第七十九話 『これまでの事とこれからの事』
フラールが城主を務める鬼族の城をデープに支えてもらいながら歩く。城内はアキラの故郷の城郭と同じような作りでそうなれば浴場は露天風呂なのではと少し期待をしていた。
「ありがとなデープ。手伝ってくれて」
「なぁに、これくらい手伝いますぐぷ」
デープの身の丈はアキラより若干低い程度で、支えてもらうのにちょうどいい高さであった。一応は自分の足で歩いているので、あくまで転けない為の補助であるのだが。
「さっ、フラールの話ではこの先に…おお、ここではないぐぷか?」
デープが指差す先にはモクモクと湯気が出ている入り口があり、言うまでもなく「湯」と書かれた暖簾がかかっていた。
「うわぁ、文字が違うだけでほぼ同じじゃないか」
「ん?どうしたぐぷか?」
「いやいやごめん、こっちの話」
暖簾をくぐると脱衣所のスペースがあり、木の扉を開くと期待した通りの見事な露天風呂が広がっていたのだった。
「さて、我は書き仕事をお願いされているぐぷからこれで失礼するぐぷ。くれぐれも滑って転んだりしないようにぐぷね」
そう言って身を翻したデープに「ありがとう」と言って、脱衣所のカゴへ服を投げ入れた。そして未だ上手く力の入らない体を動かして体を流した。
「はぁー、あったけぇー」
そして布で擦って一ヶ月分の体に付いた垢を流したのだった。
「あー、やっぱり体動かねぇから後ろが…」
「洗えないだろうから余が手伝いに来てやったぞ」
ぎょっとして後ろを振り向くと、素っ裸のフラールがそこに立っていた。お世辞にも豊かとは言えない体を目の当たりにしてしまったが、大事なところは湯気で隠れているので無問題(?)だろう。アキラは咄嗟に体をこすっていた布を腰へ巻く。
「お前何入ってきてんだよ!?こっち男湯だろ??」
「男湯…?ちょっと何を言っているのかわからないな。この城の浴室はここしかないぞ」
「あ、なるほど」
手をぽんと叩いたアキラは無理矢理に考える事を辞めた。所謂、納得はしていないが状況を理解する事は出来たと言う感じだ。
そしてそそくさと浴室を出ようとしたアキラであったが、
「だーかーらー、余が流してやると言っているだろう!ほら、布をよこせ!」
フラールに腰に巻いた布を掴まれた。相手が女であれ今のアキラでは力負けしてしまう。しばらく抵抗していたアキラだったが根負けして風呂椅子へと座り直した。
「わかった。背中は頼んだ。前は自分でやるからな」
「そうだ、それでいい。最初から素直に従っていれば良いものを」
誰かに背中を流してもらうのはとても久しぶりだ。フラールはアキラの背中をまんべんなく綺麗に流してくれた。
「どうだアキラ。余の背中流しは上手いだろう?」
「ああー、いい感じだな。フラールはいい嫁さんになるな」
「ああ、余は良い嫁になる!これからよろしく頼むぞ!」
フラールの返答に疑問符の残るアキラであったが、背中を流してもらう気持ちよさにその疑問もどこかへ行ってしまった。
「一通り洗っただろう!さあ我が城自慢の風呂へ浸かるが良い!」
フラールに促されてそのまま露天風呂へと入った。温泉は薬湯のように濁りがあり、温度はちょうど良い加減で肩まで浸かるととても心地が良かった。
「水魔術の体力回復効果とマナ供給の効果があるのか。凄いなこの温泉」
「ふふふ~ん。そうであろう」
得意げなフラールもいつの間にか温泉へ浸かっていた。ここまで体が不自由だと、最早フラールが一緒に風呂に入る事にツッコむ気すら起きない。
「どうだアキラ。さっぱりしたか?」
「お陰様で。ありがとな」
アキラが素直に感謝を述べるとフラールは満足そうに鼻を鳴らしたのだった。
「余が倒れた時は介抱してくれよな」
「そんな事言うもんじゃないぞ」
「世話してくれないのか?」
「いや、そりゃ世話くらいしてやるさ」
「ふふん、頼むぞアキラ」
その後はどうでもいい会話を少しだけしてから浴場を後にした。
フラールと一緒に廊下へ出る所をちょうど迎えに来ていたデープに見られてしまった。
「ふ、二人で!?ど、どこまでやったぐぷか!?どこまで、ぐぺっ!!」
などと言う下世話な質問をしてきたのでとりあえず首筋に手刀を入れておいた。
許せデープ。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋へ戻ると、既に準備していたであろう使用人たちが次々に料理を運び込んできた。
「いいのか?その、食堂とかじゃなくて」
「気にしなくていいわよ!お兄さんは病み上がり、いや、寝起き?まあ、とにかく気にしなくていいのよ!」
アンジェがそんな事を言いながら手を引いてくれた。さぁさぁと促され席に着くと全ての料理が並んでおり、あとは食べるだけの状態となっていた。
「いただきます。さて、食べながらで良い。アキラ、眠っている間に何があったのか話してくれないか?」
フラールが大きなエビの殻を背中でボリンと剥きながらそんな風に切り出した。
