第33話 交渉と領主と。
お読み頂き有り難う御座います。
第33話です。
レデンティア王国、女王ベルクレア。
14才の若さで先代の国王ザイオンに嫁ぎ、国王の亡き後は女王として王国を切り盛りしている。
現在32才にして王女シンクレアの母親でもある。
容姿端麗で有りながら気丈な面もあり、自分を利用しようとする者に対しては冷酷でもある。
国内の貴族による反乱や他国からの侵略等も経験しており、自分の傍らに置く者は常に信用の置ける者と決めている。
この国の繁栄は町人や冒険者に有るという持論を持っており、諸外国との交易を出来るだけ少なくして国内で賄える様に工夫して来た倹約家でもある。
貴族の浪費や領民への圧政に対しては厳しく取り締まり、事有る毎に御家の取り潰しを行う事から貴族の間では不満も多い。
その反面国民に対しての恩情はとても厚く、地方での不満や要望に対する対応が迅速で有る事から、国民からの信頼と人望もある。
外交にはあまり積極的では無く、自国の利益よりも平穏を望む事からレデンティア王国では独自の文化が根付いていた。
移民の受け入れは積極的で、公式な手続きを踏んでの移民に関しては種族に関係無く国民としての権利を与える政策を行っている。
その女王がザックからの依頼で、遥々北方大陸のノルバーン帝国へ移住者に関する交渉へやって来た。
ノルバーン帝国は北方大陸南東部に位置しており、豊かな資源に恵まれた産業大国である。
主に金属加工や機械製品に長けた技術者が多く住んでおり、モービィと呼ばれる魔力で動く乗り物が最大の産業となっている。
ノルバーン帝国は人属優位主義を唱える一方で、異種族からは税金や商業に関する制限を免除し、移住に関しての自由も与えている。
冒険者や商人等のギルドへ加入する者達を除き、身分保証や社会保証を受ける権利が無い為に、実質人権が無い。
結果として人属として生を受けた者を優遇する政策を行っている事になるのだが、実際は獣人属の増加によって全ての獣人属への社会保証が賄えないという台所事情が原因の様だ。
その国を取り仕切るのが女帝エルベラである。
エルベラはノルバーン帝国皇室第1皇女として生を受けた。
先代の皇帝亡き後で、後取りとなる男子が居なかった事で、若干17才で自ら皇帝の地位に着いたという。
彼女は現在22才で独身である為、貴族からの縁談も多いそうだ。
エルベラ:『これはこれはレデンティア女王、遠路遥々良くぞ参られたな。余が皇帝のエルベラ・シュテイン・ノルバーンじゃ、レデンティア王国の噂は良く耳にする、とても住み良い国だそうじゃな。』
ベルクレア:『はじめましてエルベラ皇帝陛下。レデンティア王国女王のベルクレア・フォルン・レデンティアと申します。本日は交渉の席を設けて頂き有り難う御座います。』
エルベラ:『使者殿から話は伺っておる。我が国より移り住んだという獣人属の者達の事だとお聞きしたが、何やら御迷惑をお掛けした様じゃのう。』
ベルクレア:『別に迷惑という訳では御座いませぬ。我が国においては新たな移住者が増えただけの事。しかしながらその者達の事情も有りますゆえ、帝国の獣人属が此方に移住する為の道筋が必要と思いましてね。』
エルベラ:『お恥ずかしながら帝国としても獣人属に関する問題は深刻でのう・・・本当ならば人並みの暮らしをさせてやれれば良いのじゃが、正直帝国政府が賄える人数を遥かに超えておる。良い策は無いかと頭を抱えて居ったところなのじゃ。』
ベルクレア:『我が国には広大な土地と豊かな自然が御座います。国内に彼等が安心して暮らせる町を築く御許しを頂けるならば、その者達を我が国が引き受けましょう。』
エルベラ:『う~む・・・女王よ、我が帝国としてはとても有り難い話ではあるのじゃが、もしや何等かの見返りを求めに来られたのでは無いのか?』
ベルクレア:『見返りと申しましょうか、此方の国のモービィを我が国に輸入したいと思いましてな。我が国の誇る名誉騎士団、チーム・アポストロのリーダーがモービィを手に入れられまして、妾も気になっており申した。』
エルベラ:『ほう、名誉騎士団とな。その者は王宮に支えし騎士の上級貴族か何かなのですかな?』
ベルクレア:『いいえ、地方ギルド所属の冒険者に御座います。』
エルベラ:『なんと!冒険者とな!?王国では冒険者のパーティーに騎士団の称号をお与えになられるのか!?』
ベルクレア:『その者は我が国に仇成す罪深き者共から王家、否、国家を救われた者故に名誉騎士団の称号を与えました。』
