第三十話 『からくり人形繰りのキク』
夜になって人が出歩かなくなると、例え大きな町であっても物悲しさを感じてしまうものである。加えてこのノルデンミストでは幽霊騒動が起こっているのだ。夜に出歩こうと思う物好きも少ない。騒動の当初こそ肝試しついでに調べに行く者もいたそうだが、現在はさっぱりである。どの家も早い時間に戸を閉めてしまっている。
「随分と冷えるな」
そう言葉を漏らしたのはアキラ。アキラ、キール、ロイス、フェニクレイン、ルフニールの五人は、現在ノルデンミストの町を北側から調べる。またメロディ、モミジ、ココルル、シンシンは町の南側から、最終的に町の中央に位置する役場前広場で合流する予定になっている。
「本当に何かが出そうな寒さだ」
続いてキールが答えた。歩く四人の間に吹き抜ける風は冷たく、それでいて重い。
「…嫌な風です」
ロイスが呟いた直後に気配を察知したキール。ロイスに向けて放たれた何かを獣の本能が危険物であると判断させる。
「ロイス!!」
「…!!??」
ロイスを突き飛ばすキール。キールの咄嗟の行動は、ロイスを突き飛ばすだけにとどまった。
肉を引き裂く音が聞こえた。
「…はっ?」
「ガァ……痛ェ…」
アキラが直後見たのは無数の骨のような突起物に貫かれたキールの姿。傷からは鮮血が吹き出し、さらに口からも血を吐いた。
「あらあ…外れちゃったわねぇ…」
全身黒衣の女。ノルデンミスト入りをした直後に見かけた、顔色の悪い女がそこに立っていた。月光に照らされた彼女の手からは数十本の、否数百本の光る“糸”のようなモノが伸びていた。
「まあいいわ…猫ちゃんの血を見るなんて久しぶりかしらねえ」
骨の杭がぞりぞりとキールから抜かれていく。キールの体は力なく倒れて動かなくなった。
「アキラ、すまん…が、少しお暇させ…てもらうぜ…」
「馬鹿野郎、喋るな。クソ…」
アキラが次の行動を考える。すると元の火の鳥の姿のフェニクレインが出てきてアキラに耳打ちする。
『突然の事に反応できなくて、契約精霊失格です。ですが、キールは必ずなんとかします。ボクに任せるです』
フェニクレインが力強い目でアキラに言う。いつもの泣き虫は発動しなかったようだ。
「わかった、頼む」
『はい、です!』
パタパタと飛んで倒れたキールの上に乗ったフェニクレイン。
『少しショッキングかもしれませんが、安心して欲しいです』
フェニクレインがそう言って翼を広げると大きな炎をまとって燃え始めた。キールの体に炎が燃え移り、そして二人は灰になってしまった。
突然のフェニクレインの行動に唖然とするアキラであったが、彼女の言葉を信じて先を見ることにする。
「ロイス…あれは、さっきのはなんだと思う?」
「妖族、そしてあの骨のようなものはあの女特有の暗器。恐らく、糸で操る人形の類」
「正解。頭がいいのねぇ…でもね」
女の腕が大きく上げられる。闇に溶け込んでいたソレが姿を現し、その姿にアキラとロイスは息を呑んだ。
「あなたの罪は重いのよ、ロイス・ロイフェン。許すも生かすも絶対にしないんだから…私は、私の最高のからくり“がしゃ髑髏”で復讐を果たすだけよ」
巨大な骸骨のからくり人形の腕がアキラたちに振り下ろされた。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ノルデンミスト南の人通りの少ない場所でメロディたちは突然の襲撃を受けていた。幽霊騒ぎの正体がからくり人形であると早い段階に気付き、調査ではなく人形の破壊に目的を変えていた。
「相手が人形なら、手加減する必要もないけぇのぉ…どぉりゃっ!!」
モミジが射程距離無限の飛ぶ斬撃を手刀で放つ。それによって、辺りにいる髑髏の人形たちはばらばらに壊されていく。
「ルーシェ!!ガル・ヴィント!!」
光魔術であるルーシェで光源を生み出して視界を確保、風魔術ガル・ヴィントでからくり人形を壊していくメロディ。彼女はまだまだ余裕のある表情で戦っていた。
「そーれ、わっしょいわっしょい!ほら、わっしょいわっしょい!!」
