第五十六話 『アキラの根回し・プリフィロの戦い』
ラケッソの村で解散したアキラはモミジとキールを連れてシッフル国に来ていた。シグルドにシッフルの民の避難を提案する為である。避難に関してはシグルドも二つ返事で了承してくれた。
「フェルゼーさんから話は聞いていた。ついに帝国が来るのだな。我がシッフルも全軍を上げて迎え撃とう。ロット、オセロ、ガルス!」
シグルドの呼びかけに応じて三人の猫獣人が現れる。そのうちのロットとオセロはアキラたちと面識がある人物であった。
「ああ!お前たち、あの時の!!」
「ひえっ!申し訳ない!」
「この通りですだぁ!」
ロットとオセロは二人並んで素晴らしい土下座を見せた。それをなだめているとガルスと呼ばれた大柄な猫獣人がアキラたちに話しかけてきた。
「そこのキール坊っちゃんの図らいで王宮直属の戦士として迎えて頂けたわけだ。山猫人族を代表して礼を言う。それとアキラ君と言ったか、君はロゼッタの子だな?」
「はい、そうです」
「なるほど、ロゼッタと同じ良い目をしている。ロゼッタには随分と世話になったし、世話もしたな。あいつのオムツを替えてやった事もあるんだぞ。まあこれはまた戦いが落ち着いたら話そう」
ガルスはそれだけ言うとシグルドに視線を向けた。シグルドが大きく頷いた。
「此度は素晴らしい戦力を二人置いてもらえると言うことでとてもうれしく思っている。キール、それとモミジ君、よろしく頼む」
「故郷はしっかり守らせてもらうぜ!」
「ここを守らねばミュリエルに何をされるかわからん…」ブルッ…
キールは熱い思いを、モミジは自身の肩を抱いてぶるっと身震いした。そんな二人を見てアキラは次の場所へ向かうことにする。
「よし、じゃあ俺は次の場所へ、モミジもキールも気をつけてな」
「おーう!気をつけて行ってきんさい、旦那様よ!」
「アスカルデで会おう、アキラ!」
三人で円陣を組んで「えいえいおー!」と一声。それだけ交わすとアキラは次の地点へゲート移動したのだった。
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『嫌じゃ、あり得ん』
これが大精霊・古き狼のククルルの第一声だった。白い巨狼は尻尾をぱたりと振るとあくびをして眠りに入ろうとする。
『そもそも、わしら精霊は基本的に人間を助ける理由がない。わしらはこのイルシオン大森林でゆっくりと過ごすのみじゃ』
それもそうだ。ククルルには人間の生き死になど関係がない。長く世俗から離れているククルルにとっては人の争いなど全く関心がないのだ。
「そっかぁ…そうだよな。いや、ごめんククルル。さっきのは忘れて…」
『と、思っておったが、他ならぬアキラの頼みじゃ。その戯れ付き合ってやろう』
寝たままの姿勢で片目だけを開けてククルルが答える。大きな瞳から伸びる白いまつげが風をまとって大きく動いた。
「それじゃあ…」
『お主にはココルルをここから連れ出してくれた恩がある。お主の父親にもな。人の助けはせんがアキラの助けにはなろう。しばし世話になるぞ』
そう言って大きな体を起こすと、ククルルは遠吠えをした。そしてココルルの体ほどもある巨大な顔をアキラに擦り付けてくる。
『これ、恐れるでない。契約ができんではないか。別に取って喰ってやろうなぞ思っておらん』
「い、いやあ、でもやっぱりククルル大きいからビックリするわ」
ククルルの大きな頭に両手を当てて、アキラが自分の額をくっつけた。そして両者が光りに包まれて契約が完了する。
『さて、次はシレーネ海域とクレハの里の神社に行くんじゃろ?早う行こう』
「さすがククルル。話が早くて助かる」
短く言葉を交わすと古き巨狼とアキラは、イルシオン大森林から次なるシレーネ海域へゲート転移したのだった。
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『まあ、世界の危機なのですね?それは大変ですこと』
シレーネ海域に住む大精霊スンスンは話の飲み込みが早かった。隣にククルルが居たのも手伝ってか状況と力を貸してほしい旨は理解してもらえたようだ。
『それに、ククルルさんが出るなんて余程の事みたいですね?』
『それはそうじゃ、ゼーカルマール帝国は古くより集まる魔族。世界のバランスも崩しかねん奴らじゃからの』
スンスンはしばらく考え込んだ後にアキラへ向けてこんなことを聞いてきた。
『シンシンお姉さまは悲しむかしら?』
「えっ?」
『シンシンお姉さまは、争いが起きて人がたくさん死んでしまったら、悲しむかしら?』
シンシンはとても優しい子だ。精霊でありながら人間の事も自然のことも思いやることができる。きっと、今まで出会った人が亡くなると悲しむだろう。だから。
「ああ、きっとシンシンは悲しむ」
『絶対ですか?』
「絶対だ」
凄みのある真剣な顔をしていたスンスンが、アキラの発言を吟味するかのように目を閉じる。そしてゆっくり瞳を開けながら優しい声を出した。
