第二十一話 『ノルデンミストへ至る道Ⅱ』
キールがスルグ村の裏山に向かった直後、アキラはスラージを訪ねていた。出来る限り情報を聞き出し、その後も監視する為だ。
「朝っぱらからすみません、ご迷惑ではないですか?」
「いえいえ、この度はお世話になってますから。お気になさらず」
スラージは相変わらず底の見えない嫌な笑みを浮かべていた。出されたお茶で少しだけ唇を湿らせて、アキラは質問を投げかけた。
「そういえばスラージさん、先代の長はお父様だと村の方から聞きましたが。どんな方だったんですか?」
「親父の事を聞いたんですね。偏屈で頑固で、最初から最期まで私に対してはとても冷たい父でしたね。私には何も残すことなくどこかに行ってしまいましたから」
「なるほど……」
それを話すスラージは、物憂げな表情だった。彼の切れ長のつり目が少し開き、遠い場所を見る。彼の話は、まだ何か別の思惑を孕んでいる、そんな風に思われた。
「これも聞いた話なのですが、裏山で何かを探されているようですね。何を探しているのでしょうか?」
「それは……」
スラージの家の開け放たれた窓から、冷たい風が吹き抜ける。
まるで何かの、不吉なモノを感じさせるような。そんな冷たい風だった。
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目を開けたキールが辺りを見渡すと、光りに包まれただだっ広い空間が広がっていた。真っ白な空間にただ一人、金色の獣が横たわっている。
「さすがに死んだか。さしずめここは死後の世界とかそう言う…」
「実に鋭い考察だが、ここはそんなめでたい所ではない」
キールが気付かないうちに視界の端に人が立っていた。燃えるような髪の色に整った目鼻立ち。どこの種族の装束かもわからない、謎の着物を着ていた。その着物の色も燃えるような赤色で、全体的に赤のイメージの強い女性だった。
「ここはな、お前の心の中だ。そしてアタシは可哀想なお前とあの子を救いに来たんだ」
「あの子…?一体何の事だ?」
この赤い女性にあの子と呼ばれる存在をキールは知らない。そんなキールの様子を見て、女性は少し笑って話し始めた。
「カッカッカ!そうか、お前にはあの子が魔獣か何かに見えたんだろうな。スルグ村で氷の魔獣と言われていたのはな、精霊の類だ。それも火の中級精霊だ。今はいろいろ錯乱して暴走してるがな。そこでだ、お前にあの子をお願いしたいんだよ」
「む?どういうことだ?」
首を傾げるキールに女性は優しく微笑む。
「なに、簡単なことだ。あの子と契約するんだ。先程アタシがしっかり叱っておいたからね。話はできるだろうさ」
「契約?」
それはつまり、アキラと同じ精霊契約をするという事だろうか。
「だが、俺のマナは…」
「ああ、大丈夫大丈夫!その変は都合よくできてんだわ!」
女性はカカッ!と短く笑って手をひらひらと振った。
すると、突然に白色の空間が眩く光り始める。
「じゃあな、キール・ラグスト。自己紹介が最後ですまんが、アタシは火の女神フォーユってんだ。お友達のアキラ・シモツキにも宜しく言っといてくれな。いずれ会うこともあるだろうし」
女性は手をひらひらさせたまま、キールの視界でどんどんその存在をぼかしていく。やがてキールの体が光りに包まれる。ふわふわとしていた意識が一気に身体へ戻っていく感覚と共に。
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キールが目を開けると、目の前に赤い髪の女の顔があった。びっくりして起き上がろうとしてその女と額同士をぶつけてしまい、それぞれ痛みに悶え始める。
「いづっ…ぬあッ!」
「あいーったたたた…ひどいですぅ」
未だ痛みの残るデコをさすりながらキールが相手の顔を確認する。それは女性とも男性とも見える中性的な見た目で、少し肩にかかる程度の髪や眉毛は燃えるような赤。そして頼りなく光る銀色の瞳を持っており、小柄な体型は引き締まっている。
「ひ、ひどいですぅ、痛いですぅ、あなたの怪我もボクが治したのに……」
「怪我…おお?」
キールは先程氷の魔獣に貫かれた部分を見た。鎧はボロボロになってしまっていたが、体の方は全くの無傷だった。
「そうか、そうだったのか。すまない、無礼な事をしたな。怪我の治療感謝する」
「ホントですよぅ…崖から落ちていくあなたを助けたのもボクなんですから、もっと感謝してください!」
そう言いながら「エッヘン!」とない胸を張ってみせる。この仕草だけをみるとまぁまぁ可愛げがあるものだが。
「まぁボクが怪我させてしまったんだから当然の事ですけども…」
「!!?……ということはお前が氷の魔獣か!?」
「魔獣と呼ばれるのは精霊としてちょっと聞き捨てならんですぅ…。ボクには精霊フェニクレインって名前がちゃんとあるんですぅ…」
