第六十九話 『魔族の世界のアキラ』
夢を見た。
桃色の髪の女の子が自分と手を繋いで歩いていた。
女の子は泣きべそをかいていて、それをなだめながら自分も歩いた。
そしてふとした瞬間に、自分だけが大きく深い穴に落ちてしまう。
その場に女の子を残して、ただ自分だけが暗い穴の中へ落ちていってしまったのだ。
そこまで見たところで、意識が現実に引き戻された。
「ぐえっはッ!!」
アキラは一度大きく咳き込むと頭を擦る。なんだか懐かしいような怖いような夢を見ていた気がする。さっきまではっきりと覚えていたはずの夢は、覚醒の後にどんどん朧げになってやがて忘れてしまう。アキラは手を付いて立ち上がり、辺りを見回した。
「ここが魔族の世界なのか…?」
全体的に暗い印象で、植物もあまり生えていないようだった。そんな空間で一人ぽつんと立っていると、腰につけていたマジックバッグがもぞもぞと動き出した。
「うわっ、なんだなんだ!?」
「はいッ、ドーン!!」
もぞもぞしながら中から飛び出して来たのは、メロディ・リンデット…ではなく、彼女を模した自我を持つ自動人形「メロディちゃん人形」であった。
「来ちゃったわね、魔族の世界。略して魔界…」
「こっちの世界でも魔界って言うんだな…」
そこでふと、とあることに気付くアキラ。それを確かめるべくマジックバッグの中へ手を突っ込んだ。
「ん…ん?あれ…、やっぱりダメか…」
「オリジナルのカバンと共有されてるから、もしかしたら繋がってるかもって可能性は諦めた方がいいわ。こっちとあっちでは次元が違うのだから」
アキラの仄かな期待は無残にも崩されたのだった。マジックバッグだからもしかしたら、と思ったのだがそこまで都合よくは出来ていないようであった。
「で、どうすんのよアキラ!」
「ええ?どうするったってなぁ……」
頭を掻きながらこれからの事を考えていると遠くの方から誰かの叫び声。いや、何かの鳴き声が聞こえた。
「何か“ぐぷぐぷ”言ってるな…?」
「豚みたいな鳴き声ね」
メロディちゃん人形と顔を見合わせて鳴き声のする方へ向かう。するとそこに居たのは…。
「ぐっぷーっ!誰か助けてくれぐぷー!!」
複数のダチョウのような魔獣に追われて逃げ惑う、元・帝国軍人のデープ・ルクシオスであった。
「ぐぷっ!た、食べられちゃう!!助けてくれぐぷーっ!!」
再びメロディちゃん人形と顔を見合わせる。
「助けたほうが良いと思う?」
「あたしはどっちでもいいわよ?アキラに任せるわ」
「うーん…。放っておくのもなんか可哀想だな…。助けるかぁ!」
「ほいほいっと!」
アキラたちは岩陰から飛び出してデープの救出へと向かったのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「助かったぐぷ!命の恩人だぐぷ!」
アキラとメロディちゃん人形の魔術によってダチョウのような魔獣たちから開放されたデープは、土下座の形で何度も何度も礼をしたのだった。
「誤解していた。アキラさんはいい人ぐぷ!」
「そんな大袈裟な…」
「その通りよデープ君!あなたは命の恩人のアキラに恩返しをしないといけないの、わかるわね?さあ、アキラが元の世界に帰るまでお供をしてもらうわよ!」
「協力する!手助けさせてくださいぐぷ!」
メロディちゃん人形の言葉でデープが仲間になった。半ば強引な気もするが、とりあえずは流れに身を任せることにしようと思った。
「デープ、ここはこの世界ではどの辺りになるんだ?」
「ぐぷっ!ここは中心部からは随分と西の外れになる。しかも山と山の間、つまり谷ぐぷ。ここを抜けるにはデゴルアリゲイタの巣を通ることになる…」
「デゴルアリゲイタ?」
アキラがその言葉をオウム返しすると、デープは体をぶるっと震わせた。
「凶暴で巨大な闇属性を帯びたワニぐぷ…毎年犠牲者も絶えない……ヒェッぐぷ…!」
そしてデープ曰く、その巨大ワニの巣である沼地はすぐに行ける場所にあると言う。
「まだ日は落ちないか?」
「昼下がりくらいだぐぷ」
「よし、じゃあ行こう!」
「ちょっ、待つぐぷーっ!」
三人はデゴルアリゲイタの巣へと向かった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「慎重に、慎重に行くぐぷ…そしてデゴルアリゲイタが出たらこれを投げるぐぷよ……」
デゴルアリゲイタの巣の直前でデープが集めた巨大なカエルのような魔獣を、それぞれ一匹ずつ抱えて沼を渡る。デゴルアリゲイタが出たら餌となるこのカエルを投げて逃げる。これが今回の作戦である。