『私はシンシンお姉さまを誰よりも信用しています。ですからシンシンお姉さまが誰よりも信用しているアキラさんを信用します。お手伝い致しましょう』
入江の岩場が三日月の形になっているシレーネ海域で、巨大な人魚が歌い出した。なんとも言えない微睡みを感じる、甘く優しい声だった。その歌声に釣られてか、様々な魚達が入江に寄ってきた。
『ここの住人たちもあなたを歓迎しています。アキラさん、顔をこちらへ』
「お、おう!」
スンスンに言われるがまま顔を近づけるアキラ。そして巨大な体をアキラと同じ人間大にしたスンスンがアキラの頬に両手を当てた。ふとシンシンとの契約もこんな感じだったなと思い返す。
『ダメですよ、私との契約なんですから他の女の事は考えないで下さい。例えお姉さまであってもです』
「わ、悪ィ…続けてくれ…」
むくれてそんな事を言うとスンスンが自身の額をアキラのそれとくっつけた。二人は強い光に包まれて契約が完了した。
『わぁ、アキラさんのマナはとても多いですね。そして大らかで真っ直ぐ…。お姉さまが好きになるのもわかります』
「そりゃどうも。とりあえずよろしくな、スンスン」
スンスンは嬉しそうに一度だけ頷くと、シンシンと同じように小さくなってアキラの左肩に乗った。
『あうあっ!』
「シンシンは“うきゅ”だったけどスンスンは“あう”になるんだな…」
スンスンとの契約が終わる頃には夜中になっていた。アキラも表情が強張る。
「急がないとな…」
小さく呟くとアキラとククルルは次の地点へ、ゲート転移で移動していったのだった。
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翌朝、まだ日が昇り始めた頃のプリフィロの町。
西にある正門とは反対側、帝国側になる門の前に仁王立ちで立つ少女の姿があった。桃色の髪を揺らしながら立つ魔女然とした格好の彼女の名前はメロディ・リンデット。風魔術を得意とする魔術師である。
「ついに来たわね、帝国。」
「魔獣も凄い量だなー!ココルルわくわくすっぞぉ!」
「気を引き締めていきましょう」
メロディに続いてココルルとシンシンが両側に立つ。ココルルは風を、シンシンは水をそれぞれ司る大精霊である。
「メロちん、私とシンシンが先陣を切って突っ込むから、討ち漏らした敵をお願いね」
「気をつけてねメロディ。私たちも全力は出すけど全部は見れないから…」
「わかったわ。後ろはあたしに任せて。絶対に守りきりましょう」
メロディの発言に頷くと、ココルルとシンシンが敵軍へと突撃していった。
「おおおおおああああ!ルーヴ・ナーゲル!シア・ヴィント!ルーヴ・クーゲル・インパクト!!」
「えやぁぁああ!シュレーネ・ヴァーチェ・バインド!ヴェノム・ヴァーチェ!ムル・ヴァーチェ!!」
精霊の二人はそれぞれが精霊術と魔術を組み合わせた戦闘を行っている。そして討ち漏らした敵をメロディが処理していた。
「ロス・デゴル!ルス・ルーシェ!ガル・ヴィント!!」
メロディも様々な魔術を巧みに使い分け、敵を倒していく。
「アーツコンジュラー・アーチェリー!!」
修行で得た新しい魔術で弓を召喚して矢を射る。一矢は百の矢になり、敵の上から降り注いだ。その中で、ココルルとシンシンの攻撃とメロディの攻撃すら凌ぎ切って突進してくる魔獣がいた。
「“ブモォォオオオ!!”」
「うっわ、ミノタウロスだ!!」
「メロディ逃げて!!」
ミノタウロスはまっすぐメロディに突っ込んできた。この距離、とても避けられそうにない。
「メロちん!!」
「メロディ!!」
二人の精霊がメロディの方へ向かおうとするも、敵の兵と魔獣の大群に邪魔されているようであった。
その間にミノタウロスは自身のもつ巨大な斧を振りかざした。
(ああ、あたし…死ぬのかな…アキラ……ごめんね…)
その時だった。
「ミノタウロスだ、討ちとれェ!!」
「オアアッ!!」
「ウラァ!!」
「ドリャッ!!」
「ッシャア!!」
「Just do it!!」
五本の剣がミノタウロスに突き刺さった。それを持つ五人の衛兵がミノタウロスから剣を抜いて飛び退ける。
「“ブ、モォ…”」
ミノタウロスの巨体が大きな音を立てて倒れた。メロディが後ろを振り向くときらびやかな宝石や貴金属の装飾を身に着けた恰幅のいい男が立っていた。
「ムラオサ…、それにあなたたち…」
「ハッハッハ!メロディ君が怪我をしては精霊術師の男に何をされるかわかりませんからなぁ!」
「ご無事でなにより」
「メロディさんお久しぶりです」
「やってやりましょう」
「我らの力の見せ所ですよ」
「Just do it!」
そこにいたのはプリフィロの町の領主である村長と五人の衛兵、そして百人近くの衛兵たちであった。
「よし、お前たちは前線で大精霊のお二人を援護するんだ!流れ弾には当たるなよ、労災は出んぞ!!」
「ハッ!」
「御意!」
「承知!」
「御意」
「ぎょっ…Just do it!!」
ムラオサの掛け声と共に五人の衛兵がココルルとシンシンの元へ向かう。
こうしてプリフィロの戦いを皮切りに帝国との戦いが始まったのだった。




