第六十三話 『最強の剣士と最狂のクンカー』
アスカルデの戦いが架橋に入った頃、アキラたちはゼーカルマール城を正面からぐるっと回って裏門まで来ていた。
「あれだ、あそこが裏になるみたいだな」
「よっしゃ、行くぞアキラ!」
「待つんじゃッ!!」
意気揚々と走り込もうとした二人をモミジが止めた。そしてゼーカルマール城裏門より遥か上を見上げていた。そこには何者かが立っており、こちらの様子を伺っている様子であった。
「誰じゃ!降りてこい!!」
「良いでしょう、とうッ!!」
アクションヒーローばりの掛け声とともにその人物が飛び降りてきた。
「そこの貴女、竜人族最強と名高い剣士、モミジ・クレハですね?」
「そうじゃ」
既に唐傘に手を添えているモミジが気迫のある返事を返す。それに対して相手の魔族の男は嬉しそうに手を叩いたのだった。
「いいですね、では僭越ながら自己紹介をさせていただきましょう」
伏せがちにしていた顔を上げて男が名乗る。
「我が名はティンダー・ルヴァイエ。魔族最強の剣士!」
ティンダーは大袈裟にアクションすると、満足そうな顔をした。
「いやはや、皆様が私の美しい姿に見惚れる気持ちは大いに理解できますが、そこの竜人剣士の貴女が向ける視線は他とは全然違いますね?」
「先に行くんじゃ、アキラ」
モミジがアキラたちの背を押してきた。
「モミモミ、あたしたちも戦うよ」
「良い、コイツは…わしの敵じゃ…。先に行け」
モミジのあまりの気迫に押され、キールがアキラとメロディを連れて先へと進む。
「モミジ!待ってるからな!」
手を上げてゼーカルマール城へ入っていくアキラたちには視線を向けるだけで返事をして、モミジは唐傘を背中から取り出した。
「竜殺しのティンダー、わしの父上の仇じゃ。ここで死んでもらう」
「魔族最強の剣士、ティンダー・ルヴァイエです。竜人族最強の剣士、モミジ・クレハ。ここでどちらが最強にふさわしいか決めようじゃありませんか」
ティンダーが腰の剣を抜いた直後、モミジは唐傘を手に飛び出したのだった。
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城の中に入ってすぐの階段を上がると、石造りの空間が広がっていた。そこの中心には黒衣を身にまとう黒髪の女が立っていた。
「待ってたよ。おや?そこの獣人、ディケルはどうした?」
「ディケルか。いやまぁ手強い奴だったが。良い奴だったよ…」
この黒衣の女と唯一面識があるキールが前に出る。以前にシッフルを襲撃してきた謎の転移術を使う女であった。
「やられたぁ?ディケルがかい?信じられないねぇ」
「まあそういうことだわ。アキラ、メロディ、ここは任せろ」
キールが両手の手甲をカンカンと打ち鳴らして身構えた。
「やれやれ、ディケルがいないならアタシが出ないといけないね」
女が手を動かすと、周囲へ紫のもやが発生した。
「いいのか、キール?」
「故郷を襲撃されているからな、俺が決着を付けてやるぜ」
「わかった、上で会おう」
アキラはメロディを連れて先の階段を登っていった。それを見届けたキールは心の中で気合を入れ直した。
「よっしゃ。フェニー、頼んだぜ」
「お任せくださいですよ!」
そして隣に現れたフェニクレインに目で合図をすると、女へ向けて極大の炎を撃ち込んだのだった。
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城をどんどん上がって行くと屋外へ抜けた。そこから更に渡り廊下で別の棟へ行けるようになっている。そこを渡ろうとした時の事だった。
「ボスはあの上みたいだな、行くぞ!」
「待って」
走り出そうとしたアキラの襟をメロディが掴む。急に襟を掴まれて首が締まった為、「ぐえー!」と変な声が漏れた。
「ぐえっほ…ど、どうしたん?」
「アキラ、あたしもここでお別れみたい」
メロディは掴んでいた襟を放すと、アキラを別棟の方へ押す。そしてそのまま風魔術を最小限で発動、アキラを別棟の入り口へ飛ばしたのだった。メロディのすぐ目の前では風を纏った何かが、メロディに向けて攻撃をしていた。
「おあっ…メロディ!?」
「行って!あたしが抑えてる間に」
メロディの横顔だけが見えた。桃色の髪、緑色の瞳、すらっと伸びた鼻筋。いつもの彼女ではあるが、その横顔からはどこかへ消えてしまいそうな儚い雰囲気さえ感じられた。
「メロディ…俺は…」
