第三十二話 『他者に食物を口まで運ばせる魔術“あーん”再び』
昼食に合わせてロイスの婚約パーティ兼キクの歓迎会が開かれる事になった。それでアキラ、キール、ロイスの三人は食材を市場で買って宿に帰ってきたのだが、宿屋に入った瞬間に殺気を感じて全員が思わず身構えた。
「二人も気付いたか」
「ああ、これは只者じゃねえぞ」
「しかし…これは…」
刹那、吹き抜けになっている二階部分から全身黒衣の女が飛び出した。手には小さめのナイフが握られており、それは確実にロイスを狙っていた。
「ぬぅんっ!!」
すんでのところでロイスがナイフを躱し、その刀身を手で止めた。これだけでも随分と超人的な動きであるが。それに対して黒衣の女は更に蹴りを繰り出す。ロイスがそれの攻撃を、ナイフを掴んでいる手とは違う方の手で受ける。
「ぐっ…何のつもりだキク」
「あら、妖族では亭主の帰宅はこうして出迎えるものですよ」
紛れもなく黒衣の女はキク・ティシマ改め、キク・ロイフェンであったのだ。
「私の家へ嫁入りするのだから私の家の様式にしてくれ」
「妖族にとっては最高の愛情表現なのだけれど……」
変わった文化もあるもんだなと感心するアキラとキール。そしてちょうどロイスとキクが揃ったので準備のためにしばしぶらぶらしてもらうことにした。
「ちょうどいい。ロイス、キクとデートでもしてこいよ」
「で、でで、デート!?」
デートという単語に過剰な反応を見せたロイス。一体どうしたのだろうか。
「わ、私は生まれてこの方女性とデートをした事がない!どうしたらいいんですか、師匠!!」
「俺もそんな経験ないからわからねぇよ」
縋るキールを片手で払いのけるアキラ。わからないものはわからないのだ。
「あら、ロイス様。そういう事でしたら私におまかせくださいな」
キクがにっこり微笑んだままそんな事を言った。
「おーよかったなロイス。キクがリードしてくれるってよ!」
「まるで姉さん女房だな」
アキラとキールの言葉を聞くと、キクがロイスと腕を組む。
「さっ、行きましょうかロイス様」
「あいたっ!ちょっ、キク殿!関節が極まって…!」
腕を組んだロイスとキクがずんずんと宿の外まで歩いて行く。
「昼飯までには帰ってこいよー!!」
最後にキクがアキラの方をちらりと見てニッコリ笑い、二人は歩いていったのだった。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アキラたちが部屋に入ると、メロディとモミジがアキラに飛びついてきた。
「ぐえぇっ!なっ、いきなりなんだよ!!」
それに対してメロディとモミジが鼻息を荒くして答えた。
「ロイスとキクちゃん、デートに行ったでしょ!!」
「そうじゃそうじゃ、わしらもしたことないのに!!」
「なんだそんな事か…」
ロイスとキクのデートに何か問題があったかと少しだけ心配をしたが、そうではなかったみたいだ。だが当の二人は。
「そんな事……?」
「ほぉ……そんな事とな?」
顔に青筋を浮かべるほどに怒っていた。
「い、いや、今のは!言葉の綾と言いますか…本心ではないので、ええ…」
「納得いかない…」
「ここで絶刀を放ってもいいんじゃがのぉ…」
そう言いながらそれぞれ杖と手刀を構える二人。これは非常に良くない。
「わかった!!ちゃんと時間とる!!この休み期間の間にデートの時間をそれぞれ!とらせて頂きますので!ええ!!」
それを聞いた二人の顔が穏やかになる。さっきまでは般若面みたいな顔をしてたのだが。
「そっかそっか。そうよね、アキラがまさかあたしとデートもしないなんて。そんな事ないもんね?」
「そうじゃ。わしとてあまり気が長い方ではないからのぉ。いい判断じゃと思う」
こうして、半強制的に二人とそれぞれデートをする事になった。
そしてやっとアキラは本題に入った。
「さて、それでな。まあ諸々含めてみんなでぱーっとパーティでもしようと思って食材買ってきたんだけど、どうかな?」
これには二人も同意で、二つ返事で了承してくれた。
「じゃー料理を手分けして作ろうか!」
アキラの一声で皆がパーティの準備にかかったのだった。
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「というわけで、キクの歓迎会兼ロイスとキクの婚約パーティってことで、いらっしゃいおめでとう、そして乾杯!!」
アキラが乾杯の音頭をとって、仲間内のパーティが行われた。
仲間内と言っても精霊の四人を含めたら既に十人。随分と大人数になったものだと感心する。
「いやしかし、この短期間でいろいろ起こりすぎたな…本当に疲れたわ…」
アキラがぼそっと本音を漏らす。それにメロディが即座に反応する。
「アキラ、大丈夫?無理しないでね。ここであたしとゆっくり過ごそう?」
「お、おう、そうだな。サンキュ、メロディ」
メロディがよそってくれた料理を受け取ってそれを食べる。これは確かモミジの故郷の料理だと聞いた。見た目は完全にサバの味噌煮である。
「どうじゃアキラ?わしの作ったサバンの味噌煮は!うまうまじゃろ!」
これ、ぽいなと思ったらほぼそのまんまじゃないか…。刀剣といい着物といい、シノノメの国って日本に近い文化を持っているのだろうか。とりあえず一口とって食べてみる。
「うまいよ!故郷の味を思い出すわ」
