第五十七話 『ミュリエルとロゼッタ』
シッフル国とゼーカルマール帝国の国境付近、シッフル平野にとある二人の姿があった。一人は大柄な金色の毛の獣人族、もう一人は漆黒の表皮を持つ竜人族であった。
「魔獣が随分と多いみたいじゃが、あれの殆どが中身は人間なんじゃろう?まったく悪趣味じゃのぅ」
「ああ、本当に悪趣味だ。気をつけろよモミジ、本物に劣るとは言えオリジナルに近い能力を持っているやつらばかりだからな」
キールが言っているのはこういうことである。先日のデゴルベア襲撃の際にアキラが受けた記憶の欠落。本来ならば失って二度と戻ることのない記憶は強い刺激ですぐに戻ってしまった。つまり帝国が生み出している魔獣兵は本物より能力が劣っていると言う事ではないだろうか。これがルフニエル王宮研究室の出した結論であった。
「わかっておるわい。さっさとシッフルの敵を倒してアスカルデへ行くかのぉ!」
「その通りだな」
「ボクもやるですぅ!」
モミジとキール、そしてフェニクレインは眼前に陣を張る敵軍を見る。数百、下手したら数千単位かもしれない。
「ぼれぇ多いのぅ。わしらと、シッフル兵だけでやれるかの?」
「その心配は要らん。雑魚はオレが相手しよう」
首をポキポキと鳴らしていたモミジの後ろから灰色髪の剣士風の女性が現れた。その姿にキールは驚愕する。
「ミ、ミミ、ミ…ミュリエル先生!?山を降りてきたのか!?」
「モミジの修行を付けたのはオレだ。その時に一度降りてきているぞ」
淡々と話す灰髪の剣士は他ならぬ剣聖ミュリエルであった。
「オレが雑魚を相手する。お前たちはオレが開いた道を進め」
ミュリエルの背中には修行で二ヶ月間ピッタリだったモミジですら見たことがない長めの剣があった。
「なんじゃその武器は?」
「我が一族、ヴォルフバーン家で代々受け継がれてきた神剣リヴェルアルジーアだ。まあ見ていろ」
ミュリエルが、敵軍へと歩いていった。
「(思えばオレは剣術のみの明け暮れた日々だった。それもこれも全てはあの日から始まったんだろう。なぁ、ロゼッタ。オレはどう生きたらいい?)」
ミュリエルは心の中で変な笑みを浮かべる盟友ロゼッタに問いかけた。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やーい、半獣!できそこない!」
「半獣はさっさといなくなれよな!」
ミュリエルは獣人族の母と人族の父との間に生まれた半獣人族。彼女が幼い頃はシッフルでは半獣と呼ばれ一部でひどい扱いを受けていた。
「(まただ、私が半獣だから…またいじめられる…)」
人通りの少ない広場で追い込まれる。幼いミュリエルにはこの状況を打破する手段が考えつかなかった。毎日のようにいじめは続き、そうしていくうちに彼女の心は確実にすり減っていた。
「(いやだいやだ、いっその事死にたい…)」
だが幼いミュリエルに手を差し伸べる者がいた。
「おい、やめないか。半獣の何が悪いんだ?言ってみろ!」
二人の獣人族の男の子に反抗する女の子が居た。
「どうした言ってみろ。言えないのか?」
「父さんが、半獣は国を捨てた者だって言ってたぞ!」
「そうだそうだ!」
「国を捨てた者が何故今このシッフルの地に居ると言うのだ?話しにならん。失せろ」
しっしっ、と手を払う女の子。それに怒った二人の男の子が女の子に殴りかかった。
「うるせえ!できそこないはいなくなるべきなんだよ!」
「ほう?では、シッフル純血の戦士とできそこないの半獣人、どちらが優れているのか試そうじゃないか」
女の子は男の子の突進からの突き攻撃をひらりと交わすと、胸ぐらと腕をつかんでそのまま放り投げた。背負い投げ一本が華麗に決まったのだった。
「ぐっは…」
「純血のシッフルの戦士がそんなものか。どうした、悔しいか?」
「クソッ!お前、半獣の癖に!!」
「おい、やめとけ!コイツ、ロゼッタだよ!これ以上は危ない!」
そう交わすと二人の男の子はそそくさと逃げていってしまった。ロゼッタと呼ばれた女の子は手をパタパタと叩いて服についたホコリを落とすとミュリエルの方へ振り返る。
「大丈夫か、確か…ミュリエルだったな?私はロゼッタ・クルールォ。私も…半獣人なんだ」
振り返って少し悲しげに微笑むロゼッタは凛として美しかった。そして地べたに座り込んだままのミュリエルに手を差し伸べた。ミュリエルがその手を取ると、女の子とは思えない強い力で手を引かれる。
「まぁ、なんだ。分かり合える事も多いと思うし、仲良くしてくれると嬉しい」
これが聖騎士ロゼッタと剣聖ミュリエルの最初の出会いであった。
二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。自然と一緒に居る時間が増えて行き、ミュリエル自身もロゼッタを追いかけるようになっていた。
「ロゼッタはなんでそんなに強いの?」
「さあ、なんでだろうな。私にもわからん。ただ、ひとつ言える事は力こそパワーだ」
「力こそパワー…かっこいい!!私もロゼッタみたいなかっこいい女になりたい!」
「馬鹿言うな、せっかく可愛い顔してんだから女の子らしく振る舞え」
