第二十八話 『桃色の髪、緑の瞳』
翌朝。
目が覚める。まだ早い時間のようで、木窓の隙間から入る光は朝日ではなく月の光のようだ。
昨晩の入浴時に随分と疲れさせてしまった彼は、今日は違うベッドで眠っている。
ベッドから這い出て愛しい彼の寝顔を見た。お互い幼かったあの時と、何ら変わりない寝顔だ。いつも無防備で無邪気、ここぞという時に決断力があって、常に前を向いている。
穏やかで優しい顔。
「アキラはあの頃と、何も変わってないんだね」
メロディがそっとアキラの頬を指でなぞる。するとくすぐったそうに少しだけ頭を動かすが、また直ぐにすやすやと眠り始める。
「アキラは…覚えてないのかな」
誰にも聞こえないくらいの小さな声でメロディがアキラに語りかける。
アキラの寝ているベッドの側に跪く形で座っていたメロディが、俯いたままアキラへ倒れ込んだ。
「あたしの、ヒーロー…」
かつて彼に言われた言葉がメロディの頭の中を巡って色づいていく。それがとても心地よくて、ゆっくりと目を閉じてしまう。そしてそのままメロディは、夢の世界へと旅立っていった。
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夢を見た。幼い時の夢だ。
アキラの生まれた町には、幼いアキラが遊ぶには十分すぎるほど遊べる場所がたくさんあった。特に町で一番大きな山にある日神神社は、一番お気に入りの場所であった。
境内でボールを蹴って遊んでいたアキラは、遠くで誰かが泣いている声に気付く。
「だれだろう」
幼子というのは警戒心や危機感よりも好奇心が勝る。アキラも例外ではない、その声のする方へ向かっていった。
声のする方へ、林を抜けると少し開けた場所に出た。
「ここって秘密基地の場所じゃん」
この林の中にはアキラが大人たちには内緒で作っていた秘密基地があった。一際大きな木の上に板で作った小屋を設置した、所謂ツリーハウスを作っていたのだ。
件の泣き声は、アキラのツリーハウスからしていた。
手作りのはしごを登って、小屋の入り口を開けた。恐る恐る中を見ると、そこにいたのは自分と同じくらいの少女だった。
「どした?どっか痛いの?」
涙を流す少女に話しかける。
「ううん、帰り道がわからないの……」
桃色の髪の少女が、緑色の瞳でアキラを見つめる。
か、可愛いっ!
アキラの初恋であった。
「よ、よーし、わかった!おれが帰り道を一緒に探してやる!それがヒーローのしめいだからな、約束だ!」
そしてなんとも言えないポーズを取る。当時流行っていた「環境ヒーロー・地球マン」の決めポーズだ。
「ヒーロー…?やくそく…?ほんとに…?」
手の甲で涙を拭きながら少女が笑顔になった。
笑顔も可愛いっ!ほれた!!
「もちろん!まかせとけってぇ!」
アキラは迷子の少女の手を取って、一緒に家を探すことにした。
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いろいろと町の目印になりそうなものや場所を見ながら、時折道草を食って少女と歩く。
「ここの駄菓子が安くてよく買うんだよ。そうだガムあげる。食べてみ」
「…がむ?」
「ガム知らないの?じゃあ食べてみなよ!」
少女にガムを一つ渡すと、ゆっくりと口に入れた。
そして噛む度に少女の顔がぱあっと明るくなる。
「ぶどう食べてないのにぶどうの味がする!おいひい!」
「飲み込まずに、味がなくなるまで噛むんだぞ!」
住宅街の路地に入ったときには、犬に吠えられたりもした。
「ばうっ!ばうっ!」
「ひゃああっ!!」
「ばっか!ジロウ!女の子が怖がってんだろ!ここはお手だ、ほらお手!」
雑種犬であるジロウはアキラに従ってお手をする。
少し目を潤ませていた少女も、その様子を見て一緒に笑った。
少女にとってもアキラにとっても、とても楽しい時間だった。
「はあー!まだまだ紹介し足りないなー!てか、そんな事より帰り道は思い出した?」
アキラの言葉に対して首を横に振る少女。
「そっかー…、せっかく約束したのに、ごめん…」
アキラがそう言った直後に、アキラたちへ向けて声がかけられた。
「おや…メロディ、こんなところにいたのかい……」
少女と同じ桃色の髪を有した、優しそうなおばあさんだった。
「ブリュレおばあちゃん!!」
少女が駆け出しておばあさんの元へ行く。
「心配したよ、大丈夫だったかい?」
「うん!あの子が一緒に探してくれたから!ヒーローなんだって!!」
少女が嬉しそうにおばあさんへ報告をしている。少し照れくさい。
「そうかい。うちのメロディがお世話になったね、ありがとう坊っちゃん。ほら、メロディもちゃんとお礼を言いな。そしたら帰るよ」
「うん!あの…ありがとう!あなたのお名前を聞いてもいーい?」
緑色の双眸に撃ち抜かれたアキラは、一瞬ドキッとしてしまう。
「し、しもつきあきら…、アキラってみんな言ってる」
それを聞いた少女は笑って、そして答えた。
「あたしはメロディ、メロディ・リンデット。メロディちゃんって呼ぶがいいぞい!あたし、アキラの事忘れないから!」
そして手を握ってくる。ドキドキが強くなるのがわかった。
「アキラ、またあたしと遊んでくれる?」
「お、おーう!もちろん!」
「また会いにきていい?」
「おう、良いぜ!むしろおれが行くぜ!」
「じゃあ、アキラ……」
少女がアキラの小指と自身の小指を絡ませた。
「ゆびきりげんまんね!あたしたちはまた会うんだから!」
「オッケー、ゆびきった!」
二人の間で約束が交わされた。
「またね、アキラ坊っちゃん。そうさね、お礼も兼ねて家に送ってあげよう。あたしたちも帰るからね」
そういいながらおばあさんが指をちょちょいと動かした。ぐらりと視界が歪んでアキラの意識が遠くなる。
「また、メロディと会うことがあったら、この子を頼んだよ。アキラや」
「またね、アキラ!会いに来てね!!」
また更に強く視界が歪んで気がつくと、自分の家の真ん中に立っていた。
「あれ…?さっきまで道路で…もしかして夢……?」
謎の現象に困惑する幼い日のアキラ。
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ここまで見たところで、アキラは完全に覚醒した。かなり事実に沿った夢だったので正直驚いた。そして大切なことを忘れてしまっていたことに気付いた。
上半身だけをベッドから起こすと、メロディがベッド脇に座っていた。
「あっ…メロディ…」
「起きたの、アキラ?」
桃色の髪を揺らして立ったメロディは、緑色のきれいな瞳でアキラを見ていた。
「あの頃と何も変わってないな、メロディは」
「へっ!?」
急にアキラがそんな事を言うので、メロディは拍子抜けしてしまい、間抜けな返事が出てしまう。
「素直で、純粋で、変に真面目。あの頃と変わってない。ただ……」
アキラがメロディを抱き寄せる。普段では絶対に見せない、メロディに対する積極的な行動だ。
「泣き虫なところは変わったのかな?」
「ふぇっ…!?えええ??」
アキラの腕の中で顔を真っ赤にするメロディ。その頭をぽんぽんと撫でるアキラ。
「もう少しだけ、こうしててもいいかな」
「よ、喜んで……」
久しぶりな二人の時間は、日が昇って皆が起きてくるまで、ゆっくりと流れたのだった。