「じゃあフェニーって呼ぶぞ」
「ひえー、短縮されちゃったですぅ…」
そう言いながら自分の肩を抱くフェニクレイン。とても先程キールが対峙した氷の魔獣とは思えない。しかし彼女が氷の魔獣であるなら、何故ここまでしてこの山へ人が侵入するのを妨害するのか。
「唐突で申し訳ないが、聞きたいことがある。フェニーは何か目的があってこの山を守っているのか?」
「そ、それは…」
フェニクレインが理由を言いかけたその時、洞穴の入り口に人の気配がした。
「おお!キール、こんなところにいたのか!」
それはアキラ・シモツキその人であったのだが。そのアキラに対して敵意を向ける者がいた。
「誰の許可を取ってこの山に入ったですか…この山を、ラムゴ様の山を荒らしに来たですか…!!」
フェニクレインが体中の毛を逆立てて、アキラへと業火の魔術を向ける。火の魔術であったそれはやがて氷の杭となり、アキラへと撃ち出された。
「フェニー、辞めっ!!!」
「まあそう急くな、フェニクレイン」
キールの叫びが上がるのと、女ルフニールが出て来るのは同時だった。
撃ち出された氷の杭を全て片手で叩き落としたルフニールが威圧的に言葉を放つ。
「吾輩の契約者に牙を向けるとは随分だな、フェニクレイン。それに氷の魔獣と恐れられている割にはまだまだ未熟だ」
「ルフニール様……」
ルフニールとフェニクレインはどうやら顔見知りのようで、力の差も歴然のようで、なにより。
「も、もも、も!申し訳ありませんでした、ですぅ~~!!!!」
当のフェニクレインはこの有様であった。
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「貴様、吾輩の契約者に危害を加えようとしただけでなく、火女神・フォーユ様の言葉も忘れておっただろう。それに関してはさすがの吾輩も看過できんぞ」
「ひえー!堪忍してください、ですぅ……」
その後は正座をさせられたフェニクレインがルフニールに説教されるという構図が出来上がっていた。
「だいたい、お前は!くどくど、くどくど、くどくど……」
「はい!はい!申し訳ないですぅ、ごめんなさいですぅ、もうしませんですぅ!」
「ルフニール、もういいだろ。その辺にしとけよ」
さすがのアキラもルフニールの長過ぎる説教を止めにかかった。
「むっ!だいたいアキラ、お前はちょっと優しすぎる!お前もこの際説教してやろう。そこに座れアキラ!」
「げぇ!冗談じゃねえ!!」
すたこらさっさと逃げ出すアキラ。
「ああ!こら待てアキラ!吾輩の話を聞かんか!!」
「うわん!俺は関係ないだろー!!」
「ひえー!ボクいつまで正座してるですかぁ…。もう足がびりびり痺れてるですぅ……」
そんな光景を見ながらキールは「やれやれ」と呟いた。
「まあルフニールと、アキラも、少し落ち着こうか。フェニーは足くずしていい。ちょっと話をしよう」
キールの言葉で走り回っていたアキラとルフニールが戻ってくる。フェニクレインも「あいーだだだ!びりっと来たですぅ…」と言いながら足をくずす。
「まずはだな、氷の魔獣はフェニクレインで間違いない。そうだよな?」
「はいです。申し訳ないです。でも人殺しはしてないです」
「そういうことらしいんだ、他も話してくれるか?」
フェニクレインは大きく深呼吸して話し始めた。
「はいです。まずボクは以前ラムゴ様とずっと暮らしていたです。ラムゴ様はお優しくてとてもいいお方です。精霊のボクを本当の娘のようにかわいがってくれたです。だけどある日、そこにスラージという若い男が現れたです。毎日毎日喧嘩でボクは怖くなって山に逃げ出したです。ひっそりとここで暮らす事にしたです。それからしばらくしてです。ラムゴ様がお一人でこの山に入って来たです。ボクは嬉しくなってラムゴ様に会いに行ったです。その時」
フェニクレインの顔が影を帯びて暗くなった。
「ボクがラムゴ様の元へ着いたその時、ラムゴ様は足を滑らせて崖から落ちていったです。ボクはすぐに追いかけたですが、ラムゴ様は重症を負っていたです。もう助からなかったです。そこでラムゴ様に言われたです。お前に会えて良かった。探しに来た甲斐があったよ。最後にお願いがある。わしはこの山に財産を隠している、その日が来るまで誰にも渡してはならない、と」
フェルクレインの話と、聞いてきたスラージの話とでアキラはとある確信を持つことができた。
「ボクにはその日がいつなのかも、いつまでこうしたらいいのかわからないです」
「よし、じゃあフェニクレイン。いっちょスラージと会ってみるか」
「えっ…」
アキラの急な提案に、フェニクレインは驚きを隠せない。だがアキラには考えがあった。
「まあ良いから会ってちゃんと本音で話してみようぜ。きっと何もかもうまくいくから」




