第八十九話 『海底都市アルナムス』
竜魔族の国がある大地の裂け目から海の方へ向かい、蒼く広い海へと沈んでいく。
巨大な人魚が本来の姿である大精霊シンシンの能力があれば、普通であれば潜れない所まで進むことができる。
深く深く深く、ずっと進んで行くと、光が届かないはずの海の底に光を放つ巨大な都市が現れた。
海底都市アルナムス。ムガルが避難に選んだ場所は、文字通り海の底にある都市であった。
「入り口はあそこか」
『アキラ、あそこに門の所を行ったり来たりしてる人影が見えます』
シンシンの指す先には入り口があり、大きなアーチ状のゲートがあるのが見えた。
その門柱と門柱の間を行ったり来たりを繰り返す人物の姿があった。
「とりあえず降りてみる」
『そうね』
アキラが門の方向へ向かって進んだその時だった。
「なんだこいつは…!!?」
『おっきなイカさんですね』
吸盤の大きさだけで人一人包み込んでしまうほどに巨大なイカはゲートの前を守るようにゆらゆらと腕を伸ばした。まるでアキラがここに入るのを阻むように。
「うーん、どうするかな」
『ここは私にまかせてください』
そう言うとシンシンは普段のマスコットサイズから元の巨大な人魚の姿へと変わった。
『私は遥か遠きシレーネの海より来た精霊シンシン。アルナムスの守り人よ、私と主を通してはくれまいか?』
イカは目を細めて訝しげな顔を一瞬してみせたが、その後すぐにその巨体を横へとスライドさせて中へ入るように腕をクイッと動かした。
『感謝する』
「ありがとな」
こうしてアキラたちはアルナムスへ入ることができたのだった。
ゲートをくぐると先程まであった水が一切無く、普通に息が出来るのが確認できた。
「おお、アキラさん!」
先程までゲートの前をうろうろしていた人物が話しかけてきた。
言わずもがなデープであった。
「待たせたなデープ」
「無事でなによりぐぷ。あの、フラールはどうしたぐぷ?」
その言葉に胸が締め付けられる。
「死んだ。フラールの希望で弔いは故郷で済ませた」
そう言って懐にあったフラールの右角を出してデープに見せる。
するとデープは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにキッと真面目な顔になった。
「この先は我も無事では済まないかもしれないぐぷ。その時は、アンジェとむぅさんをよろしくぐぷ」
「デープ、縁起でもない事言うなよ」
その後はデープに連れられてアルナムスの中心部へと向かった。
途中で何人かこの都市の住人を見かけたが、どうやら彼らは少数ながらここアルナムスに住んでいる海魔族と呼ばれる種族らしい。竜魔族とは古くから付き合いがあり、今回の邪蛇の手の者による襲撃で避難場所を提供してくれたのだ。
「おお、アキラよ。ムガルは無事を確認できて嬉しく思うぞ」
アルナムスの中心部にある広場に仮設の住居ができていた。先に避難していたムガルたち竜魔族がアキラを迎えたのだった。
「お兄さん、おかえりなさい。無事でよかった…」
「アンジェも大事ないようで」
そうしていると他の竜魔族の人たちがぞろぞろとアキラたちの元へと集まってくる。
「すまぬアキラよ。ムガルたちは故郷がどうなったのかを知りたい。」
「ところどころ損傷はしてるけどすぐに戻れると思う」
「ふむ、ここに避難に来ておらぬ竜魔の兵たちは?」
「みんな死んだ。生き残ったのはここに逃げ込む事ができた兵たちだけだと思う。亡くなった兵は全て埋葬してきた」
「うむ…そうであったか。国の為に散った者たちを手厚く供養してくれたアキラに、ムガルは感謝をする。今は、皆で祈ろう」
ムガルの一声で竜魔の人々が一斉に戦死者への祈りを捧げた。
そしてしばらくしてからムガルがアキラへ向けて言った。
「アキラよ、これからどうするつもりだ?」
「獣魔の国と幽魔の国へ向かう。邪蛇の行方が掴めてない以上出来ることからやっていく」
それを聞いたムガルは何度か瞳を開けて閉じてを繰り返した。
「ムガルたち竜魔の民は戦力の大半を失ってしまった。このような事を人の子であるアキラに頼むのは申し訳がないのだが、アキラはムガルたち竜魔よりも遥かに強い。ムガルたちの代わりに邪蛇を討ってはくれまいか」
「元よりそのつもりだ。あいつを野放しにはできん」
「ありがとう。ならばムガルの、竜一族の力をアキラに託そう」
アキラに向けられたムガルの手のひらから光の玉が飛び出す。それはアキラの胸へ当たるとゆっくりと体の中へ沈み込んでいった。
「フラールの鬼一族の力と同じだ」
「ムガルたち竜魔はその者を家族と認めた時、力を託す事ができる。竜魔一族の力、存分に使うと良い」
ムガルに託された力も、フラールから受け継いだ力も現状使い方がわからない。
二人から託された力をうまく使えるのだろうか。
「とりあえずお兄さんさ、今は休みましょう?」
アンジェにはフラールの事を伝えていない。だが彼女は頭がいい、きっとフラールの事も察しがついていることだろう。
それでも自分を気遣ってくれるアンジェの優しさが、アキラにとってはなんだか心苦しかった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ではムガルさん。俺たちはこれで」
アルナムスの出口でムガルたちに向けて言った言葉だ。ゲートの前には荷支度を済ませたアキラとデープとアンジェ、そして霧夢が並んでいた。
「本当にもう行ってしまうのか?」
「こうしてる間にも邪蛇の力が世界を侵食している。急がないと」
「悪い夢いっぱいなの」
アキラの後に霧夢が続いた。
「あーあ、お兄さんを元の世界に戻す手段を探す旅のハズが、大変なことになっちゃったわね」
「まあまあ、アキラさんは我々の恩人でぐぷ。邪蛇の脅威も放っておけないぐぷよ」
アンジェがつまらなさそうにつぶやくとデープがそれを諌めた。
「じゃあ、本当にこれで失礼します」
「ムガルは、君たちの健闘を祈っている」
そう言ってアルナムスのゲートから飛び出したアキラたち四人はシンシンの作り出した泡に包まれて海上へ急浮上する。
下ではムガルたち竜魔の人たちとゲート守の巨大なイカが手を振っていた。
邪蛇から全てを救う為に、アキラたちは次の獣魔族の国へ急いだのだった。




