第八十一話 『三精霊復活』
訓練開始から結構経った。日にちや曜日等全く数えていないのでどれくらいの期間か詳しくは分からないが、一ヶ月近くは経ったのではないかと思う。
今日もいつも通りにベラニエールを振るアキラの様子を、本を静かに読みながらアンジェが見守っていた。
「お兄さん、ここで重大なお知らせがあります」
アキラがベラニエールを振るのを止めてアンジェの方を見る。彼女の横にはいつの間にか数十冊の本が積み重なっており、それらが今日の訓練が長い時間行われた事を物語っていた。
アンジェは最後の一冊をパタリと閉じて縦に積まれた一番上へとそれを置くと続けて言った。
「お兄さんのマナ回路、これでもかってくらいボロボロになってるよ」
アキラの頭に?の文字が浮かぶ。マナ回路?初めて聞く言葉だ。
「マナ回路って何?」
「え…それも知らずにマナ操作してたの…?」
アンジェは唖然とした顔をしていた。そんな事を言われても仕方がない。知らないものは知らないのだ。
「フラールに返した時に、完全に壊れちゃったのね、まあいいけど!とりあえずマナ回路の修復をしないと、精霊へのマナ供給もままならないだろうから、早急に対処しましょ」
「おう、頼むぞ」
デープが言ったとおり、アンジェの能力は非常に素晴らしいものであった。あの日以降アキラの体調に合わせてアンジェが訓練の日程を組んでくれたのだ。その通りにやってきたのだが、とても体の調子が良い。以前よりも動けているかもしれない。
「マナ回路って言うのは魔術を行使する為に人体にあるマナの通り道みたいなものよ。それが今詰まっちゃてる状態なの。今までは体がへなちょこだったから無理して回路を復活させるのは難しかったけど、今ならいけるはずよ」
「へなちょこってなんだよ!まあヘタってたからへなちょこで間違いはないんだろうけど…。で、回路を復活させるにはどうしたらいい?」
アキラが言い終えると同時に段差に腰掛けていたアンジェが下へ飛び降りた。そのままとてとてと近寄ってくるとアキラの両手を持ったのだった。
「あたしが無理やりにこじ開けるわ。お兄さんは我慢するだけでいいのよ」
「我慢?何を?」
アキラがキョトンとして聞き返すとアンジェが不敵に微笑んだ。
「もちろん、“痛み”よ」
その直後、アンジェから鋭いマナの流れが来るのがわかった。そして彼女から流れてくるそれが、アキラの中に詰まっている“何か”を無理矢理に押し流そうとしているのが感覚的にわかった。
そしてアキラはとてつもない激痛に襲われる事になる。
「うがっ!?あいてててててて!!」
「もう少しよお兄さん!頑張って!!」
「いい、痛みがなんぼのもんじゃいっ!!」
バリバリと電気が流れるような痛みに耐えていると、アンジェから流れるマナの流れが少しずつ穏やかになっていった。
「緩めたか?」
「いや?そろそろ開通が近いんだと思うけど」
しばらくそのままにしていると痛みがだんだんと引いて行った。痛みが引くと、詰まっていたものがすっかりなくなって以前と同じマナの流れを感じ取ることができた。
「はい、回路の詰まりは治ったかしらね。破損箇所の修復は…、もうやってくれてるみたいね」
アンジェがアキラから手を離すと、前に出されたアキラの手のひらで水がぴちょんと跳ねた。
「シンシン!お前が回路の修復を?」
『うきゅきゅうッ』
そして直後に頭に少しばかりの重みと「がう」と言う鳴き声が聞こえた。
「ルフニール、心配かけたな」
『がうがう』
気にするなと言わんばかりに尻尾をアキラの首筋にペシペシと叩きつけた。
そしてそんな二人とは対照的に巨体を横たわらせて寝そべる狼へアキラは近付いた。
「ココルル、世話してくれたみたいだな。ありがとう」
『私とアキラの仲でしょ、気にしないで。まったく、ヴィント様たちはアキラに無理させすぎなのよね』
今この場にはいない女神たちに向けて不服そうに鼻を鳴らした狼の喉を撫でると、大きな口の奥からグルルルと喉が鳴る音がした。
三人との久々の再会を喜んでいると騒がしく階段を駆け下りてきた者がいた。
「アキラ!飯を持ってきたぞ……ってうおぁああ!!でっかい狼なのだ!!」
着物を細長い布で縛った給仕係の格好をしたフラールが訓練場に来るや否や驚きの声を上げた。彼女は最近になって、日々訓練を行うアキラの為に訓練場に食事を持ってきてくれるようになっていたのだ。
「フラールはこの姿のココルル見たことなかったっけ?」
「知らん知らん!人の姿しか見ておらん!ココルルお前すごいなぁ!」
そう言ってココルルに抱きつくフラール。当のココルルは寝転んだ状態でフラールにされるがままである。
「そう言えば、黒マナの影響は大丈夫なのか?」
『ゲートくぐってこっちの世界に来た時は濃かったけど今はさっぱりだね。何の影響もないよ。それよりもアキラ…』
「皆まで言うな、飯が食いたいんだろう?俺が作ってやるよ」
「うーわ、やったぁー!!」と叫びながら巨大な狼の体から人の姿へと変わったココルルはフラールをぶら下げたまま走り去っていった。フラールの悲鳴が上階へと遠のいていった。
「ありがとうな、アンジェ。何から何まで」
改めて礼を言って頭を下げたアキラ、それと一緒に右肩のシンシンと頭の上のルフニールも礼をする。
「ふふっ、いいのよ。あたしの力が役に立ってよかったわ。また頼ってよね」
アキラより少し背が低いアンジェがそんな事を言いながら脇腹を肘で突いてくる。
アンジェにされるがままのアキラは「これからも頼むよ」と笑って返事をしたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ではでは~、ココルル、シンシン、ルフニールの復活を祝いましてぇ~、かんぱ~い!!」
フラールが酒の入った木製のジョッキを掲げながら乾杯の音頭を取った。
それに続いてアキラとデープとアンジェ、そして三精霊がジョッキを掲げた。
「ココルル、完ッ全ッ復ッ活!アキラが頑張ったお陰ですなぁ!」
「予定より回復が早くて驚きです…」
「さすが吾輩が見込んだ男だ」
三人が口々にアキラの評価をする。アキラはなんだか照れくさくなって果実のジュースの入ったジョッキへ口をつけた。
「しかし、ズタズタになってたお兄さんのマナ回路も瞬時に回復しちゃうなんて凄い力ね」
「ええ。アキラの体を識り尽くしてるからこそできる精霊術ですね」
「へぇ、識り尽くした、ねぇ…?」
「なんですか?」
「なんでしょうね?」
何故かアンジェとシンシンの間で火花が散っていた。女性の心情は相変わらず分からない。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着くぐぷ。せっかくアキラさんが料理を作ってくれたのですから、いただくとするぐぷよ!」
タイミングよくデープが料理を小皿によそって二人へ差し出した。ナイスフォローだぜデープ!