「あ…えいっ!そりゃっ…!とぉっ……!」
こちらは謎の掛け声で風魔術を操るココルルと、水を使って人形を壊すシンシンである。
こうして闇から次々と湧き出てくるからくり人形を着々と壊していく四人。
だが人形は際限なく出てくるのでキリがない様子。
「だぁッ!!こうなるとアキラたちが心配じゃのぉ!!」
「アキラたち…大丈夫かな」
目の前の危機より仲間の心配。迫りくる人形を破壊しつつ、確実に北へと向かっていくのだった。
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「ぐっ…不覚……」
「ロイス!!」
ロイスの体を女が操る糸が捕らえた。糸はロイスの首、手首、足など各所に巻き付いている。
「そうねぇ…このまま殺してしまっても良いのだけれど、それじゃあ復讐にならないわね」
女が何か閃いたようで、途端に口の端を吊り上げてケタケタと笑った。
「自分の意志とは別にお友達を攻撃しちゃうってのはどうかしら?」
「うぐっ…やめろ!!」
まるで操り人形のように、女の糸に操られたロイスが槍をアキラへ向けてくる。
ルフニールとのマトイを発動させたアキラだったが、これでは相性が悪い。
「クソッ!糸だけどうにかしようにもルフニールの攻撃じゃロイスまで巻き込んでしまう」
「アキラ!いいんだ、私ごとやってくれ!!」
ロイスが必死の表情でアキラに叫ぶ。それをあざ笑うかのように女はロイスの動きを早めた。
「くくく…あははは……!!愉快ね…さあ、もう終わりにしましょ」
女の手が大きく動く。それに応じてロイスの槍がまっすぐにアキラの喉元へ突かれる。
だが、それがアキラに届くことはなかった。
槍が突き出された瞬間に、アキラのすぐ横で大きな炎が上がる。
「ゴァァア……」
炎の中から出てきた炎の魔獣が突き出された槍を掴んでその動きを止めたのだ。
「ったく、一度死んで生き返るってのは気分がイイもんじゃあねぇな」
炎の中から現れた炎の魔獣。それは先程、無数の骨に貫かれて死んだはずのキール・ラグスト、その人だった。
「キール、お前!」
「なんで生きてるのかって?そりゃフェニクレインのおかげだ」
体に炎をまとったキールが槍を掴んだまま続ける。
「不死鳥の祝福。一日に一度だけ、死んでも生き返れる能力らしい」
「すげぇ!チートじゃん!!」
一瞬だけはしゃいだアキラと、未だ糸に絡まるロイスにキールが静かに話す。
「いいか、俺が今からこの炎で糸と人形を凍らせる。そしたらアキラは人形の破壊と本体への攻撃。ロイスは破魔術の詠唱。頼んだぞ」
「炎で凍らせるの意味がわからんが、了解!!」
「うむ、あいわかった」
キールの作戦にアキラとロイスが頷くと。アキラとキールが飛び退いた。
「あら…確かに死んでたと思うのだけれど…」
「そりゃあ残念だったな、お嬢さんよ!」
キールが大きく息を吸って精霊術を繰り出した。
「フェニブリーズ・アイシャ!」
炎をまとったままのキールが口から炎を吐き出す。ロイスごと糸や人形を包み込んだ炎はロイス以外の全てを凍らせていた。
「あら、なに、それ?」
「対象物だけに干渉する絶対零度の炎だ。ロイス!!」
糸の拘束から抜けたロイスがその場を飛び出して距離を取った。
「詠唱中は無防備になる。援護を頼む!!ええやッ!!」
ロイスが持っている槍を地面に突き刺し、片足を上げる。そして手を口の前に当てて詠唱を始めた。
そしてそれに対応してロイスの周りに集まり始めたマナが魔を打ち砕く術式を作り始めた。
破魔術…特定の術を打ち破る事のできる退魔の術。ロイスの母親の家系に受け継がれてきた秘術の一つだ。今回の依頼の前にロイスから、作戦で使えるかもと聞かされていた力だった。
ロイスの破魔術の詠唱で女の動かしていた人形が動かなくなった。
「まだまだあるわよお」
女が光る糸を更に繰り出してアキラを狙う。だがそれもキールの凍る炎によって阻まれた。
「させねぇ!アキラ、やれ!!」
