第三十三話 『デート de メロディ』
ついにこの日が来てしまった、という心境だった。今日は朝の早い時間からノルデンミストの商業地区へ出かけているのだ。大きな街の商業地区ともなると朝から活気が出ており、また隣のシッフル国とも近いからか、多種多様の物が売られている。
ふと隣の少女の顔を見る。桃色の髪に整った顔立ち。緑の双眸はエメラルドのように透き通って綺麗だ。全身を覆う茶色を基調としたローブ、そしてトレードマークのトンガリ帽子。アキラより少し背が低い程度で「魔女と言えばこの格好」と言わんばかりの少女が隣を歩いていた。
名前をメロディ・リンデット。この世界では珍しい魔人族のクォーターだ。どういうわけか昔に知り合っていたらしく、お互いに子供ながら好意を寄せていた相手である。
今日はそんなメロディとのデートの日である。
先日のパーティの準備の為にとロイスとキクをデートに行くように焚き付けた際に、見事飛び火がアキラの全身に回ってしまった、その結果である。
「致し方なしとも思えば」
「どうしたの、アキラ?」
隣で桃色の髪が跳ねる。エメラルドグリーンの双眸はアキラのスカイブルーの瞳を見据える。素直で、真っ直ぐな瞳だった。
「いや、なんでもないよ」
「変なの」
そう言って後ろに手を組んで隣を歩く彼女はとてもうれしそうな顔をしていた。
自分の何がそうさせているのかはさっぱりであったが悪い気はしない。
「ねぇ、行こう」
その言葉と共に差し出された手を掴むと、アキラが掴んだよりも強い力でメロディが握り返してきた。この細腕の何処にそんな力を隠しているのだろうか。
「そんな急がなくても」
「だって今日はデートだよ?零から百まで楽しまなくちゃ」
彼女の手に引かれて少し早歩きになる。その早歩きも何故かお互いのタイミングはバッチリでスムーズに移動ができる。
アキラは何とも言えない居心地の良さを感じながら、少女の手にすべてを委ねるのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく歩いていると、ガラの悪い人族のカップルが歩いてきた。
何か一悶着ありそうだなと思っていると、案の定男のほうが絡んできた。
「おおう?なんだなんだ兄ちゃん、魔人族の女なんか連れてよォ。モノ好きだねぇ!」
その発言でムッとするアキラだったが、ここはスルーが一番だ。
隣のメロディも悔しそうな顔をするもぐっと我慢する。こうして、未だ消えない亜人差別の一端をここで見ることになってしまったわけだ。
「なんだよ無視かよ!だいたいなあ、その女の変な色の髪も、緑色の目も気持ちわりーんだよ!!魔人族が人族の町をうろついてんじゃねーよ!!なぁ!」
「ジュナスってば、チョーウケるんですけど、キャハハ!」
ジュナスと呼ばれた人族とその彼女であろう女が下品に笑う。
今の発言にはさすがのアキラも物申さざるを得なかった。
「あのさ、見た目だけで判断するなよ。まずメロディは魔人族の血は入ってるけど、四分の一だけだ。それに」
メロディのトンガリ帽子を取って、髪をかき上げる。皆の前で晒されたメロディは顔を真っ赤にしていた。
「なっ!ちょっ、アキラ!」
「メロディはな、すげー美人だ。きっと歳をとっても可愛いおばあさんになるだろう。桃色の髪はな、日の光に当たると桃色だけど月の光にあたると虹色に輝くぞ。それにな、緑の瞳は潤むととても綺麗だ。あと…」
じたばたするメロディを他所にアキラは尚も続ける。
「いつもふわふわしてるけどちゃんと考えてるし、優しいし、笑顔が可愛い。魔術はすげー使えるし、非の打ち所がない良い子だぞ。俺はメロディが大好きだ」
「ギャーー!!」
いつもの仕返しとばかりにメロディを辱めるアキラ、というわけではなく、ただメロディの良いところを羅列したわけだが。
「もういいからやめてぇ……」
羞恥に身悶えするメロディであった。
だがアキラはあくまで真剣にジュナスへ向けて言い放つ。
