第五十八話 『プリフィロの戦い、決着』
メロディ・リンデットは状況が全く変わらない事に疑問を持ち始めた。ココルルとシンシンが先陣を切り、ムラオサ率いるプリフィロの衛兵が街を守る。その布陣により、魔族の兵士と魔獣たちは尽く倒されているのだが。
「全く数が減ってない…」
帝国軍の大半を占める魔獣も魔族の兵士たちも倒した先から湧いて出るように殆ど数が減っていないのだ。
「何かがおかしい」
そう思い始めていた時、不意にシンシンがココルルを背負ってこちらへ帰ってきた。
「ごめんね、ココちゃんが怪我したみたい…」
「私まだ戦えるよ…!心配しないで…うぐっ…」
「ダメ、休んでて。シンシン、治療を。だいぶ町からは離れてるからあたしがやるわ」
負傷したココルルをシンシンに任せてメロディは敵の方へ駆け出した。
「おばあちゃん直伝の防護壁でとりあえず足止めよ!!」
長杖を地面に突き立ててマナを流し込む。すると地面を這うように流れたマナが分厚い障壁として地面から現れる。そしてプリフィロの町を巨大なドーム状のマナ障壁ですっぽり包み込んでしまった。
「そろそろ、来てくれるような気がするの」
誰に言っているわけでもない言葉を放つ。それはは敵軍の足音と魔獣の鳴き声でかき消されてしまった。
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『アスカルデの戦いを思い出すな』
ルフニールが唐突にそんな事を言う。プリフィロの人々の避難を見届けた後にルフニールの背に乗ってプリフィロへ向かっていた。ゲートを使って変に敵に勘ぐられるのを避けるためである。
「思い出すって、何があったの?」
『以前あったアスカルデの戦いでは、吾輩がブリュレ・リンデットの張った防護障壁へ英雄を一人送り出したわけだ。アキラの母親のロゼッタだ。それと状況がよく似ている』
「ってことは、この巨大なマナの壁ってメロディが作ってんのか!?」
『そういうことだ』
これだけの壁を展開すればマナの消耗も凄まじいものであるはずだ。それだけ良くない状況なのだろうと容易に想像できる。アキラの表情に焦りが生じた。
「ルフニール、ちょっと急いで行くぞ」
『あいわかった。待て、お前何を考えている…?』
ルフニールが顔をアキラに向けると、とても不敵な笑みを浮かべていた。
「最高にクールな作戦さ」
親指を立てるアキラに、黒い竜はやれやれとだけ答えたのだった。
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「メロディ!ココちゃんの治療が終わったから手伝うね…」
ココルルの治療を終えたシンシンがメロディの元へと駆けてきた。正直助かった。長い間マナ障壁を出し続けていた為に所々で障壁にヒビが生じていたのだ。シンシンはメロディを後ろから抱きつく形でマナ供給を始める。
「シンシンは大丈夫なの?」
「元はアキラのマナだからきっと大丈夫…!」
シンシンのマナがメロディへと入ってきた。さすがは大精霊シンシン、普通ではありえない量のマナが供給され、メロディの耳飾りが強く輝いた。
「ありがとうシンシン!これであたし…!」
「もう少し要るか?」
聞き覚えのある男の声。いつの間にか後ろに居たのは大精霊シンシンではなく、アキラ・シモツキその人だった。
「え…いつから…」
「今来たばっかりだよ。だからこれからメロディに送るのが俺の持っているマナだ」
アキラはそれだけ言うと後ろからメロディの両手首を掴んでマナ供給を始めた。シンシンのときよりも強く耳飾りが光り輝く。
「あ…ふぁっ…ちょっと、というかだいぶ多い気がするんですがっ…!」
「それぐらい持っていけ!あいつらが入って来れないように、というよりも俺の攻撃からこの町を守ってくれ」
不穏な言葉を残してアキラは障壁の外へ行ってしまったが、メロディは信じることにした。そして有り余るマナを無駄遣いする事無く、効率的に障壁を展開し続けた。
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「ぐっぷっぷ……どこぞの魔女が障壁を展開しておるようだが、魔獣兵たちの攻撃があればいずれは崩せるぞい…」
どっぷり太った豚魔族、ゼーカルマール帝国軍人のデープ・ルクシオスは小高い丘に敷いた陣から眼下の町を見下ろしながらそう呟いた。デープは正直楽勝だと思っていた。帝国貴族であるルクシオス家は金も地位もある。金に物を言わせれば出来ないことなど無い。
今回の作戦も高い金を払って手に入れた“魔獣召喚装置”による数の暴力で何とかしようと思っていたのだ。
「ぐぷぷ…素晴らしい防護障壁であるが、いつかは枯渇する。その時がこの町とルフニエル王国の終わりだ…」