先程のキールと同じようにアキラが大きく肺に空気を入れる。そしてルフニールの固有の能力を発動した。
「ドラゴーネ・ヴォーチェ・アシェード!!」
アキラの口から竜の咆哮が放たれる。咆哮は音波の爆発となって人形を破壊、そのままの勢いで女を直撃した。
その場に倒れた女の元へ、アキラ、キール、ロイスの三人が集まる。
「…あら、こんなはずじゃ……」
「さあて、ゆっくり話を聞かせてもらおうか」
ルフニールの能力で拘束された女は、観念したようにおとなしくなったのだった。
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それから数分後、女は三人に土下座をしていた。
「本当に申し訳ございませんでした……」
「まー結果オーライだな。キールも生きてるし俺はいいけど」
「一度殺されてはいるが、マトイの発動のきっかけになったわけだし。構わない」
そう言ってキールがフェニクレインの頭をがしがしと撫でる。
「ひゃー!キール!やーめーるーでーすぅ!」
キールとフェニクレインの戯れを他所に、女性は深刻な面持ちであった。
話を聞くとこの女性は妖族の中の烏天狗の種族で、代々人形繰りの一族であると言う。だが数年前に“ロイス・ロイフェン”を名乗る男が剣を持って現れ、一族は女子供関係なく殺されたのだと言う。赤い目を光らせて殺戮を続けたロイスを恨んで、この女性は今まで生きてきたのだと言う。
それを聞いてロイスはこう答えた。
「それは私ではない。第一、私は剣が苦手でな。ご覧の通り槍使いだ。あと私は目が見えない。何色をしているかは自分ではわからないが、どうかな?」
光のないロイスの目が開かれて、それをアキラたちが確認する。くすんだ色だがロイスの瞳は紫色だった。
「紫だな」
「紫だ」
「なら、あの時の“ロイス”は誰なの……」
女性が悔しさと涙を顔に浮かべて地面に突っ伏した。
「恐らく私の兄だ。私の名を、母の家系を貶めようとしている。名前をルイス・リーベルトと言う。帝国の貴族だ」
ロイスがそっと女性に寄って手を取る。女性は突然の事にびっくりして顔を上げた。
「私とつながりのある人間が多大なる迷惑をかけた。謝って済む問題ではないのはわかっている。だから、私にその復讐を協力させてくれないか」
女性が驚いた顔をした。
「貴女の一族の、真の敵であるルイスは私にとっても敵だ。だから私にも協力してほしい。そして私も貴女に協力をする。これでは、納得はできないだろうか?」
それに対して妖族の女性は顔を真赤に、ボフッ!と音を立てて爆発した。
「わ、私の故郷では、共に敵を討ちに行く異性は夫婦と決まっています。その覚悟はおありなのでしょうか!?」
妖族ってそんな変な習慣あるの……?と困惑するアキラとキール。
「男として、言い出したからには後には引けぬ。受けて立つ」
「「男の中の男だー!!!」」
アキラとキールは何かに撃ち抜かれたように同時に後ろに倒れた。
今この瞬間にカップルが誕生してしまったというわけだ。
「む、そう言えば名前を聞いていなかった。既に知っているとは思うが、私はロイス・ロイフェンと言う。王国で騎士をしていたが、今はアキラ師匠の弟子として武者修行をしている。君の名前は、何と言うんだ?」
女性は立ち上がって髪を整えてロイスと向き合う。そして。
「わ、私は、妖族の烏天狗一族の出身。特技は糸とからくりを使うこと。趣味は特に…。名前はキク・ロイフェンと申します!」
「「気が早いぃー!!!!」」
よっこらせと言いながら起き上がりつつあったアキラとキールは、またしても叫びながら後ろに倒れ込んだ。キクが既にロイスの名字を名乗っている事に対してだった。
それを見てキールとキクが、二人手を繋いで笑う。
「もう夫婦気分かよ!」
アキラのツッコミが放たれた後に、メロディたちがちょうどこの場へとたどり着いた。いきなりのロイスとキクの様子を見て、メロディとモミジはただ「やれやれ」とだけ呟いた。
そんなこんなでノルデンミストの幽霊騒動は無事、解決したのだった。




