第37話 設計技術者と原付と。
お久しぶりです。
第37話です。
王都クレアから北東にある大都市リヨン。
王都からは馬車で20日ほどの距離にある。
ザック達は帝国に行くために南西大陸最北端の港町バリエルを目指していた。
この町は大陸北部最大の都市で、王国建国時の職人達によって造られた都市である。
バリエルと王都を繋ぐ街道には宿場町が数ヶ所有るが、此処は丁度その中間地点に当たる。
アン:『随分大きな町ね?王都と同じぐらいじゃない?』
アンが町を見回しながら目を丸くしていた。
メル:『ここは王国で3番目に大きい都市ですからね。以前訪れた時に私が今使っている斧もこの町で作って貰ったんですが、腕の良い職人が沢山住んで居るんですよ。』
メルはソロの冒険者だった事もあり、この町には何度か訪れた事があるらしい。
ザック:『どうせこの町で一泊するんだし、此処で武器の手入れや必要な物を買って行こう。』
ザックがそう言うと全員が納得した。
男:『そこのお兄さん、それあんたのモービィかい?珍しいのに乗ってるね?』
声を掛けて来たのはザックより少し大柄な男性だった。
ザック:『そうだけど、興味があるのかい?』
レイン:『俺は以前帝国のモービィファクトリーで設計をやってたレインってもんだ。ずいぶん斬新な構造だと思ってね。』
ザック:『設計だって!?そんな人が何でまたこの町に?』
レイン:『ファクトリーのやり方に嫌気がさしてね。この国なら何か新しい事が出来るんじゃないかと思って移住したんだよ。もっとも今じゃ荷馬車の設計製造をやっているけどね。それでそのモービィは何処のファクトリーの物だい?こんなの見た事が無いんだけど・・・。』
ザック:『これはオリジナルの特別製なんだ。スピードが出る分魔力の消費も激しいから普通の人は長い距離乗れないんだけどね。』
興味深そうにモービィを眺めていたレインを見てザックはレインに質問をはじめた。
ザック:『モービィの設計をやってたって事は、もしかして前の様に設計をやりたいんじゃないかい?』
レイン:『ん~どうかな?この国じゃモービィのファクトリーは無いし、魔導装置の部品は手に入っても技術者が大勢居なければ大量生産は難しいだろ?』
ザック:『その製造技術者が居ると言ったら?』
レイン:『え!?まさかとは思うがあんたファクトリーを作る気なのか?』
ザック:『あぁそのまさかだよ。実はこれから魔導装置の設計や製造に長けた技術者を探しに北方に行くところだったんだ。』
レイン:『魔導機の設計や製造なら俺の専門分野だよ。もちろん部品や製造機械の伝もある。』
ザック:『本当か!?俺はアーデン一帯の領主をしているザック・エルベスタって者だ。もし君にやる気があるならうちに来て欲しいんだけど?』
レイン:『え!?あんたが新しく出来たエルベスタ領の領主様だって!?普通の冒険者にしか見えなかったよ!でも確かにこんな豪勢なキャラバンも持ってるし、金持ちだろうなとは思ったけど・・・。』
ザック:『俺は元々冒険者なんだよ。今でこそゴールドランクだけど、数ヶ月前まではブロンズだったしね。色々あって今では領主もやっているんだ。どうかな?君が本気で取り組んでくれるならファクトリーで設計を任せたいと思ってるんだけど?』
レイン:『・・・ホント人生ってのはいつ何が起こるか分からないもんだな・・・エルベスタ領主様直々のお誘いとあれば断る理由も無いですよ。』
そのやり取りを見ていたアンがザックに小声で話し掛けた。
アン:『ねぇザック、そんな簡単に信用して良いの?まだ彼の腕前も分からないのよ?』
ザック:『少なからず設計の経験者は必要だろ?ゼロスタートの設計者よりも知識や経験が豊富な技術者の方が安心して仕事を任せられるしね。』
今度はメルがレインに質問を始めた。
メル:『失礼ですが、貴方がこれまで手掛けたモービィを教えて頂けますでしょうか?』
レイン:『俺が手掛けたモービィは10車種かな?こないだ帝国から王宮に譲渡されたモービィも俺が設計した物だよ。もっとも俺の元々の設計よりもかなり簡略化されていて、安心して乗れる様な代物じゃ無いけどね。』
メル:『どういう事ですか?』
レイン:『ファクトリーは製造予算を削る為に無茶な構造変更を要求して来たのさ。必要最低限の強度で作るのが精一杯だったんだ。』
その話を聞いていたザックはレインが自分と製造理念が同じだと思った。
乗り物は想定以上の強度と安全性が必要だ。
