア王国女王ベルクレア・フォルン・レデンティアと申します。』
エルベラ:『北方大陸ノルバーン帝国皇帝エルベラ・シュテイン・ノルバーンじゃ。』
リゼリア:『この度の新国建国に関し、お二方がアイゼンハルト国王と会談されたいとの事でお連れしました。』
ゼリス:『左様であったか、してそちらの若者は?』
ザック:『御挨拶が遅れました。これより建国される新国の王、ザック・エルベスタに御座います。』
ゼリス:『ほう・・・そなたが噂に聞く新国の国王か。まぁこの場ではなんだ、会議室で話を聞こう。』
会議室に通されたザック達にゼリスは条件書の複写を見せた。
ゼリス:『既に西方諸国連合から出した了承に関する条件書の内容は存じておられるかな?』
ザック:『はい、アルゼンヌ共和国のリゼリア陛下より伺いました。今回お邪魔したのは、その条件書の内容も含めてアイゼンハルト国王と直接会談させて頂きたく参った次第です。』
ゼリス:『条件書の内容に関してはリゼリア陛下が申された通りじゃ。これは西方諸国全体の合意の元に決定した事。この条件が飲めぬのであれば、新国の建国は到底承認出来ぬな。』
ベルクレア:『ゼリス陛下よ、妾も条件書に目を通したが、あの内容は西南大陸全土を領土とする我が国の立場を害する上に新国の内政干渉に当たる。』
エルベラ:『ノルバーンとしても内政事情を西方諸国に干渉される謂れは無い。』
ベルクレアとエルベラがすかさず反論した。
ゼリス:『レデンティアとノルバーンは条約を結んだ様じゃが、西方諸国連合としては両国が何やら企んでおるのではないかと考えておる。まずはその事に対しての説明が必要じゃろう?』
ベルクレア:『条約の内容に関しては既に事情と経緯を記した書面を各国にお送りしておる筈。それでは不服と申されるか?』
ベルクレアがそう反論するとゼリスは不満げに応えた。
ゼリス:『それはあくまでも表向きの話。と思う者も多いのじゃ。条約締結後間も無いなかで新国建国の話。疑われても不思議ではあるまい?』
エルベラ:『まるで西方諸国連合が世界の管理者の様な言い分じゃが、西方が我等独立国家の内政に干渉する道理にはならん。』
エルベラが怒りをあらわにするとゼリスは笑みを浮かべて言った。
ゼリス:『道理・・・か。申し訳ないが、今後は我等西方諸国連合が世界を統括管理する事となるであろう。その手始めとして北方と西南が我々の管理下となって頂く事になる。』
エルベラ:『ほう・・・何故その様な権利がお有りなのか?まさか西方諸国連合は我等と対立すると申されるか?』
ベルクレアが冷淡に話すとゼリスは表情一つ変えずに話し出した。
ゼリス:『対立?御冗談を。我等は神の御意思の元に世界を導くのです。何せ神は我が国に使徒様を降臨なされたのですからな。』
アイゼンハルト大神殿。
レイエス:『失礼ですが、大神官殿は御在所だろうか?』
下級神官:『おや、神職の方ですな?大神官様は只今、朝の祈りを行って居られます。』
レイエス:『では暫し待たせて頂きますので、面会をさせて頂けますかな?』
下級神官:『では御名前を宜しいでしょうか?』
レイエス:『レイエスと申します。』
下級神官:『では暫く御待ち下さい。』
メル:『レイエス様、名乗られて宜しかったのですか?』
レイエス:『構いませんよ、おそらく彼等は私の名など存じておらぬでしょう。』
しばらくすると派手な装衣を身に纏った神官が現れた。
エリオス:『レイエス殿とはそなたかな?私がこの大神殿を任されておりますエリオス大神官です。あまり時間は取れませぬが、あちらの談話室でお話を聞きましょう。』
談話室に入ると、エリオスは悪びれる様子も無く接して来た。
エリオス:『さて、レイエス殿はどちらで神職をなされておいでかな?』
レイエス:『はい、中央大陸の聖都エルスにあります、エルス大神殿で最高神官を勤めております。』
レイエスが発した言葉にエリオスは凍りついた。
聖都エルスの大神殿の最高神官、それは世界で最も権威のある最高神官。すなわち大神官を意味するのである。
レイエス:『さてエリオス殿、この地に神殿が出来た事をエルスには報告を受けておりません。先日聞いたところによると、建国当時から神殿があったとか。建国当時と言えば650年前、まずはエルスにこの話が来ておらぬ理由を述べて頂きたい。そして貴方は大神官と名乗って居られるが、それがどれ程の大罪となるかは御存知かな?』
エリオスが立ち上がろうとした瞬間、メルが退路をふさいだ。
エリオス:『お、お前がエルスの大神官だとこの場で証明出来る者など居ない!ここでは私が大神官なのだ!』
メル:『騒ぐな!こちらのレイエス様が大神官である事は私が証明する!』
エリオス:『貴様は何者だ!このドワーフふぜいが!』