「なるほど、巨大ワニが居てもおかしくないくらいデカイ沼だな。慎重に行って間違いねえな」
水源があるからだろうか、先程の荒れ地とは打って変わって木々が生い茂る場所であった。そして沼の側を通り抜けていたその時だった。
「おーい」
一本の沼へ向かって伸びている大きな木の先から、こちらを呼ぶ声がする。
「おーい」
「何の声ぐぷか…!?」
アキラだけでなく、デープもその声には気がついた様で、キョロキョロと声の主を探し始める。
「おーい、アキラー」
「アキラのこと呼んでるわよ、あそこ」
デープとアキラがキョロキョロする中、メロディちゃん人形がその声の主を発見する。
「おーい、アキラ、たぁーすけてくれぇーい…」
「フラールじゃねぇか…」
木の枝の先にぶら下がっていたのは、ゼーカルマール帝国の元皇帝であり、アキラと死闘を繰り広げたフラール・ニブルゲインである。何故か随分と体が小さく縮んでしまっているが、そんなことよりも。
「お前、そんな所で何やってんだ?」
「それは余が聞きたーい。たぁーすけてくれぇーい」
あまり張りの無い声だった。その理由はハッキリしている。フラールがぶら下がっている真下、沼に超巨大なワニの魔獣、デゴルアリゲイタが鼻先と目だけを水面から出してフラールの様子を伺っていた。デゴルアリゲイタをあまり刺激しないように、最小限の大きさで助けを呼んでいたのだった。
「頼むー、アキラー。たぁーすけてくれぇーい…」
「ええ、でもフラールって人族排除とかいろいろやらかしてたしな…」
「もうしない!むしろお前には協力するから!おねがッ…あっ、デゴルアリゲイタがっ!デゴルアリゲイタが出てきたっ!!」
その場でジタバタするフラールを虫か何かだと思ったのかデゴルアリゲイタがフラールを食べようと水面からジャンプを始めたのだった。
「あッ、あッ!ちょっ!本当に、食べられちゃ!!」ガチンッ!ガチンッ!
下から何度もジャンプをして、まるでパン食い競走の走者の様に、デゴルアリゲイタが口をパクパクとさせている。それを、体をえび反りさせる事で何とか回避するフラール。
「あのッ!アキラさん、本当に!!」ガチンッ!ガチンッ!
「えー、でもなー……」
こうしてフラールの救助要請をアキラが渋っていると、デゴルアリゲイタが大きくジャンプをした。
バグンッ!!
「ギャァァァアアアア!人でなしィィィィイイ!!」
デゴルアリゲイタに咥えられたままフラールは沼へと引きずり込まれてしまった。
「仕方ねぇ、助けるか…」
アキラはシンシンの力を纏って、沼へと飛び込んだのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うえっ…ぐすん……暗いよ怖いよ臭かったよぉぉぉおお!!」
「もうわかったから泣くなよ」
デゴルアリゲイタからフラールを救出したアキラはフラールの顔を拭いてやりながら答えた。
「見てみろ!余のこの体を!アキラに力を奪われ力の大半を失ったんだぞ!何故早く助けなかった、何故だ!!」
「いや、前科があるからね、前科が」
アキラの返しに涙を顔に溜めるフラール。
「だから、もうしないし協力もするって言っておろうにぃぃぃぃいいあああああああああ!」
「あー、もう、わかったわかった…」
アキラは「責任をとれぇ~責任をとれぇ~!」と恨み言を言うフラールをなだめて、三人の隣に横たわる大きなワニを見る。
「デープ、これって食えるのか?」
「ぐぷ、デゴルアリゲイタは絶品ぐぷよ!」
とりあえずこのワニは食料にするとして、先のことをフラールに聞いてみる。
「元の世界に帰りたいんだが、何か良い案はあるか、フラール?」
「それならば、大魔王様に会って知恵を借りれば良いじゃないか」
「はぁ?」
フラールの返しに思わず変な返事をしてしまった。そんなファンタジーのラスボスみたいな存在がいるのかと、今更ながら思ってしまったのである。
「大魔王様はこの世界では一番偉い!なあに、大魔王の配下である余が一声かければすぐにでも会えるぞ!」
「大魔王の配下?なに言っちゃってんの?」
「え?余は鬼族の王にして大魔王の直属の配下、魔王フラール・ニブルゲインぞ?言っとらんかったか?」
「一言も聞いてねえよ…」
静かにツッコミを入れたアキラはその後大きなため息を吐いた。フラールは「ほら、ここにツノがあるじゃろ?」と額のツノを突きながら笑っていたが…。
アキラは世界を二つも跨いでしまった自分に少しゲンナリしながら、デープやフラールの協力によって希望の光を見た。
三人はとりあえず討伐したデゴルアリゲイタを使って食事を摂る事にしたのであった。




