第38話 パニーラと異世界屋台と。
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第38話です。
帝国行きを取り止めてアーデン戻る事にしたザック達は、王都より馬車で東に5日のチヌーラという町の郊外に居た。
ザック:『日も随分傾いて来たな、この先の町で宿を取るか。』
ザックの提案にメンバー全員が賛同した。
町に入ると騎士局にモービィとトレーラーを預けて宿を取った。
チヌーラは王都の東で最初の宿場町という事もあり、小さいながらも結構活気がある。
町の中心を流れるぺリオス川を挟んで両岸に何軒もの屋台が軒を連ねており、町の名物料理【パニーラ】を売っている。
食堂も数件あるが、ほとんどの旅人は屋台をはしごして食事を楽しむそうだ。
ザック:『パニーラってどんな料理なんだ?』
メル:『パニーラは麦粉を水で溶いて鉄板で薄く焼いた物で、具材を挟んでソースをかけて食べる料理です。この町が発祥らしく、年に1度開催される試食会はとても盛り上がるんですよ。』
メルが説明してくれたが、どうやらお好み焼きの様な物らしい。
するとローラが楽しそうに話し出した。
ローラ:『私は元々この町の近くに住んでいたので、試食会には来た事があるんです。試食会では普段の半額で食べられるし、優勝した屋台からは無料で振る舞われるんですよ。』
いわゆるB級グルメ大会の様なものらしい。
確かにこういう小さな町では町起こしとしてそういったイベントはあってもおかしくは無い。
アン:『とにかく早く食べに行きましよ!お腹減っちゃったわ!』
アンが痺れを切らした様なので一番手前の屋台に入ると、元気な獣人属の女性が迎えてくれた。
店主:『いらっしゃい!旅人さんだね?うちのメニューは3種類だよ。』
ザック:『4人居るから3種類とも頼むよ。』
店主:『はいよ!じゃあ順番に焼くからちょっと待ってね。』
料理の手順は広島風のお好み焼きとさほど変わらない。
出来上がりもお好み焼きによく似ている。
店主:『はいよ!これがチヌーラ名物のパニーラだ。』
食べてみると、野菜の甘味と塩気のある醤油に似た風味のソースがマッチして結構美味しい。
生地には下味が付いていて具材やソースとの相性も良いし食感も良い。
中に入っている焼そば的な物もスパイスで味付けされて、食べていて飽きが来ない。
これなら屋台をはしごするのも納得出来る。
ザック:『旨いな、この屋台は当たりじゃないか?』
アン:『うん!これなら1人1枚でも普通に食べれそうね。』
店主:『嬉しい事言ってくれるね。でもこのパニーラってのは基本的な味付けが決まってる物なのよ。中の具材やスパイスなんかは結構自由だから屋台毎に個性は出せるんですけどね。』
アン:『じゃあこのソースって全部の屋台で同じ物を使ってるの?』
店主:『同じ物っていうか、同じレシピで作ってるんだよ。ソース自体同じ物を使うってなれば、そのソースを作っている店だけが儲かってしまうからねぇ。』
ザック:(なるほど、その辺の利益分散はしっかりしてるのか。)
3種類のパニーラをたいらげたザック達は、次の屋台に移動した。
この屋台ではなんと1種類だけのメニューだった。
その代わりに酒や一般的な軽い食事、つまりファストフード的な物を提供していた。
ザック:『屋台によって結構特色があるんですね?出せる料理の規定とかあるんですか?』
素朴な疑問を店主に問い掛けてみた。
店主:『規定というか協定みたいなもんだね。うちら屋台と食堂では出す料理を分けてるからね。パニーラだけで商売するには限界もあるんだ。ある程度の軽い料理は出せるんだけど、あまり手の込んだ料理を出したら食堂に迷惑を掛けちまう。だからうちみたいなライトフードを出す屋台もあるんだ。』
この町は規模が小さい。
食堂は宿屋と契約してたり宿屋が経営している事が多い。
屋台は旅人達によって経営が成り立って居るから、食堂や宿屋と商売敵になってしまっては色々と問題もある。
町の規模が小さい分食堂の数も少ないので、お客さんを賄い切れないから食堂としても屋台は有り難い存在の様だ。
店主:『そう言えばお客さん達、あそこの暖簾の掛かってる屋台には行ったかい?』
ふと見ると一軒だけ暖簾が掛けられている屋台がある。
ザック:『いいえ?』
店主:『あそこは前回の試食会で優勝した屋台なんだよ。この町では試食会で優勝すると、その屋台だけに青い暖簾を掛ける風習があるんだ。』
アン:『って事は一番美味しいパニーラが食べられるの!?ザック!次あの宿屋行こうよ!』
