第二十二話 『ノルデンミストへ至る道Ⅲ』
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裏山、入り口広場。
「それで、私をここへ呼んだわけですか。氷の魔獣の元に」
スラージは嫌な笑みをフェニクレインへ向けたまま言い放った。
当のフェニクレインは彼女の体でやっと持てるくらいの大きさの壺を持っている。
「そうです、あなたの覚悟を聞きたい、です」
フェニクレインの銀色の双眸がスラージを撃ち抜いた。
「じゃあすまんが、俺がこの場を仕切ることにするぞ。まず、フェニーはなんでスラージの邪魔をしたんだ?」
アキラに言われたフェニクレインは一瞬びくっとしたが、ゆっくり話し始めた。
「ラムゴ様を守るため、ラムゴ様の残した物を守る為、です」
「で、スラージさんは何故、山に入ろうとしたんだ?」
それに対してスラージは細い目を開ける。
「山で消えた、親父を探す為です」
「!!?」
一番驚いていたのはフェニクレインだった。
「生前は随分と迷惑をかけてしまいましたから。親父を、ちゃんと弔ってやりたかったんです。遺体すら見つからないのは、とてもさみしいですから」
フェニクレインの銀色の目から大粒の涙が溢れる。
「親父は私に何も残してくれませんでした。もっと親父の話を聞きたかった。親父の考えや、優しさや、知識にもっと触れたかった」
開かれたスラージの薄目はいつもの胡散臭さなどかけらもない。アキラにはスラージが、ただ父親への後悔の念を募らせるだけの小さな子どもに見えた。
「フェニー?あとはいいな」
アキラがフェニクレインに視線を移すと、一瞬戸惑った顔をしたが後にはしっかりとした声で、力強く答えた。
「あなたの探したラムゴ様はごごにッ!ごこにいます!!ボクが遺体を運んで骨を壺に入れて……。お墓も作りました。ボクは毎日、凍ってしまったお花でしたが、毎日お墓に持っていってお参りしました。ラムゴ様は、ここにいますッ!!」
涙でぐずぐずの顔のままフェニクレインが壺に抱きつく。
「ラムゴ様を守る為と言いながら、ラムゴ様を探しに来ていたあなたを、ボクは遠ざけてしまった。ラムゴ様とラムゴ様が愛したこの山を守ることで、ラムゴ様を死なせてしまったボクを、正当化していたん、です…。ボクは…ッ、ボクは……」
ラムゴのいる壺を抱えたまま、フェニクレインがその場に崩れ落ちる。
スラージはゆっくりとフェニクレインへと歩いていき、壺ごとフェニクレインを抱きしめた。
「君が、親父の最期を看取ってくれたんだね。それだけでなく弔いまで。あと親父が死んだのは君のせいではない、私のせいだ。あの日、必要以上に親父にひどい言葉を言ってしまったから。今まですまなかった。ありがとう、フェニクレイン。」
フェニクレインの中で全ての憂いが晴れた気がした。そのままスラージに体を預けて涙が枯れるまで泣いた。スラージも例外ではなく、フェニクレインを抱きしめたまま涙を流した。
アキラ、キール、ルフニールの三人はその場でどんな顔をしたらいいのかわからず、ただずっとその光景を見ていた。
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「その日は来たのか?フェニー」
キールがフェニクレインへと聞いた。涙や他の液体でべちゃべちゃの顔を拭ってフェニクレインが答える。
「その日は来ました。スラージさん。ラムゴ様の残した財産の元へ案内致します、です」
ラムゴは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにいつもの細目に戻る。
「わかりました。よろしくお願いします」
そして、森の入口からほど近い滝のある泉へと案内された。
滝の裏には浅いくぼみがあり、そこがちょっとした広場になっている。
「ここに、ラムゴ様が残した物の全てがあります」
フェニクレインが壁部分の岩にマナを流すと、大きな音を立てて岩が移動しはじめる。
アキラはRPGによくある仕掛けだなとか考えてしまったが、それを言葉にするほど無粋ではない。フェニクレインの次の言葉を待った。
「ここに、ラムゴ様のお考えも、優しさも、知識も全てあります」
岩の扉が開くと、さらに奥にも空間が広がっており、そこにはたくさんの書物や何なのかわからない物まで置いてあった。
