第七十六話 『一方その頃』
フェル爺が死んだ。
その知らせはゼーカルマール領から王都ルフニエルに入った時に聞かされる事となった。アキラが別世界への扉の中に行ってしまった後、無事帰還した私たちはお世辞にもいい雰囲気ではなかった。そこに畳み掛けるようにフェルゼーの訃報、私たちはもちろんルフニエル王国民の全てが身体的にも精神的にも疲弊していた。
「フェルゼー老師は、最後まで前線で戦ったようだね。生涯現役が口癖だったんだ、あの人らしいね」
王都ルフニエルに戻ると、東門の外に魔獣ハンター協会の支店長、アリアーネが待っていた。ルフニエル王国軍が前線へ行っている間、魔獣ハンター協会のハンターは近隣の町や村の支援や避難の為に各地へ走っていた。その全てを指揮していたのがアリアーネであったのだ。
「フェルゼー老師の事は全て私に任せてほしい。葬儀も少人数で行う。もちろん君たちには参加してほしい」
アリアーネはそれだけ言うと再びハンターの派遣などの業務へと戻ってしまった。
悲しんでいる暇などない。今は何よりもこの戦いで傷ついた人たちのフォローをしていかないといけないのだ。
「やあ、君がメロディだね。アキラが世話になってたみたいで」
「助けに行けず申し訳ない。無理をさせてしまったな」
私たちに声をかけてきたのは彼とよく似た風貌の男性と褐色肌に白い髪の女性だ。言うまでもない、この人こそ亜人戦争を終わらせた英雄、大賢者シーヤことヤクモ・シモツキ。そして聖騎士ロゼッタ・クルールォ。
「みんな酷い怪我だ。ヤクモ、治療を」
「ああ。スンスン、頼めるか?」
『えーえー、こちらの二百人余りが終わったら直ちに!』
二人はそれ以上何も聞かなかった。アキラの事も二人が一番辛いだろう。それでも私たちに気を使ってそれ以上を聞くことはなかった。
私はたまらず声を出した。
「あの…、アキラは…!」
「いい、それ以上は言わなくていい」
不意にロゼッタに抱きしめられ、そんな事を言われた。
「一つだけ聞かせてくれ。あの子は、アキラはヒーローだったか?」
「えっ…?」
「アキラはヒーローになりたがっていた、小さい頃は特に。アキラは、メロディのヒーローになれていたのか?」
「はいッ!アキラはあたしの…あたしたちのヒーローでじだッ!!」
「ならいい。アキラはきっと、他の何よりも“アキラらしく振舞う事”を選んだんだ。だからそれ以上は何も言わなくていい。涙も堪えなくていい。胸を貸してやろう」
彼女に言われるがままに、私は英雄の腕の中で泣き崩れたのだった。
フェルゼーの葬儀は翌日執り行われた。
フェニクレインを含めた私たち六人、アリアーネ、三英雄の三人、そしてスルグ村のスラージ、後は王宮の偉い人たち数人のみの静かな葬儀だった。
棺の中のフェル爺はとても安らかで、満足気にも見える顔をしていた。
「フェルゼー老師は頑固な人でした」
アリアーネが最後のお別れの言葉を代表して言った。
「老師はアンデッド相手にマナが枯渇するまで、残りの命を削ってまで戦った。実に老師らしい、素晴らしい最期だったと思います。だからこそ私は悔やむのです。何故、私を連れて行ってくれなかったのかと、私がいれば老師が倒れることもなかったのではないかと。ですが老師は頑なに同行を許してはくれませんでした。お前はお前の仕事をしろと、最期まで頑固でした」
アリアーネの言うことが痛いほどにわかる。大切なもの程失った後の喪失感は大きい。アリアーネにとって同じ耳長族であったフェルゼーは家族のような、いや父親のような存在であったに違いない。
私もできるならば、ついて行きたかった。
「しかし、老師は常日頃から言われていました。“過去を見て悔やむのも、目の前の物だけしか見ないのも最善ではない。もっと先を見据える事こそ最善に最も近い選択だ”と。だから私は私の最善を尽くします」
その時、微かなマナの流れを感じ取った。それはアリアーネの後方、フェルゼーの眠る棺からであった。
「私は老師の教えを忘れず!!」
私の他にもその場の微かな変化に気付いた者がいた。親友であり恋敵、モミジ・クレハであった。モミジは私と目が合うとそっと耳打ちしてきたのだった。
「のう、メロディ。わしにはフェルゼーのマナの動きが感じ取れるんじゃが、これは一体…」
「大丈夫モミジ。あたしにもわかる」
その後キールやロイス、キクの方へ目配せすると皆が目を見開いたままこちらを向いて首を縦に振っていた。
これはもしかしたら…
「これからも長耳族のアリアーネ・エメリッヒとして!!」
直後、棺からむくりと何かが起き上がる。
「あのー…」
「また魔獣ハンターの支部長としても!!」
「あの、アリアーネよ……」
「私は私の考える最善を、老師から学んだ最善を!!」