デープは戦場に金で雇った女を数人連れ込んでおり、身の回りの世話をさせていた。この時もその内の一人が注いだ高い酒で唇を湿らせていたのだが。
その直後状況が突然に変わった。
「ぐぷ!?なんだ!!障壁が修復されていくぞ!?」
先程までヒビが入り、いつ崩れるかと言った状況であった障壁がどんどん回復されているのだ。
「ぐぷぷ…火事場の馬鹿力だろうか…そろそろ枯渇するみたいだな…?」
多少おどおどしているものの、落ち着いたままそう言った。
そしてまたしても状況が一変する。
「ぐぷっ…!?マナ障壁の厚みが増したぞ!!??どうなってるんだ!!?」
修復されたマナ障壁が更に厚みを増したと言うのだ。二倍三倍の厚さどころではない。十倍 二十倍と言った程度に。
「ば、ばば…馬鹿な!?あの町にそんな力があるわけ……」
「あるんだなぁそれが」
すぐ近くから響くような声がする。全く聞き覚えのない男の声であった。
「豚がぶひぶひ言ってるから来てみたが、帝国軍人か」
人族では珍しい黒い色の髪に空色を写し取ったかのような目付きの悪い瞳。そしてその男の後ろにはもう三人が控えていた。男の付き人であろうか。
デープの思考はその者たちの風貌からとある男の存在に行き着く。
「お、お前はまさか……王国の精霊術師…英雄の再臨と言われている危険因子、アキラ・シモツキか…!?ありえん!居るはずがない!お前は今、王都の西方に……」
「え、危険因子とか言われちゃってんの?不良みたいな言いようだな、やめてくれよ豚さん。僕は悪い精霊術師じゃないよ。それに大陸の西側に居るはずの俺が、何故ココにいるのか分からないって?だってそりゃ…」
デープはひどく怯えた表情でアキラの次の言葉を待っていた。
「大陸西にいる俺は、俺のフリをしてる俺の親父だろうからな」
デープは驚愕した。ゼーカルマール帝国のデータにある、ルフニエル王国S級危険因子であるアキラ・シモツキは現在、さらなる力を付けるために別の精霊との契約を進めていると聞いていた。それも場所は帝国から遠く離れたイルシオン大森林、シレーネ海域、そしてシノノメの国だと。帝国の隠密部隊が四六時中見張っており、アキラ・シモツキは現在も王都の周辺にいると。
「ぐぷ…報告と違うではないかぁ!!おかしいおかしいおかしい!!」
「何もおかしくないだろ。情報員が早とちりしただけだ」
デープは飄々と語るアキラに対して次の攻撃をどうするか考えていた。相手はS級危険因子。だが魔獣の軍で圧倒すれば例え相手が英雄の再臨であろうと倒せるはずである。
「ぐぷ、ぐぷぷぷぷ……まだだ、機械が壊されない限り、魔獣軍の指揮権が我にある!機械はとても小さい、場所も隠しておいた!ぐぷっ…まだ終わらんのだ!!やれぇ!敵はここだぞ魔獣ども!!」
デープの叫びに反応するモノは居なかった。それどころか先程までプリフィロの町へ攻め入っていた魔獣や魔族の動く音もほとんど聞こえなくなっていた。
しばらくすると辺りは静寂に包まれた。
「ぐ、ぐぷ?おかしいな、我の一声で魔獣共が動くはずなんだが……」
「ほぉれ、その機械ならここにあるぞ」
デープは思わず声のする方へ振り向く。その声の主はデープと同じくらい太った豪華な服を着た中年男であった。言うまでもなくプリフィロの町の領主、ムラオサであるのだが。彼の右手には手のひら大の四角い機械が握られていた。
「メロディ君がマナ障壁を展開した時からずっとこれを探しておった。割と簡単な場所にあったみたいだしな?」
「ええ、そうですね」
「簡単すぎてあくびが出ましたよ」
「ムラオサ様も一緒に探して下さいましたし」
「アキラさんの言う通りでした」
「Just do it!」
ムラオサと共に鎧を泥やホコリで汚した五人の衛兵が出て来る。よく見るとムラオサの豪華な服も泥で汚れていた。
「ぐぷ…これってもしかして、我一巻の終わり?お…終わりだ……」
自問自答の末にその場に崩れ落ちたデープ。それはプリフィロの戦いの終結を意味していた。
「敵将は討ち取った!我々の勝利だ!!」
「「「「ウォォォオオオオオ!!」」」」
丘の上からムラオサが衛兵たちにそう宣言した。それを聞いて先程までの戦闘で消耗しているはずの衛兵たち皆が声を上げる。
そしてメロディがアキラの元へと駆け寄ってきた。
「アキラ!やった!守ったよ!!」
「ああ、だがまだアスカルデが残っている。シッフルの方もモミジがいるとは言え安心できない」
アキラは既に次の事を考えてたのだった。メロディもすぐに口を引き絞って次の戦いへ意識を向けたのだった。
何はともあれプリフィロでの戦いを終えることができた。しばらくしてからルフニエル王都から兵が合流し更に防衛戦を固めることとなり、ムラオサとプリフィロの衛兵たちに防衛を任せることに。そしてアキラとメロディはプリフィロの町を後にすることとなった。
ここでの戦いを終えた二人は、次のアスカルデへ向かったのだった。