「ふふん!そうじゃろう、そうじゃろう!わしはアキラの良き妻としてこれからしっかりせんといけんけぇのぅ」
アキラの評価にモミジが胸を張る。当初は只の戦闘狂かと思っていたが、意外と女性らしい家庭的な部分もある。
「ほ、ほら!あたしのおばあちゃん特製のソースを使ったお肉よ!食べて!」
「お、おう。いただきます」
メロディが次に渡してきたのはメロディの故郷の料理らしい。確か出身は魔人族と魚人族の国、ミスミティオン連合国家だったか。
厚めに切られたステーキ肉の上に黒くどろっとしたソースが乗っている、そんな料理だ。
一口大に切り分けてメロディがこちらへ差し出す。所謂「あーん」のポーズである。
「はいアキラ、あーん…」
「あーんむっ……んっ、うまい!」
ステーキ肉の上に乗ったソースは甘辛く、わずかに酸味がある。それが肉と絡んで最高の相性だ。メロディのおばあさんは凄いものを生み出したなと感心する。
それを見ていたモミジが。
「なっ、ならば、わしの次の料理じゃ!ほれ、ヤミクモガモの燻焼きじゃ!アキラ、わしもあーんじゃ!」
モミジもメロディの真似をしてあーんをしてくる。鴨のような鳥の肉を炭火で焼いて味付けをしたものだ。側にある薬味を付けてモミジがそれを差し出す。
「あーん……んー!これもうまい!」
「ほ、ほらアキラ次あたしの!!」
嫌な流れになってきたと本能が警報を出し始める。これは…。
「ほらぁ!あたしの料理の方が美味しいんだから!!」
「なにをぅ!?わしの作ったものの方がうまいに決まっとるじゃろ!」
メロディとモミジが争いを始めて、アキラの口にどんどん食べ物を詰め込む。もうアキラの口はリスの様にパンパンである。
「ひゃ、ひゃめれ……」
「どっちが美味しいの!?」
「どっちがうまいんじゃ!?」
アキラはしゃべりにくい口を必死に動かす。
「ひょ、ひょっちもうあいから!(ど、どっちもうまいから!)」
アキラの胃の中にどんどん食べ物が詰め込まれているのとは別の所で、我関せずといった様子で食べていたキールの袖が小さな手によって引っ張られた。キールの袖を引いたのはフェニクレインである。
「キール、キール!」
「んーん?どうしたフェニー?」
よく見ると匙で肉のスープを掬ってこちらに向けている。
「キール。はい、あーん!」
「おっ…、あーん…。んー!フェニーにあーんしてもらうと一段とうまいぞ。ほらお返しだフェニー」
キールも同じように突き匙で肉をフェニクレインに運んでやった。それをできるだけ大きな口で開けて食べるフェニクレイン。
「んー!キールにあーんしてもらうと、幸せな気分になっておいしさ爆発ですぅ!」
「んー、そうかそうか。そりゃよかったよ」
そしてもう一方では三人の精霊が人の姿で静かに食べていた。
「たまにはアキラもゆっくりさせてあげないとね!」
「吾輩は現状のアキラがゆっくりできているとは思えないんだがな…」
「あれ…が、メロディ…たちの…愛…の形だから……」
この度は三人だけでゆっくりと食事をする事にしたようだ。
そして最後にこの二人。ロイスとキクであるが。
「はあい、ロイス様。あーん、ですよ」シュッ
「む、師匠たちがやっているからと真似しなくても良い。あと突き匙で首元を狙うな!」パシッ
あーんの合間に首筋を狙う「妖族式愛情表現」を行っていた。
後はフェニクレインが暴走して小火を起こしたり、酒を飲んで酔ったココルルが狼の姿で走り回ったりなどがあったが、比較的楽しく平和にパーティは続いた。
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夜、風呂場から聞こえる声で目が覚めた。今日に限っては一人でゆっくりと入浴ができたということもあり、アキラは早い時間にベッドに入っていた。
だが声がする。もう皆風呂には入っていたはずだが…。
「アキラ、お前も起きたのか…」
ちょうど同じくらいに目が覚めていたキールがアキラへ声をかけてきた。
「ああ。この声、キールはなんだと思う?」
「わからん。だが今布団に入っていないのは」
アキラ、メロディ、キール、モミジは一つずつ。三精霊は三人で一つのベッドを。フェニクレインはキールのベッドの中で寝息を立てている。
つまり今風呂場にいるのは…。
「ロイスとキクか?」
「恐らくな」
アキラとキールは耳を澄ました。周囲の雑音を意識から遮断して風呂場の声に集中する。
「こ、こらっ、やめないか!」
これはロイスの声だ。そして。
「ああん、いいじゃないですかあ。私達夫婦になるんですよ?」
キクの声。これだけでアキラもキールもだいたいの展開が予想できた。
「いやいくら夫婦だからと言ってこれは、アッー!」
「ロイス様、ご立派ですよ」
「あ、ちょっ。それ以上は本当に!」
「いいからいいから、キクを信じて下さいな」
内心どこかで見た展開だなと思うが敢えて口には出さない。キールを見るとアキラと同じジト目のままさもありなんといった顔をした。
「そ、そんな一昔前のコントのような事を言われてもっ、ぐああ!」
「ほら、もう少しですよ。はい頑張って、頑張って…」
なるほど普段の俺はこんな風に見られているのか、と自分と重ね合わせてアキラが呟く。
「やめろキク!……あふんっ!!!」
「「南無阿弥陀仏……」」
最後のロイスの断末魔に手を合わせて二人は再び眠りについたのだった。