メル:『私はメリアル・ジルゴート。神殿騎士団唯一のドワーフ、ジルゴート一族の末裔です。これ以上罪を重ね、レイエス様を愚弄するならば私が容赦しません。』
メルはエリオスに聖騎士の紋章が入ったメダルを見せた。
エリオス:『神殿騎士団!?馬鹿な!』
レイエス:『エリオス殿、貴方はエルスを謀ったばかりか、神官の資格も無く大神官を名乗っておる。おそらく先代か先々代の大神官がこの地に神殿を造られたのでだろうが、この罪は非常に重いのです。ましてや偽りの使徒様をでっち上げた罪は神をも愚弄する大罪。私と共にエルスで裁きを受けて頂きます。』
エリオスがレイエス達に連れられ神殿を出るとアン達が合流して王宮へ向かった。
アイゼンハルト宮殿。
ゼリスが呼ぶと一人の男性が入って来た。
ゼリス:『こちらの御方が我が国に降臨された使徒様、ヘイロス様です。』
ヘイロス:『ヘイロスと申します。どうぞお見知り置きを。』
まるで悪趣味な貴族の様に着飾ったその男は、ザック達を見回すと不敵な笑みを浮かべた。
ベルクレア:『そなたが使徒様か、では妾達にも使徒様である資質を見せて頂こうかのう?』
ゼリス:『ベルクレア陛下、そなたはヘイロス殿をお疑いになられるか!』
ゼリスはベルクレアに対してあからさまに不快感をあらわにした。
ベルクレア:『使徒様には神より託されし力と異界の知識がある筈。この目で確かめねば信用なりませぬ。』
ゼリス:『ヘイロス殿が使徒様である事は大神官様も保証された事!よもや大神官様までもお疑いになられるか!』
ベルクレア:『そうそう、大神官様と言えば、この地に大神官様が何故居られるのか気になっておったのじゃ。大神官様は中央大陸の聖都エルスにおいでのはずでは?』
ゼリス:『大神官様はこの地に祝福を与える為、建国当時からこの地に住まわれておる。ベルクレア殿は歴史を御存知無いか?』
ベルクレア:『いや、これでも妾は神殿とは浅からず縁があってのう。この度の一件でもしやと思い、さる御方に助力を得てエルス大神殿に確認したのじゃ。驚いた事にエルスではこの地に神殿がある事すら伝えられておらぬそうじゃ。』
ゼリス:『馬鹿な!大神官様はエルスからこの地に大神殿を移転されている筈!エルスには過去の遺跡だけが残っておると伝えられておるぞ!』
ベルクレア:『つまりゼリス陛下は聖都エルスに赴いた事も無ければ、他国における神殿の常識も御存知無いと?』
ゼリス『エルスに赴いた国王が世界にどれだけ居ると言うか!自国に大神殿が有り、その歴史を代々聞かされておればそれを信ずるのは当然であろう!そなたが申した事が真実という確証が何処にある!』
ベルクレアが放った言葉に動揺を隠せないゼリスにザックが追い討ちをかける様に言った。
ザック:『落ち着いて下さいゼリス陛下、実は今回エルスより大神官様をお連れしておるのです。既に神殿の方でこちらの大神官様とお話をされていると思います。陛下は御存知無いかと思いますが、世界の神殿の総本山であるエルスに断り無く神殿を建てる事は大罪です。そして資格無き者が神官を名乗る事もまた大罪。おそらく今頃は大神官と名乗られていた方とこちらに向かっているでしょう。』
ザックの言葉にヘイロスが部屋から逃げ出そうとしたその時、レイエス達が部屋に入って来た。
レイエス:『御取り込み中に失礼します。』
ゼリス:『何じゃ貴様らは!』
レイエス:『申し遅れました。中央大陸はエルスより参りました最高神官のレイエスと申します。』
ゼリス:『な!?そなたが大神官様・・・。』
メル達に連れられてエリオスも入って来た。
ゼリス:『おぉ、エリオス大神官様、これは一体?』
エリオスは黙って下を向いていた。
レイエス:『本人から話すのは辛う御座いましょう。私から全てをお話しします。』
レイエスが内容を話すにつれ、ゼリスの顔は失望感に満たされていった。
レイエス:『最後にゼリス陛下に申し上げたき事が御座います。こちらにおわす新国国王のザック様こそ、まごう事なき使徒様に有らせられます。』
ゼリス:『なっ!?』
ゼリスは腰を抜かした様に固まってしまった。
それを聞いてヘイロスは再び逃げ出そうとしたが、メルがその場で取り押さえた。
言葉を失ったゼリスにベルクレアが話し始めた。
ベルクレア:『ザック殿は御自分が使徒様である事を隠しておいでじゃ。妾は自国だけでこの事実を止めておく事に限界を感じ、隣国であるノルバーン帝国と情報を共有する事にしたのじゃ。しかし一国の国民として扱うにはザック殿が我が国にもたらした功績が大きいでのう、一国の主として妾達と同じ立場に立って貰う事にしたのじゃ。』
エルベラ:『余としても他の国々がザック殿を利用出来ぬ様に君主となって貰うのは望ましいと思っておる。今回の様な話が出てしまっては世界にとっても良い事にはならんからな。』
