第三十六話 『モミジの男気』
「さて、着いたぞ」
「今度は何処だよ…」
やっとの事地面に着いた足を少しだけ動かして、あたりを見回した。
和風な建築の家々が並ぶちょっとした村のような場所であった。
「どこだ」
「シノノメの国じゃ」
「はあ?」
思わずそんな返事を出してしまう。確かシノノメの国はルフニエル王国を海で挟んだ先にあるはず。そこへ行くとなると相当な時間がかかるはずである。
「まあ、わしの翼ならすぐじゃな」
「何故か納得してしまうわ」
普通に移動すればとんでもない距離もモミジの翼での移動ならひとっ飛びということであろう。
「ここは神竜神社じゃ、見覚えがあるじゃろルフニール?」
『吾輩が生まれ育った場所だ』
気付かない内に隣に竜の姿で顕現したルフニールがモミジに答える。そして。
『久しいなルフニールよ。もうこの国のことなど忘れたのかと思っていたぞ』
出てきたのは黒いルフニールと対象的に白い竜であった。
『久しぶりだなシンニール。変わりないようで吾輩は嬉しいぞ』
竜の姿のままの二人が神社の境内で抱き合う、何とも不思議な光景である。竜の二人が話に花を咲かせている間にモミジがその真意を話し始めた。
「どうじゃアキラ。故郷に帰る精霊たちは」
「嬉しそうだったな。みんな喜んでいる」
「そうじゃろう。そこで、アキラに竜人の秘術を教える」
そういって息を吸い直すモミジ。だが彼女が話すより先にアキラが答えた。
「ゲートの魔術か」
「さすがアキラその通り」
腕を組んで頷くモミジ。
「原理は簡単。行ったことのある場所に移動できる魔術って。使い方ややり方は少しずつ教える。それで、たまには精霊たちを家族に会わせてあげるといい」
「なるほど。とてもいい考えだな」
アキラがいつか叶えたかった事をモミジはわかっていたのだ。精霊たちにも故郷がある。たまには帰りたいと思うだろうし、それをなんとかしたいとずっと思っていたのだ。
「ありがとうモミジ」
「なんじゃ!改めて言われると照れる!やめい!」
ぷいと顔をそむけるモミジ。こういう仕草はとても女性らしいと思う。
「ところでモミジさん。そろそろお腹が空いたんですが…」
「おー!そういえば昼じゃったのぅ。良い飯屋があるけぇ食べに行こう!」
神竜シンニールと別れを告げた二人はシノノメの国の大きな街へ移動をしたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
飯屋《どすこい亭》
「見れば見るほど日本みたいだな。違うのは竜人族ばっかりって事くらいか」
「何をぶつぶつ言っとるんじゃ」
箸で鳥の唐揚げ定食をつつくモミジが訝しげな顔でこちらを睨む。モミジに向けて手をひらひらさせた後にアキラも自分の定食の唐揚げを頬張りながら店内を見渡した。
うーん、とても和風。まるで日本みたいだ。
「まあわしの奢りじゃけぇ、味わって食べるんじゃな」
「え、まじっすか。ごちっす!」
ご飯を食べ進みながらもアキラはモミジの方をちらっと見る。精霊たちの軽い里帰りの件もそうだが、一体どこまで考えが及んでいるのだろうか。一見何も考えていないようだが先のことまで考えているのがモミジであると今回痛感した。
「なんじゃアキラ。じろじろ見ておるのはわかっとる」
「ああ、ごめん…」
「い、いや、別に見られるのは嫌じゃないんじゃがな!それよりもどうじゃ、飯はおいしいか?」
「うん!すげえうまいよ!モミジが前作ってたサバンの味噌煮も絶品だったけどなー!」
その言葉にモミジが顔を真っ赤にしてうつむく。
「ばかタレ!早く飯を食わんか!次も行く所があるけぇの!」
アキラは慌てて残りをかき込むと、モミジと二人で大きな山へと向かっていった。もちろんモミジの翼で。
そこから見える風景は素晴らしいものであった。自然との共生がうまく出来ているらしいシノノメの国の様子はとても美しかった。
「すげえいい景色。綺麗だなー」
「そうじゃろう、わしも綺麗だと思う」
だがモミジは風景ではなくアキラをじっと見ていた。
「ど、どうかしましたか、モミジさん?」
「アキラ、ここからはわしの真剣な本音じゃけぇ、しかと聞き届けてくれ」
モミジは一度だけ、長く瞳を閉じると、何か光るものを目に宿して話し始めた。
「わしはなアキラ、お前が好きじゃ。わしより強い男はなかなか居らんからのぅ、それもあったんじゃが…。わしと最初に戦うた時、最後の一撃で手を抜いたじゃろ。あの時のアキラの力ならわしを殺すこともできたはずじゃ。じゃがアキラは手を抜いた。それはなぜじゃ?」
アキラは少しだけ記憶の海を泳ぐ。確かにあの時、全力で振り抜いたとは言え力は出し切っていなかった。それはただ単に。
「いや、まあ、怪我したら痛いし可哀想かなと」
「それじゃ。わしはその優しさにも惚れた。強い者は居っても強くて優しい者は居らんけぇの」
モミジの視線はアキラから離れない。アキラもそれに対して真っ直ぐにモミジを見つめていた。
「一緒に飯を食ったら尚うまい。一緒に景色を見たら尚キレイだと思える。一緒に過ごしておると尚楽しい。アキラとはこれからもそんな時間を増やしていきたい。増えたら良いなとわしは思っとる。アキラにも、それと精霊たちにも、もちろんメロディやキールたちも、幸せになってもらいたいと思う。できる限りはの」
まばたきをしなくなったモミジがアキラを見つめたまま最後の言葉を紡いだ。
「アキラを幸せにして、わしも幸せになる。アキラはわしと一緒に居れば良い。じゃから全部わしに任せて勝手に幸せになっておれ。わしはアキラといられるだけで、それだけで幸せじゃ!」
男気のあるモミジの言葉が深く心に刺さる。彼女はどこまで強い人なのだろうか。
「モミジ、俺は…」
「ええい!恥ずかしい!素直に分かった、任せる、愛してるよモミジちゃんと言わんか!」
それに対してアキラは、照れ隠しで眉を寄せてやれやれとジェスチャーしてみせてから答えを言った。
「分かった。頼りにしてるよモミジ。これからも俺を支えてくれ」
その様子を片目だけ開けて見ていたモミジがニカっと笑ってアキラを抱きかかえた。
「よう言うた!アキラはわしにおんぶにだっこでいいんじゃ!さあノルデンミストに帰るぞ!!」
「現に今抱っこされてますしね…」
鼻歌を歌いながら飛び上がるモミジにはアキラの言葉は聞こえなかったようだ。アキラはそのままモミジの鼻歌を子守唄に眠りこけてしまい、次に目覚めたのはノルデンミストの宿に着いた時の事だった。