元居た世界で見た数々の交通事故を思い出すと、ドライバーや同乗者の安全を確保する為には車体の強度だけで無く高い制動性能やシートベルト等の安全装備が必要だからだ。
ザック:『なぁレイン、モービィを作る上で重要なものって何かな?』
レイン:『そうだな・・・車体のバランスと乗る人の安全を確保出来るだけの強度かな?力や速度に関してはそれらが確保された上で初めて取り組む課題だと思っていますね。』
ザック:『それを聞いて安心したよ。俺の所に来た帝国のファクトリーの連中は皆コストや迅速な販売にばかり目を向けていた。俺は人々が安心して乗れる物を作りたいんだ。』
レイン:『それは良かった。でもそれなら開発予算はある程度覚悟して下さいよ?領主様の要望を満たす物を作るなら何度もテストを繰り返さなければなりませんから。』
ザック:(そりゃそうだよなぁ・・・。)
ザック:『アン、帝国行きは中止だ。戻って早速リアスとファクトリー開業の準備に入るぞ。』
アン:『ちょっと待って、どうせならこの町で色々買い揃えた方が良いわ。』
メル:『私も同感です。ここには腕利きの職人が沢山居ますから、他より良い品が手に入りますので。』
ザック:『じゃあみんなは目ぼしい物を買い付けてくれ。俺はレインと話を詰めてから買い物に行くよ。』
アン達が買い付けに行っている間にザックはレインと踏み込んだ話をした。
レインがファクトリーに求めるものや今後の待遇について、ファクトリーとして必要な機材や必要だと思われる人員の数やファクトリー自体の規模等。
話が終わり、レインがアーデンに移住する日取りが決まった頃には既に夕方になっていた。
レインと別れて町を散策していたザックは、とある店先に無造作に置かれているある物に目が止まった。
それはこちらの世界にある筈の無い物だった。
ザック:『おい、これって・・・原付・・・しかもカブじゃないか!?』
それは紛れもなく元に居た世界の乗り物だった。
店主:『おやお兄さん、これが何か分かるのかい?』
店主の女性がニコニコしながら話し掛けて来た。
ザック:『こ、これをいったい何処で!?』
店主:『もう随分前に共通語を話せない若い男が買ってくれって来たんだよ。身ぶり手振りで最初は何を言いたいのか解らなかったんだけどね?』
ザック:(って事は転生者じゃ無く召還者か・・・さぞかし苦労したろうな・・・。)
ザック:『ねぇ、これって売って貰えるのかな?』
店主:『何の役に立つのかも分からないから買ってくれるなら1000ジルで良いよ?確か買った時も同じ値段だったと思うし。』
ザック:(これだけ程度の良い物をたったの1000ジルで売ったのか・・・。)
ザック:『・・・買うよ。』
店主:『有り難う御座います。あ!そうそう!これってこれの鍵らしいけど合ってるかい?』
ザック:『間違いない、これの鍵だね。』
代金を手渡したザックはおもむろにイグニッションを回し、キックスターターを蹴り下ろした。
三回ほど繰り返すと小気味良い唸りを上げてエンジンが掛かった。
周囲の人達は驚いた様にその光景を見ていた。
店主:『驚いたね!そんな風に使う物だったのかい?』
ザック:『これは乗り物なんですよ。』
燃料はほぼ満タン。
ギアを1速に入れて発進すると原付は滑る様に走り出した。
ザック:(何の問題無い。きちんと整備されたカブだ。出来る事なら元の持ち主に返してやりたいが、こっちじゃガソリンもオイルも手に入らないものな・・・。)
町の人々は突然現れた2輪車に困惑した様だったが、珍しい乗り物だと分かると興味有り気に見ていた。
町中をゆっくり走っていると、アン達に会う事が出来た。
アン:『ザック!何それ!カッコいい!』
ローラ:『車輪が2つ!?何故倒れないのですか!?』
メル:『変わった乗り物ですね!』
乗り物に関する説明を一通りすると、全員が感慨深い表情になった。
ザック:『これを売った人って何処に行ったのかな?』
ローラ:『多分王都の様な大都市か逆に小さな町でひっそり暮らしているのではないでしょうか?』
メル:『ザック様の推測が事実だとすれば、召還した者とは既に別行動をしている可能性が高いですね。』
アン:『とりあえず宿を取りましょ!今更その人の事を考えてもしょうがないわ!』
宿を取り、夕食を済ませたザック達は今後のスケジュールを話し合った。
帝国に行かずに済んだ代わりに色々と前倒しする事が増えた為だ。
ザックはワープで王宮へ行き、帝国行きを中止した事をベルクレア女王に伝えた。
お読み頂き有り難う御座いました。