「わかった。じゃあ説明するな?」
アキラは女神との邂逅、そして世界の成り立ち、今までに起こったこと、三大厄の存在の話をした。話を聞き終えたフラールとデープはすっかり落ち込んだ顔になってしまっていた。
「余は、無意識にとんでもないことをしていたのだな……」
「我も、ルクシオス家の者に顔向けできないぐぷ……」
「邪蛇の黒いマナは人の精神を狂わせ、獣を魔獣に変える。鬼人も獣魔人も例に漏れずだろう、仕方のないことだ。今後何が出来るかを考えよう」
そう返したアキラの言葉にフラールもデープも、そしてアンジェまでもが驚いていた。
「アキラ…今何と言った…?」
「ん?どれの事だ?キジンとジュウマジンも例に漏れず…」
「それぐぷ!!」
デープが叫んだ。自分の発言に何か問題があったのかと身構えるアキラ。
「我ら魔族を人と呼んでくれるのかと…感激したぐぷ……!!」
「うむ、うむ!!余は嬉しい…!!」
「あたしは!?妖魔族は!?」
「ええ…妖魔人かな…?」
「素敵!!」
デープとフラールに続き、アンジェも乗ってくる始末。一体どういうことなのだろうか。
「余は、いや、魔族のほとんどの者が人族からどのように思われているのか気にしているのが本音だ。アキラは余のような人族から見れば異形の者も人と呼んでくれた。余はそれが嬉しい」
デープとアンジェもしきりに首を縦に振っていた。
「まあ、魔族も人族もお互いに誤解してる所があるだろうから、俺はその橋掛かり的な存在になれたらと思うよ」
その後は三人からしきりに料理を口に詰められる謎の歓待を受けた。正直食べすぎた。
「とりあえず、当面の問題は邪蛇ね」
口元を布で拭きながらアンジェが言った。
「そうぐぷね。なんとか各国の王の力を借りたいぐぷ」
「それならほれ、妖魔族のリアラは協力してくれるだろうし、余も鬼族の王として協力は惜しまん。邪蛇に一泡吹かせないとだな!」
「我も、獣魔族の王に話をするつもりぐぷ」
二人共協力的な姿勢でとても意気込んでいた。
「俺はまず、ココルルたちを起こさないとだな」
「余も力を取り戻さねば…」
フラールの言葉にアキラはふと思い出す。そういえばフラールの力を奪ったままであったと。
「忘れてた。フラール、頭をこっちに向けて」
「んむ?こうか?」
素直に頭を差し出したフラールの角に触れると、アキラはそこからマナを送り込んだ。
マナを送り込まれた角が輝き始め、そして彼女の体も仄かに光り始めたのだった。
「え、なになに!?お兄さん何したの!?」
「うおっ、眩しいぐぷ~っ!」
アキラがフラールの角から手を離すと更に一瞬強く輝いた。そして光が収まる頃に皆がフラールを見ると。
「かっ、体が!」
「大きくなってるぐぷ!!」
アンジェとデープが驚きの声を漏らす。マナを送り込まれたフラールは以前と同じ体の大きさに戻っていたのだった。
「おお!戻った!余の力がもどったぞ!」
「それで大丈夫か?体調がおかしいとかない?」
「全くだ。以前より全然良い!」
もともとフラールの体にあったのは邪蛇に汚染された黒いマナだったのだが、それらは長い時間をかけてアキラの中で浄化されていた。すっかり毒気の無くなったマナを、おまけを付けてフラールへ返しただけである。
「しかし、こんなとてつもない量のマナを送って…アキラは大丈夫なのか…?」
「おう、全然大丈夫。うち両親がタフだからな」
「へー」
アキラは適当な理由を言って誤魔化そうとしたのだが、フラールたちが追及してくることはなかった。実際両親が(いろいろな意味で)タフなのは間違いではないが。
この日はそれでお開きになった。
ベッドに潜り込んだアキラは天井を見上げて考え事をしていた。
「さて、何からはじめようかね」
「やれることからやったらいいんじゃない?アキラいつも自分でそう言ってるでしょ」
その言葉を放ったのは他でもないメロディちゃん人形だ。今この場において彼女以上にアキラの心の支えになっている存在はいないだろう。
「本当にメロディみたいだな」
「前も言ったでしょ。あたしはコピー体だけど、思考も能力も全部オリジナルと一緒よ」
ベッド脇のテーブルの上でふふんと胸を張るメロディちゃん人形。その仕草の全てがメロディ・リンデット本人と同じであった。
「そろそろあの子が来るからあたしは寝るわ。またねアキラ」
「あの子ってフラールか?てかフラールに関してはノータッチなのか?」
メロディちゃん人形は顎に手を当てて少し考えてから静かに呟いた。
「これは本妻の余裕ってやつよ。オリジナルもきっと同じだわ。じゃあね!」
そう言うとそそくさとカバンへ潜り込んでしまう。
そしてメロディちゃん人形の言ったとおり、そろりと扉を開けてフラールが部屋へと入って来たのだった。
「おほー、今日もぬくぬくベッドだな!アキラは…寝ているな!よしよし、では失礼して…」
最早ツッコむ気にもならず、アキラは狸寝入りを決め込んだ。そうしているうちにいつの間にか眠りへと就いたのだった。




