第三十九話 『シッフル国王、シグルド・ラグスト』
入国、という実感は無い。身分証の提示も無かったし持ち物検査も無かった。ただ、皆キールを見ると顔パスの要領でするすると王宮まで来てしまった。
シッフル国、という名の幾数、幾千のテント群。その一つ一つ全てが個人宅であったり何かの店であったり、そして人が住んでいるというのだから驚きである。移動式住居ということでその様はサーカステントのようであった。
「国王様が来られます。しばしお待ち下さい」
鳥獣人の女性がお茶を出してくれた。恐らくこの場は謁見の間に該当する場所であるのだろうが、如何せん簡易な作りになっている。王が座るのであろう大きな椅子の前に並べられた四つの椅子に、アキラ、キール、メロディ、モミジの順番で座っていた。
「なぁキール…獣人って何種類いるんだ?」
少しの時間でも情報を仕入れておこうとアキラが耳打ちをした。
「ああ、例えば俺みたいな虎系や猫系、犬系、それと鳥獣人が多いな。あと一応トカゲや蛇系の亜人種も獣人として分類していい。それを更に分けるとなると果てが無いな」
「なるほど…」
キールの言ったとおりなのだろう。一言、獣人と言っても細かく分類されるようだ。
アキラとキールが話していると謁見の間へ聞き覚えのある二人の声が響く。
「キール王子!お戻りにニャりましたかニャー!」
「キール王子!このニャフタス、お帰りをお待ちしておりましたニャー!」
キールのお付きの猫獣人、ニャモとニャフタスであった。
「友をシッフルの観光へ誘っただけだ」
「理由なんてどうでもいいですニャー」
「マイーシャ様も喜んでおられましたニャー」
「マ、マイーシャだと…!」
ニャフタスが出した“マイーシャ”の名前に反応するキール。顔を見ると眉がピクピクと動いていた。
「言ったのか?マイーシャに?」
「キール王子がお戻りになられたと聞いて真っ先にお伝えしましたニャー」
キールの顔がどんどん青ざめていく。そんなにやばい相手なのだろうか。
「クソ…親父だけでも十分面倒なのにマイーシャまで…」
ぶつぶつと恨み言を言うキール。そうこうしているとニャモとニャフタスの遥か後方から、大きな足音と共に誰かが走ってくるのが見えた。
「ウォォォォォォォオオオオオ!!!」ズドドドドドドドド!!
「あー、来ちゃったよ」
キールが諦めたような呆れ顔でため息をつく。そして走ってきた巨大な獣人はキールを抱き上げて熱い抱擁をした。
「ウォォオ、キール!我が息子よ!よくぞ戻った!!」
「親父、頼むからせめて人前ではやめてくれ」
それこそがシッフル国の王、そしてキールの父であるシグルド・ラグストであった。
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「いや、お待たせしたようで申し訳ない。お茶でも飲みながら話そうではないか」
大きな手がお茶を飲むように勧めてくる。促されるままアキラたちがお茶を飲むとシグルドは満足そうに「うむ」と言って椅子に座った。
「此度はよくぞ戻ったキールよ。旅はどうだった?」
「今更ちょっとそれっぽく話してもダメだぞ親父」
そう言われてシグルドは耳を垂れてシュン…とする。ひょっとすると子に弱い父親なのだろうか。
「そうか、それもそうだな。まあそんな事は良いのだ。君たちの事を聞かせてもらえるかな?」
シグルドがアキラたちを見回しながらそう言ってくる。
「アキラ・シモツキ、精霊術師です」
「メロディ・シモツキ、魔術師です」
「モミジ・シモツキ、剣士です」
「おいちょっと待てお前ら気がはえーぞ、キールも何か言ってくれ!」
「いや、まあいいんじゃないか?」
「よくねーしッ!!」
メロディとモミジのボケにツッコむアキラ、そしてキール。その様子を見てシグルドは思わず吹き出した。
「くく…ワッハッハッハ!いい友人たちじゃないかキール!私は安心したぞ。お前にも良い友がいるではないか!」