「行ってアキラ!これはキクが、ロイスが、フェル爺たちが、モミジが、キールが、そしてあたしが、繋いだ道だから。ここを進めるのはアキラだけだから、行って!」
それだけ言うと、メロディはマナを集めて風魔術を撃ち込み始めた。それを横目にアキラは立ち上がり、別棟の上階に向けて駆け上がった。この先に帝国の皇帝がいる。それを倒せば魔族の脅威は恐らく無くなるのだ。
守りたい人ができてしまったこの世界を守るために、ただひたすらに上へ向かった。
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「なるほど、良い魔術だ。だが当たらんな」
モミジが唐傘から光魔術を放つも、ティンダーに当たる前に魔術が四散してしまった。
「絶対防御、魔族も使えよったか」
「貴女だけが特別というわけではないのだよ」
ティンダーは剣を地に刺して首と指をポキポキと鳴らした。モミジとティンダーはこの戦いにおいて互角であった。と言うのもティンダーにもモミジと同じような防護障壁があり、容易に攻撃が通る相手ではなかったのだ。
「やれやれ、やはり魔族最強の剣士であり世界最強である私には攻撃一つもあてられませんか、全く楽しめませんね…」
その言葉を聞いてモミジは「ん?」と頭の中で疑問を持った。
「待てよ、わしよりティンダーの方が強いとしても最強ではないのぅ?」
「なんだと?」
モミジの言葉にティンダーが片眉を上げる。なるほどある程度の挑発は効くみたいだ。
「アキラはわしよりも強い。わしの絶対防御を突き抜けて攻撃してくるほどじゃ」
「何っ、そんな者が…!?」
モミジは更に言葉を続ける。
「ティンダー、お前は確かに強い。わしの父上よりも、もしかしたら、わしよりも強いかもしれんのぉ?じゃが、アキラよりは弱いな。わしが言い切ってやろう」
驚きを露わにしたティンダーを他所に、モミジが懐から小さな布を取り出し、鼻の前に当てた。
「なんだ、何をしている!?」
「これはアキラのパンツじゃ。アキラの一番濃い匂いが付いておる。さすがのわしもこれを嗅いだことはない。じゃが確信が持てた」
言葉を続けながらモミジがちいさな布を通して空気を大きく吸った。一瞬クラっと倒れかけたがなんとか持ち直し、そして唐傘と大扇子を持ち直した。
「キタキタキター!!やはり最強の男の最強な部分の匂いは凄いのぉぉぉぉおおお!!」
ティンダーの目にもモミジの変化がはっきりとわかった。ここはゼーカルマール帝国の中心部、黒いマナの集まる場所。この場の戦いにおいては魔族が絶対的に有利なはずだ。
モミジが放つ圧倒的な白いマナがこの場を包み込んだのだった。
自他共に最強の剣士を謳うティンダーには絶望的な未来が見えたのだった。
「竜変化、グルルルル……!!」
モミジの体がベキベキと音を立てて変化していった。角が大きく伸び、腕や足の爪が大きく長くなる。そして瞳は赤く光り、口からは炎がメラメラと漏れていた。
「なるほど、竜人の祖先返りか…」
「全てじゃのうて、一部…じゃがのぉ?」
一度翼で羽ばたくと、離れていたティンダーの元まで一気に距離を詰める。唐傘をたたんだまま凄まじい猛攻を加えた。
「ぐっ…素晴らしい攻撃だ。だが絶対防御がある限りは何も当たりは…」
「あれば…の話じゃろ?そんなもの崩せば良い」
「ハッ、崩せるわけが…」
モミジは右手の唐傘をティンダーに押し込んだまま左手をひらひらさせた。左手は先程まで扇子を持っていた手であったのだが。
「扇子はどこにやった」
「後ろじゃ、もう遅い」
モミジが投げた扇子がブーメランのように飛び、ティンダーの背に向かっていた。それがティンダーの背に当たる前に扇子は絶対防御に阻まれる。しかし扇子が止まることはなく、そのまま防御をぞりぞりと削り始めたのだった。
「なっ、なんだこれはァ!!?」
「破魔と浄化の石、ハズヤラモで作った扇子じゃ。静かなる心を持っとらんと使えんシロモノじゃ」
扇子が防護障壁を破るとティンダーへ突き刺さった、破魔の力によって絶対防御が打ち砕かれると、モミジは持っていた唐傘の先端をティンダーへ突き立てた。
「お前は確かに強い。じゃが、優しが足りとらんかったのぅ。故に最強には程遠い」
「馬鹿な、馬鹿なぁぁあああ!!私こそ世界最強にふさわしい…私こそ魔族最強の剣士…」
「冥土の土産に言ってやろう。お前はティンダー・ルヴァイエ、魔族最強の剣士で世界最強には程遠い男。そしてわしの父の仇じゃ、ここで去ね」
直後、モミジの唐傘から放たれたマナのエネルギー爆発の光で辺りが包まれた。