エルベラ:『ほう。それほどの者が居られるのか。陛下はその者に厚い信頼を御持ちのようじゃのう・・・もしやとは思うが、そなたはその者に町を領地として任せるおつもりかな?』
ベルクレア:『さすがは皇帝陛下、しかし妾は別の事を考えておりましてのう・・・例えばの話ですが、我が王国領に独立国が出来ても今後国交を結んで頂けますでしょうか?』
エルベラ:『そなた・・・まさか・・・その者をそこまで信頼して居られるとは・・・。国を持たせられるだけの器で、害悪の無い者だという確証が持てるのならば余は認めよう。じゃがその確証が無き者で有るのならば断固として認められぬ。新たな国家はそれだけで脅威でも有るという事を解らぬ訳ではあるまい?ましてや人並み外れた知性や力を持つ者で有るのならば尚更であろう?』
ベルクレア:『それに関しては妾が全責任を持って保証しましょう。その者、いやそのお方は我々の様な一国の王よりも大いなる重責を負って居られる方なのですから。』
エルベラはベルクレアの口調が変わっただけでは無く、その眼差しが深く厳しい物になったのを見逃さなかった。
エルベラ:『・・・その者、いやそのお方とやらは、一体どの様な重責を負って居られるのか?事と次第によっては世界中の国々と話をせねばならぬが。』
ベルクレア:『これは我が国一国が抱えて良い問題では有りませぬ。いずれ各国との話し合いの場が必要になる事しょう。そして此れから話す事は他言無用にねがいますぞ?』
ベルクレアが話した内容はエルベラの想像を遥かに超えるものだった。
そしてベルクレアの構想を知ったエルベラは動揺を隠せなかった。
エルベラ:『待て、幾ら何でも話が飛躍し過ぎではないか?我が帝国にも異界の者だと自称する者が居る様じゃが、魔術師の手によって召喚された普通の人間じゃぞ?それは間違い無い事なので有ろうな?』
ベルクレア:『間違い無く妾には見えたのです。恐らく当人は無意識なのでしょうが、あるいは神官であれば見抜けるやも知れませぬ。更にはその能力が世界でも数人しか存在しないノワールで、魔法適正も全属性が備わって居られる。』
エルベラ:『それが誠でで有るならば、事は急を要するのではないか?それにその御方がまだ成長過程であるとするならば、更に大いなる力を持つ事になる。その素性を知った者はこれを利用したがる者もさぞ多かろうて。』
ベルクレア:『いいえ、急ぐ必要は有りませぬ。そのお方は自らの力に対する責任を弁えており、あくまでも冒険者としての人生を歩みたいと仰有っておられます。近い将来あのお方には一国の王となって頂き、我々と対等な立場となって頂く事が重要なのです。今回妾が帝国に直接出向き、この事実をお話ししたのも世界の国々に知られる前に陛下とこの情報を共有して起きたかったからこそなのです。今世界の国々がこの事実を知れば、その情報は善からぬ者共にも知れる事になります。』
エルベラ:『余がその御方を利用せぬという保証は無かろう?それだけの力を持って居られるので有れば、世界を我が物にする事も夢では無いのじゃ。それこそ余に話すのは筋違いというものであろう?』
ベルクレア:『妾が思うに、少なくとも陛下は自ら進んでその様な動乱を望まれる方には思えません。我が王国と帝国が友好条約を結び、この事実を共有する事で互いにあのお方を自由にする事が出来なくなる。今回この話をした事は当人の知らぬ事ですし、陛下がこの話を広めれば御自分が不利な御立場になる事を良く御存知かと。』
エルベラ:『どうやら陛下は先見の目がお有りの様じゃな。余としても争い事は望む所では無い。それにここまで一国の主が腹を割ってこれだけ重要な事を話してくれたのじゃからのう。ではその御方にはいずれ一国の王になって頂くとして、両国の友好条約の締結を行うにはそれなりの段取りが必要か・・・。』
ベルクレア:『その為にはまず今回の事情を承諾頂きたいのです。現在獣人属の町は地方都市の郊外の地下に作られた所に有ります。それは移住者によって我が王国に無断で作られた物ですが、近いうちに地上の平原地帯に新たな町を作る予定が有りますゆえ。』
エルベラ:『・・・良かろう。獣人属の移住・町ならびに独立国の建国に関しては総て承認する、あとモービィの件もな。それならば帝国からも王国に対して要求がある。帝国からの渡航者への検閲の簡素化と貿易に関する税の優遇じゃ。更に余が王国に直々に親善訪問を行い、正式に友好条約の締結をしたい。その折には勿論その席には・・・。』