言葉の通り腹を抱えてひとしきり笑うと、落ち着いたシグルドが涙を拭きながら話した。
「はあー、仲良くやれているようで私は安心した。…さて、そこの魔術師の君はメロディ・リンデット君だね?」
「ほえ?何故あたしの名前を?」
メロディが聞くと、シグルドは片目をつむって答えた。
「君のお祖母様には随分とお世話になったからね。君はブリュレさんによく似ている」
「おばあちゃんに…」
メロディの顔が引き締まる。そう言えば彼女の祖母の事はあまり聞いたことが無かったが。
「その話はまた今度しよう。そして、そこの竜人族の剣士はモミジ・クレハ君だな」
「うむ!その通りじゃな!」
モミジが胸を張って答える。彼女は世界的にも有名人であるので知られていても当然だろう。
「そして、アキラ君。君はヤクモとロゼッタの子か」
シグルドから両親の名前が出されると、一瞬だけ目を見開いてしまった。シグルドもアキラの両親の事は知っているみたいだ。
「なるほど、良い息子を持ったみたいだな。だが、女の子を二人侍らせていると聞いたらロゼッタが黙ってないぞ」
「それは想像に難くないのでやめてください…」
規律や誠実さと言った所に厳しい母親であった。メロディとモミジの事を知られたらきっと雷が落ちる事だろう。
「シグルドさん、聞きたいことがあります」
アキラが気になっていた事を話し始める。
「俺の母さん、ロゼッタ・クルールォの出身はシッフルであると聞きました。その出自を知りたい」
シグルドは片目だけを開けてアキラの話を聞く。そして、しばし吟味するように沈黙すると静かに一言だけ言った。
「それも、またおいおい話す事にしよう」
話してもらえないわけではないみたいだが、少し含みのある言い方であった。
「腹は減ってないか?そろそろ夕食時だからな、一緒にどうだ?」
すっかり雰囲気を変えたシグルドがそんな話題を振ってくる。だがそれよりもアキラたちは気にしなければいけないことがあった。
「あ、あのシグルドさん?俺たちの前に二人ほどシッフル入りした奴らがいたと思うんです。ロイスとキクって言うんですが、知りませんか?」
その言葉には沈黙だったが、シグルドは顔に大量の汗を吹き出させる事で返事をした。
「そ、その者たちなら今捕らえられておりますニャ」
「ぎっちぎちのがっちがちですニャ」
「わ、私は、開放した方がいいのではないか~?と言ったのだぞ!!」
「国王様が捕らえておけって言ったんですニャー」
「そうですニャー」
「言ってない!断じて言ってないぞ!!」
シグルドとニャフタス、そしてニャモが争いを始める。なんだこいつら…。
「と、とりあえず案内しよう!」
小走りのシグルドに連れられて、一行はロイスとキクの元へと走った。
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「うああああああん!!あんまりでずよおおおおおお!!」
「泣くなキク。きっと師匠が助けに来る」
テント群の一つ、牢屋の役割を果たすその場所にロイスとキクは居た。キクのからくり“骨馬”で早入りしたのは良かったが、歪な術を使うとかで牢にぶち込まれていたのだ。
ふとテント内に入ってくる気配にロイスが気付く。アキラたちであった。
「お、マジでロイスたちいるじゃねぇか…」
その声にキクが顔を明るくさせた。私は神の奇跡を見たと言わんばかりの晴れやかな顔である。
「うおああああああ!!アキラざあああああん!私、今夜だけならアキラさんに抱かれてもいいでずううううう!!」
「馬鹿言うな!二人だけで手一杯だわ!!」
牢越しにアキラに抱きつこうとしたキクを払い除けてアキラがシグルドに言う。
「というわけで、こいつらも俺たちの仲間なんで、出してやってください」
「う、うむ…すまない事をしたな…お詫びと言うわけではないが、一緒に食事をしようじゃないか…」
その後、牢から出てきた二人を連れて、一行はシッフル王宮専属シェフの料理を頂くことになった。