「ん、じゃあ続きはまた今度ね、シンシン?」
「望む所ですよ、アンジェさん?」
デープが気を利かしてくれたお陰で、火種が大きくなる前に鎮まった。デープに小さく感謝を伝えると軽く頷き返してきた。
「さてさて、二人が今デープから受け取ったのは世にも奇妙な食べ物コロッケだ。揚げたてで熱いから気をつけて食えよ!」
アキラの言葉を聞いたアンジェは頭の上に?を浮かべていたが、一方シンシンは皿の上のコロッケを確認すると目を輝かせた。
「アキラが作ったコロッケ…!アキラ、ソースはありますか?」
「メロディ特製のソースだろう?あるぞ」
水に棲むヘビの様な生き物の皮で作った入れ物の中に例のソースが入っている。それをマジックバッグから取り出して渡すと、シンシンはコロッケに容赦なくソースをかけた。
「え、なになにその黒い液体は!?お兄さん、あたしにもそれを…」
「ダメです。初心者はまずコロッケ単体で食べてください」
アンジェは、自身の口の前にビッと指を立ててきたシンシンに恨めしい視線を送ってからコロッケを口へと運んだ。そして次の瞬間アンジェは目を見開き叫んだのだった。
「さくもふッ!?」
「あ、味の感想を言うぐぷよー!こうなったら我も食べるぐぷ!!」
アンジェの反応を見るや否やデープがコロッケを食べた。そしてアンジェと同じく目を見開くと皿と匙をゆっくりと置いてわなわなと震え始めた。
「こ、これはッ!?サクサクの食感かと思いきや、中はホックホクの波が押し寄せてくる。これはもしや馬鈴薯ぐぷ?馬鈴薯に丘ヤギの乳で作ったバターを絡め、コーシュの実でアクセントを付けているぐぷね!?サクサクの確固とした食感の中に、馬鈴薯の優しい甘みとうま味がある…、まるで作り手を表しているかのような、アキラさんの強く優しい心のような料理!実に、実に美味ぐぷゥ!!」
「デープ、お前食レポ上手すぎない?」
デープに小さくツッコミを入れたアキラの横でアンジェがハッと意識を取り戻した。しばらく呆然としていた彼女は、視線をコロッケに戻すと更に一口を口に運んだ。
「何なのよこれは…!お兄さんってばハンバーガーと言い唐揚げと言い、まるで異世界のモノみたいな料理ばっかり作るわね!?」
「その通りなんだけどな」
アンジェにそう返しながらソースをかけてやった。アンジェはコロッケにかけられた黒いソースに鼻を近づけてくんくんと匂っていた。
「果物のような、香辛料のような不思議な匂いね」
「我にも、我のコロッケにもかけて欲しいぐぷ!」
冷静にソースを分析するアンジェとは対象的に興奮気味のデープが皿を差し出してきた。ソースをかけてやるとデープは間髪入れずに口に放り込んだ。
「こ、これはッ!!香辛料と果実の絶妙な調和!マルネギを低温で炒めてどろどろにしたものを入れてあるぐぷね!?」
入っている物が食べて分かる程度にはデープもグルメなのだろう。喜んでくれているようで良かった。
「余も!」
既にコロッケを数個食べ終えたフラールがソースをかけろと皿を突き出してきた。アキラの手によってゆっくりとコロッケにかけられるソースに、フラールの視線は釘付けになっている。
「アキラ!早くしないとココルルに全部食べられてしまう!」
「狼だけじゃなく俺も食っへふしなァ!はふはふ!!」
フラールの言葉に被せるようにココルルと並んでコロッケを貪る男がいた。
「は!?なんでお前が居るんだよ!?」
アキラが叫んだ先には赤髪赤眼全身赤色の服の男、闘神ベラニエールがコロッケを口いっぱいに頬張っていたのだった。