ベルクレア:『分かり申した、お招き致しましょう。では日取りや細かな事を決めねばなりませぬな。』
ザックの知らない所でこの様な話が進んでいた。
ベルクレアは帝国との交渉に関し、どうしてもザックを交渉材料にしたかったのだ。
内向的であった王国が今後世界中の国々と向き合う上で、他国において交渉が困難と思われている帝国と先に条約を結ぶ事が出来れば今後の会談もしやすくなる為だ。
一方エルベラにとっては帝国が世界からの孤立を防ぐ良い機会となり、結果として良い外交となったのだ。
世界では帝国の存在を脅威と感じている国も多く、レデンティア王国の様な平和思想の国家と友好条約を締結する事で事実上外交政策の幅を拡げる事になる。
ベルクレアが王国に戻り、帝国との交渉が成功し友好条約を締結する段取りが出来た事を国民が知った時は誰もが耳を疑ったという。
ザックに王宮への呼び出しが有ったのはそれから数日後の事だった。
ザック:『俺が条約の調印式に参列するんですか!?』
ベルクレア:『我が国の名誉騎士団は上位貴族と同等な扱いなだけで無く、王宮貴族とほぼ同じじゃからのう。それにあの町の実質的統治者であるザック殿に参加して貰わねば、皇帝に対しても失礼になろう。』
ザック:(もしかして陛下は俺の事を皇帝に話したんじゃ無ぇのか?まぁここで繋がりを持っておけば帝国へ行き易くはなるな・・・。)
ザック:『分かりました。出席させて頂きましょう。それで町の移転に関する話なのですが、いっそリースを拡張して住まわせては如何かと思いまして。』
ベルクレア:『リースか・・・あそこはアーデンから距離もあるし、既に独自の文化体制が確立されておるじゃろ?ならばアーデンの南西部にある平原に町を築き、アーデンと町を繋げる方が好ましい。結果としてアーデンの一部となる訳じゃが、ギルドは支部としてそのまま移転出来るしのう。』
ザック:『それではアーデンまで領地として統治する事になるのでは?』
ベルクレア:『無論そのままではアーデンもロムネイブ領となるな、じゃが大きな功績の無い貴族に二つの町を与える訳にもいかん。そこでアーデンに関してはザック殿に領主となって貰い、同じ秩序の元で二つの町を統治して貰いたいのじゃ。税金に関しては現在のアーデンに合わせてもらって構わんし、これからは領主として税収の中からザック殿に収入も入る。悪い話では無かろう?』
ザック:『結局俺が領主になるんですか・・・でもそれでは他の貴族の方々へ申し訳が立たないのでは?』
ベルクレア:『その辺は問題無い。今回帝国との交渉に関しての一番の功労者はザック殿じゃ。名誉騎士団のリーダーがそれだけの働きをしたので有れば、如何に古参の貴族でも納得もするであろうて。しかも以前の功績もあるしのう。それにザック殿には技術者の奴隷が居るのじゃろ?その町を我が王国においての技術発展の拠点とする事が出来れば、国民の暮らしもより豊かなものとなる筈じゃ。』
ザック:『ん?・・・陛下、俺に何か隠し事をしていませんか?』
ベルクレア:『な、何を申す!隠し事など・・・。』
ザック:『話が出来過ぎていますよ。式典への参列をすれば俺を皇帝に紹介するおつもりでしょう?そして町の領主に技術開発、これは明らかに俺に帝国との架け橋になれと言ってる様なものです。』
ベルクレア:『やはりザック殿が相手だとやりにくいのう・・・。その通りじゃ。妾一人では立場もあって諸外国との架け橋になるのに無理がある。外務大臣が出来る事にも限界があるしのう。そこでザック殿にその一端を担って貰いたいのじゃ。アーデンや周辺地域をザック殿の領地とすれば、今後何かと行動しやすくなるうえに諸外国の王とお会いする時に身の証が立ちやすくなる。』
ザック:(うわぁ・・・こりゃ逃げ道無いじゃないか・・・。となれば独立国の話も進んでるって事かな?どう考えてもこれはその前段取りだろうな・・・それならちょっと大きく出てみるか・・・。)
ザック:『・・・分かりました。お受けしますが、その代わり俺の領地をリースまで拡張して下さい。』
ベルクレア:『良かろう。しかしザック殿、何故にリースに拘るのじゃ?』
ザック:『リースは発展の最中で、治安が不安定になりやすい傾向があります。町を大きくするにしろ、この問題を解決するには国の法だけでは不十分だと思うのです。移民の町には条例という自治法が使えますが、リースにはそれが無いのです。』
ベルクレア:『なるほどのう。そういう事ならばいっそ、その辺り一帯の平原・集落・農地を囲んだ地域を全てザック殿の領地としよう。どこも盗賊等が身を隠す可能性がある場所じゃ。』