「わし生きとるんじゃが…あのー…」
死装束に身を包んだフェルゼーが起き上がり、アリアーネに声をかけたのだった。
「ああ、老師の声が、今も聞こえてくるようです!!」
「わし生きとるって、生きとるって言っとる」
「ああ、老師が生きていた時の事が思い出される!!」
「生きとるって言っとる!言っとるじゃろう!」
ちらとキールを見るとやれやれと言う顔をしてアリアーネに向けて言った。
「なあアリアーネさんよ、後ろを見てみな」
「ん?後ろ…?」
アリアーネが振り返るとそこにはイエーイと言いながらピースをして棺の上に座るフェルゼーがいたのだった。
「あれ……ん?老師…?」
「そうじゃアリアーネ、わしは生きとる。マナを使いすぎて危ない所だったのは確かじゃが生きとるぞ」
「え、ちょっと待てよ。頭が混乱してき…ふぁ……」
突然のことに混乱したアリアーネはお手本のように棒立ちのまま倒れたのだった。
「いやぁ心配をかけてしまったのう。すまんかったすまんかった」
いつもの清掃員の服を着たフェルゼーはあっけらかんとした感じであった。
私たちもびっくりはしたが、それよりもフェルゼーが生きていた事を喜んだ。
「して、アキラの姿が見えんが…。何かあったのか」
「アキラは向こうの世界に行った。ゲート自体がこちらからは閉じられない仕様になっていたらしくてな。それを閉じるために行ったらしい。現状こちらとあちらが繋がるのは最悪の厄災が起こりかねんから、良い選択ではあったな」
「魔族がこちらの世界を欲しがるのもわかる。先人は身勝手な理由で魔族を排除していたしな。やはり私たちで終わらせておくべきだった。せめて神剣の能力が通用すれば良かったが」
「あの子には本当に、苦労ばかりかけてしまうわね……」
フェルゼーの言葉にはヤクモとリン、リーゼロッテが返した。三人の言っている事はいまいち分からない。だがフェルゼーは顎に手を当てて少し考えるとボソリと呟いた。
「可能性はあるか…。とりあえず皆休むことじゃ。しっかり休んで落ち着いたら各々の仕事をしてもらいたい。というわけで解散!」
手をパンパンと叩いたフェルゼーの元を離れ三英雄とも別れた後、私たちは今後の事を話していた。
「皆、これからはどうするんじゃ」
「俺はフェルゼーに許可をとってから、フェニクレインと帝国領を調べるぜ。何か痕跡があるかもしれないしな。ロイスは?」
「私はしばらく騎士団と国の復興作業に入るつもりです。先程マルクス団長に言われてしまいまして。そういえばキクは…」
「私はリーゼロッテさんに呼ばれていますので魔術師団の方に行かないとですね」
「なるほどのぉ。ならば、わしはあっちの世界とやらに乗り込む準備を…」
「モミジ、お前は里に帰って妹たちの相手をしてやれ。ユズハさんからも一度帰るようにと伝言を預かっているしな」
「なっ!?婆様が!?くそぅキール、お前なんて約束を…帰らねばならぬか…。んで、メロディはどうするんじゃ?」
「あたしは……」
答えられなかった。皆が先を見て前へ進もうとしている。
私だけが、その場でずっと足踏みをしているような、そんな風に思えた。
「今は何をしたらいいかわからないけど。あたしもやれることを…する…」
モミジたちは何も言わなかった。そんな彼女たちの優しさが、とても嬉しかった。
その後の事はあまり覚えていない。それからも私は、しばらく前を向けないまま日々を過ごしたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一年後。ルフニエル王宮、用務員の部屋。
「ふむ…。しかしここまで要望を出してくる者もなかなか居らんよのう」
フェルゼーは目の前にある大量の申請書、要望書を見回した。
それらの書類の署名欄には全て「メロディ・リンデット」の名前が書いてあり、内容も全てが「アキラ・シモツキ」を呼び戻す為の大規模な召喚術の要望であったのだ。
「まあ普通なら一個人の希望で大規模な召喚を認めるわけにはイカンのじゃが」
最初の頃はメロディの名前のみの申請だったのだが、徐々にキールやモミジ、アリアーネやノルデンミストの人々、リズムやトーンなどのミスミティオンの人たちの名前が。最終的にはヤクモ、リン、リーゼロッテ、シグルドたちの名前を連ねて要望書を提出してきたのだった。
「迂闊に公に発言できないヤクモたちまで、メロディに心動かされおったか。ここまでされて認めぬ訳にはいかんのう」
フェルゼーは上等な紙にペンを走らせ、最後に溶かした蝋で印を押した。
「わしとしてもこれが最善じゃと思っとるよ」
フェルゼーは満足気に笑うと、風の精霊に書状の手配を頼んでから王宮の掃除へ戻ったのだった。