ゼリス:『その方・・・誠に神より使わされた使徒様だと申すか?』
ゼリスがザックに恐る恐る尋ねた。
ザック:『一応神様からはそう言われました。世界の管理者になれと。しかし俺は神託として神様から依頼を受けない限りは力を行使する気はありませんし、俺自身が世界をどうこうする気もありませんよ。今回事情が重なって王様になる事になりましたが、出来る事ならもっと普通の生活を送りたいんです。』
ゼリス:『ではそなたが使徒様である証を見せては貰えるか?』
ザック:(はぁ、またか・・・。)
ザックは渋々自分の生い立ちや持ち物などを説明し、記憶の指輪や神とのやり取りが綴られたスマホを見せた。
更にはレイエスによって神力の度合いや、今回これだけの人数を同時に転移させた話など、普通の人間には不可能な力を持っている事を説明された。
ゼリス『知らぬ事とはいえ、誠にすまない事をした。我が国は無条件に新国の建国を承認し、出来る限りの助力を努めるとしよう。南西及び北方が西方に対して何も画策していないと解った以上、西方諸国連合の代表として諸国を説得にあたると約束しよう。』
ザック:『あ、それとお願いがあるんですが。』
ザックがゼリスに話し掛けた。
ゼリス:『なんじゃ?』
ザック:『俺が使徒である事は極秘にして頂きたいんです。今後この件で面倒な事になるのは嫌なんで。』
ゼリス『そんな事は分かっておる。それより問題はこっちの火消しじゃ。諸国にどう説明するべきか・・・。』
ザック:『簡単じゃないですか。陛下は神殿が虚偽の存在だとは知らなかった訳ですよね?全ては最初の偽大神官による嘘から始まった筈なので、それを全面に強調して説明すれば良いんですよ。その為にレイエス大神官に助力を頂いては如何かと。』
ゼリス『建国以来の汚点を諸国に晒せと言うのか!』
ザック:『どのみち事実はいずれ知られます。その事を隠せば信用を失うのは陛下ですよ?』
レイエスがゼリスを諭す様に言った。
『神殿そのものは良く出来ております。私がエルスに承認依頼を出して新たな神官長を派遣すれば神殿は残りますから、建国以来この地に神殿が有ったという事実は真実となるでしょう。更に私自身が西方諸国に説明をすれば、諸国の君主も納得して下さるでしょう。』
少しの沈黙の後、ゼリスが口を開いた。
ゼリス:『よもや仕方あるまい。リゼリア陛下、そなたにも助力を願いたい。今後の事もある、諸国連合の閣議を取り急ぎ行う段取りを頼めるだろうか?』
リゼリア:『喜んで協力しましょう。』
その後ザック達はリゼリアと別れ、アイゼンハルトに一泊した後レデンティア王国に戻った。
ザックの疲労を考慮し、翌日にエルベラをノルバーンへ、更に翌日にレイエス・エリオスをエルスに送り届けた。
ベルクレア:『ザック殿、ご苦労であったのう。』
ザック:『本当ですよ。こんなに長距離を何度も転移する事になるとは思いませんでした。』
ベルクレア:『じゃがそのお陰で世界の混乱を未然に防げたのじゃ。』
ザック:『でもアイゼンハルトの国王が心配ですね。』
ベルクレア:『おそらく諸国からはかなり叩かれるじゃろうな。リゼリアが上手くやってくれれば良いが。』
ザック:『ところでアン達は何処へ?』
ベルクレア:『騎士団の訓練場に行っとるぞ?なんでも最近体がなまっとるからと言ってのう。』
ザック:『そう言えば最近討伐もやって無いからなぁ。』
ベルクレア:『領主の仕事やファクトリーの開設準備で忙しかったのじゃろう?たまには息抜きも必要じゃろうて。』
ザック:『これからはもっと忙しいですよ、建国準備があるんですから。』
その後の数ヶ月間は建国の準備に追われた。
国の名前は直ぐに決まったが、まだ国土の国民に対して何も知らせていない為、ベルクレアを通じて建国の告示と建国発表をしなければならない。
建国パレードはレデンティア王国側が指揮を取る事になる。
王宮の建設はアーデン・リース・アードリーに囲まれた平原地帯に建設される。
この場所は丘の上の神殿からも見える為、立地的に良いとアンが推薦したのだ。
国家の方針として第一に掲げられたのは多種族友好国家である。
元々アーデンには多種族が暮らしていた事も有るが、ザック自身が強く望んだ事が大きい。
また最初に作られた法は奴隷特別保護法である。
これは権力者が意図的に使用人を奴隷に出来無い様にする事と、奴隷が解放後に得られる復権を尊重し、復権後の身分制限を無くするものだ。
この他、わずか二月の間にほとんどの事を決めて行ったのである。
そして更に一月後、レデンティア王国から新国建国に関する告示をする日がやって来た。
お読み頂き有り難う御座いました。