ザック:『そうだな。優勝した屋台のパニーラは是非とも食べてみたい。』
アンとそんな話をしているとローラが店主に質問した。
ローラ:『あのぅ、前に何年も暖簾を掛けてた屋台は辞めちゃったんですか?』
店主:『お嬢ちゃんはあの屋台を知ってるんだね。あの屋台は王都で出店する事が決まって、去年の暮れに引っ越して行ったんだよ。そこの屋台はあの屋台の主人の弟子が経営してるんだ。この町に来て1年足らずで一人前になったんだから大したもんだよ。普通なら全部覚えるだけで3年は掛かるからね。』
ローラ:『それは凄いですね!是非とも食べてみたいですぅ!』
という訳で暖簾付きの屋台に入ってみた。
暖簾を潜った瞬間、ザックは目の前の光景に目を疑った。
屋台の中は一見すると他の店と変わらないが、他の屋台には絶対無い物があったのだ。
ザックの目を釘付けにしたのは鉄板の隣に据え付けられたスープで満たされた器具だった。
ザック:『ご主人、ひとつ聞きたいんだけど・・・これってまさか・・・おでんじゃないか?』
主人は目を見開いた。
店主:『あんた、ま、まさか日本人か!?』
ザック:『正確には違うよ・・・俺は転生者なんだ。』
店主:『転生者って事は召喚された訳じゃ無いのか。まぁその外見じゃ日本人な訳無いよな。ん?まてよ?じゃあなんで向こうの記憶があるんだ?今までも転生者だって奴に会った事はあるが、そんなに鮮明に前世の記憶がある奴なんていなかったぜ?』
ザック:『色々と事情が有ってね。ところで、どうやってここに?』
店主:『俺はリヨンの郊外で召喚されたんだ。はじめは言葉が分かんなくて苦労したよ。召喚した奴が原付の音に驚いて逃げ出して、そのまま行方不明になったせいで戻る手段さえ聞けなくなっちまった。やっとの事でこの町に着いてお師匠に拾われたんだ。』
ザック:『原付だって!?じゃあもしかしてリヨンの道具屋で原付を売らなかったかい?』
店主『あぁ、売ったよ。とにかく食い物や服なんかが必要だったからな。どうせこっちではガソリンもオイルもバッテリーだって手に入らないんだ。持っていてもしょうがないだろ?』
ザック:(そうか・・・やっぱりこの人が・・・。)
ザック:『実はその原付を俺が買い取ったんだが、そのままこっちで乗るとガソリンが手に入らないから乗れなくなってしまう。そこで魔動機を乗せてモービィみたいにしようと思うんだが、良かったらその完成品のモニターにならないか?』
店主:『つまり改良型の原付のテストライダーになれって事か?っていうかあんた達冒険者だろ?そんな事出来るのか?』
ザック:『自己紹介が遅れたな。俺はアーデン一帯の領主をやってるザック・エルベスタって者だ。実は今度王国初のモービィメーカーを立ち上げる予定があるんだよ。技術者や科学者も居るし原付の基本構造を使ってモービィを作る事は可能だと思うよ。』
店主:『あんたが領主様だって!?ハハハ、冗談はよしてくれよ。どう見たって普通の冒険者じゃないか。』
ザック:(まぁそりゃはいそうですかとは行かないわな・・・。)
ザックはベルクレア女王から渡されていた紋章入りのメダルを見せた。
店主:『メダル?えっ!?これは王家の紋章じゃないか!』
ザック:『このメダルを持っているのは伯爵以上の貴族か領主だけだ。複製品を作れば死罪になる。そしてこれも見て貰おうかな。』
そう言って冒険者カードを見せた。
店主:『これってノワール・・・しかもランクがゴールドだって!?どういう事だ!?まさかあんた本当に・・・。』
ザック:『まだ信用出来ないなら騎士局で身分の証をしても良い。もし俺の領地で商いをしたいなら店舗の手配をしても良いとも思っている。どうだい?少しは信用してもらえたかな?』
しばし呆気にとられていた店主だったが、事の状況を理解すると真剣な顔で話し出した。
店主:『あんたが領主様なのは分かった。正直あんたのお誘いも嬉しいし、こっちの世界に来て不便な事も多い。だが、俺としてはここまで世話になったお師匠の恩にも報いたいんだ。原付のモニターに関しては引き受けるが、あんたの領地で商売するってのはお断りするよ。その代わりと言ってはなんだが、今日は奢りだ、好きなだけうちのパニーラとおでんをたらふく食って行ってくれ。』
その後ザックと店主は向こうの世界の話で盛り上がった。
他のメンバーにとっては異世界の話で意味不明な事だらけだったが、ザックの楽しそうな顔を見ているだけで満足だった。
お読み頂き有り難う御座いました。




