第六十四話 『リーベルト家の最後』
辺りには剣戟の音が響いていた。それは二人の男が、それぞれ持っている槍と剣で激しい戦闘を続けている音であった。
「クハハッ!ロイスよ、昔を思い出すな」
ゼーカルマール帝国の軍服を身にまとう男が剣を振るいながら静かに話す。ロイスはそれに対して槍で応戦しながら答えた。
「何を言っている。お前は兄のマガイモノだ」
ロイスは槍を振るいながら相手の男、ルイスの動きの予測をしていた。
ルイス・リーベルト。帝国貴族であるリーベルト家の長男であり、ロイスの実の兄。帝国軍人でもあり、戦闘の達人。昔は家族思いの良い兄であったのに。いつから。
「いつから、そうなってしまったんだ」
ロイスの脳内には思い出だけが渦巻いていた。
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「今日も何もできなかった」
ロイス・リーベルトは帝国に住む貴族。代々、騎士を務めていた家系であり、帝国では珍しい人の一族であった。
「今日も何もできなかった」
同じ言葉を虚空に放つ。誰に聞こえるはずもない言葉を投げ、ロイス少年は自身の頭をひたすらに木へぶつけた。
「僕の目が見えないから」
生まれつき盲目であったロイスは、騎士の家系であるリーベルト家に生まれた事をずっと気にしていた。両親はきっと自分のような出来損ないは要らない。強いルイス兄さんや、賢いレイラ姉さんも自分のような弟は恥ずかしいと思っているに違いない。
騎士になる試験に挑む度に自分の出来の悪さを思い知らされ、ロイスは自己嫌悪に押しつぶされそうになっていた。
「ロイス、こんなところにいたのね」
「探したぞ、ロイス」
リーベルト家の邸宅の裏の木の下はロイスが唯一落ち着ける場所であった。そしてこの場所を知っているのは姉であるレイラと兄のルイス以外にいない。
「僕は目が見えない出来損ないだから何も出来ないんだ」
「何をバカなこと言っている。お前は出来損ないなんかじゃない」
ロイスの言葉にルイスが反論した。
「大人たちの見る目が無いだけだ。それは俺たちが一番わかっている」
「そうよロイス。あなたの今までの訓練を記録してあるのだけど、そこからわかったことがあるわ」
レイラがゴソゴソと何かを取り出している音が聞こえた。本か何かだろうか。
「記録からわかったことがある。お前は剣よりも槍の方が上手く使えている。そして目が見えない分、耳と鼻が効くだろう?それに加えて周囲の状況を把握する魔術を教えようと思う」
「槍術はルイスが、魔術は私が教えるから。きっと大丈夫よ」
兄と姉の図らいに涙が出たロイス。その日から二人に付いてもらって訓練を始めることになった。
そのおかげで次の年の騎士昇格試験ではロイスは素晴らしい成績で合格したのだった。
「やったじゃないロイス!」
「さすが、我が弟だ!」
ロイスが騎士になった時にはルイスもレイラもとても喜んだ。ロイス自身もこの上なく嬉しかったと記憶している。
変化が起こったのは数年後の事だった。
「皇帝からの通告?」
「そうだ。軍役に就いている者は皆参加せよとの事だ」
皇帝が指示した兵強化の為の実験。それにルイスとレイラが選ばれたのだ。
「それは、大丈夫なのでしょうか」
「さあ…、急な事だからわからないけれど…」
レイラも急な召集に疑問を抱いているようであった。だが皇帝の命とあっては逆らうことができない。後日二人は帝国の施設へ向かったのだった。
それからだろうか、レイラの様子がおかしい。目は虚ろで口からは唾液を垂らし、うわ言のように何かをぶつぶつと漏らすようになった。
急に始められた実験、変わったしまった姉。兵強化の為に行われた実験が原因なのは明らかであったが、ロイスは何もできないままでいた。
そしてついにあの日が来てしまった。
「ガァァァアアア!!」
レイラが邸宅内で急に暴れだし、使用人を殺し始めたのだ。それを止めようとロイスが出ると、既にレイラは人の姿ではなく魔獣へと変わっていたのだった。
「一体…何が……」
「ロイス、ここで何をしている」
急に現れたルイス。彼の目もまた焦点が合わず虚ろで、そこにかつての強く実直な彼はなかった。中身がまるで別の人間に取り変わってしまったかのようであった。
「時が来たのだ、ロイスよ」
「何を言って…!?」
ルイスは急に剣を抜き、ロイスへ切りかかった。ロイスは持っていた槍でそれを受け止める。
「ルイス兄さん、何をするんだ!」
「ああ?だから時が来たって…うぐっ…あががああああ!!」