ベルクレアが地図を円で囲んだのはアーデンを中心にした広大な土地であった。
そこにはアーデン・移民の町・リース・イブ・ランス、他にも小さな町や村や集落が幾つも含まれている。
農地・森・山岳地帯までを含む土地の面積はほぼ日本と変わらないほどの広さだった。
ザック:(こりゃちょっとした国の面積だな・・・。確実に建国を想定した範囲だ・・・。)
ザック:『つまり俺の領地面積の中にロムネイブ家の領地があるという事ですか・・・良いでしょう、どのみちロムネイブ領も俺が統治する訳ですしね。それで自分の領地は俺が好きに使っても良いんですか?』
ベルクレア:『無論じゃ。但し条件もある。解っておるとは思うが、国家への反逆や領民への圧政は厳禁じゃ。勿論資源の過剰な採掘で自然を破壊する事も許さぬ。そして無条件に他国からの移住者の受け入れをする事が条件じゃ。』
ザック:『つまり移民の町と同様に移民の受け入れをしろという事ですか・・・分かりました。ではこのエリアをエルベスタ領として頂きます。』
ザック:『ってな訳で、このエリアが俺の領地となった。』
屋敷に戻り、地図を開いて屋敷の全員に領主になった事を告げた。
アン:『こ、この一帯全部がザックの領地だっての!?』
メル:『凄く広いですね・・・。』
ローラ:『こんなに広い領地を持つなんて、そこらの貴族でもそうは居ませんよ・・・。』
ザック:『一応ギルドや騎士局にも数日後には通達が行くらしいし俺からもギルドに出向くけど、来客が結構増えるかも知れないな。』
サリー:『来客の事でしたら御心配無く、予定を組んで順番に面会出来る様に調整しますので。』
サリーは元貴族の執事だけあって、この手の仕事は得意な様だ。
ザック:『それと帝国の皇帝が来訪するらしい。友好条約の締結式典に俺も参列する事になった。日取りが分かり次第連絡が入るから、予定を調整しといてくれ。』
サリー:『畏まりました。』
アン:『何かもう普通の冒険者に戻れない感じよね・・・。』
ザック:『アン、俺だってこんな事したく無いんだからそう言うなよ。』
メル:『でもこれからは忙しくなりそうですね・・・ザック様に媚びを売ろうとして来る輩が増えそうです。』
ザック:『嫌な事言うなよ。現実になったら面倒だろ?』
数日後、王国全土の騎士局と兵士局、並びに各ギルドに通達が有った。
アーデンでは大騒ぎになり、無論ザックは冒険者ギルドに呼び出された。
カリン:『ザックさん!これは一体どういう事ですか!?』
ザック:『元はと言えばカリンさんがダンジョンの調査に行かせた事が原因なんですよ?』
カリン:『それはそうでしょうが、これからはザックさんの扱いに困ります!普通の冒険者としては扱えませんよ!?』
ザック:『普通の冒険者で良いですよ。このギルド所属のネームパーティーなんですから。』
カリン:『だってこの周辺一帯の領主様なんですよ!?つまりは貴方がこの辺で一番偉い方なんですよ!?そんな方を冒険者として扱える訳が無いじゃないですか!』
ザック:『俺が領主になったからって変える事なんて何も無いじゃないですか?今のままで結構ですよ。』
カリン:『しかしこのアーデンは今まで領主が居なかったんですよ!?』
ザック:『名誉騎士団になった時だって似た様なもんだったじゃ無いですか。じゃあ何ですか?領主命令でもしないと普通の冒険者として扱って貰えないんですか?』
カリン:『ごごごごごご命令とあらば!』
ザック:『いやいや、落ち着きましょうよ・・・。』
カリンが動揺するのも無理は無かった。
この世界においての領主とは其処らの貴族とは各が違う。
領地を国王から任される領主は、貴族の中でもより上位な者として位置付けられるからだ。
名誉騎士団に関しては特別な立場の冒険者として見られる事は多いが、実際に貴族としての権利は存在しない。
ザックが領主となった事で、事実上伯爵と同等かそれ以上の権力を手に入れた事になる。
つまりは名目上は名誉騎士団で、事実上は伯爵の身分となった訳だ。
既に王宮内の貴族の間でもザックの事はエルベスタ郷と呼称されていた。
ザック:『とにかく当面は今までと変わらない扱いでお願いします。』
そう言い残してザックはギルドを後にした。
リースでは領主が出来た事によって法の縛りが強くなる事を気にする者達が多かった様だ。
ザックは領民に対しての説明をする為に、各地を廻る事にした。
お読み頂き有り難う御座いました。