「お前のような見た目だけで判断する奴を俺は許さない。ましてや俺の好きな人を外見だけで文句言うなんて不愉快だ。わかったなら消え失せろ、気分が悪い」
アキラの言葉に周りの亜人種の人々が口々に「そーだそーだ!」「失せろ!」「帰れ!」「Just do it!!」とまくし立てる。
「ぐっ…クソ…!行くぞローズ!」
「あ!ちょっとジュナス、マジ待つしぃー!」
耐えきれなくなった人族のカップル二人はそそくさと逃げていった。
その後は周りの獣人族や魔人族に今の行動を称えられ、アキラは長らく胴上げをされたのだった。
「もう、ばか!」
メロディのアキラに対するある種感謝の一言は、本人には聞こえていなかった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カフェ《コスモバックス・コーヒー》
「うーん……アキラは何にする…?」
緑の瞳がそう聞いてきた。昼下がり、おしゃれなカフェに足を運んだ二人はメニュー表を前にして注文に悩んでいた。ここはノルデンミストでも人気のカフェらしく、人族、獣人族など種族を問わず様々な人が利用していた。
「よくわからないんだけど、オススメはありますか?」
思わずウェイトレスにオススメを聞いた。呼び止めたウェイトレスはトカゲによく似た獣人であった。
「ええ、今ですとカプラカ・ルチャティーノとパンケーキのセットがオススメですよ」
「ええ…カプラチャチャティーノ?」
よく聞き取れなかったのでアキラが適当にオウム返しすると桃髪の少女が笑った。
「カプラカ・ルチャティーノ。カプラカって言う豆のお茶にいろいろ入れた甘い飲み物で、ノルデンミストではよく飲まれてるのよ」
「ほえー、じゃあそれをもらおうかな」
メロディの説明でようやくどんなものか理解したアキラはそれを一つ注文した。
「メロディはどうすんの?」
「あたしはカプラカ・キャラメリアーノ・グランデ、キャラメリゼ盛り盛りミルク増し増しのパンケーキセットで」
「かしこまりましたー!」
一瞬で注文を受けたウェイトレスはササーっと厨房へと行ってしまう。
そしてたった数分で注文品が届いてしまった。
「お待たせしましたー!カプラカ・ルチャティーノのパンケーキセットと、カプラカ・キャラメリアーノ・グランデ、キャラメリゼ盛り盛りミルク増し増しのパンケーキセットです!」
「はやっ!牛丼屋かよ!」
並べられた注文品を前にツッコむアキラにメロディがキョトンとした顔で聞いた。
「アキラ、牛丼屋ってなあに?」
「あ、そうか、この世界に牛丼ってないのか」
こういう部分でジェネレーションギャップ?ワールドギャップ?を感じてしまう。
「今度作ろうか。いや、でも醤油がないか…ん?待てよ」
「?」
尚もキョトンとするメロディにアキラは続けた。
「メロディのおばあちゃん特製のステーキソース、作り方教えてくれないか?あれなら牛丼を再現できる!」
適度に甘辛く、そして酸味の聞いた謎のソース。あれなら牛丼に近い味が再現できるかもしれない。
「作り方教えるのは良いけど、アキラ?」
「ハッ!?すまん、ちょっと別世界に脳内トリップしてたわ…」
牛丼に持って行かれていた意識を再び現実に戻す。目の前のメロディがパンケーキを食べてうっとりしていた。そんなにおいしいのだろうか。
とりあえず一つ、口に放り込んでみる。
「おお!これはうまい!」
「でしょでしょ。ここのパンケーキも有名なんだから」
メロディが胸を張ってふふん!と言ってみせる。
「メロディと一緒だと余計にそう感じるよ」
何の気なしに言った言葉だったのだが、メロディにはクリティカルヒットだったみたいだ。
「ぐわはッ!!」
「お、おい!大丈夫かメロディ!!」
残りの時間は倒れたメロディの介抱に当てられたのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれ…あたし…」
「お、起きたか」
メロディが目を開けると目の前にアキラの顔があった。
「はうあっ!!」ゴチーン!