そして急に頭を抑えて苦しみ始めた。
「クソッ、忌々しい人間がッ、邪魔をッ……ロイ…ス…」
次に頭を上げたルイスは、元のロイスがよく知る兄の顔であった。
「時間があまりない、手短に話す。帝国はもうダメだ、俺も…レイラも父上ももう手遅れだ。俺が、俺とレイラを止める…その間に母上を連れて逃げろ…」
「ルイス兄さん…」
ただ事ではないルイスの様子に驚くロイス。ルイスは苦しそうな顔のまま顔を抑えた。
「早く行け…。もし次に会うことがあっても、俺のことは兄だとは思うな…次に会う時は敵だろう」
それだけ言うと、ルイスは魔獣と化したレイラに向かっていった。
「兄さん!!」
「行けェ、ロイス!!二度とここへは戻るな!!もはや帝国は世界の敵だ!!絶対に戻るな!!」
ルイスはレイラへ剣を振り下ろす。それを横目に母を連れ出したロイスは、帝国を抜けてルフニエル王国へと逃げ延びたのだった。
「兄さん、姉さん…」
急な別れであった。その後帝国を逃げ出したロイスは、ルフニエル王国で騎士団に入り国民の安全を守っていた。
その折にとある噂を聞きつける。各地で「ロイス」を名乗る剣士が残虐行為を続けていると。
「兄さん、いや、ルイス。私が終わらせます」
光を失った目に、確かな強い意志を灯して。
「私が、あなたを、帝国を倒します」
騎士ロイス・ロイフェンはこの日、かつての家族の弔いを決意したのだった。
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「マガイモノぉ…?なるほどいい所を突いてくるじゃないか。だがッ!」
ルイスの一撃がロイスの槍を砕いた。
「真実に近付いた所で勝てねば意味がない」
後ろに倒れ込んだロイスに、ルイスが剣を突き立てようとした。その時だった。
「お待たせ。おいで、ヴィヴィアンヌ」
ロイスが背にある槍を撫でながら名前を呼ぶ。当初見た目は古くボロボロの槍であったが、それが一度光を放つと神々しい装飾の付いた槍へと変貌を遂げたのだった。
「ロイス、なんだその槍は?」
ロイスは光り輝く槍を手に取ると、それをクルクルと回してみせた。槍の通った場所には光の筋が強く残った。
「魔神槍ヴィヴィアンヌ。魔なる者から神の域まで昇華した少女の伝説は知らないか、ルイス?これがお前を討つ武器となる」
ロイスがヴィヴィアンヌを腰のあたりに水平に構えた。それを右手に添えるとそのまま水平に突きを放った。距離を取っていたルイスにも届くロイスの攻撃。だがルイスはニヤニヤと笑いながらそれを受けたのだった。
「俺の体が火で出来ている事を、忘れたのかロイス?シッフルで散々思い知っただろう、何をバカなことをしている?」
「馬鹿だと思うなら思っていい。だが、ヴィヴィアンヌだけが私の武器ではない」
ヴィヴィアンヌを突き出している手とは反対の右手で、トーンに学んだ術式対抗魔術の応用、真・破魔術を練るロイス。そしてそのままヴィヴィアンヌへ術式を這わせるように流した。
「ぬあっ!!?何をしたロイス!!」
「破魔術だ。お前の火の体は意味を成さないぞルイス」
「破魔術…!?詠唱に時間がかかるはずだ。何故それが!??」
ロイスはヴィヴィアンヌを持つ手の力を更に入れ、ルイスの体を貫いた。
「私の兄であれば考えも及んだだろうが、マガイモノにはわからぬ事だ」
真・破魔術で無効化された火の体を貫かれたルイスがゆっくりと後ろに倒れる。そしてその体が地面に付く寸前にロイスがルイスの体を抱きかかえた。
「あ、ああ、ロイス…。俺の体はどうなっている?」
「ヴィヴィアンヌに穿たれて風穴が開いている」
「ふふ…そうか、終わったんだな…」
「リーベルト家のごたごたは、これで終わりですね」
「皇帝が…魔族に変わっていたとは……迂闊だった。帝国はもはや魔族の国、人は皆魔獣へ変えられてしまった…、父上も、レイラも…」
ルイスが大粒の涙を流しながら細い声で話した。その事実を聞いたロイスの頭の中で、全ての点が線で繋がったのだった。
「すまなかった、ロイス…辛い役割を押し付けてしまった。俺が悪いんだ」
「気にしないでくださいよ、ルイス兄さん。兄さんには昔随分と助けられたんですから」
ロイスの言葉にルイスが目を見開いた。
「俺を、兄と呼んでくれるのか…。こんなに嬉しいことはない…すまなかったロイス、ありがとう…」
ルイスはそれだけ言うと目を閉じた。同時にルイスの全身から力が抜けた。
「終わったよ、みんな」
最後のロイスの呟きは、ヴィヴィアンヌだけが聞いていたのだった。




