第二十七話 『キールとフェニクレイン、裸の付き合い』
夕食の後片付けを済ませた一行は、宿《灰色狼の狩場》の中でも特に大きな一室を借りた。アキラとしては女性陣と男性陣で部屋を分けたかったのだが、フェニクレインが「みんなと一緒がいい、ですぅ」と泣きそうな顔になったので、結局こうなった。
アキラより先にキールが風呂に入る。別にこだわっているわけではないが、自然とキール→アキラたちという風呂の順番になっていた。
「ああー…。やはり風呂は良いな」
広い湯船に一人、キールは足を伸ばしてくつろいでいた。
「しかし、スルグ村ではいろいろあったなぁ。フェニクレインと契約したし…」
閉じていた目をゆっくりと開けると目の前に赤い塊が見えた。湯船に浸かる前にはなかったはずだが、湯気でよく見えない。
すると赤い塊はくるっと向きを変えてキールへと近づいて来た。
「うわ、な、なんだ!?」
「ボクを呼びましたですか?」
それは紛れもないフェニクレインだった。赤い塊に見えたのは、長い髪のフェニクレインが肩まで湯に入っていた為、髪だけが湯気の中で浮いて見えたからだ。
「なんでお前入ってきてるんだ」
「ボクの契約者はキールで、キールの契約精霊はボクなんですから。一心同体無理心中。一緒にお風呂入るくらい気にすることないですぅ」
そう言って仰向けにぷかーっと浮かんでみせる。いろいろな部分が丸見えである。
「無理心中したらダメだろ…。まあそれはいいとして、フェニーはもっと恥じらいを知らないとダメだぞ」
「はあい、です」
わかったのかわかってないのか、恐らくほとんどわかってないのだろうが、一応返事をするフェニクレイン。
「それはそうと、ボクはキールと裸のお付き合いをしに来たんですぅ」
「ああん?裸の付き合い?」
「はいです。キールはボクの事をある程度理解してくれてると思いますけど、ボクはキールの事を知らないですぅ。そこんところ、ちゃんと聞きたい、です」
フェニクレインはキールの横にちょこんとすわると、すっかり話を聞く態勢になった。
「俺の話か。覚えてる限りでいいのか?」
「はい、です。覚えてる限りの事をキールの口から聞きたいですぅ」
キールはもう一度、ゆっくり目を閉じて話し始めた。
「俺はな。この町のすぐ北にあるシッフル国って言う国の出身だ。生まれた時から王族で、いろいろ教育を受けてな。何かを望めばなんでも手に入った」
真剣な目で聞き入るフェニクレインをちらっと見て、さらに続ける。
「小さい頃はなんて素晴らしい生活だと、そう思っていたんだがな。最近になって俺は怖くなってしまったんだ。自分の口にすることはなんでも叶っちまう。いつか俺の一言が簡単に人を殺めてしまうのではないかと。それほどに王族の発言は重い」
少し泣きそうな顔になったフェニクレインを前に話を続ける。
「そこで俺は置き手紙だけ残して国を飛び出した。で、このルフニエル王国に入って魔獣ハンターになった。魔獣ハンターになれば全てが自己責任だ。自分の発言を気にすることもない。だが、俺には致命的なものが欠けていた」
自身の過去の、ほの暗い気持ちを流すように首筋に湯をかける。
「俺は人との話し方がわからなかった。故に友達ができなかったんだ。国でも友と呼べる者はいなくてな。こっちに来てからも、話し方がわからない上に獣人族だ。とっつきにくいのは仕方ないんだけどな。少し前にちょっとした争いがあって、その時アキラと会った。一悶着あったとは言え俺たちはもう友達だなんて言われたもんだから、嬉しくてな。もちろんメロディも同じだ。いい友に出会えてよかったと思う」
フェニクレインはすっかりキールの話に聞き入っていた。まっすぐな瞳でキールを見つめる。
「もし、アキラと出会っていなかったら。フェニーとも出会えていなかったかもしれない。フェニーとこんな風に話ができなかったかもしれない。そういう点でも、あいつは恩人だ」
少し照れくさくなって鼻頭をこすってフェニクレインを見ると、涙をぼろぼろ流していた。
「キールはッ!苦労じたんでずねェ!!ボクその気持ち分がりまずよォ!!」
「あーもう、わかったから、泣くな!今思えば贅沢な苦労だと思うしな。今が良いなら、過去は気にすることもない」
フェニクレインの涙を大きな指で拭って、キールは優しく笑う。
「まあ、友とフェニーの為ならきっと俺は最善の選択をしていく事ができると思っているし、俺は昨日よりも今日を、今日よりも明日を見ていけると確信している。だから泣くな」
「わかりましたです!!」
自分でも涙を拭ったフェニクレインがキールの大きな顔に手を当てて答える。
「火の精霊、フェニクレイン、契約者であるキール・ラグストの人生を、全力で見届けるとここに誓うです!そしてキールの子の、また子の、そのまた子までキールの生き様を伝えるです!」
「おう、一番近い所で見届けてくれ、フェニー」
キールとフェニクレインが改めて向き合った。キールが頬に当てられた手を握ると、その小さな手もキールの手を握り返す。
ここに、精霊術師キールと精霊フェニクレインの真の契約が結ばれた。
「あ、あれ…なんだから頭がふわふわしてきたですぅ…」
ふらふらとし始めるフェニクレイン。もしかしてもしかすると、湯でのぼせたのだろうか。
「あー、もうだめれすぅ……ぶくぶくぶく…」
「火の精霊が湯でのぼせてんじゃねーよ!!」
慌ててフェニクレインを抱えて風呂場を飛び出すキール。
その後キールが当分の間、アキラとメロディに「ロリコン」と呼ばれたのは言うまでもない。
そして。
「あ、あのー。この縄はなんですかね。動けないんですけど」
「大丈夫、動けなくてもあたしが洗ってあげるから…前からッ!」
「いーや!わしが洗うんじゃ!前から!」
「いや、やめて本当。いいから、前からも後ろからも洗わなくていいから。一人でゆっくり入らせて!!」
アキラと二人の乙女のいつものやり取りが行われていた。
「もう、風呂はいるってレベルじゃねーぞ、オイ!!」
「いいからいいからぁ…メロディを信じてぇ…」
「いいからいいからぁ…モミーを信じてぇ…」
「お前らいつの時代のコントやってんだよ!!」
風呂場に徐々に引きずられていくアキラを、扇でフェニクレインを扇ぐキールが見ていた。
「おい、キール!助けてくれよ!!」
「あー、すまん。フェニー看てやらないといけないから、パス」
「キィィィーールゥゥウウ!!!」
アキラはそれでも何か手はないかと辺りを見渡す。どんな状況でも諦めない男、それがアキラである。
「そうだ、ココルル!ココルル!!ココル…あれ…?」
先程まで部屋でくつろいでいたココルルが見当たらない。それもそのはず、ココルルは今。
「いいからいいからぁ…ココルルを信じてぇ…」
「混ざってんじゃねーよォ!!!」
そしてとうとう風呂場の扉が閉められた。アキラたちは風呂の中だ。
「キィィィーーーーヤァァァーーーーーーアアアア!!!」
「おっ、今日は悲鳴までが早かったな」
アキラの絶叫とキールの一言で、ノルデンミストでの最初の夜は終わったのだった。