「これは…」
スラージがその中の一つを手に取って驚きの声を漏らした。
「それは、ラムゴ様が特に大切にされていた物です」
それは木と石を縄でくくった手作りの石斧のようなものであった。それを持ったままスラージは目に涙を浮かべた。
「これは、私が子供の時に作ったものだ…」
続いてスラージはそんな事を呟く。
「狩りにいく父の為に、私が贈った物だ…なぜこれが…」
「ラムゴ様はいつもスラージさんの事を話していましたよ。どうしようもないバカ息子だが放っておけない、スラージを見捨ててしまってはユリィ様に顔向けできない、と」
「おふくろに顔向けできない、か。親父が言いそうな事だ」
スラージの目は随分と優しくなった気がする。少なくとも当初出会った時の胡散臭さを今は感じられない。
「いつかスラージ様がこのスルグ村の長となった時の為に、ラムゴ様の全ての知識とお考えを本でまとめてあります。ラムゴ様は字が書けませんでしたので、ボクが書いたものになります。字が汚いとかは勘弁してくださいです」
「いや、十分だ。ありがとう。すまない…」
スラージは何か決意を固めた目をしていた。
「これからは、私ができることの全てを父が愛したこの村に捧げていきたいと思う」
そう言ってアキラたちに握手を求めてきた。断る理由もないので、アキラもキールもしっかりと握手を交わしたのだった。
スラージの手は力強く、そして何かに燃える男の手をしていた。
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翌日。
宿から出た所に、話をする二人の男の姿があった。言うまでもなく、アキラとキールである。
「スラージさん、村のみんなの前で土下座したらしいぞ」
「マジか、さすが覚悟が違うぜ」
スラージは昨日の一件もあってか、今朝村の人を集めて、皆の前で深く謝罪をしたらしい。そしてこれからは村の為に、父のようにしっかりと、そして愛される長になると宣言した。
「ふぁあ~。おはよう、お二人さん」
ココルルが人の姿で顕現する。今日はどうやら彼女がボディーガード当番らしい。
「ずっと休んでいたけどだいたい見てたから状況はわかるよ、やるじゃんキール」
ココルルが狼の尻尾でぺしぺしとキールの頭を叩く。当のキールはなされるがままである。
「まさか精霊術師になるなんてねぇー。中級精霊とは言え、フェニちゃんも精霊。それはそれは大変な事でしょうなぁ」
昨日の騒動の後に、なんとフェニクレインはキールと精霊契約を交わしたのだ。それはキールもわかっていた事のようで。
「火女神・フォーユとの約束だからな。ああ、あとアキラ。お前によろしく頼むって女神様が言ってたぞ」
「は?女神に会ったの、キール?それってすごくね?やばくね?」
女神に会ったというキールの発言にテンションを上げるアキラ。
そしてそのアキラをもふもふの尻尾でぺしぺし叩きながらココルルが答える。
「アキラってば女神様たちには好かれてるっぽいからねー。今度私のお知り合いの風女神ヴィント様に会わせてあげるね!」
「は?そんな事できんの?テンション上がるゥ!!」
はしゃぐアキラたちを他所に、キールはフェニクレインと話をしていた。
「すまねえなフェニー。成り行きとは言え契約させてしまって。村に残りたくなかったか?」
フェニクレインは首を横に振って答えた。
「いえ、残りたい気持ちがないわけではありませんが。火女神・フォーユ様からの言いつけでもありますし、何より」
フェニクレインが息を吸い直して。キールへとまっすぐ視線を向けた。
「ボクが着いていきたいと思ったんです。あなたたちを助けたいなと。この意志をラムゴ様はきっと応援してくれます、です」
「そうか、なら、いいんだがな」
キールは優しい瞳でフェニクレインを、フェニクレインはしっかりとした瞳でキールを、それぞれ見る。金色の瞳と銀色の瞳がしっかりと向き合っていた。
「おーい、何イチャついてんだ。早く行くぞー!!」
「おっしゃ!こうなったら私とアキラもイチャつこうぜベイベー!!」
「だぁッ!やめろココルル!!」
少し遠くに行ってしまったアキラたちを追いかけて、金色と赤色の塊が小走りになる。
四人が歩いている、ノルデンミストへ至る道はあともう少しだけ続いているようだった。
凍った山は無事元に戻ったようです。




