幕間Ⅳ話 『アスカルデの町の戦いⅠ』
帝国にほど近い場所にあるルフニエル王国の町、アスカルデでは帝国軍による攻撃が続いていた。新しい兵器による攻撃と魔獣を投入した戦法でルフニエル王国の兵たちはかなり疲弊していた。
「魔獣を手なづけてるなんて聞いてねえ」
「全軍、撤退を行っている。このままでは町が陥落するぞ」
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ…」
ルフニエル兵の殆どがこのアスカルデの町での戦いを諦めかけていた。その時であった。
「若い者がそんな簡単に諦めちゃあいかん」
一人の老婦人が杖を突きながら、前線へと現れたのである。
「お、おばあさん。こんな所に出てきたら危ないですよ」
「そうです!早く皆と避難を…」
「年寄り扱いするんじゃないよ!!!!」
老婦人の身を案じる兵士たちに怒号を飛ばす。老婦人はフードを取ると兵たちに背を向けて敵軍の方へ向き合った。その人の髪の色はきれいな桃色であり、一瞬だけ見えた瞳はエメラルドの宝石をはめ込んだかのように美しい緑色だった。
そして、小柄ではあるがとてつもない威圧感を背中から放っている。それはルフニエル兵たち全員が共通して感じたものであった。
「ここはあたしが防ぐよ。お前たちは怪我人の手当てに戻りな」
「で、ですが…」
「二度も言わせんじゃないよ!!!!」
老婦人の二度目の怒号で兵たちはすっかり怖気づいてしまった。
「もう少ししたらシーヤとロゼッタ、そしてリーゼロッテが来る。それまではあたしがマナで防護壁を作って防ぐ、それだけよ。わかったらさっさと行く!!」
左手で兵たちをしっしっ!と払う老婦人。通常ならそれでもこの場を退けない兵たちであったが、シッフル国を救った三人の名前が出たことで皆に希望が湧いたのだった。
「皆退けぇっ!!怪我人の手当及び最終防衛線の死守に戻るんだ!!」
「「「ウォォオオ!」」」
士気の戻った兵たちが一斉に引いていった。それを横目に、マナを特殊な構造で練りながら老婦人は小さく笑う。まるで自身の子どもたちを見送る母親のように、優しい笑みであった。
老婦人の構築したマナによる防護壁は町の周りの壁をすっぽりと覆う形で展開された。老婦人が扱うそれは、魔術や物理を含む悪意ある攻撃の全てを防ぐマナによる壁である。
「そうさね。若者はもっとあがいて、長く生きなければならない。死んでいくのは老人だけで良い…。じゃが、老人は時に若者よりも生に対して貪欲、ここで終わろうとは微塵も思っておらん!!」
薄く広く展開されていた壁が、厚く強固なものへと変わる。老婦人が壁へのマナ供給を更に上げて強化したのだ。
「魔族に堕ちた人間に、好き勝手させるわけにはいかない。あたしの子どもたちの未来と、これから生まれてくるであろう孫の未来の為にも、ここは絶対に通さん!!」
老婦人…魔人族であるブリュレ・リンデットの魂の叫びであった。
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「ルフニール、あそこ、見えるか?」
『随分と厚いマナ障壁のようだ。おそらくブリュレ・リンデットのもので間違いないだろう』
アスカルデの町をはるか遠くから見下ろしていたのは、巨大な竜とそれに乗る女騎士であった。
「もう少し近づいたら、私はブリュレの元へ降りる。その後はヤクモの所へ行ってくれるか?」
『もう良いのか?』
大きく翼を動かしながら竜が視線だけを向けてくる。それに対して褐色の女騎士は口元だけで笑って答える。
「私を誰だと思っている?」
『ヤクモの生涯の伴侶だろう』
「バカっ!そういうのじゃねーよ!!」
銀色の髪を揺らして女騎士がジタバタする。それに対して巨大な竜はやれやれと呟いて首をかしげてみせた。
『お前はシッフル最高の剣士、ロゼッタ・クルールォだ』
「自称を付けておけッ!!」
それだけ付け加えると、ロゼッタは巨大な竜から飛び降りて頭から町へ降下していった。