「あいてっ!!」
びっくりして起き上がろうとしたメロディの額とアキラの鼻っ面が激突する。
お互いに患部を抑えてひとしきり悶えた後にアキラが話し始めた。
「いたたた……おっ、ちょうどいい時間だな」
「うん?」
いつの間にかアキラに運び出されていたのだろう、メロディとアキラはノルデンミスト内の小高い丘の上の広場にいた。先程のカフェからすぐ来れる距離ではあるが。
見るとちょうど夕日がノルデンミストの城壁の向こうへと沈んでいく様子が見えた。
「夕日はいつ見ても綺麗だな」
「うん、綺麗。アキラといると余計にそう思える」
メロディもこの時ばかりは無意識の言葉だった。
「俺はな、メロディ」
アキラが唐突に話しだした。
「メロディとずっと一緒にいたいって思う、でも」
「モミジも大事だ、でしょ?」
アキラは驚いた。今しがた言いかけたことをメロディに先に言われたからだ。
「あたし知ってるよ。アキラがアキラの中で他人を順位付けしないことくらい。アキラ優しいもん」
「いや、あの……」
次の言葉が見つからなかった。いつも笑ってぽわぽわしている桃髪の少女に、この短期間で全て見透かされていたのだ。優柔不断な自分の情けなさを突きつけられたような気がして、アキラは夕日に照らされて少し赤みのかかった桃髪の少女を見つめることしかできなかった。
「だからアキラは、キールやフェニクレインと仲良くして、ロイスと切磋琢磨し合って、キクはまだよくわからないけど…、あと三人の精霊を大事にして、モミジの好きをちゃんと受け止めて愛してあげる。そして」
メロディの緑の瞳がアキラを捉えた。
「残った分で、あたしを愛したらいい。アキラが無理しない程度に愛してくれたらいい」
「そんなの…」
ただ都合がいいだけじゃないかと、言いかける。メロディの言うことは謎が多い。アキラとしては全てをうん、そうだねとは返せない内容であった。
「アキラはあたしの良さを知ってくれてるけど、あたしもアキラのいい所は知ってるもん」
隣に座るメロディの視線は真っ直ぐアキラへと向けられたままだ。
「だから無理しないで、みんなと同じようにあたしに接してくれたらいい。あたしは文句言ったりしないし、きっとどんな時でも力になるから。あたしを大好きだと言ってくれたあなたを、ずっと好きでいたいと思うから」
涙が出そうになった。自分をここまで好きでいてくれる人がいるのだ。その気持ちを真っ直ぐに伝えられるとグッとくるものがある。
「アキラの幸せがあたしの幸せだから。アキラはみんなを幸せにして、あたしはアキラを幸せにする。それだけでいいじゃない?」
メロディに完敗だった。自分の英雄気質な性格を全て受け止めると言うのだ。心の寛容さ加減でいうとメロディには勝てそうにない。
「わかった、ありがとう…」
絞り出たのはそんな短い、感謝の言葉だった。
「よろしい。さて、随分と暗くなってきました」
空を見るとすっかり日は落ちて、星たちがそれぞれ自己主張を始める時間になっていた。
「宿まで遠いですね」
「ん?ちょっと待てよ、歩いて帰れる距離ではあるぞ!」
メロディの雰囲気がおかしい。これにはアキラも先の展開が見えた。
「ここから少し路地に入ると、“休憩”か“宿泊”か選べる宿があるんですわぁ」
「うわああああ!!エロディだああああ!!」
エロいメロディ。略してエロディ。
「さあさあ、せっかく愛を確かめ合ったわけですし。めくるめく快楽の世界に行こうじゃない!」
「いや、それはさすがにダメといいますかね!!」
腕を掴まれたアキラと、それを引きずるメロディはどんどん変な明かりの宿街へ入っていく。
「あの、ちょっ…」
「いいからいいからぁ…メロディを信じてぇ…」
「もうそれはええっちゅうねん!!」
その後は入る入らないの攻防を繰り返したアキラたちだったが、結局はメロディが根負けして宿に戻ることになったのだった。




