第七十五話 『鬼族の国』
妖魔族の国を出て丸一日が経った。休憩や食事を挟みながら獣車で移動をしていたアキラたちは眼前に広がる風景に感嘆の言葉を漏らしていた。
「これが鬼族の国か…?」
「左様、ここが余の統治下にある鬼族の国だ」
鬼族の国には大きな山が二つある。どうやらこの二つの山とそれに挟まれた谷が鬼族の国の領土であるようだ。それぞれの山の頂上には大きな城のような建物があり、それらを取り囲むかのように町が広がっていた。主な生活圏は城の周りと間の谷にあるようである。
「ほー、随分と和風な建築なんだな」
「その“わふー”ってのはなんだアキラ?」
「フラールはシノノメ建築を知っているか?あれとほぼ同じなんだが」
「知らん!よくわからんが、鬼族とシノノメとわふーって所の文化が似ているんだろうな」
フラールが獣車の中でガッハッハと大きく笑った。これが元の体の大きさならそれなりに貫禄も出たのだろうが今は小さな幼子の姿。その為小さい子が頑張って背伸びをしているように思えてしまう。
「アキラ!貴様、今余の事を馬鹿にしただろう?違うか?!!」
「してないしてない。こら、腕を振り回すな!」
「もう少しで着くぐぷから暴れないで欲しいぐぷ」
横で牙を剥いて腕をブンブンと振るフラールをおだてながらも、デープの操る獣車は鬼族の国へ向かっていった。
鬼族の国の外側には木製の塀が建てられている。そこの各所に関所のような場所があり、そこで身分の確認を行っていた。関所はフラールがいるということもあり、難なく抜けることが出来た。
そこからしばらく進むと鬼族の者たちが暮らす住居エリアへと入った。鬼の民はフラールに気づくと獣車へ向けて様々に声をかけてきたのだった。
「フラール様、よくぞ戻られました」
「わあフラール様よ!」
「フラール様!」
二つの大きな山とそれに挟まれた谷から成るこの国には、二つの山それぞれに長となる鬼頭領と呼ばれる者がいる。この国の王はこの二人の鬼頭領から一人が選ばれ、即位していると言う。
そして今の代の王が。
「お前って事かフラール」
「うむ、その通りだ。崇め奉れ」
「まあ本人がどうであれ国の人に慕われてるのはよくわかった」
「なんだその言い方は!!」
またしてもフラールがアキラに掴みかかろうとするがそれはとある人物の声で止められた。
「フラール様、お戯れが過ぎますぞ」
「ゲッ…、エン爺だ…」
エン爺と呼ばれた老人は十人程度の人をぞろぞろと連れて来ていた。彼は真っ白な髭をわしゃわしゃと触りながら獣車に近付いてきたのだった。
「ようこそ旅のお方。私はエンブリーと申します。ところでフラール様とはどういったご関係で?」
「いや、特にこれと言った関係でもないんですけど…」
「コイツはなエン爺、余の力を奪ったのだ!よって責任を取らせねばならぬ!」
「ほぉ…責任とな…?」
エンブリーが片眉を吊り上げて言葉を反芻する。またフラールのせいで要らぬ誤解を招きそうだ。
「フラール様が男を連れて帰ったと聞いたもので飛んで来たわけだが、なるほど、フラール様がとうとう婿を…うっ…」
「いや、あのー、違いますから…」
エンブリーと一緒に来ていた人たち、恐らくフラールの城の召使か何かだろうが彼らも目に涙を浮かべて喜んでいた。勘弁してほしい。
「まぁつまり、しばらく食客として迎えるのでよろしくなのだ!VIPな対応をするのだ、VIPだぞ!」
フラールがそう言って手をパンパンと叩くと、エンブリー含めたお付きの者たちは涙をサッと拭いて一礼する。頭を上げると皆揃ってぞろぞろと城へ歩き出した。
「まあ、余が完全復活するまでここでしっかりと休むと良いぞ!」
「迷惑にならない程度にくつろがせてもらうよ」
アキラの返事を確認するとデープが再び獣車を動かした。長屋が続く宿場町をしばらく進んでいると団子屋や服屋、傘等を販売している店があることがわかった。こうして鬼族の国を見ていると、なんだか江戸時代の日本にタイムスリップしたように思ってしまう。
ふと後ろを見るとアンジェが至極真面目な顔で辺りをキョロキョロと見回していた。彼女は鬼族の国へ入る前からここまでほぼ喋っていない。調子でも悪いのかと思ってアキラが声をかけた。
「アンジェ?大丈夫か?気分悪い?」
「い、いや、あたしは大丈夫よお兄さん。ただほら、あたしって妖魔族の国から出たことないからさ、いろいろな刺激を受けて頭の中が追いついていないだけよ…」
確かに、アンジェは妖魔族の王族として生まれ育ち、長い間町の外れの泉の近くで生活をしていた。彼女にとっては見るもの全てが新鮮に映っているのだろう。
「大丈夫ならさあ進め、城へ進め、余の城へ進め!デープ、もっと早く!」
「ぐ、ぐぷ~…。騒がしい王様ぐぷ…」
急くフラールに押され、一行は山の上の城へ向かっていったのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フラールに食客として迎えられた三人には、大きな部屋が用意されていた。何をすることもない、周りのことは城の使用人が全てやってくれる等、フラールの言った通り実にVIPな扱いであった。
見慣れない天井をぼんやりと見つめていると、なんとなく物思いにふけってしまうものである。すぐ横で既に高いびきのデープと、静かに寝息を立てるアンジェと同じようにスッと寝られたら良かったのだろうが。
「みんな、元気にしてんのかな」
浮かぶのは両親のヤクモとリン、キール、モミジ、ロイス、キク、フェニクレイン。そしてメロディ。
「安心なさいよ。あたしのオリジナルと、その友人たちでしょ。きっと何の問題もないわ!」
「メロディちゃん人形…。最近出てこないから何かあったのかって心配してた所だわ」
「なになに?オリジナルじゃなくても心配してくれるの?アキラってばお人好しね!」
そう言いながらメロディちゃん人形が額をツンツンしてくる。そう言えばメロディも事あるごとにアキラの体を突いてきていた。
「大丈夫よアキラ。あたしのオリジナルは強いもの。たまには泣いたり落ち込んだりもしちゃうだろうけど、きっと大丈夫。だから今は自分の事に一生懸命になって」
「多分本人もそう言うだろうな。ありがとうメロディちゃん人形」
アキラはそっと瞳を閉じた。それを確認してメロディちゃん人形もごそごそとカバンへと戻っていった。
数十分後。布団の中にもぞもぞと何かが入ってくる感じがしてアキラは目を覚ました。
「なんだなんだ…」
「うひゃ!?ばれてしまった!」
アキラの布団に侵入してきたのは、他でもないフラール・ニブルゲインその人だった。
「お前、この期に及んでこれか」
「だってだって仕方ないだろう!ぬいぐるみと寝るのを卒業したいのだ…」
「だからってお前…。まあいっか」
何故だか寛容になれたアキラはそのまま寝ることにしたのだった。
「うむうむ、それで良い。それで良いのだ。さぁて…おっほー!ぬくぬくなのだ!」
自分の国に戻っても何も変わらないフラールの頭に手を置いて、アキラは再び眠りについたのだった。