『付けずとも十分最高だと、吾輩は思うがな』
竜はグォオオオと一鳴きすると宿主である男の元へと飛んでいったのだった。
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『うわ!なんじゃ、あのデケェ壁は!?』
「マナによる障壁かしらね…ブリュレさんかしら?」
アスカルデの町へ向けて南方から走る影があった。馬と同じかそれよりも大きな銀色の毛並みの狼と、それに乗る魔術師の少女である。
『ねぇリーゼ、このまま南から入ったらいい感じかな?』
「うん、そしたら降ろして……私はこっちから片付けていくわ…。ココルル…、あなたはヤクモを助けてあげて…」
『合点承知の助!!』
銀色の狼は更に速度を上げていった。そしていよいよアスカルデの町の壁が見えた。
「飛ばしてもいいわよ……」
『いよっしゃぁあ!いっけぇぇええ!!』
銀色の狼が風を収束させて魔術師の少女に打ち込んだ。足元から風を受けた少女はその反動で敵兵が蠢く中へ飛んでいく。
「じゃあ……また会いましょ……」
『リーゼもお気をつけて!!』
銀色の狼は少女を戦場に送ると、別の方向へ走り抜けていった。
「さて…どうしましょうかね……」
未だ宙に投げ出されたままの状態で少女が考える。その内容は「作戦をどうしようか」ということではなく、「どの魔術で敵を殲滅しようか」であった。
「決めた……今日は土と火の魔術……」
少女はニッコリと笑みを浮かべるとひらりと地面に着地した。そしてどこから取り出したかわからないが長い杖を出して、敵軍へ向き合った。
「魔族なんだから…少しくらいは楽しませてね……?」
ルフニエル王国の王宮魔術師、リーゼロッテ・グライヴは魔術を練りながら、もう一度だけ微笑んだのだった。
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「ひぇっひぇっひぇ…。中心部なら安全と踏んでの事だろうがとんだ誤算じゃったみたいだのう?」
帝国の紋章のある軍服を身に着けた老人が変な笑みを浮かべる。目の前にいるのは避難民たちであり、そのほとんどが女性や子供であった。
「幻術使いのこのオーガスの惑わしの術にハマれば、どんな屈強な男でも敵わんのじゃよ…どれまずはお前から、見せしめに殺して行こうかのぉ…」
そう言いながら女性の頭に手を当てたオーガス。そこへ一人の幼い男の子が飛び出してきた。
「やめろ!母さんに手を出すな!」
「ほっほ?おぉ…これはこれは勇敢な子じゃ。ならばお前から狂わせてやろうかの?」
「そこまでだジジイ」
オーガスが「ほっほ?」と言いながら声のする方へ向く。そこにいたのは水か何かでずぶ濡れになっている少年だった。
「何じゃお前は?」
「シーヤ、ただの冒険者だ」
避難民たちがざわついた。口々に「シッフルの…」「シーヤ様が!」「英雄様だ」と言っている。
「なるほど、十二狂月を二人も潰した英雄様、かのぉ…?これは楽しみじゃ」
オーガスがずぶ濡れの少年に向けて手の平を向けた。
「ほれ、お前も狂ってしまえば良い。喰らえぇ…」
幻術使いのオーガスが能力を発動して少年の精神の破壊に移った。だが当の少年は。
「ジジイ、てめー何やってんだ?」
全く効いていない様子であった。
「なんじゃと!?わしの術が全く効いてない!?」
「あー、それもそうだわ。だって俺ってば……この人魚にずっと惑わされっぱなしだし?」
少年の側に寄り添うように深い青色の人魚が現れる。すかさずオーガスが次の術をかけるが、またしても少年には効果がないようであった。
「わかったわかった。ジジイ、てめーには本当の幻術ってのを見せてやろう。シンシン、いけるか?」
『狂わせましょう、永久に』
冒険者シーヤとお付きの精霊シンシンが帝国十二狂月八番目、幻術使いのオーガスと対峙する。
役者は揃った。本当のアスカルデの戦いが始まったのだった。