ミュリエルにもわかっている。ロゼッタはミュリエルを戦いから遠ざけようとしている所がある。ロゼッタとしては唯一の親友であるミュリエルに危険な所に行ってほしくないのだろう。
ミュリエルとしてはそんなロゼッタの心遣いも嬉しかった。彼女こそ、ミュリエルの目標であったのだ。
それは突然の知らせだった。
「ミュリエル・ヴォルフバーン、確認をしていただけるか」
目の前に横たわっている二人の男女の顔を見た。それはミュリエルの父と母であった。だが本来あるはずの体の部位がところどころ何物かに食いちぎられており、遺体はほとんど残っていない状態であった。頭部が残っていただけまだ良かったようなものだった。
「何故…父と母が……こんな事に……?」
「ご両親はルフニエル王国のノルデンミストに荷物の輸送をしていた所、魔獣の襲撃に遭ったようだ。傭兵を雇っていたが彼らは危険を感じて逃げ出した。それでご両親が…」
ミュリエルの脳裏に昨日の朝の両親の様子が浮かんだ。雇っていた傭兵の顔も覚えている。あいつらが…父と母を殺したんだ…。
「ミュリエル…変なことは考えるな、落ち着け」
「ロゼッタ…私に、ワタシニ……オレに、剣を教えてくれ」
「ミュリエル……」
ロゼッタはそれ以上何も言わなかった。それどころか次の日からミュリエルの特訓へ付き合うようになった。
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「今の私には剣しかない、そうだろう、ロゼッタ?」
「いや、そんなことはないぞ?」
居るはずのない声に後ろを振り返る、後方ではキールとモミジがそして数百のシッフルの兵たちが、魔獣を的確に倒しながら付いてきていた。
声がしたのは後ろではなく、横だったのだ。
「そんなことはないぞミュリエル。お前には剣がある、強さがある、女っ気がある、可愛らしさがある、そして何より親友が私である。それだけのモノを持っているのにまだ贅沢を言うのか?」
なんと、ミュリエルのすぐ横を追走しながら敵を掃討するのは三英雄の一人、シッフルの半獣の戦士、聖騎士ロゼッタであった。よく見たら後方のキールとモミジはロゼッタの存在に気付いてかかなりあたふたした表情である。
「ロゼッタ……何故……いやそれよりも…」
何故ここにいるのか、という事よりも気になる事がミュリエルにはあったのだ。
「ロゼッタ、なんだお前その格好は!!」
「ん?これは私がパートタイマーとして働いている“麦ゅ麦ゅベーカリー”の制服に、エプロンを付けただけだが…?」
「何を言っているのか全然わからん!!」
ミュリエルにはパートタイマーもムギュムギュも何なのかよくわからなかった。ロゼッタは所謂ポロシャツとパンツの上にエプロンを付け、そして頭には三角巾を付けているだけだ。両の手に神剣であるシェラザハウィードとミスティブルヘリアを持ってはいるが、それでもこの戦闘で鎧の類を付けないとは正気の沙汰ではない。
「ミュリエル!私の格好などどうでもいい、リヴェルアルジーアを使え」
「ハッ!じゃあ遠慮なくイカせてもらうぞ!!」
ミュリエルは急に立ち止まり、長剣を上段に構えた。太陽光が神剣リヴェルアルジーアへと集まった。
「なんだなんだ!?」
「出るか、ミュリエルの剣技が!!」
キールとモミジは思わず手で目を覆った。それほどの光である。
「よくぞそこまで練り上げたミュリエル。私は純粋に、素直に、誠実に、実直に嬉しさを感じているぞ」
ロゼッタは太陽光に包まれていく友の姿をまぶたに焼き付けんと、その様子をじっと見ていた。
「頼むぞ、リヴェルアルジーア!!」
技名が名前となった神の剣であるリヴェルアルジーアは、太陽の光を刀身にまとって振り下ろされた。とてつもない爆音と共に太陽光のエネルギーが敵軍へと叩き込まれる。たった一瞬で敵軍は溶けていき、後に残ったのは焼き野原のみであった。
「敵は壊滅状態。もはや脅威ではないだろう」
「そォは問屋が卸さねェんだよなァ」
焼け野原の真ん中で地面が盛り上がっていき、やがて人の姿になった。それは以前シッフルを襲ってきた帝国軍人ディケル・ディキンソンであり、彼は何かに対して怒っているようであった。
「こっちに魔獣兵を向かわせている間にシッフル内部を落としてやろォと思ったんだが、もぬけの殻だった。それどころかテントも人の気配すらありゃしねェ。一体何をしたァ?」
「なんだ、それでキレていたのか。簡単なことだよ。全員テントごと避難させたんだ」
キールの言葉にディケルが片眉を上げる。全くわからないと言った様子であろう。これはアキラの祖父、ヤシモの力でテントごと国をラケッソ村に転移避難させたからであるのだが。
「キール、ここはオレが」
「いや、ミュリエル先生。コイツは俺にやらせてください」
ミュリエルの言葉を遮ってキールがでてきた。キールは両手の手甲をカンカンと打ち合わせながらディケルの前へと出た。
「さて、力比べならもう負けねぇぜ。泥人形野郎」
「ほォ?精々楽しませてくれよなァ…?」
キールとディケルが向き合い、お互いに距離をとって構えた。
「俺が死んだら頼むぜフェニクレイン」
『地獄の底まで着いて行くですよ、キール!』




